第3話
メディナの案内の元、迷いの森を抜けた先に隠されていた魔王軍の基地へ向かおうとしていた俺達だったが、体力の消耗やメディナの体調を鑑みて、森の外れで一旦野宿する事に決まった。
その間、当然のように【浄化師】という名称が飛び交っていたのだが、勿論俺は説明を受けていない。俺自身は既に知っている情報のためわざわざ聞く必要もないとはいえ、記憶喪失という設定にされてしまっている以上、触れずに進むわけにもいかないという面倒な状況が発生していた。
「――で、浄化師ってなんだ?」
「あ、そっか。ハルさんには話してなかったね」
料理当番を手伝い食材を切っていた俺は、隣で鍋の様子を見ていた当番のニールに思い切って質問することにした。知っている事を聞くのは気が進まないが、状況を考えると悠長なことも言っていられないため、一番突っ込みが少なそうなニールを選んだのである。
案の定、人の良いニールは料理を作りながら、懇切丁寧に浄化師について説明してくれるのだった。
「あのね、ボクの村では魔物を浄化する力を代々継承していて、ボクはその生き残りなんだ」
「魔物を浄化? 消したりするのか?」
「あはは、違うよ。魔物の悪い心を消しちゃうんだ。魔物って元々は悪い生き物じゃなくて、魔王に悪い心を植え付けられちゃってるだけなんだよ。だから、それを消して元に戻してあげる為の力……ってところかな?」
実は、ニールの一族が代々継承している能力は魔物の悪意を浄化するだけではないのだが、ニール本人は修行途中で故郷の村ごと滅ぼされてしまったため、浄化師としてはまだ未熟である。勿論、浄化以外の能力について、ニールは知る由もない。
「なら、この辺の魔物も浄化できんのか?」
「ううん……ボクが未熟なのもあるんだけど、ここ半年で浄化できない魔物が出てきちゃってさ」
「浄化できない?」
「うん。お父さんは魔王の力が強くなったのかもしれないって言ってたけど、詳しいことはボクも分からなくて。村のみんなが色々対策を練っている間に……」
一度首を振り笑ったものの、ニールは鍋をじっと見つめながら僅かに厳しい目を見せた。村が襲われた時の事を思い出しているのだろう。ゲーム中でもあまり激しい感情を表立って見せることはないキャラクターだったが、今も僅かに表情に出すだけでそれ以外の反応はない。
「魔王軍に襲われた、ってことか……」
「……人間からも、あまり良い目では見られてなかったからね。魔王軍に売られちゃったんじゃないかな、ってボクは考えてるよ」
ニール達の能力は、同族である人間から好ましい視線を向けられるものではなかった。それはそうだろう。いくら元が悪い生き物ではないとは言っても、悪い事をした奴相手に「更生したから今までの悪事のなにもかもを許します」なんて出来る筈がない。魔物を浄化されたことで、下手に手を出せなくなり復讐する相手を失ってしまう人間もいただろう。
とはいえ、身代わりに魔王軍に差し出すというのもなんだか納得は行かないわけなのだが、ニール自身はその辺りは割と達観している設定だった。達観というよりは、家族も故郷も全て失った事で生じた諦めに近いのかもしれないが。
「……人間は憎くないのか?」
「うーん……そりゃ、ちょっとは憎いけど……でもさ、人間と魔物の関係がこうなっちゃったのって、元をたどれば全部魔王のせいなんだ。だから恨むのは魔王だけにしようって。だってさ、悪い事をした魔物が浄化されたからって、その行いを全て許せるわけじゃないもん。ボクたちの力を嫌がる人がいるのは仕方ないよ」
「凄いな、ニール……俺なら人間ごと憎んじゃうよ」
煮立った鍋を火から下ろし困ったように笑う少年の姿は、年不相応な哀愁を漂わせていた。ゲームとしてやっている分にはさほど気にしたことはなかったが、当人を目の当たりにすると流石に不憫に思えてしまうらしい。とてもじゃないが、俺はニールのように笑って流すことは出来なかった。
「えへへ……でも、憎いのは本当だよ? だから、なにかあったら人間にも復讐しちゃうかも」
「お前、可愛い顔で怖いこと言うのな……」
本人は冗談のつもりなのかもしれないが、笑いどころが一切ない。切った食材を炒めながら可愛らしく恐ろしい事を口にする主人公の姿に思わず身震いした俺は、ぎこちなく顔を歪ませるしかなかった。