因縁の三騎士
またしても更新を忘れていました……。
申し訳ありません。
敵左翼艦隊と交戦しているティアは、両軍の大将同士が機動騎士で戦っていると知ると髪を振り乱していた。
「この規模の戦争で大将同士の一騎討ちなんて、リアム様は流石だけどお待ち下さぁぁぁい!」
「いえ、既に戦闘が開始されているので待てないかと」
ティアの隣で冷静にツッコミを入れるのは、副官のクローディアだ。
ただ、クローディアもこの状況をよくは思っていなかった。
「あちらも救援部隊を送ったそうですが、近付くだけで撃破される状況が続き断念したそうです。リアム様も、これ以上の犠牲は許容できないから来るな、とだけ」
味方機が敵機に近付けば、それだけで爆発してしまう。
そんな状況では、いくら助けに入っても犠牲の山を築くだけだった。
リアムの意見は正しい……のだが、大将であるため一騎討ちなどしてほしくなかったのが味方の総意だろう。
ティアは頭を抱え、この状況を乗り切る方法を……目の前の艦隊を打ち砕く方法を全力で考えていた。
(後方で十万隻を失っているのに崩れる気配が全くない。嫌になるくらいに精鋭であるのは間違いないけれど、こんな奴が無名なんてあり得るの?)
敵の情報が少な過ぎると思っていると、ティアの影から現われる人物が。
頭部が出て、ゆっくりと姿を見せるその大男はククリ……バンフィールド家の暗部をまとめる頭領だ。
普段から仮面を着けているのだが、今日は何やら傷が目立っている。
「随分と苦戦しておられますね」
クヒヒッ、と不気味な笑い声を出すククリに、ティアは振り返るとムキになって言い返す。
「五分よ! 互角の戦いをしていると言いなさい! いえ、僅かにこっちが優勢と言えなくもない状況だから勝っているわ!」
本当に僅かに優勢の状況であるのは事実だった。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
ククリは納得してやると、ティアが訝しげに尋ねる。
「それで? あなたがここに来た理由を聞かせてもらえるかしら?」
暗部の頭領自ら乗り込んできたとあり、ティアを始めクローディアやブリッジクルーたちは緊張していた。
この状況で一番怖いのは味方の裏切りである。
味方を裏切り、暗殺を仕掛けてきたのでは? ……そんな警戒心をククリも感じ取ったのか、わざとらしく両手を上げた。
「仕事の途中で情報を手に入れまして、これはお伝えしなければと思ったのですがリアム様には近付けない状況でしてね」
爆発を引き起こす機動騎士との戦闘中で、ククリでは近付けなかったらしい。
「つまり、クラウス殿よりも私が適任であると?」
ならばクラウスに伝えればいいのではないか? そんな疑問を持ったティアだが、ククリがそれをしなかったのは理由があると判断した。
ククリが言う。
「はい。何しろ、敵左翼の艦隊と戦っているのはあなたですからねぇ……ちなみに、敵の指揮官たちは帝国が冷凍保存していた歴代最強とうたわれた三騎士たちですよ」
三騎士、という単語にティアが僅かに反応する。
「今は任命もされていないかつての称号ね」
「切り札として保存されていたようですね。そして、左翼を率いているのはエルジン・セラ・サンダースという者です」
それを聞いたティアは、ククリに背を向けると船首の方角に右手を伸す。
「艦列を変更します!」
即座に反応したのは、その人物がティアの記憶の中に過去の偉人として記録されていたからだ。
エルジン・セラ・サンダース……艦隊指揮に特化した騎士である。
もっとも、当時と今では戦い方が異なる部分も多く、ティアも気付けなかった。
しかし、当人であると知ると話は別だ。
ティアが指示を出していくと、徐々にバンフィールド家の艦隊が勢い付く。
対して、敵左翼の艦隊が押され始め、先程までとは違って僅かな乱れが生まれていた。
ティアは勝ち誇った顔をして言う。
「艦隊運用に妙な癖があると思ったが、現代戦の戦いに慣れていないわね。むしろ、私を相手にここまで粘れたのを褒めてあげるわ」
ククリの情報から相手の弱点を見抜いたティアは、敵左翼艦隊を蹂躙していくのだった。
◇
その頃、マリーの方にも暗部からの報せが届いていた。
情報を届けに来たのはクナイ……リアムから名を貰った暗部の女性である。
「敵はかつての三騎士、そして敵右翼艦隊を率いるのはディーディー・セラ・ドリューです。あなたと因縁のある三騎士ですよ」
クナイが挑発的に報告すると、マリーは黙り込んでいた。
エルジンやコーネリアスの情報も伝えられたが、それらの人物についてマリーは記憶していない。
「あたくしが生きていた時代の三騎士は、ディーディーだけになったわね。いえ、むしろ、よくも今まで生き残っていたというべきかしら?」
既に相手がディーディーだと気付いていたマリーにとっては、勘が正しかった証明を得たに過ぎない。
しかし、だ。
「一番の年長者でありながら、三騎士筆頭にすらなれていないのね……つまり、本隊を率いるコーネリアスの方が危険と……余計にリアム様が危ねぇじゃねーかよ!!」
今まで静かだったマリーが、近くにあった自分の座席を蹴った。
ドゴンッ! という激しい音を立てるが、ブリッジクルーたちはまたか……という顔をしている。
マリーがあまりに八つ当たりをするので、今では座席には大きなスプリングを着けて衝撃を吸収する構造が備えられるほどだ。
クナイはマリーに報告をすると、そのままゆっくりと影に沈み込むように消えていく。
「ですのでお早く救助に向かわれて下さい。あ、ちなみにクリスティアナ殿は敵左翼の艦隊を攻略しつつありますよ。このままですと、あなただけが遅れる形になりますね」
言うだけ言って消えてしまったクナイに、マリーは舌打ちをする。
「暗部が調子に乗っていますわね」
気に入らない様子のマリーに、副官のヘイディが肩をすくめる。
「マリーが前に暗部をリアム大将の前で貶したからだろ。あれ、相当根に持っているみたいだぞ」
「自分たちの失態が原因でしょうに」
ククリたち暗部だが、マリーやティアたちを嫌っている。
その理由は、バンフィールド家の屋敷に賊の侵入を許した過去にある。
その際、ティアとマリーは暗部を責め立てた。
ちゃんとした理由もあったのだが、その時に暗部を庇ったのがクラウスである。
以降、彼らはクラウスよりの姿勢を見せている。
ヘイディがため息を吐く。
「仕事に手を抜かないのがせめてもの救いだな。まぁ、内輪揉めばかりしていると、リアム大将を怒らせるってのが一番の理由の気もするが」
バンフィールド家の騎士団だが、リアムの代で再結成されたばかりだ。
初期は寄せ集めの集団であり仲が悪く、その後も派閥同士で争い続けていた。
結果、リアムを怒らせて派閥のトップであるティアもマリーも降格処分となり……出世競争でクラウスに負けるという苦い経験となっている。
ヘイディは話を変える。
「さて、そんなリアムの大将が危機的状況にあるわけだが……ディーディーの攻略は難しいな」
相手が誰だか理解して戦っていた左翼艦隊としては、ティアのように大きなきっかけとなる情報ではなかった。
しかし、マリーは言う。
「……いえ、そろそろ頃合いでしてよ。あいつは昔から、状況が少しでも悪くなると身の振り方を考えると浅ましい思考をするのよ」
常に優位な立場を取るために行動するディーディーは、マリーから見れば忠義にかける騎士である。
それが石化された自分たちと、氷漬けにされたディーディーとの違いであるとマリーは気付いていた。
結果だけを見れば、当時はディーディーが正しかったのだ。
しかし、だ。
「機動騎士の出撃準備……あたくしも出るわよ。それと、ディーディーがこちらに接触を図ってきたら、あたくしは出撃して不在だと知らせなさい。あいつは相当焦っているわよ」
マリーが苦戦していた時とは違い、今は後方で帝国軍の十万隻が叩かれたばかりだ。
状況はバンフィールド家に傾きつつある。
この状況であれば、ディーディーが自分に接触してくるとマリーは予想していた。
◇
マリーの予想は的中していた。
「……コーネリアスが倒しきれないとか、今代最強の騎士は強いわね。いや、本当に何で張り合っていられるのかしら?」
コーネリアスとリアムが機動騎士で一騎討ちをしている映像を見ながら、ディーディーは渋い表情をしていた。
(これは、もしかすると、もしかするかも? あたしの勘がヤバいって知らせてくるのよねぇ~……となれば……)
ディーディーは最悪の事態を想定して動き始める。
「こっちの状況はあまり変化もないし、いっそマリーと昔話をしつつ煽ってあげようかしら?」
周囲にそれらしい言い訳をしながら、敵艦隊に通信を繋ぐように指示を出す。
周囲の騎士たちがディーディーの様子に疑問を持つ。
「戦闘中ですがよろしいのですか?」
疑っているわけではないのだろうが、それでも気になっている様子だ。
ディーディーは部下だろうと内心を悟られないように振る舞う。
「コールドスリープされたあたしと、石化されたあいつ……三騎士の元同僚として運命を感じない? このまま倒しちゃうのはもったいないでしょ」
「それは……了解しました」
「あ、それと話している間は攻撃を緩めなさい。あまり苛烈に攻撃していると、会話の途中で相手を沈めちゃうかもだし」
通信士が敵とコンタクトを取ると、反応があったようだ。
「繋がりました。メインモニターに出します」
ディーディーはブリッジの巨大なメインモニターに向かって笑顔で手を振る。
「は~い、久しぶり、マリー……って、誰よ、お前は!?」
しかし、メインモニターに映るのは通信士らしき軍服を着用した男性だった。
『司令官は現在外出しており不在です。ご用件がありましたら、わたくしの方で預からせて頂きます』
「マリーを出しなさいよ! 回線を開くだけでしょうが!」
『申し訳ありません。マリーは現在外出しておりまして、連絡できない状況です。再度かけ直して頂くが、わたくしの方でご用件を後から伝えさせて頂きます』
戦争中だというのに、普通の電話対応をしてくる男にディーディーの顔が歪む。
「ふ、ふざけ……」
その時だった。
『み~つけた……ディーディー、久しぶりね』
マリーの声が聞こえてくると同時に、機動騎士の集団が突如として艦の直上に出現した。
ディーディーはその勘の良さからブリッジから飛び出すと、そのまま格納庫へと走る。
後方で爆発音がして、艦内が激しく揺れるが気にしない。
「あのアマ! あたしが繋ぎを取ると読んで先回りしやがった!」
ディーディーはそのまま格納庫に移動し、自分の機動騎士に乗り込むと整備士たちを無視して緊急発進をする。
このまま超弩級戦艦に残れば危険であると理解していたからだ。
しかし、外に飛び出すと待っていたのはマリーが乗っているであろう機動騎士だ。
『よう、ずっとこの時を待っていたぜぇ……』
「マリー・マリアン!?」
マリーが率いる機動騎士たちは、ディーディーの超弩級戦艦に張り付いて攻撃を加えている。
そして、艦隊は旗艦を攻撃され混乱が生じていた。
ディーディーの艦隊にマリーの艦隊が襲いかかり、状況は更に悪化している。
(まずい。まずい、まずい、まずい!! このままだと生き残っても敗北の責任を取らされれてコーネリアスに爆殺される!? あれ? あたし……詰んだ?)
今まで勘の良さと世渡り上手な性格で生き残ってきたディーディーだったが、ここに来て自分が詰んでしまったことに気付かされた。
マリーの機動騎士が迫ってくる。
だが、ディーディーも騎士としては超一流であり、即座に反応してマリーに襲いかかった。
「舐めんなよ、石化されていた似非お嬢様言葉の糞女が! あたしはここから生き残って、最後に勝つんだよ!」
そんなディーディーの機動騎士に、マリーの乗る機動騎士の拳がコックピットに迫る。
最期にマリーの声がする。
『最後に勝ったのはあたくしたちでしたわね』
そのままディーディーのコックピットは、押し潰された。




