帝国の三騎士
帝国の首都星を守るためにコールドスリープから目覚めた三騎士は、旗艦にてこれからの作戦会議を行っていた。
ディーディーは自分の爪に綿棒のような機会を押し当てていた。
一階押し当てる度に、色が変色してデコレーションまでされる。
「敵の陣容が判明したんだって? 身内の反乱は情報がすぐに手には入って楽でいいわね」
見た目を気にしているディーディーに呆れているのは、作戦を立てるエルジンだ。
目の下に隈を作った疲れた表情をしている彼は、既にバンフィールド家の主要人物たちにも調べていた。
「その身内の反乱が一番苦戦すると俺は予想している。何しろ、新たな三騎士候補にも名を連ねている人物が二人もいるのだからな」
三騎士候補と聞いて、ディーディーが顔を上げた。
「へ~……あたしらと入れ替わりで三騎士になれそうな奴らがいたのね。興味あるわ」
興味を示したディーディーを見て、エルジンは詳しい内容を伝える。
「俺との入れ替わりを検討されていたのが、現帝国最強と呼ばれているクラウスという男だ。バンフィールド家では筆頭騎士を務めているが、宮殿が何度も帝国の直臣にと打診を行っていたらしい」
ディーディーはクラウスに対してあまり興味がわかないらしい。
ただ、情報は求める。
「後方で指揮を執るタイプってわけね。そいつ、どんな実績があるの?」
「連合王国相手に大規模戦闘で勝利をしている。他には、覇王国相手にも勝っているな」
クラウスの目立った戦績を聞いて、ディーディーは口笛を吹く。
「かなりのやり手みたいね。でも、あたしは興味ないかな~」
「……だろうな。もう一人は、裏切り者であるリアム・セラ・バンフィールド本人だ。こいつは一閃流という流派を会得し、剣聖を屠っている。機動騎士に乗れば一騎当千の強者で、覇王国相手にも無双したらしい。ちなみに、こいつが入れ替わる候補だったのはコーネリアス殿だよ」
腕を組んで黙っていたコーネリアスが、ようやく口を開く。
「私に匹敵し得ると評価されたのだな?」
コーネリアスの突き刺すような瞳に、エルジンは小さく頷く。
並の騎士であれば泡を吹いて倒れそうな殺気を放っているが、三騎士に選ばれるような猛者たちには通じない。
「少なくとも宮殿側はそう考えていたらしい」
「……リアム、だな。その名前は覚えておこう」
コーネリアスがまたも黙ると、ディーディーは呆れた顔をしながらエルジンの方を見る。
「有力な奴はその二人って認識でいいのね?」
少なくとも三騎士候補に名が上がる程度の連中が出て来る、と聞いてディーディーも徐々にやる気が出てきたらしい。
エルジンはそんなディーディーに、他にも脅威となる人物がいると教える。
「いや、他にもいる。クリスティアナという騎士が、宮殿からの評価が高かった。軍事に内政と幅広く活躍するタイプだ」
机の上に映像が表示されると、ディーディーはため息を吐いた。
「優等生タイプね。あたし、興味ないな~」
エルジンはそうだろうな、と思いつつ最後の人物を表示する。
「だが、こいつは興味があるんじゃないか? マリー・セラ・マリアン……君の元同僚だろ?」
その名を聞くとディーディーの目の色が変わった。
表示されたマリーの姿に食い入るように見入る。
「こいつ生きていたの!?」
驚くディーディーに、エルジンは深いため息を吐いた。
「現在の皇帝陛下曰く、過去の皇帝が石化して封印していたらしい。どうやら、その封印を解いたのが、リアムだそうだ」
ディーディーは好戦的な笑みを浮かべると、エルジンに向かって言う。
「マリーはあたしに譲りなさいよ」
「そう言うと思っていたよ。それなら、クリスティアナは俺が担当だな。そして、コーネリアス殿にはリアムとクラウスの両方を担当してもらう……というよりも、奴らが本隊だから実質そうなるというだけだ」
エルジンは敵本隊がリアムとクラウスで、ティアとマリーが別働隊と判断していた。
コーネリアスが組んでいた腕を解く。
「いいだろう。今代の三騎士候補をこの目で見ておきたい。だが……私を満足させられなければ、宮殿内の宰相や大臣たちは皆殺しだ」
三騎士は帝国の切り札であり、選定委員は宰相たち要職に就く者たちだ。
それくらいの立場でなければ三騎士の情報が開示されないので、仕方がない。
そんな要職に就く彼らを皆殺しにすると言い切れるほど、コーネリアスの権力というのは凄まじかった。
コーネリアスが笑みを浮かべると、部屋が禍々しい空気に包まれる。
ディーディー、エルジンの二人には見えないが、黒い煙がコーネリアスの体から溢れていた。
「楽しみだ。指揮能力はクラウスとやらと遊び、機動騎士の戦闘はリアムに相手をさせよう。一人でも私を満足させなければ、宮殿内を一掃するのも一興だな」
クツクツと笑い出すコーネリアスに、ディーディーは頭をかきながら言う。
「話が大きくなってない? 宮殿内って言っても範囲が広すぎるんですけど~」
エルジンは説明を終える。
「作戦会議というよりも、相手の情報を共有しただけで終わりそうだな」
ディーディーは席を立った。
「別にいいでしょ。いつも通りよ。各々が好きなように戦って勝つ……それが三騎士だもの」
それを聞いてエルジンが拳を口元に当てて笑う。
「流石は最年長者の言葉は重いですね」
「最年長者いうな。先に生まれただけで、コールドスリープの時間を除けばそっちが年上になるんだからね」
二人が言い合いを始めると、コーネリアスが口を開く。
「そこまでにしておけ。目覚めた部下たちが準備は済ませて待っているぞ」
コーネリアスの言葉で二人が黙ると、三人が部屋を出て行く。
最後にコーネリアスが言う。
「帝国の歴史上、最強である我々と現代最強の戦いだ……心が躍るじゃないか」
コーネリアスは戦いを楽しんでいた。
◇
「久しぶりに首都星に来てみたが、まさか百万隻の艦隊を率いてやって来るとは最初の頃は想像もしていなかったな」
アルゴスのブリッジから首都星を眺める俺は、暮らしていた頃の思い出が蘇った。
感傷に過ぎないとは理解しつつも、やはり思うところはある。
そんな俺にクラウスが声をかけてくる。
「ここまで来たからには引き返せません。リアム様、お辛いでしょうが――」
「辛い? 馬鹿を言うな。あの頃はここまで出来ると信じていなかった自分を恥じているだけだ」
そう、俺には案内人の加護がある。
俺が百万隻の艦隊を引き連れて首都星に攻め込めるのも、きっと案内人の加護があったからだ。
案内人の加護があると信じていたから、ここまで頑張れた。
それなのに、過去の俺は案内人の加護を軽んじて帝国には勝てないなどと……馬鹿にしているようなものではないか。
クラウスが俺の発言を受けて言う。
「恥じる必要はないと思いますが?」
「可能性を信じ切れなかったのは罪だよ。それに、俺は運がいい。望めば全てが手に入るのだから! 今度は首都星も手に入れてやる」
俺が右手を伸して、モニターの向こうに見える首都星を掴むような仕草をするとクラウスが首を傾げていた。
「いや、あの……リアム様は頑張られていましたよ。それはもう、常人の何十倍も努力されて百万の艦隊を揃えられたのですし」
「努力は当然するものだ。その上で幸運が必要になるという話だ」
「……そうですね」
クラウスとの会話が終わると、俺は一度深呼吸をしてから……宣言する。
目の前には外郭に守られた首都星を、更に守るために展開された防衛艦隊が百万隻。
同数での戦いだが、あちらはクルーの練度は不明でも艦艇の質はこちらよりも上だ。
そして、こちらが攻める側で、相手は守る側……物資に関しても相手の方が有利。
更には首都星を守るために、様々な防衛設備が展開されている。
同数でも条件は敵の方が有利だった。
「積み上げてきたものが結果に繋がる……俺は勝つために最善を尽くしてきた」
俺の隣でクラウスがうんうん、と頷いている。
この何十年という時間を帝国に勝つために注いできた。
買い上げた惑星を開発して発展させては、また新たな惑星を買い取り同じことを繰り返す日々だ。
地力を着けるために仕方ないが、善政を敷くしかなかった。
どこに行っても、俺を名君と称える領民たちの声……虫唾が走る!
俺は悪徳領主を目指していたのに、帝国に勝つために仕方なく! 本当に仕方なく! 善政を心掛けてきた。
それなのに、俺の本拠地である本星の領民たちは子作りデモだの、早く帰って来いデモだの、ユリーシアさんを忘れていませんか? デモだのと……毎年のようにデモという名のお祭り騒ぎを起こして俺に迷惑をかけてくる!
あいつら何なんだ!? 苦しめてもいない内から反抗しやがって!
この戦いが終わったら、あいつらには悪政を敷いて絶対に苦しめてやる!
希に見える大増税を実行し、俺が悪徳領主であると再認識させてやるのだ。
「全ては帝国に勝つためだ! 全てこの日のために……全軍、進め!」
万感の思いを込めて宣言すると、味方艦隊が一斉に動き出した。
◇
リアムの命令を受けて進軍を開始したバンフィールド軍の右翼を担うのは、ティアだった。
本隊の上部をナイトナンバー3のエレン・セラ・タイラーが任され、本体下部にはナイトナンバー4のエマ・ロッドマンが艦隊を率いて配置についている。
本隊四十万。
右翼と左翼はそれぞれ二十万ずつ。
そして、上下の艦隊は十万ずつ。
合計して約百万の艦艇が首都星目指して動いていた。
副官であるクローディア・ベルトラン中将が、ティアに話しかけてくる。
「ナイトナンバーは多少遅れて手に入れましたが、やはり大事な右翼を任されたのはクリスティアナ様でしたね」
二十万の艦隊を任された……それだけ、リアムに評価されている証である。
しかし、ティアは物足りない。
「本隊で全体の指揮を執りたかったのが本音だけどね。それよりも、問題はナイトナンバー3のエレンね。リアム様自ら英才教育を施した騎士だけれど、実戦経験が足りないわ」
「その点を考慮すれば、エマ・ロッドマンは実戦経験豊富な騎士で頼りになります」
「そうね。バンフィールド家の生え抜きで、ナイトナンバーを手に入れたのはエレンとエマの二人だけ……今後は増えるでしょうけど、エレンに関しては不安だから注視していなさい」
この大規模戦闘に投入し、いきなり五万の艦艇を任せて大丈夫なのか?
経験不足のエレンを心配するティアだったが、自分たちがぶつかるであろう艦隊がモニターに映し出される。
クローディアが敵艦隊について報告してくる。
「敵左翼の艦隊を映像に捕えました。……数は同数のようですね」
まだ確かな情報は出ていないが、それでも規模的には同じであった。
ティアが目を細めて敵の実力を見抜こうとする。
「艦隊の一部を動かしなさい。一万隻でいいわ。少し旗艦から距離を離して」
指示を出すと、右翼艦隊の右翼……一番右に配置されていた一万艦が動き出すと、モニターに映る敵艦隊が動いた。
ティアの動きに合せて艦隊を動かしたのだろう。
その様子にティアは難しい表情をする。
「手堅い動きをするわね。弱いとは思っていなかったけど、やっぱり想像しているよりも危険かもしれないわ」
その言葉にクローディアが驚く。
「帝国軍に名のある指揮官はほとんど残っていなかったはずですが……本当に無名の実力者たちを揃えたのでしょうか?」
「その割には艦隊の連携が取れすぎているのよね。まるで、長い間ずっと指揮官と一緒に戦ってきた部下たちが動かしている艦隊のような気がするわ」
「そんな艦隊は出払っていると思いますが?」
「だから気になるのよ。……まぁ、どちらにせよ叩き潰すだけね。威嚇射撃の必要はないわ。有効射程に入り次第、攻撃を――」
ティアが命令を出し終わる前に、先に敵艦隊の方で発光が数万単位で起きた。
直後、右翼艦隊に敵の光学兵器が襲いかかる。
ビームやレーザーが放たれ、味方艦のいくつかは攻撃を受けて防御フィールドを展開していた。
その状況にティアが目を丸くする。
「こちらよりも射程距離が長いですって? 帝国工廠の技術力かしらね?……本当に厄介だわ」
いきなり敵艦隊との性能差を見せ付けられ、ティアは今後の作戦を練り直すのだった。
ブライアン(;´ω`A 「こんな時まで圧政を敷くのを忘れない……本当に流石でございます、リアム様。このブライアン、戦争の準備期間中に圧政をすれば野望も叶ったと思うのですが、それは口に出さない方がよろしいのでしょうね」
若木ちゃんo(^▽^)o「私なら『私を馬鹿にした奴は受粉禁止!』くらいの命令は出すけどね」