第8話
三人を追い通路の奥に向かうと、実験用の器具のような見たことのない機械が壁沿いに並ぶ、異様な雰囲気の広い部屋が待っていた。その上、生気のない人間や魔物、何故か自動で動くおもちゃのようなもの(例えば幼児が乗って遊ぶ木馬など)があちこちを徘徊しており、異様を通り越し不気味な場所になっている。
思わず息を飲み、寒気を催したのは俺だけではないだろう。
「……な、んだよ……ここ」
「どうやら、例の存在の実験場……みたいだね」
「ということは、もしかしてこの人たちや変な物は……」
「別のものの精神……魂が込められているもの、ということになるね」
実験場と聞けばマシに思えるが、この幽鬼のような動きをする生き物達の様相を眺めて正気を保つのはなかなか難しい。現に、フィーやロアなどは周囲を見ないよう俯いており、知っていたアキですら目を背けている。
そういえば、ヴェロニカが受けた実験も、失敗すると自我のない抜け殻のようになってしまうんだったか――などと思い出してはいたが、その失敗作に近いもの達が多く徘徊している様子は、控えめに言って百鬼夜行か何かだろう。悪い夢でも見ているようだ。
「おい、こいつ抑えんの手伝ってくれよ……!」
「あ、ああ…悪い」
しかし、こんな状況でも頭に血が上っていると何も感じないらしく、現状最も冷静ではないメディナはヨシュに羽交い絞めにされながら暴れている。まあ、確実に殺した筈の恋人の仇が生きていたら、こうなるのも仕方ないだろう。
が、そろそろ落ち着いてくれないと困る。
「放して! ブレンダンが向こうに行ってしまうでしょ……!」
「まあまあ、どうどう……あいつはあんたが殺してるだろ? ありゃ別の生き物だよ」
「そう……だけど」
ヨシュでは抑えきれなかった足首を掴み美女の蹴り攻撃を防いだ俺は、そのアングルの危うさに申し訳なさすら感じながらも、努めて冷静に宥めることに専念した。大丈夫だ。ロングスカートだから、中までは見えていない。
そんなわけで、身動きが取れなくなったことで落ち着かざるを得なくなった彼女は、俺達の言葉に耳を傾けられるほど、ようやく落ち着いてくれた。
「あれは肉体だけブレンダンで、中身は別のものだね。だから、君が名前を呼んでも反応しなかったんだろう」
「そういうことらしい……気持ちは分からなくもないが、ここの状況も分からんのに、むやみに突っ走らないでくれよ」
「……わかったわ、ごめんなさい」
珍しくグレイに窘められ、素直に謝っているメディナが見られたが、そうなる理由を知っている面々は深く責めはしなかった。知らない面子もほぼいい大人達だから、余計に追及することはない。それよりも、俺達には真っ先にしなければいけないことがあるからだ。
勿論それは、この裏ダンジョンからの脱出である。裏ボスを倒さずに脱出できるかは分からないが、どうにか出たいものである。
「……では、脱出方法を探しましょうか。ヴェロニカさん、転移魔法は使えますか?」
ここの正体を知っているはずのアキがそんなことを聞くということは、念のため試してみようと思ったのか、それともゲームではヴェロニカの魔法で脱出が可能だったのか。こうみんなが集まってしまうと、それを聞く隙がないのが実にもどかしい。
「う~ん……なんらかの力が作用しているみたいで、空間魔法は使えないようです」
「マジかよ……じゃあ、自力で出口を探すしかねーのか」
だが、魔法で移動することは出来ないようだ。つまり、徒歩で脱出方法を探すしかないわけだが、現状一本道だったため、もうボスを倒す以外の方法はないかもしれない。と、嫌な予感に思考が支配されている俺は、既に諦めが入っていた。仕方がない、頑張って倒そう。
「急ごう。もたもたしてると、魔王が動き出しちゃうかもしれない」
裏ダンジョンのせいで出鼻を挫かれたニールからは焦りが見えるが、実際一刻を争う状況のため、のんびりはしていられない。とりあえず、部屋の奥に続いている通路の先を目指し、一同は慎重に進むことになった。