第9話
ヴァルヴァラが倒れた事により、俺達の戦力も全てエディに向けられることになる。
物理攻撃を防ぐシールドの剥がし方を分かっている上、此方にはエディの魔法攻撃を防いでくれるメディナがいるため、あとは数の暴力に任せてしまえばいい。補助に回った魔法使い二人を守りながらエディに立ち向かうのは、現状それほど難しい事でもなく、驚くほど簡単に勝敗はついた。
「ニール!」
「うん!」
そして、弱ったエディにニールが浄化を始めてしまえば、もうこれ以上戦う必要はないだろう。
あれほど脅威に感じていたのに不気味なほど大人しくなっていく男を眺めていたが、呻きながらも意識も命もあるらしいヴァルヴァラの方に、自然と俺の意識は向いて行った。
「うぅ……ロア……」
「……お姉ちゃん、なんであたしのこと助けてくれたの……?」
ヴァルヴァラに庇われてから、ロアはほとんどその場を動いていない。俺達が出会った時にロアを連れ去ろうとしていたヴァルヴァラが、何故命懸けで自分を庇ったのか――それがどうしても理解できず、ただただ疑問だったんだろう。
だが、その行動の理由が分からない以上、此方も治療してやることができない。
「なぁ、アンタ。エディの仲間なんじゃねーのか?」
だから、ヨシュもわざわざ声を掛けていたのだが、誰がどう声を掛けてもヴァルヴァラは頑なに口を開こうとはしない。
「だんまりか……エディの方はどうだ?」
「……大丈夫、だと思うけど……」
「ちょっと、様子を見ましょう。皆は二人と出入り口を見ていて、この部屋を調べたいわ」
「ああ、分かった」
エディの傷は、ニールが浄化を行った後にメディナが癒していたため、今は元通りになっている。呼吸をしていることから少なくとも生きてはいる筈だが、目を覚ます様子はなかった。
それから、部屋の設備の調査をメディナとアキに任せて、他の面々は二人と部屋に侵入して来る魔物が来ないよう構えていたが、運良く訪れる魔物もなく、そしてメディナ達の調査が終わるよりも前に、エディに変化があったのだった。
「……ん……あれ……?」
「あ、目を覚ましたわ!」
床に寝かされていたエディはゆっくりと目を開くと、不思議そうに周囲を眺めていたが、その様子から敵意や悪意はもう感じられなかった。どうやら、ニールの浄化は成功したらしい。
そんなエディを最も傍で見守っていたロアが彼の視界に入ると、エディは目を丸く見開き半身を起こす。
「…………ロア? どうしたんだい、その服……そんなの持ってたっけ……?」
「パパ……?」
「なんだろう、ここは……それに、君達は誰だい?」
この基地の事も、俺達の事もなにも分かっていないと言わんばかりの反応を見せたエディは、一切の敵意も悪意も感じさせず、ただただ困惑の表情を見せ俺達や室内を見渡している。
スティプルドンの時もだったが、洗脳されている人間はその間の記憶がかなり朧げになっているらしく、エディもその例に漏れないのだろう。
「パパ、おぼえてないの……?」
しかし、ロアはスティプルドンの事件の時は屋敷の外にいたから、こんな反応をするとは思っていなかったのかもしれない。困惑する実父を見上げ、ロア自身も困惑しているようである。
「覚えて………………い、や……なんで、君がそんな姿に……なっているんだ……!?」
「…………エディ、元に戻れたのね……」
そのエディが周囲を見渡しヴァルヴァラを視界に入れた瞬間、ロアを見つけた時の何倍も大きく目を見開き硬直してしまった。まるで死人でも見たかのようなエディのその様子と、ヴァルヴァラの心底安堵している優しい表情には、みんなも理解が追いつかず二人を見比べては各々目を合わせている。
「な、なんだ? なにがどうなったんだ?」
「ヴェロニカ……!」
「え……?」
「ヴェロニカ? ヴァルヴァラじゃないのか……?」
少なくとも、ここまで聞いたことのない「ヴェロニカ」という名前に終始困惑するみんなとは違い、ロアはその名前を聞いた途端にヴァルヴァラに駆け寄り、その顔をじっと見つめる。そして何かに気付いたかのように、あ、と声を上げると、その場に座り込んでしまった。
「………………ママ」
「ママぁ……!?」
その口から出た予想だにしない言葉に、誰もが驚きの声を上げた。