バンフィールド領防衛戦その9
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十二万隻の敵艦隊を前に、バンフィールド家の艦隊は落ち着いた様子で陣形を変更していた。
敵艦隊の陣形に合わせて素早く対応する姿は、まさしく精鋭艦隊だろう。
アルゴスのブリッジからその様子を眺める俺は、軍人たちの声に耳を傾ける。
「敵艦隊、分散後に球状に陣形を整えています」
「連携の取れる艦隊同士でまとまったか」
「こちらを包囲して叩くつもりでしょう」
戦力差は一対四。
四倍の数を揃えて俺たちに向かい合う海賊艦隊は、成り立ちの割に手堅い印象を受ける。
軍で鍛えられたというのは本当らしい。
「四倍差か――十分にいけるな」
正直な感想を呟くと、俺の隣に立っている副官のユリーシアが視線だけを向けてくる。
呆れを含んだその態度だが、どこか諦めているようにも見える。
「寡兵にて大軍を撃ち破ってきたリアム様ですから、この程度の数は余裕でしょうね」
「棘のある言い方をするな。俺はお前の雇い主だぞ」
「生き残れるなら、いくらでもご機嫌を取りますよ。目の前にいるのは、帝国軍が用意した精鋭ですよ」
元宇宙海賊出身者たちを集めて、仕官並みの教育と訓練を受けている。
与えられた兵器は最新鋭の物ばかり。
海賊艦隊が率いている正規軍が使用しているのは、帝国軍の現役で主力を担っている鑑定や機動騎士だろう。
有象無象の海賊たちはどうでもいいが、数と質の両方を揃えてきたわけだ。
ユリーシアからすれば、これまでのような海賊狩りと一緒にするな! と言いたいのだろう。
「どうでもいい。勝つのは俺だ」
「その自信はどこから出てくるのか」
モニターを眺めていると、簡略された戦場の状況が表示されている。味方の陣形、敵の陣形、その他の情報が表示されていた。
それを見ていると、昔を思い出す。
「――ブライアンとの約束は果たしたな」
「はい?」
どうして執事の名前が出てくるのか、と不思議そうなユリーシアに昔話をしてやる。
「俺が領地を引き継いだ頃に軍縮をした話を知っているか?」
当然知っているだろうと思って話を振ると、ユリーシアが首を振る。
「いえ、知りません」
「――稼働率も最低で、見栄ばかり張った軍がうちの私設軍だったんだよ。軍縮で予算を確保しようとしたら、ブライアンに数が減ると侮られるから駄目だと反対された」
説明してやると、ユリーシアは納得した表情をする。
「執事さんの考えも理解できますね」
「その時にブライアンと約束したんだよ。軍縮はするが、いずれ俺に相応しい艦隊を用意してやる、ってな。今の俺が率いる三万隻は、ブライアンとの約束を果たしたと思っただけだ」
感慨にふけっていると、目を細めたユリーシアが俺を見ていた。
「何だ?」
「この状況で昔話とは余裕ですね」
「余裕だからな」
答えてやったのに、ユリーシアは腰に手を当てて小さくため息を吐いていた。
こ、こいつ、俺の副官でなければ不敬罪で処刑している場面だぞ。
◇
バンフィールド家の艦隊と向かい合うコズモは、腕を組んで落ち着きがない様子でモニターを見ていた。
簡略化された戦場の様子を見ながら、忌々しげにしている。
これまで周囲に侍らせていた美女たちは下がらせ、美人の副官だけがそばにいた。
「バンフィールドの野郎を相手に、補給基地の奪還かよ」
どうやってもリアムと戦うしかない状況に愚痴をこぼすと、副官が戸惑いつつも問う。
「こちらは敵の四倍の数ですが?」
「あいつは多少の劣勢ならはね除けるんだよ。お前にも資料は見せているはずだが?」
元宇宙海賊ではあるが、コズモは無能ではない。
無能であれば、帝国軍の厳しい訓練や教育に耐えきれず脱落していた。
それに、大将にまで出世した男である。
事前にリアムの情報も頭に叩き込んでいたからこそ、絶対に戦わないというハンプソンの作戦にも同意していた。
むしろ、頼まれても逃げるつもりでいた。
戦えと命令されたら、軽く戦って敗走を装うつもりだった。
自分の評価が下がろうとも、死ぬよりはマシだと思っているからだ。
副官は簡略化された自軍と敵軍の規模を見て、納得できない顔をしている。
「質、そして数の両方で我々は勝っています」
「それで勝てるくらいなら、ゴアズもバークリーも負けてないだろ」
「――随分と懐かしい海賊たちの名前ですね」
「どっちも俺が若造の頃から活躍していた海賊団だ。ゴアズの野郎は海賊でありながら、数万の艦隊を率いていたからな。若造の頃は、ゴアズ以上の海賊に成り上がるって意気込んでいたのによ」
自分の目標がリアムにより呆気なく倒されたのは、コズモにとっても複雑な気分だった。
副官は困り顔だ。
「ゴアズはともかく、バークリー家は帝国の男爵家ですよ」
コズモは、リアムによって潰されたバークリーファミリーについて話し始める。
「貴族だろうと、あいつらの本質は宇宙海賊だからな。そんな数十万の艦艇を率いたバークリーファミリーも、リアムに敗れちまった。俺はな、若い頃にそいつらと肩を並べるくらいにビッグな海賊になるって誓ったんだぜ」
昔話にも飽きたのか、副官が小さくため息を吐く。
「今の閣下はご立派ですよ。ゴアズにも、バークリーにも負けていません」
「――だな。さて、昔話はここまでだ。無能な働き者をやってくれた皇太子殿下のために、さっさと補給基地を奪還するぞ」
「逃げるという選択肢もありますが?」
「ば~か、ば~か! ここで逃げてみろ。征伐軍は悲惨な目に遭うし、俺たちは責任を取らされて処刑だぞ。――進むしかねーのさ」
覚悟を決めたコズモは、海賊帽子をかぶり直して右手を前に向ける。
「全艦隊でバンフィールド家の艦隊を囲んで叩け! 敵の数が少ないからと油断するなよ。こっちが喰われるぞ!」
コズモの命令で征伐軍が動き出す。
◇
バンフィールド家の艦隊を囲むように動き出した敵艦隊を見て、俺はシートから立ち上がって命令を出す。
「面白そうだから俺が指揮を執る。一番脆い箇所に向かって突撃だ」
わざわざ囲まれてやることもないため、明らかに脆いと思われる宇宙海賊の海賊船が集まる艦隊を狙わせる。
司令官が、俺の命令を受けて細かい命令を出していく。
「はっ。全軍、宇宙海賊を狙え」
司令官の命令に参謀たちが細かい指示を全軍に通達していく。
本来ならば、俺のような貴族様は座っているのが仕事だ。
軍人たちの仕事に口を出さず、高笑いでもしている方がいい貴族だろう。
俺のように口を出すような貴族は、軍人たちから嫌われる。
だが、それがどうした?
俺が用意した軍隊だ。
俺が雇用主だ。
「目障りな宇宙海賊共から殺せ」
敵艦隊の一番弱い部分を狙って、バンフィールド家の艦隊が突撃する。
双方が向かい合って直進しているため、長距離用の光学兵器が放たれると正面がひっきりなしに輝く。
艦艇を守るエネルギーフィールドに光学兵器が遮られ、光を放っていた。
ブリッジの参謀たちが、次々に指示を出していた。
「シールド艦を前に出せ!」
「すぐに中近距離戦に移行する。準備を急げ」
「機動騎士部隊は発進準備!」
真正面に迫る海賊船は、アルゴスとの正面衝突コースだった。
それを理解したユリーシアが、理解していても顔を背けて小さな悲鳴を上げる。
「ひっ」
「――ぶち破れ」
回避しないアルゴスに敵は驚いたのか、舵を切って艦首が右を向く。
「おいおい、腹を見せるなよ」
アルゴスの艦首が敵の船体に突き刺さり、そのまま引き裂いてしまった。
爆発が発生するが、エネルギーフィールドに爆発が遮られてアルゴスは揺るぎもしない。
レアメタルの塊であるアルゴスは、この程度ではダメージすら与えられない。
そして、アルゴスにある大砲が敵に狙いを付ける。
そのまま光学兵器を発射する。
装甲板がスライドして現れた大きなレンズからもレーザーが放たれ、アルゴスの近くにいた海賊船を貫いていた。
海賊船のエネルギーフィールドは容易く貫かれ、レーザーの当たった箇所は赤く光って溶解する。
すれ違い様の攻撃のため、レーザーの当たった箇所が線のように引かれ、アルゴスから離れると爆発していた。
「脆い、脆すぎる。そんな海賊船で、俺の艦隊の前に出てよかったのか?」
アルゴス以外も同じ状況だ。
海賊船は何も出来ずに破壊されていき、艦隊同士がぶつかり、通り抜ける際には陣形を維持していたのは俺たちだけ。
海賊船の集まりは、陣形を維持できず霧散していた。
突撃陣形を取ったバンフィールド家の艦隊は、包囲網を抜け出して次の獲物に狙いを定める。
「次は――正規軍を狙うか」
◇
バンフィールド家の戦いを見たコズモは、シートから腰を浮かしていた。
「あいつら正気かよ? 格下相手だろうと、いきなり突撃するのか? 噂やデータで見た以上にぶっ飛んでいやがる」
味方の艦隊がやられたというのに、コズモは右手を顔に当てて笑っていた。
バンフィールド家の艦隊は、そのままの勢いを維持してハンプソンより派遣された正規軍の艦隊へと向かっていた。
正規軍の艦隊は、突撃してくるバンフィールド家の艦隊を迎え撃つため防御に重点を置いた陣形を敷こうとしている。
だが、急な陣形の変更に戸惑っているようだ。
その様子を見ていた副官が僅かに苛立っていた。
「役立たず共が」
バンフィールド家に簡単に破れた海賊たちは、コズモの艦隊に助けを求めている。
それをコズモは無視しつつ、部下たちに陣形の変更を指示する。
「ハンプソンがくれた艦隊は駄目だな。今の内に陣形を変更して、バンフィールド家を叩くぞ」
コズモの命令に、参謀たちが次々に新しい命令を出していく。
副官の方は、コズモの考えを先読みしたのか感心した様子だ。
「正規艦隊との挟撃ですね。彼らが耐えている間に、敵の後ろを突くのは効果的です」
味方が耐えている間に、バンフィールド家の後ろを突いて挟撃する作戦を思い付いたのだろう。
だが、コズモは副官の作戦を否定する。
「いや、味方ごと葬る」
「は?」
驚いて呆気にとられる副官だったが、コズモはバンフィールド家の艦隊にこれまでに感じたことのない危機感を覚えていた。
「俺は何度も死にそうな目に遭ってきた。だが、今回は嫌に鳥肌が立つ。奴らは本当に危険だと、俺の勘が告げているんだよ。こっちも身を削る覚悟を持って挑まないと、俺たちも危ねぇ」
身を削るのは何も知らない正規艦隊だが、副官も元は宇宙海賊だ。
コズモの勘を信じてヤレヤレと首を振る。
「派遣された彼らは運がないですね」
副官が納得した容姿に、流石は俺の副官だ、とコズモが笑う。
「戦場では運がない奴が悪いのさ」
オペレーターが味方と敵が戦闘可能距離に入ったのを知らせてくる。
「味方艦隊、敵艦隊と戦闘可能距離に入りました! ――敵艦隊、止まりません!?」
だが、陣形の変更は間に合わず、円錐状の陣形を敷くバンフィールド家の艦隊に容易く貫かれていた。
コズモが右手を前に出す。
「今がチャンスだ! 味方ごとバンフィールドを殺せ!!」
若木ちゃん( ゜∀゜)「お爺ちゃんとの約束を守ったなんて、泣ける話よね」
ブライアン(´;ω;`)「リアム様がこのブライアントの約束を忘れていなくて嬉しいです。でも――」
ブライアン(´・ω・`)「このブライアン、ここまで軍備を増強しろとは申しておりません」
若木ちゃん(・∀・)「【俺は星間国家の悪徳領主! 5巻】は好評発売中よ。何が基準で好評なのか知らないけど、とりあえず売れればOKよね!」
ブライアン(; ・`ω・´)「本当に好評でございます!」