第9話
基本的に、このダンジョン内はどこまでいっても一本道らしい。道中に部屋が不規則にあるとはいえ、その中には襲い掛かってくるキメラしかおらず、他に抜け道があるわけでもない。
否応なく裏ボスの前に行かされる構造に嫌気がさしながらも先に進んでいると、いくつか扉が並んでいる場所で、急にアキが立ち止まる。
「……ここは」
「なんだ、ヤバいところか?」
アキが見ているのは、いくつかある扉の中でも一際質素かつ小さな扉であり、誰がどう見ても何もなさそうにしか見えない。脱出の手掛かりどころか、キメラの一体すらいなさそうである。
「やばいですね。裏ボスの部屋です」
だが、そう応えたアキの表情はいたって真面目であり、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「お、ここはまだ見てねーよな」
「あ、おい、ヨシュ……」
「うおおお!? な、なんだあ!?」
その扉をどうするか考える間もなく、背後からやってきたヨシュは無遠慮且つ無警戒に扉を開いてしまう。と、同時に、吸いこまれるように中に入っていってしまった。いや、文字通り吸い込まれた。
俺とアキは巻き込まれなかったが、まるで掃除機に吸われるゴミのように、抵抗なく(出来なかったんだろうが)スムーズに吸い込まれたヨシュの様子は、奇妙と言う他ない。
「おい、大丈夫か!?」
とはいえ、黙って眺めているわけにもいかないため慌てて後を追い部屋の中に入ると、そこには逆さまにひっくり返ったヨシュと、その奥の質素な椅子に座ったドレス姿の女がいた。女の方はぴくりとも動かないが、ヨシュの方は吸い込まれた際に打ったのか腰をさすって唸っているため、一応元気そうではある。
「大丈夫じゃねー……」
「……大丈夫そうだな」
「っ……ヨシュくん、そこから離れて!」
他のみんなも続々と部屋に入ってきてヨシュの痴態を眺めていたが、突然アキが前に出て女の方に向けて手をかざす。いつでも魔法を使えるように構えているようにも見えるその様子に、俺達も否応なく緊張させられてしまった。
勿論、ヨシュも飛びのくようにその場から離れたため、己の背後に女がいたことに気付いたようである。
「…………そいつ、人間か?」
「人間じゃ、なさそうね……」
「こ、これはまた……とんでもない……」
「何か感じるのか?」
各々警戒し得物を構えたが、女の方は動く様子がない。だが、神妙な面持ちで眺めていたエディが感嘆の声を漏らしたことから、只者ではないことは分かる。というか、アキの反応を見る限り、こいつが裏ボスなんだろう。そう考えると、剣の柄を握る手に自然と力が入ってしまう。
「魔力だね。僕やメディナよりも、ずっと強大な」
「……人間より、魔物に近しいようです。私の力が使えないのは、その方が私より上位の者だからでしょうね」
エディ夫妻の話を纏めると、この女は“強大な魔力を持った魔族のような何か”ということなんだろうか。このよく分からない空間に住み、更には魔王が技術を模倣するような存在なのだから、神様のようなものなのかもしれない。とはいっても、このゲームに神が存在しているなんて聞いたことはないから神ではないだろうが、厄介な存在には違いない。裏ボスというぐらいだから、敵対することも分かっている。
「なんだ……騒々しい……」
「お、起こしちゃったみたいよ……!」
「クソ……やるしかねぇのか……」
どうやら寝ていただけらしく、裏ボスが遂に動き出してしまった。
エディより強い魔力を持った相手とやり合うなんて全くもって気が進まないが、そういうシナリオなら仕方ない。なんとか生き延びてここから脱出するだけだ――と、諦めて俺が足を踏み出そうとしたその時だった。
「…………ん、そなたらは……何故、妾の支配より逃れておるのだ……」
俺を見て、裏ボスはそんなことを口走ったのだ。
いや、違う。俺とアキの二人に向けて、そう言ったのだ。
「支配……?」
「おかしなものよのう……どれ、正しき姿に戻してやらねば…………おや……?」
「……ま、さか……!」
裏ボスが片手を俺達に向けた直後、俺とアキは転移魔法のような魔法陣に包まれてしまった。そこから逃げようにも、強制的に意識を飛ばされているのか急激に眠気が襲ってくるため、身動きのひとつも取れない。
「ハルさん! アキさん!」
何かに感付いたような反応を見せるアキの声と、ニールの声を聞きながら、俺の意識は途切れてしまった。