第10話
混乱するその場を落ち着かせるよう、ヴァルヴァラ、もといヴェロニカは、俺達と敵対した経緯をかいつまんで語り出した。
曰く、エディが正気を失い魔王の手駒となってしまった為、その手から守るためにロアを保護しようとしていたが、偶然ロアを助けに現れたグレイや俺達の前で正体を明かす訳にもいかず、攻撃してきたということだった。魔王の本拠地に乗り込もうとした時に転移魔法で俺達を異空間に避難させたのも、魔王が世界へ大規模な攻撃を起こそうとしていた事を事前に知ったため、ロアの味方をしていた俺達ごと守ってくれたのである。
「……えっと……つまり、あなたは洗脳されたエディからロアを守るために、こっそりエディや魔王の邪魔をしてたってこと……?」
「ええ……そういうことに、なりますね」
気持ちとしては追いつかないものの、今までの行動を思い返せば納得しないわけにはいかない。とでも言いたげに、(既に知っていた)俺とアキ以外の面々は複雑な面持ちでヴェロニカとエディを眺めていたが、一応なんとか理解はしたようだ。
「でも、ロアの母親は死んだって言ってたよな……アンタ、どういうことなんだ?」
とはいえ、そもそも故人であると聞かされていたロアの母親がこうして生きていること、そして魔族になっていることは大きな疑問として残っている。故にヨシュが納得しきれずに問い詰めるのも、また仕方のない展開だった。
「……確かに私は、二年前に病で死にました。ですが、ある日気が付いたら、この姿で私は魔王軍にいたのです……こんな姿なので人里に近付く事もできず、なんとか魔王軍に紛れて過ごしていたのですが、半年ほど前に偶然夫に再会してしまって……」
「ってことは、エディは分かってる筈じゃ……?」
「今の彼は、混乱しているようです。落ち着けば、思い出すでしょうけれど……」
ロアとヴェロニカに支えられるように背を撫でられながら床に座り込んでいたエディは、正気を失う前の記憶も曖昧なようで、ただただ申し訳なさそうに項垂れている。ここまでくると不憫で仕方ないが、だからと言ってほぼ他人の俺達に何かしてやれるわけでもなく、ヴェロニカに任せるしかなかった。
それに、気にしなければいけない事柄は、もうひとつある。
「……貴女は正気のようだけど、何故エディだけそんな状態なのかしら?」
「彼はすぐに私の正体に気付き、助ける為に手を尽くしてくれていたのですが……その最中、魔王に見つかってしまい洗脳されてしまったのです……元々、稀代の魔法使いということで、その力を魔王から狙われていましたから」
「ふむ……十年前に急に姿を消したのも、それが理由だったのか……なるほどな」
稀代の魔法使いを洗脳するなんて、一体どんな洗脳技術なんだと突っ込みを入れたくなるが、ニールの浄化で正気に戻せるとことから分かるように、洗脳するにあたって魔力が無関係なのはほぼ間違いない。だが、それだけでどうにかできるほど簡単な世界でもないため、魔王は単純に戦力になるエディを狙っていたんだろう。
とはいっても、魔族を作り出せるほど力を蓄えた今なら、そんなに熱心に狙う必要もないんじゃないかとは思うが、件の世界規模の攻撃を起こすためにエディの魔力が使われたらしいという話もあるため、まるっきり余分なものというわけでもなさそうだ。
そんな話を続けていた俺達だったが、何者かが近づいてきているのか、フィー、メディナ、グレイの三人が扉の方に注意を向ける。勝てはするだろうが、ここで魔物に来られるのは話の邪魔でしかない。
「……ここで話し続けるわけにはいかなさそうね。どこかへ移動しないと」
「じゃあ、ボクの村に行こうよ。十分な設備はないけど、あそこなら誰も来ないよ」
「そうね……ヴェロニカ、あなたの魔法なら行けるわよね?」
「ええ、問題ありません。皆さん、私のそばへ」
すっかりしおらしくなってしまったが、そもそもヴェロニカは過激なボンテージ姿の綺麗なお姉さんである。それを全く気にしていない様子のメディナはともかく、俺にはまだちょっと刺激が強いため、そばに寄るだけで少々緊張しながら大人しく転移魔法の陣に包まれ、一瞬にしてニールの故郷へ戻ったのだった。