第1話
アルジュの村に着いてすぐ、一同はニールの家に入りまずは手負いのエディを休ませた。傷は治っているが、記憶がさっぱり戻っていない状態の人間を、無理に起こしておくわけにもいかないからだ。
そして、リビングにあたる部屋に集まると、ヴェロニカは何故自分が魔族になっているのかを、ぽつぽつと語りだす。
「異なる精神と、異なる肉体の融合……魔王は、それを試すために、死人となった私に目を付けたようです」
「異なる精神と……異なる肉体の融合……?」
異なる精神と、異なる肉体の融合。それは簡単に言えば、『俺の身体にアキの精神が入る』ような状態の事なんだろう。つまり、ヴァルヴァラという魔族は、魔族の身体にヴェロニカの精神を入れた事により誕生した存在ということになる。
「ええ、詳しいことは私も分かりませんでしたが……他にも何人かの魔族や魔物、人間が実験されたようです。ただ、自己をはっきりと認識できているのは、私だけのようでした」
「……それは、魔王も知っているの?」
「いえ、咄嗟に誤魔化しました。他の者は意識すらもないような状態だったので処分されたようでしたが、私は能力があるからと、そのまま幹部に」
魔王がどの程度認知しているかは定かじゃないが、ヴァルヴァラが誕生した時は、間違いなくヴェロニカの虚言に騙されたのだろう。まあ、それまで失敗続きだった実験に少しでも成功の兆しが見えれば、いくら魔王といえど嬉しくて正常な判断が出来なかったのかもしれない。そう思うと、少し可愛い気がしてくる。
とはいえ、やっていることは非人道的な行為には違いないのだから、許せるかどうかはまた別問題だ。何せ一度死んだヴェロニカの精神を、魔族の身体に入れたのだ。元々の魔族がどんな状態で実験に晒されたのかは分からないが、ヴェロニカにとっては家族と対立する種族に変えられたんだから、そう簡単に受け入れられるものじゃないだろう。
「それは、不幸中の幸い……だったのかしら」
「私には、なんとも……ですが、こうして夫と娘に会えたのは、良かったことなのかもしれません。そのせいで、多くの人に迷惑をお掛けしてしまった事は、本当に申し訳なく思いますが……」
ヴェロニカは苦々しい表情を見せながら、ふっと慈愛に満ちた目をロアに向ける。まあ、死んでしまったら二度と会えないのは死んだ人間も、残された人間も同じだ。その悲しい別れが形を変えて先延ばしになったのだから、ちょっとぐらいは嬉しいのかもしれない。
それは、実際にタイマンで重傷まで追い込まれたグレイも分かっているらしく(そもそもヴァルヴァラが好き好んで敵対していた訳ではないと分かった時からグレイ自身に敵意はないようだが)、笑って首を振ったのだった。
「気にしないでくれ。仮にあの時あなたがロアの母を名乗った所で、俺は信じられなかっただろう」
「ごめんなさい。そう言っていただけると、助かります」
でも、お詫びは必ずさせていただきます。とヴェロニカが拳を作って意気込むと、そのちょっと可愛げのある挙動に緊張が解けたのか、メディナがふっと吹き出し他のみんなも笑みを見せる。
これでは、生前も随分と可愛らしい人妻だったに違いない。ヴァルヴァラを演じている間の、女王様のような言動は相当無理をしてやっていたんだろうと思うと、それだけで微笑ましさしかなかった。
「……ママ」
「ごめんね、ロア……沢山怖い思いをさせてしまったわ……」
「ううん……また会えて、うれしいよ」
姿かたちは違うとはいえ、その言動で間違いなくヴェロニカだと心から納得できたんだろう。ロアがおずおずとヴェロニカのそばに近寄ると、すぐに彼女も向き合いその小さな体を抱き寄せる。やっと親子の再会らしいことが出来て安心したのか、泣き出したヴェロニカとロアを眺め、他のみんなも涙ぐんでいた。
それを見届けた俺は、とある一つの疑問をぶつけるため、アキを家の外に呼び出した。