第10話
「――ふむ、間一髪であったが、防げたようだのう」
聞き慣れないが聞いた事のある声が耳に届き、俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
見渡せば暗い闇に包まれたような空間が広がっている。しかし、自分自身の姿がはっきりと見えることから、光源がないため暗くなっている場所という事ではないらしいそこは、妙な懐かしさを感じさせる場所だった。“暗い”というよりは、“黒い”場所なんだろう。
「…………なんだ、ここ」
「うう……ここは……」
「目を覚ますがよい。そなたらに、話があるのだ」
「あんた、さっきの」
そして、そんな場所で俺達を呼んでいたのは、ついさっき対峙した女。さっきまでいた裏ダンジョンに住む、裏ボスの女だったのだ。
彼女はさっきまでとは違いしっかり地に足を付けて立っており、纏っているドレスやよく見れば美しい風貌を損なわないよう、優雅に佇んでいた。
「……影の女神」
「影の女神?」
「ほう、妾の名を知っておるか。異界の者は、妾の知らぬ世に生きているのだな」
このゲームをやりつくしているアキは裏ボスの名前も知っていたらしく、起き上がりながら心底嫌そうに眉を顰めながら、そう名前を呼んだ。どうやら、普段あまり感情を表に出さないアキでも、この裏ボスとの邂逅は好ましいものじゃなかったらしい。まあ、裏ボスというポジションにいる奴なんだから、嫌がるのも当然だろう。
なんて呑気に考えていた俺も、すぐにその考えを改めることにはなってしまったが。
「異界って……あんた、俺達がこの世界の人間じゃないって、知ってんのか?」
「当然、知っておる。なにせ、そなたらは、妾が呼び寄せてしまったからのう」
「……やっぱり、そうだったんですね」
「妾が呼び寄せた」と影の女神は口にしたが、俺にはその言葉の意味がよく分からなかった。どうやって、生き物や無機物を実験に使うような奴に、俺とアキが現実世界からゲーム世界に呼び寄せられたのか。なんで、フィクションの世界の住人に、ノンフィクションの世界の俺達が影響を受けているのか。
分からなかった。いや、分かりたくなかった。それを認めるには、あまりにも時間も覚悟も足りなかった。
「どういうことだよ……?」
「気付いておらぬのか? それとも、分かっていて目を背けているのか?」
だが、アキは既に理解したかのように強張った表情を浮かべ、力なく肩を落としている。そして影の女神は、俺にも理解を求め、強要してきた。
「その体、本来のものではあるまい」
「……そうでしょうね。私のこの肉体は、ルクーツのアーサーという方のもの。恐らく、この方は既に亡くなっているんでしょう?」
「ああ、その通り。そして、ハルといったな。そなたの肉体もまた――」
あっさりと認め、正確な考察を口にするアキの淡々とした様子が信じられかった。それだけこいつは、俺なんかよりももっと早い段階でこの残酷な現実を予想していたのかもしれないが、そう俺が予測することは出来なかった。
だって、俺は何も知らなかったのだ。こんな存在がいることも、こんな存在を作り出す奴がいることも。
「まさか……シェリー・フェルトン本人の身体だっていうのか……!?」
そして、他人の空似だと思っていた存在が、まさか俺に関係がある人間だったことも。分かる筈がなかったのだ。