悪徳領主の英才教育
バンフィールド家の宇宙港。
エレンの乗艦である超弩級戦艦が停泊していた。
三千メートル以上の宇宙戦艦の出航を見送りに来ると、エレンが俺に騎士礼を行った。
「それでは師匠、行って参ります」
「あぁ、行ってこい。それから、子爵家の判断はお前に任せる」
エレンが一時的に帰還したのは、一閃流の問題を片付けるためだ。
そのオマケ程度に、今回の任務について相談された。
エレンが担当する惑星は、当主を失い、その後釜を狙って身内同士で骨肉の争いの最中らしい。
俺という脅威が迫っている中、身内で争い合っているのが実に愚かだ。
エレンも俺と同じ事を考えていたのか、子爵家の話題に関しては僅かに眉根を寄せていた。
「滅ぼしてもよろしいのですか? バンフィールド家の負担になりますが?」
子爵家を滅ぼしたらおしまい! という話ではない。
その後に奪った惑星を統治する責任がある。
当然、バンフィールド家から軍隊や官僚を派遣する必要がある。
「お前の好きにしろ。そのために権力を与えた」
ナイトナンバーズなどと名乗らせているが、俺一人では拡大し続ける領地を統治するのは不可能だ。
結局、帝国のように誰かに任せるしかない。
いっそ人工知能に任せたいのだが、こればかりは天城が強く否定するので諦めた。
エレンは部下たちの前で威厳を崩さない程度に、微笑みを浮かべた。
「吉報をお待ちください」
自信に満ちたエレンの表情を見て、俺は満足感を得ていた。
自らの手で育てた剣士が、騎士としても一流になったのが喜ばしい。
悪徳領主らしい振る舞いとは言い難いけどな。
「そうさせてもらう」
このままエレンを見ていると、悪徳領主としての威厳を保てないので背を向けた。
まるで子供が巣立ったような誇らしさと――寂しさを感じていた。
◇
屋敷の執務室。
俺は寂しさを感じながらも、増え続ける仕事を処理していた。
「まだ頼りない部分もあるが、エレンも一人前に育った。そろそろ、二人目や三人目の弟子も考える時期か?」
一閃流の剣士は、弟子を三人育てなければならない。
エレンという立派な剣士を育てたので、俺のノルマはあと二人だ。
寂しさから独り言が出てしまったのだが、執務室には天城もいる。
俺の仕事の補佐をしてくれていた。
かつては逆の立場だった。
天城が領内の仕事を処理し、俺はお手伝いをしながら側で色々と学んでいた。
子供の頃よりも成長したという実感はあるが、懐かしく思う。
――何だか、最近は過去を思い出してばかりだな。
天城は俺の発言に見解を述べる。
「エレン様が独り立ちして寂しいのは理解しますが、今の旦那様には弟子を育成する時間はありませんよ」
帝国との戦いも控えているため、弟子を育てている暇がない。
天城の言う通りだ。
「それもそうだな。そもそも、才能のある子供を探すのも大変そうだ」
エレンとの出会いは偶然だった。
俺が領内の様子を見つつ、悪徳領主として振る舞おうとタイミングを見計らっていた時だったな。
結局、あの時は悪徳領主として振る舞えなかったな。
俺の領地で好き勝手に振る舞う馬鹿共もいて、悪徳領主らしい悪事が行えなかった。
弟子の育成を先送りにすると、天城が俺の方に顔を向けてくる。
どうやら気になるデータを発見したらしい。
「旦那様、エドワード様の娯楽施設に関する調査報告がまとまりました。先に私の方で確認しましたが、これは旦那様も目を通しておくべきかと」
「エドの娯楽施設? 金持ち連中が集まっていたみたいだから、それなりに儲けていたんだろうな。今からエドの成長が楽しみ――え?」
悪徳領主を目指そうと言ったエドの娯楽施設だから、当然のように荒稼ぎをしていると信じていた。
息子の頑張りに期待に胸を膨らませていたのだが、報告書に目を通した俺はあまりにも酷い内容に数十秒間も絶句してしまった。
プルプルと震える俺の横で、天城が淡々と内容を説明してくれる。
「エドワード様の部下を調べたところ、領外から流れてきた者たちを雇っていたそうです。それ自体は問題ありませんが、何人ものスパイが入り込んでいたそうです」
採用された者たちだが、出自が怪しい連中が多い。
ここで言う怪しいとは、身分云々ではない。
どこの惑星出身で、どうしてバンフィールド領にいるのか不明となっている点だ。
これが鍛えられたスパイならば、潜り込まれてしまっても納得した。
しかし、多くはただの荒くれ者たちだ。
裏社会側の人間であり――俺が嫌いな連中だった。
「出自の怪しい連中が入り放題とは聞いていないぞ」
最悪なのは、そんな小物たちが容易に俺の本星に入り込んでいたことだ。
天城が俺の疑問を解消するために、詳細を報告してくる。
「人を集めた者が、エドワード様の名前を使用したようです」
出自が怪しくとも、エドワードの後ろ盾――この場合はバンフィールド家が身分を保障しているのなら、と入り込めたわけか。
「スタッフを集めた奴は?」
「既に捕らえて尋問しておりますが、帝国との繋がりは確認されておりません。工作員の可能性も低いようです」
「裏社会の人間か? どうやってエドに接触できた?」
「娯楽施設にて、ご友人からの紹介だったそうです。資料を出します」
目の前に投影されたスクリーンを見れば、他の惑星で悪事を働いていた男の顔が表示された。
エドの用意した娯楽施設にやって来たらしいが、その際の身元引受人が寄子の関係者だった。
その関係者だが、寄子の――バンフィールド家を頼っている男爵家の当主の息子、つまりは跡取りの子供の旦那、だった。
「――貴族が身元引受人だろうと、今後は身元確認を徹底させろ」
「そうさせていたのですが、今回は身元引受人の男性が職員を裏で脅していたようです」
「舐めた真似をしてくれたな」
俺が面倒を見ている寄子の関係者が、俺の領地で好き勝手に振る舞う――そんなの絶対に許さない!
「男爵にそいつを処理しろと伝えろ。庇うようなら男爵家も滅ぼせ」
怒りに震えていると、天城が俺の顔をマジマジと見つめてくる。
「どうした?」
「今の旦那様ならば、男爵家との関係を優先して今回の件を内々に処理すると予想していました。この手の判断は、子供の頃から変わられませんね」
天城からすれば、俺の判断は非効率的なのだろう。
寄子の関係者一人を処分するために、わざわざ男爵家に喧嘩を売る必要もない。
労力で考えれば、俺の判断は間違っている。
「関係ない。俺を舐めた奴は潰す! ――それだけだ」
「それでは、旦那様の指示通りに進めます」
「そうしてくれ。それはそれとして――エドを呼び出せ!」
あの馬鹿息子、何が悪徳領主を目指す! だよ。
まともな運営はしていないだろうと思っていたが、ここまでとは予想外だ。
俺の期待を裏切りやがった!!
◇
リアムの執務室に呼び出されたエドワードは、父親に対して複雑な心境を抱いていた。
(僕の師匠は父上が好き――こんなの、どうすればいいんだよ!!)
自分で思っていたよりも、エドワードはエレンに惚れていた。
ずっと側にいてくれた師匠であり、姉であり、初恋の相手。
そんな人が、自分の父親に惚れていると気付かされた。
たいして時間も経っておらず、気持ちの整理が付かないままリアムに呼び出されたエドワードは心の中で泣いた。
いっそ、エレンの件を相談しようか? とも考えた。
リアムならば、息子の恋愛を応援してくれるのではないか? そんな淡い期待もあったが、そんなことをすれば、エレンに嫌われるのでは? という思いもある。
一人悶々とする日々を過ごしていたのだが――今日のリアムは怒っていた。
「これは何だ?」
「これ? あ、あぁ、娯楽施設の収支ですかね? 父上に破壊されたので赤字になってしまいましたけど」
(利益の話かな? 確かに僕も悪いけど、それなら壊す前に採算をとればよかったのに)
せっかく用意した娯楽施設は、利益を生み出す前に粉々にされてしまった。
損失に腹を立てていると予想を立てたが、どうやら間違っていたらしい。
リアムが拳を机に振り下ろし、バンッ! と激しい音を立てた。
「赤字云々はどうでもいいんだよ! お前はこの収支を見て何も気付かないのか!」
そう言われても、エドワードにはリアムが何に腹を立てているのか理解できない。
「そんなこと言われても」
困り果ててしまうエドワードに、リアムが天城を見て小さく頷いた。
天城がエドワードの前に、スクリーンを投影するとアニメーションが再生される。
それは娯楽施設の金銭の動きだった。
天城が淡々と説明する。
「エドワード様の娯楽施設ですが、スタッフを用意した仲介人に介在されておりました。利益の大半がそちらに流れており、エドワード様本人の利益は微々たるものとなっております」
利益の大半を奪われ、その後に娯楽施設の維持費を払っていた。
エドワードが手にする利益は少なかった。
リアムがこの事実に苛立っている。
「本来得られる利益を不当に奪われていた。――それなのに、お前は気付きもせずのんきに過ごしていたわけだ」
エドワードはここでリアムの言いたいことを理解した。
理解はしたが、エドワードからすれば「その程度の話?」と首を傾げたくなる。
そもそも、娯楽施設で利益を出そうなどとは考えてもいなかったのだから。
「趣味で用意した施設ですよ。利益なんて度外視に決まっているじゃないですか。そもそも、僕の歳費があれば利益がなくても十分に維持できましたし」
リアムの顔から表情が消えた。
「つまりお前は、バンフィールド家の利益を当てにしていたのか? だから、自分が用意する施設は、利益を奪われても痛くも痒くもない、と?」
エドワードはリアムの反応に戸惑う。
「い、いえ、そこまでは。でも、僕が利益を出しても微々たる数字でしょうし」
バンフィールド家の動かしている金額を考えれば、エドワードの娯楽施設など端金の話でしかなかった。
だが、リアムはこれを許さない。
「お前はそれでも跡取りか!!」
「ひっ!?」
両手で頭を抱え、屈み込んだエドワードに、リアムは席を立って身振り手振りを加えて激しく訴える。
「いいか、覚えておけ。一度お前を軽んじて不当な利益を得た奴らは、今後も同じ事を繰り返す。調子に乗ってどこまでも自分の利益を追求するぞ。気が付いた時には手遅れになっている場合もある」
「い、いえ、僕が自由に出来たのは娯楽施設だけですし」
「そこからバンフィールド家に食い込む可能性もある」
「さすがに奴らもそこまで馬鹿ではないかと」
(うちに手を出せば殺されるって自覚くらいあるだろうし)
しかし、リアムの視線は険しいままだ。
「その程度の認識しかないのか? お前が侮っている内に、奴らは利益をどこまでも貪るぞ。――お前は俺の跡を継ぐ気がないのか?」
エドワードは、領主としての覚悟を問われていると受け止めた。
「あ、あります!」
返事をすると、リアムは懐疑的な視線を向けてくる。
「どうだか。俺から見れば能力も覚悟も足りていない。どうやら、お前を甘やかしすぎていたようだ。今後は俺の手伝いをしてもらう」
「え!? いや、あの、僕はまだ勉強中でして」
領地経営など無茶だと言うが、リアムは考えを曲げるつもりはないらしい。
「実地で学べる機会だ。エレンが子爵家の惑星を奪いに行った。丁度いいからお前に任せる。この屋敷から指示を出して統治してみろ」
任せると言われたエドワードは叫ぶ。
「無理ですよ!」
「駄目だ」
「そもそも、半人前の僕が統治すると、子爵家の領民たちに迷惑がかかりますよね? そういうの、父上は嫌いですよね?」
名君と言われたリアムなら、これを言えば引き下がると思った。
しかし、リアムは鼻で笑っている。
「大いに結構。領民たちが苦しもうと、お前が育てば問題ない」
「駄目ですよ!」
(名君がそんなこと言ったら駄目でしょ!!)
伝え聞くリアムの反応とは違っていた。
リアムは領民など眼中にないようだ。
「領民たちが苦しむのがそんなに嫌か?」
「い、嫌です」
言い淀むエドワードに、リアムは見定めるような視線を向けていた。
「本心からの言葉とも思えないが――それなら頑張って統治するんだな。お前がどこまでやれるか見せてもらおうか」
リアムは話が終わると、この話に興味を失ったのかさっさと仕事に戻る。
無茶振りをされたエドワードは涙目になった。
(もう何もかも無茶苦茶だよ!!)
急に厳しくなったリアムに、どう向き合えばいいのかわからないエドワードだった。
エドワード(´ノД;`)「父上にどんな顔をすればいいかわからないよ」
ブライアン( ´・ω・)ノ(´ノД;`)「エドワード様も大変でございますね」
ブライアン(*゜ω゜*)ノ「それでは宣伝でございます! 予約を開始した【俺は星間国家の悪徳領主! 8巻】をよろしくお願いいたしますぞ。予約して頂けると大変嬉しいのですぞ」
エドワード(´ノД;`)「……僕はお前の情緒もわからないよ」