大将戦
崩れ始めた帝国軍の艦隊に、バンフィールド軍は猛攻を仕掛ける。
連携の取れない帝国軍は次々に撃破されていくのだが、それでも精鋭であるため無様に逃げる姿は見せない。
むしろ、味方の撤退を支援するため殿を務める艦が集まり、そして激しい抵抗を見せていた。
「そう簡単に崩れないのは褒めてやるが、こちらも遊びじゃないんだ。悪いが手早く終わらせてもらおうか」
この戦場には愛弟子であるエレンがいるため、師匠である俺が無様な姿を見せられない。
アヴィドの左手の平を真正面に向けさせ、周囲に魔法陣を展開させる。
出現するのは両腕に武器を取り付けた機動騎士たちの上半身だ。
無人で周囲の敵を狙って攻撃する、というだけ。
ただ、取り付けられた武器というのは戦艦の主砲並の威力を持つビーム砲だ。
しかし、その数は敵がいる方面に数千と展開されている。
「吹き飛ばせ」
静かに呟くと、無人機たちによる一斉射で目の前の敵が次々に爆発して宇宙ゴミに変わっていく。
機動騎士は爆散し、宇宙戦艦は防御フィールドを貫かれ被弾し、内部から爆発が起きて炎に包まれていった。
混乱する敵艦隊に、アヴィドの攻撃は応えたらしい。
せっかく殿を務めようと前に出た奴らを、無慈悲にもこの俺が叩きのめしてやった。
そこに襲いかかるのは、味方艦隊からの砲撃……次々に敵が減り続けている。
「お前たちは確かに強かった。この俺が保証してやる。だが、相手が悪かったな」
アルゴスを取り囲んだ厄介な帝国軍十万隻の艦隊が、艦列を維持できず崩れて撤退していく。
そこに襲いかかるのは、エレンとエマの艦隊だ。
「さて、仕事も済ませたし一度帰還して……」
これで俺の仕事も終わりだと思った。
帝国軍は後方に回り込まれて十万隻を失ったのだから、後は味方が仕留めるだろうと思い込んでいた。
しかし、アヴィドを下がらせようとした直後……周囲の味方艦が数十隻単位で爆発した。
すぐさま敵の位置を探るのだが、随分と遠くから攻撃を行ったらしい。
崩れて混乱する敵艦隊の中に、一際大きな気配が一つ。
「わざと俺を狙わなかったな」
アヴィドの周囲だけを狙って攻撃を加えた敵に、俺は不快にさせられた。
事実、敵はこの俺を認識した上で挑発しているのだろう。
フットペダルを踏み込んでアヴィドを加速させると、大きな気配を放つ存在に近付く。
そうしている間に、飛んでくるのは剣の形をした赤い光だ。
アヴィドが回避行動を取ると、その剣は切っ先をアヴィドに向けた。
「追尾型か?」
すぐさまアヴィドにライフルを持たせて迎撃させるが、一つ撃ち抜いて消し飛ばしても二つ、三つ、と数が増えていく。
気が付けば数十、数百と増えた追尾型のビームに迎撃が間に合わなくなっていた。
「ちっ!」
アヴィドに一閃を放たせて一掃すると、こちらとの間に通信回線を開く敵機が現われた。
『それが噂に聞く一閃か……確かに見事だな。私がいた時代には聞いたこともない剣術だが、最近出来た流派か?』
こちらが答えるかもわからないのに、語りかけてくる敵は余裕を持っていた。
気に入らないから答えてやる。
「一閃流は古くから存在する流派だ。お前の見識不足なだけだ」
俺が答えたことに、敵は嬉しくなったのか笑みを浮かべていた。
モニターに映る敵の見た目は整えたアゴ髭を持つ若い……いや、見た目など意味がないな。
その男は俺から見ても不気味な奴だった。
『初めまして、リアム・セラ・バンフィールド。私はコーネリアス・セレ・クランシー公爵だ』
名乗られたが、俺の記憶にはその名前は存在しなかった。
セレは皇族に与えられるミドルネームであるし、公爵なのだから不思議もない。
しかし、教育カプセルで覚えた家名にクランシー公爵家など存在しなかった。
「自称公爵か? お前の名前など記録にないぞ」
『何とも太々しい小僧だな。だが、お前のその強さならば生意気な態度も許される。それは、強者の特権だ』
俺を相手に小僧呼ばわりとは、随分と年上らしい。
コーネリアスは機体をアヴィドの前に近付け、その姿を見せた。
アヴィドとよく似た姿をしたその機動騎士は、背中に大剣を繋げたような翼を持っていた。
白く輝くその姿は、本来は神々しく見えるはずなのに禍々しい気配を放っている。
……あぁ、そうか。こいつも俺の敵なのだ、と直感が、そして一閃流の剣士としての使命感が俺に敵意を抱かせる。
「またアヴィドの偽物を持ち出したのか」
偽物呼ばわりをすると、コーネリアスは
『勘違いをしてもらっては困るな。そもそも私が乗っていた機体から派生し、そして開発されたのがそのアヴィドだよ。私が乗っているこいつは、同じ系譜に連なる最新型というだけさ』
「あん?」
何を言っているのか? 俺の疑問を察した敵は言う。
『名前だけでは不十分だったかな? 私は帝国の三騎士筆頭……コーネリアス』
帝国の三騎士……元はマリーがそう呼ばれていたのは知っていた。
「マリーと関係があるのか?」
『マリー・セラ・マリアンか? 奴は私の先輩になるのだろうな。もっとも、奴が生きていた時代の三騎士と、今の三騎士では存在が異なるだろう。何しろ、我らは帝国歴代最強の騎士である』
歴代最強とは大きく出たな。
「随分と大口を叩くじゃないか。その言い方からするに、何かしらの方法で保存されていたな? マリーと同じように石化でもされたか?」
『皇帝陛下を裏切った者たちと一緒にされては困る。我らはコールドスリープで眠っていただけだ。こうした危機に切り札として目覚め、対処するために……』
コーネリアスの雰囲気が変化したのを察し、アヴィドを下がらせて一閃を放った。
直後、先程までアヴィドがいた場所で大爆発が起きる。
「っ!?」
気が付けばアヴィドも被弾したのか、防御フィールドが展開されて後方に吹き飛んでいた。
コーネリアスは目を大きく見開き、興味深そうにしていた。
『驚いた。今の一撃を回避するばかりか、私に一太刀入れたか……感動すら覚えるぞ』
何が起きた? 理解する前に体が動いていたが、それは相手も同じだったらしい。
俺がはなった一閃を受けた敵機は、その胸部に僅かな傷を作るだけだった。
浅かった……いや、回避されたのだ。
「何をした?」
答えてくれるとは思わないが、問わずにはいられなかった。
コーネリアスは優越感を出しながら……自分が強者であると少しも疑わない様子で、敵である俺に教える。
『お前が剣技を極めたように、私はある魔法を極めただけだ。ブラスト……爆発を起こす魔法だが、これは極めて有効でね。たとえば人間の内部で小さな爆発を起こしたとしても、それは致命傷になり得るだろ?』
そう言いながら、奴はアヴィドに対して攻撃を仕掛けてきた。
背面の翼からビームソードを撃ち出し、それがアヴィドに襲いかかってくる。
だが、そちらを気にしていると……。
「速いっ!?」
アヴィドが刀を構えて敵の振り下ろした剣を受け止める。
魔法使いを自称するコーネリアスだが、その剣技も一流に達していた。
『一応は剣技もそれなりに使えてね。もっとも、得意なのはこっちだが……』
すぐさまアヴィドを下がらせると、またしても爆発が発生する。
魔法由来の爆発は、宇宙空間であるのに衝撃波まで伝えてきた。
モニターに映るコーネリアスは、アヴィドを追い詰めるのが楽しいのか醜い笑みを浮かべていた。
禍々しいオーラのようなものまで発している。
「帝国最強を名乗りながら、戦い方は随分と卑怯じゃないか」
『見えない斬撃を瞬時に放つそちらも同じではないかな? 共に何かを極めた者同士、通じるところはあるから理解できるだろう?』
認識する範囲内ならば、どこでだって爆発を起こせる……たったそれだけだが、問題はその速度だ。
前準備というものが存在せず、コーネリアスが意識するだけで爆発を起こせるのだろう。
魔法を警戒して距離を取り回避行動をしていれば、ビームソードが飛んできて襲いかかってくる。
厄介な奴だ。
コーネリアスと戦っていると、味方の機動騎士部隊が俺を救助するため向かってきていた。
『リアム様、援護いたします!』
「来るな!」
見たかに声をかけてやるが、もうその時には遅かった。
味方の機動騎士たちが一斉に内部から爆発し、数十機が消えてしまった。
コーネリアスは煩わしそうにしていた。
『戦争中であるとは理解しているが、今代最強との戦いを邪魔してくれるなよ。私にとっては久しぶりの楽しみなのだから』
言いながらアヴィドを爆発するために魔法を連発するコーネリアスを前に、俺は動き回って回避行動をとり続けていた。
◇
機動騎士を呑み込んで余りある大きな爆発が起きる度に、案内人はコーネリアスを応援していた。
「行け! そこだ! あっ、惜しいっ!」
逃げ回るアヴィドの姿は、案内人にとっては大きなチャンスの到来を感じさせてくれていた。
あのリアムが追い詰められている。
爆発魔法を極めた帝国歴代最強の騎士に、リアムが追い詰められている!
一閃も使用しているらしいが、コーネリアスは剣技の技量もかなりのものだ。
気配を感じ取って先に回避行動を取っているため、致命傷を避けていた。
「リアム、お前は本気の一閃を放つには時間がかかるよなぁ? そんな隙をコーネリアス君が見逃すわけがない! つまり、お前はここで終わりだぁぁぁ!!」
リアムが本気を出せばコーネリアスも危ういだろうが、それを許すはずもない。
隙を見せたら、コーネリアスがリアムを爆殺するだけだ。
貯めに貯め込んだ負のエネルギーを、案内人はコーネリアスに送り続けていた。
今のコーネリアスは普段よりも魔力の量も増え、更に爆発の威力も増している。
つまり、案内人はコーネリアスの電池に成り下がっていた。
自分でもこの状況は屈辱的であると思いながらも、あのリアムに勝てるならば問題なし! とプライドを捨てていた。
「来てる! 来てるぞ! 私にも勝利の可能性が! リアムの命に手が届く瞬間が! この瞬間をどれだけ待ち望んだことか!!」
案内人はコーネリアスの外付けバッテリーに徹していた。
だが、貯め込んだ負の感情が不足する。
「ちっ! 負のエネルギーが足りない! ……そうだ、戦場に渦巻く負の感情も吸い上げましょう! 私にとっても負担が大きいでしょうが、この瞬間を逃すわけにはいかないのです!」
戦場に渦巻いている負の感情を吸い上げ、そして首都星も近いのでそこからも負の感情を吸い上げ、案内人は負のエネルギーを貯め込んでいく。
と同時に、コーネリアスへの供給も忘れない。
これら二つを同時にこなすのは案内人にとっても負担が大きかったが、あのリアムを追い詰めているのだからと無理をしていた。
案内人の体が崩れていく……。
「くっ……右腕が……しかし、ここで負けるわけには……」
右腕が崩れると、灰になって宇宙空間に舞うように消えていく。
そんな状況でも案内人は負のエネルギー供給を止めない。
コーネリアスの声が聞こえてくる。
『楽しいな、リアム! どうやら、私はこの興奮を抑えきれないらしい。先程から高ぶって仕方がないぞ!』
直後、コーネリアスが放った爆発は、これまでよりも一層大きかった。
超弩級戦艦ですら呑み込んでしまいそうな大爆発は、案内人までも明るく照らしていた。
「ファンタスティック……」
案内人が思わず呟くと、大爆発の中からアヴィドが飛び出してくる。
今の一撃はアヴィドを巻き込んでいた。
表面装甲を軽く焼いた程度のダメージだが、これが何度も続けばアヴィドもリアムも終わりが来る。
案内人は左手を握りしめて掲げた。
「今日、この日こそが、リアムの命日となるのです! そして私は解放され、再びかつての日々を取り戻すでしょう!」
リアムの前世と出会う前の、自分が一番誇らしかった時に戻れる。
案内人はこの瞬間、自身の最高潮を迎えていた。
ブライアン( ´ー`)「……最高潮、ですか」
若木ちゃん( ´ー`)「登り切ったら降りるだけなのにね」




