第2話
森の外れでフィーが手当てをしてから少し経った頃、美女メディナはようやく目を覚ました。
「……な、に…………ここは……?」
「あ、目を覚ましたわ!」
「…………誰、貴女」
警戒を隠しもしない視線をフィーに向けながら半身を起こしたメディナは、周囲に控えていた俺達を視界に入れると更に警戒したようだ。美女の鋭い視線を浴びて身震いした俺は、同時に興奮していた。
綺麗なお姉さんに睨まれるのは、堪らなくクるものだ。出来れば見下してほしい――などと考えていたが、いくら今は美少女の俺であっても、そんな事を口にすれば変態扱いされることは間違いない。そのため絶対に表には出さないように気を付けていた。
しかし、隣に立っていたアキには気付かれていたらしく、後日、本人から教えられて俺は泣いた。
「お姉さん、倒れてたんだよ。一応怪我は直したけど、大丈夫?」
「……倒れてた…………そうだわ、私……!」
起き上がったメディナは、ニールの言葉で何かを思い出したのかのろのろと立ち上がると、その場から駆け出そうとした。が、さっきまで倒れていた人間がそう簡単に動ける筈もなく、体のバランスを崩し倒れかけてしまう。
それを羨ましくも男らしく支えたのは、ヨシュだった。
「お、おい! 急にどうしたんだよ!?」
「離して! 魔王軍……あいつらを殺さなきゃいけないの!」
「魔王軍を……?」
支えがなければ立っていられないような満身創痍の体でありながらも、メディナはヨシュの手を振りほどきどこかへ向かおうとしていた。勿論、俺は彼女の行き先も目的も分かってはいたが、唐突に出た【魔王軍】という名称に事情を知らない少年達は顔を見合わせてしまう。
そして意見を求めるようにニールの視線がアキに向いたことで、その場を黙って眺めていたアキが口を挟んだのだった。アキはどう見てもパーティ中一の年長者であるため、ニールも意見を求めたのだろう。そして、その判断は正しかったようだ。
「……なにやら、込み入った事情がありそうですね。我々はこの辺りにある魔王軍の基地に用があるんですが、もしよければお話しいただけませんか?」
「ま、用事って言っても殴り込みだけどな」
流石に成人間近の男が話に絡んでくるとメディナの反応も違うらしく、若干ヒステリックになっていた彼女は少しばかり落ち着きを取り戻した。そりゃまあ、子供を引き連れている落ち着いた雰囲気の大人が相手となれば、多少は態度も和らげざるをえないだろう。大人の俺の視点から見たら、少なくとも子供よりは信用できるからだ。
ゲームでは、しばらくメディナが警戒し続けてなかなか話が先に進まなかったことを考えると、この時期にいる大人の男という存在はなかなか便利なものである。出来ることなら、そのポジションには俺がなりたかった。
「基地に殴り込み……? じゃあ、貴方達もしかして……」
「え?」
「……いいわ、話す。けど、あいつらの仲間だったらこの場で消すから」
「そりゃおっかねーな……」
威勢がいいが、それもその筈。彼女は俺と違って頭も良く、魔法使いとしてはこの世界でも有数の人物だ。その気になれば、本当に俺達が消し炭にされるのは目に見えている。とはいえ、実際はそうはならないことも俺には分かっていた。
それは彼女もまた、ニール達と同じように復讐に燃える人間だからだった。
◆◆◆
美女メディナの過去は凄惨である。
恋人との二人旅の最中、滞在した街が魔王軍に襲いこまれたのだ。メディナと恋人は奮戦したが、大軍相手になすすべなく、街は滅ぼされ二人は囚われてしまう。その後、恋人を人質にされたメディナは、軍師として強制的に協力させられていたのである。
しかしそれも、ある日突如転機を迎えた。魔王軍の手違いで、人質になっていた恋人が殺されてしまったのだ。それを出先で知らされた彼女は当然怒り狂い、周囲の魔王軍を滅ぼしながら、囚われていた基地に向けて単身向かっていたのだ。が、流石に力尽き、この迷いの森で行き倒れていたのであった。
「そんな……恋人を人質にされた挙句、殺されるなんて……!」
メディナがここに至るまでの経緯を語り終えた後、真っ先に声を上げたのはフィーであった。彼女は感受性が強く、人一倍他人の感情に敏感である。気が強いが、他人を思いやり悲しみや怒りを分かち合うその性格は、同じ境遇の人間を励まし、そして時に癒しているのだ。
彼女のそんな性格をゲーム画面で見ていたとはいえ、実際に目にするとまた見え方が変わってくるものだ。現実にこんな奴がいても、優しさや同情の押し売りのように感じるだろうと考えていたが、他人の事にここまで親身になって自分の事のように受け止められる人間なんてそうそういるものじゃないし、実際俺は見たことがない。
だから、今目の前で繰り広げられる彼女の言動は、なんだか妙に眩しく感じられたのだ。
「……なあ、あんた。基地がどこにあるのか分かんだろ?」
「ええ」
「よし、行くぞニール」
「うん、こんなの絶対に許せないよ……!」
そう考えたのは、なにも俺だけではないらしい。ヨシュはニールに声を掛けると、飛び上がる勢いで立ち上がる。激情家の彼らしくその顔は怒りに満ちており、勿論それは穏やかな性格のニールも同じだった。
そう、これだ。俺は、この復讐に燃える若人のテンションについて行ける自信がなかったのだ。しかし、そのテンションについて行かない人間がもう一人いるお陰で案外精神的には安定していたのだから、俺の頭の単純さが分かるというものである。
「……ねぇ、貴方。もしかして、チュニス基地を潰した浄化師?」
「え? う、うん。そうだけど……」
浄化師――この世界に存在する、特殊な能力を持つ人間達の事をそう呼ぶ。そしてこのパーティでその能力を持つのはたったひとり、主人公のニールだけである。
プレイヤー視点でのみ分かることだが、魔王軍の間ではチュニス基地を襲った少年少女の情報が広まリ始めており、特に彼女のように明確な立場に就いている者には大まかな容姿も共有されているため、ニールに対しそんな言葉がかけられたのだろう。
「……なら、私も行くわ。復讐のために、あそこから脱出してきたんだから」
「うん、一緒に行こう! えっと……」
「メディナ、私はメディナよ。よろしく頼むわね、若い浄化師さん」
ゲームでの流れ通り、ニールが浄化師であると分かった途端、メディナは警戒を解き態度を改める。ニール達が他の基地でやらかしてきた事を知っている彼女にとっては、俺達はこれ以上ない味方だからだ。