案内人の悪あがき
7月25日に 【俺は星間国家の悪徳領主!】 最新11巻 が発売となります。
今巻は書籍オリジナルエピソードですので、Web版のみの読者さんたちも是非ともこの機会に書籍版を購入をご検討ください。
俺がアルゴスのブリッジに帰還してしばらくすると、帝国軍から降伏の申し出があった。
専用シートに腰掛けていた俺だが、この申し出には多少驚く。
「徹底抗戦すると思っていたが、三騎士とは随分と忠誠心の足りない連中らしいな」
もっとも、帝国のために最後の一人まで戦う! などというよりも、よっぽど人間らしいので個人的には好感が持てる。
俺の側に立っているクラウスなどは、敵将の気持ちが理解できるらしい。
「このまま徹底抗戦を続けても勝てないと判断したのようでしょう。敵にとって三騎士筆頭のコーネリアスはまさに切り札であり、それだけ精神的な支柱であったと思われます。彼なくして、いえ……彼を倒してしまったリアム様を前に、無駄に将兵たちの命を散らすのを指揮官として阻止したかったのかと」
部下思いの指揮官だ。
しかし、全員が指揮官に従ってはいなかった。
クラウスが言う。
「しかし、投降したのは敵左翼艦隊のみであり、敵中央本隊と敵右翼の艦隊は今も激しく抵抗を続けております」
「別の三騎士が率いていた艦隊だったな。討ち取られた主君の弔い合戦のつもりか? 馬鹿馬鹿しい。さっさと投降すれば命は助かっただろうに」
それとも指揮官を失って統制が取れず、内部でも意見が割れているのだろうか?
ともかく、これにて戦争は終わりだ。
クラウスが俺に進言してくる。
「リアム様、こちらもかなりの損害を受けております。残党の討伐のため艦隊を再編する許可を頂きたいのですが?」
「そんなに被害が出ているのか?」
「はい」
勝利はしたが、バンフィールド家の艦隊もかなり被害を受けていた。
「……被弾した艦を下がらせろ。こんな消化試合でこれ以上の被害を出すのも馬鹿らしい」
「はっ」
許可を出すと、クラウスがブリッジクルーに指示を出して被弾した艦を下げさていく。
すると、そこに通信士からの悲痛な叫び声が響く。
「短距離ワープにて敵艦隊と思われる集団が続々と集まっています! これは……帝国軍のパトロール艦隊? 貴族所有の艦隊も参加しています!」
それを聞いた俺は、目を大きく見開いていたと思う。
艦隊の再編を許し、被弾した艦も下げさせて艦列が乱れている最中に敵の襲撃だ。
タイミングは最悪だった。
「このタイミングで襲いかかってくるのかよ……アヴィドの再出撃の準備を急がせろ! クラウス、お前が艦隊の指揮を執れ!」
「はっ!」
アヴィドにて再度出撃しなければ、敵に襲われて大損害を受ける。
負けるつもりはないが、ここまで来てそんな損害は許容できない。
◇
「ふはっ、ふはははっ! 最後に勝つのはこの私だよ、リアム! 首都星の負の感情を根こそぎ吸い尽くした今ならば、お前にとって最悪のタイミングで攻撃を仕掛けることも可能なのさ!」
首都星で負の感情を全て奪い尽くした案内人は、その力を使ってリアムの敵をこの場に集めていた。
それは貴族が司令官を務めているパトロール艦隊や、この非常時に日和見をして勝った方に乗り換えようとしていた貴族たちの艦隊だ。
案内人がいるのは、それらの艦隊を集めて率いる旗艦だった。
旗艦にいるのは首都星に割と近い領地を持つ公爵だが、悪い意味で帝国の貴族らしい貴族だった。
その男は普段は贅の限りを尽くして肥え太っていたが、今回の戦いに参加するために教育カプセルに入ってスリムな体になっていた。
美しい容姿に変更し、我こそは次の皇帝に……と意気込んでいる。
「奸臣、バンフィールドを討って皇帝陛下をお救いせよ! 各々方、今ここが貴族としての矜持を見せる場面です!」
(首都星に乗り込んだら皇帝陛下を暗殺し、バンフィールドに罪を被ってもらう。そうすれば、次の皇帝はこの私だ)
公爵の安直な欲望に、案内人は味気なさを感じつつも支援をしている。
「くっ、こんな小物たちしか集まらないとは、帝国も人材不足ですね。悪い貴族たちがここ百年でほとんど減ってしまうなんて」
減った原因はリアムである。
海賊貴族として名を馳せていたバークリー家を滅ぼし、何かと敵対する貴族たちを叩きのめしている内に小物ばかりが残ってしまった。
そんな小物貴族たちを案内人がかき集め、バンフィールド軍に襲いかかろうとしている。
かき集めたのは旧式の艦艇や機動騎士ばかりだが、それでも現状のバンフィールド軍にとっては脅威だった。
案内人は、今も戦っている帝国軍の精鋭たちに視線を向けた。
「彼らがこちらに呼応するように動いてくれれば、バンフィールド軍を挟撃できますね。そうすれば、リアムは軍事的にも政治的にも敗北する……運が良ければリアムも仕留められるでしょう」
ここに来てまさかの運任せ。
案内人の力は全盛期を大きく下回っている証拠である。
公爵は両腕を広げ、旧式である超弩級戦艦のブリッジで悦に浸っていた。
「我が公爵家六万隻に加えて、貴族やパトロール艦隊をかき集めた五十万隻の大艦隊! この艦隊で奸臣リアムを討てば、私の名前は歴史に刻まれるだろう!」
集めに集めた五十万隻の大艦隊!
普段は領地に引きこもり、領民を搾取して満足している悪党たちや、その親類縁者が司令官となっているパトロール艦隊たちが主な陣容だ。
中にはこれを好機と考え、参加している海賊や悪党たちもいる。
あの海賊狩りのリアムを倒せるチャンスだ! と。
案内人も公爵と同様に両腕を広げて天を仰いだ。
「リアム、私がお前を不幸のどん底に突き落としてやろう!! 今日こそは必ず、絶対にお前が泣き叫ぶ顔を見てやるのだ!!」
公爵と一緒に高笑いをする案内人……周囲には姿が見えていないため、誰も不思議に思わない。
のだが、ここで案内人の日頃の行いの悪さが響いてくる。
案内人の後ろ……物陰から目つき鋭く、牙をむき出しにし、威嚇する姿を見せるのはリアムが前世で大事に飼っていた犬の魂だ。
犬はそのまま仲間を呼ぶように遠吠えを行うと、案内人が振り返る。
「あっ、お前はあの時の犬!? また私の邪魔を――」
邪魔をするつもりか! そう言い終わる前に、ブリッジクルーたちが騒ぎ始める。
「公爵様! 我らの前に敵艦隊が出現しました!」
「こんな時にどこの馬鹿共だ?」
次々に短距離ワープで現われる艦隊は……。
『帝国軍特殊独立遊撃艦隊司令官のセドリック・ノーア・アルバレイト中将だ。公爵、あんたに邪魔されるわけにはいかないぜ』
セドリック率いる十万隻の帝国正規軍であった。
自分の率いる艦隊と、意見を同じ来る帝国軍を引き連れて参戦してきた。
正規軍の登場に公爵は狼狽えるが、それでも自分たちの数の方が上なので焦りは少ない。
「正気ですかな? 我々は帝国を守るために集まったのですよ。それなのに、皇族のあなたが邪魔をするのが理解できない」
セドリックも自分の立場を考え、頭をかいている。
思うところはあるのだろう。
『確かに俺は守る側なんだろうが、色んな場所を見て回っていると今の帝国のやり方は間違っていると痛感させられたわけだ。皇族として、軍人として、確かに間違っているのは認める。だが、リアムの大将には大きな借りもあるし、ここらで返しておかないと俺の気が済まないのさ』
「愚かな元皇子だ。よろしい、我が艦隊がお相手をして差し上げましょう」
すると、通信士がまたも叫ぶ。
「また新たな敵艦隊が出現しました! こ、これは……レーゼル男爵家です!」
「レーゼル? 降格した元子爵家か? 今更何をしに?」
公爵が狼狽えていると、戦力をかき集めてきたと思われるレーゼル男爵がモニターに映し出される。
『公爵、悪いがレーゼル男爵家は縁のあるバンフィールド家に加担させてもらうよ。これでもバンフィールド公爵を修業時代に面倒を見ていてね。邪魔されると困るのさ』
かつてリアムを冷遇したレーゼル子爵家だが、今回は味方をするらしい。
そして、レーゼル男爵の後ろから顔を出すのは、娘のカテリーナだった。
ピータック家に嫁いだカテリーナは、どうやらレーゼル男爵の戦艦に乗っているらしい。
『お父様、ピータック家の名前も忘れずに名乗ってください! ここで頑張らないと、ペーターのペーターがいつまでも治療できないままなの!』
『待ちなさい、カテリーナ! 前に出るんじゃない! レーゼル男爵家とて、ここで頑張らねば落ち目のままなのだぞ!』
どうやらリアムに味方するのは、その方が利益があるから……らしい。
しかし、以前と違って今のレーゼル家もピータック家も、随分とまともな貴族になったようだ。
引き連れている艦隊も旧式が多いのだが、それでもしっかりと訓練が行き届いている。
レーゼル男爵の代わりにモニターに映るのは、ペーターだった。
褐色の肌にピンク色の髪をした派手なペーターだが、修業時代よりも落ち着いて中性的な美男子になっていた。
少々困惑した顔をしながら言う。
『妻と義理の父上が失礼しました。……僕はピータック伯爵家の当主、ペーターです。公爵、故あって我らはバンフィールド家に味方します。あなた方に邪魔をされては困るのですよ』
ペーターが連れて来た艦隊は、まともな貴族たちも参加しており四十万隻以上もいた。
あのペーターが……案内人が悪意などの負の感情を吸い上げたペーターが、今では立派な貴族になっていた。
ペーターのペーターはまだ治療されていないらしいが。
案内人はその姿に愕然とする。
「な、何ということだ。あの道ばたの小石程度の価値しかないと思っていた連中が、ここに来て私の邪魔をするだと!? ふ、ふざけるなっ! ようやくチャンスが来たんだぞ! それなのに、どうして私の邪魔をするんだ!」
全て案内人が蒔いた種である。
原因は案内人である。
公爵の率いる艦隊は、中身は旧式で訓練の行き届いていない艦隊ばかり。
対して、相手は帝国の正規軍も加わり、更には旧式ながらも訓練の行き届いた艦隊の集まりだ。
公爵は拳を振るわせる。
「この裏切り者共が! その程度の艦隊で私の覇道を邪魔するなどあり得ない! 全軍突撃! 目の前の敵を殲滅し、奸臣リアムを討つのだ!」
覇道、などと本音が漏れてしまっていた。
公爵の隣では案内人が逃げ出している。
「こんなの勝てるわけないだろ! こうなれば首都星に戻って、リアムに全てぶちまけてやる! 私が実は敵だと知れば、それはそれで驚くはず……だよな? あれ? あの犬はどこだ?」
最後は嫌がらせをするために首都星に戻る案内人だった。
◇
「……え~……セドリックたち正規軍は理解するが、レーゼル家とピータック家もこちらの味方をしたのか? あいつら本気かよ」
急に現われた敵艦隊を食い止めたのは、こちらに味方をする勢力だった。
その中にレーゼル男爵家とピータック伯爵家の家名があり、俺は困惑を隠せなかった。
確かに修業時代の縁はあるが、親しい関係ではなかったぞ。
これにはクラウスも少し驚いていた。
「確かに当家とは縁の薄い家ですからね。しかし、おかげで我が軍は被害を受けずに済みました。このまま残党の相手は味方に負かせ、我々は首都星に降下しましょう」
これで本当に戦いは終わり……だが、最後の締めは必要だ。
ほとんど終わった状態ではあるが、皇帝の首は取らねばならない。
「首都星に降下して、俺が勝利したと首都星の民に教えてやれ。……このリアム・セラ・バンフィールド様に帝国中の人間がひれ伏す時が来たぞ!」
ついに俺はここまで辿り着いた。
これもきっと案内人が見守ってくれているおかげだろう。
今日も忘れずに感謝しておこう……ありがとう、案内人!
若木ちゃん(゜∀゜)「日頃の行いって大事よね!」
ブライアン( ´`ω´) 「自分の蒔いた種で失敗する……実に素晴らしい顛末でしたな」