第7話
歩けども歩けども、通路といくつかの個室がある程度のこのダンジョンは、今まで通ってきたあちこちのダンジョンや建物が混ざっている場所のようだ。
最初に着いたレンガ造りの壁の辺りは、ニールの村の建物の壁によく似ていたが、今は別の石造りの建物に変わっている、ここは見覚えがないから、おそらく俺が合流する前のダンジョン“チュニス基地”なんだろう。ということは、そろそろ俺が知っている壁も出てきそうだ。
「ダンジョンっていう割には、何もいないんだな」
「これから出てくるので、油断しないでくださいよ」
会話が聞かれない程度に距離を取りながらみんなの後を歩いていた俺は、アキに説明を受けながら周囲を眺めていたが、「あ、でも」と急に言葉を濁した男の姿をした少女の声につられ、渋々顔を上げる。
「……なんだよ?」
「ハルさんには、厳しい相手かも」
「なんだそれ、どういう意味――」
“俺には厳しい相手”などと言われても、大体の敵が厳しい俺としてはどんな相手だろうと大して変わらない――と、言い返そうとしたのだが、俺が言葉にする前に前方に異変が発生してしまう。少々距離があるため詳細な容姿までは見えないが、人型の何かが前方に立っているのが視界に入ったため、おそらく敵が出たんだろう。
しかし、普通の敵であればすぐにヨシュが攻撃を仕掛けている程の間が開いてもなお、誰も動く気配がない。不思議に思っていると、信じられないものを見たかのようなフィーの悲鳴が耳に届いた。
「ブ、ブレンダン……!?」
「は……!?」
ブレンダン――忘れもしない。メディナを散々苦しめた魔族。俺がこの世界で初めて相対したボスで、まだ戦闘技術も何もあったもんじゃない俺を狙い撃ちにしてきた魔族。思わず背筋が凍るほどのトラウマを受け付けてきた魔族。
「……ヒエッ」
恐怖のあまり変な声を上げてしまった俺の背を擦りながら、こうなることを予想していたと言わんばかりに苦笑するアキは、「ね、言ったでしょう?」などと声をかけてくるが、硬直した俺の耳にはあまり入ってこなかった。というよりは、右耳から入って左耳から出て行った、という状況の方が正しい。
一方、ブレンダンが関わると冷静でいられないメディナは、辛うじて魔法で攻撃こそしなかったものの、今にも何かやらかしそうなほど熱の上がった状態でそいつに詰め寄ろうとしていた。
「なんで、あんたがここにいるのよ!」
「……」
「……あ、あれ? なんだか、様子がおかしいね?」
「行っちゃったわよ……?」
しかし、ブレンダンの奴は黙ったまま何も返さず、それどころか俺達を無視して通路の先に向かって歩いて行ってしまう。まるで、メディナの言葉が届いていないようにも見えるその反応には、みんなも構えていた武器を下ろしてしまった。
「いいから追いかけるわよ!」
「お、おい! 落ち着けよ……って、ダメか……クソッ」
いつもの冷静さはどこへやら。すっかり頭に血が上り切ってしまったらしく、メディナは一人で勝手にブレンダンを追いかけて行ってしまう。慌ててその後を追ったヨシュとフィーも止めきれずに先に行ってしまったため、その場には比較的インテリ系の面々が取り残されたのだった。
「彼女があんなに取り乱すなんて……ブレンダンとは、何か因縁があるようだね?」
「まあ、なんというか……色々あってな……」
「……ああ、なんとなく分かったよ。とりあえず追いつこうか」
まさか他人が勝手にメディナとブレンダンの因縁について話すわけにもいかないため、思わず言葉を濁してしまったが、洗脳されている間は同じ幹部としてブレンダンと関わりがあったエディには思い当たる節でもあったのか、それともただ察しがいいのか。とにかくそれ以上の追及を止めてくれたエディは、すぐに切り替えて三人を追い始めた。
「うん、ヨシュとフィーがついていったから大丈夫だとは思うけど、急ごう」
どちらかと言わなくてもパワータイプの二人と、今最も冷静じゃない一人を先走らせてしまった現状が非常に危険なことは誰もが分かっていたらしく、見えなくなってしまった三人を追って駆け出した。