第3話
翌朝、全員がリビングに集まると、男が床で土下座していた。
「皆さんにはご迷惑をお掛けして、どうお詫びすればいいか……!」
勿論、そいつはエディである。どうやら一晩しっかり休んだら記憶も戻ってきたらしいが、それは本人にとっては相当厳しい事実だったんだろう。
顔を上げた彼の顔が真っ青に染まっていた事からも、予想出来なくはない。
「気にしないでください、エディさんが悪いわけじゃないですから」
「でも、ロアも助けてもらったし、僕がやってきたことの後始末もさせてしまって……」
苦笑を浮かべたニールがそばに寄り宥めたが、それなりに悪行をさせられていたエディが、その程度の慰めで自分を許せるはずもないだろう。
「そのへんは流れでやっただけだし、んな気にすんなよ」
「そうそう、たまたま行った先にあなたがいただけだし」
「……うう……ヴェロニカぁ……」
しかし、敵対していたニール達が全く気にしていないことを目の当たりにして困惑したのか、涙目で妻に助けを求めるその姿に操られていた間の魔王軍の幹部の貫禄も、稀代の魔法使いと呼ばれた偉大さも、何もかも感じられないことは何とも言い難いもの悲しさを感じる。
「落ち着いて、エディ。あなたの掴んだ情報なら、ニールくん達のお役に立てるんじゃないかしら」
「そ、そうだね……じゃあ、僕が分かる限りの情報を伝えるよ……」
「大丈夫か、こいつ……」
「……結構、ヘタレなのね」
敵対していた時のあの悠々としたエディからは想像も出来ないヘタレ加減に呆気に取られていたのか、ヴェロニカとロア以外の誰もが言葉を失っていたが、身内の様子を見る限りは元々こういう性格の男だという事が分かる。まあ、実力は確かだし、このぐらいの性格の方が親しみが持てて良いのかもしれない。
そんな夫婦の提案でまず疑問がないかと問われた俺達だったが、正直疑問だらけでどこから手を付けたらいいものかと悩むばかりである。そんな中、懐を漁っていたニールはあるものを取り出して、それをエディに見せた。
「あ、じゃあ……この短剣ってなんだかわかりますか?」
「短剣……?」
ニールが取り出したのは、白い刀身に宝石で装飾された短剣。ブランタに隣接する樹海で拾った、“エディの力”が込められていた、例の短剣である。
結局、あの時はこのアイテムの正体が何なのか分からないまま持ってきていたのだが、浄化した張本人のニールは今も気になっていたようだ。
「…………これ、どこで見つけたの?」
「ブランタの森で見つけたのよ。貴方が訪れていた場所だけど、何か分かるの?」
「あ、そっか……これはね、魔王が各地を襲う時の目印になっていたんだ。これのある所を重点的に襲うためにね」
世界各地を襲った魔王だったが、それは町や村を中心にして行っていた為、人里を離れるとそれほど重大な被害は出ていなかった。場所を把握していないから、目印として魔王の部下たちがこの短剣を設置して狙うべき場所を決めていた。ということらしい。
そう聞くと、魔王がとんでもなく間抜けに見えるが、ニールが浄化したおかげで難を逃れたブランタと、エディと繋がりがあったから狙われなかったポルトビ以外はものの見事に被害に遭っている為、効果的だったのは間違いない。そもそも浄化師がいなければ、回収しても回避不能だったのだから、ブランタは運が良かったのだと言うべきだ。
「じゃあ、魔王は人里を把握して襲っていたわけじゃないのね……」
「ブランタが無事だったのは、俺達がこれを持ち出していたからなのか」
「でも、これって魔王の力が注がれてたから、そう簡単にこんな何もない状態になんて出来る筈がないんだけど……まさか、浄化したの?」
その短剣に込められている力について、当時のニールは“エディの力”と言っていたが、実際には魔王の力がエディに注がれており、エディを経由してその力が短剣に注がれていたという事だろう。
「あ、はい。すごく気持ち悪かったから、浄化しちゃいました」
「す、凄いなぁ……浄化師ってそんなことも出来ちゃうんだ……」
今までメディナや、グレイの弟のトマスも浄化師に対し強い興味を抱いていたが、稀代の魔法使いのエディにとっても、浄化師という存在は未知のものらしい。だからこそ浄化師達は隠れて暮らしていた部分もあるのかもしれないが、その誰もがニールに対し悪意を抱いていないなら問題はないのだろう。