白紙
前話の終盤を修正しました。
八章でリアムが皇帝を敵認定していましたね(^_^;
申し訳ありません。
首都星はクレオの話題で持ち切りだった。
無名の第三皇子が、有力候補者を次々に撃破して皇太子に上り詰めた。
バグラーダがクレオに後を譲ると周囲に漏らしていることもあり、後継者争いはほとんど終わったようなものだ。
ここから新たに誰かを擁立するという雰囲気でもない。
そして、俺――リアム・セラ・バンフィールドが皇太子まで押し上げたクレオ殿下と、優雅にお茶を飲んでいた。
場所は皇太子のために用意された豪華な屋敷。
周囲には帝国から派遣された騎士たちが護衛に付き、俺を警戒している。
変な動きを見せればすぐにでも命を捨てて斬りかかってくる気迫を感じる。
また、周囲には帝国の暗部と思われる気配があった。
表向きホノボノした空間で、俺とクレオの間にはピリピリとした緊張感が漂っている。
そして、クレオから話題を振ってくる。
「俺の親衛隊を殲滅した言い訳を聞かせてくれ」
「テオドルが裏切っていましてね。もっと優秀な部下を揃えた方がいい」
「能力はともかく、彼は俺に尽くしてくれた。そんな部下を失った俺の気持ちが理解できるかな?」
「後継者争いには勝ちましたよ」
おかげでクレオは、三十年もすれば次の皇帝になれる。
だが、奴がいては勝てる戦いも勝てなかった。
確かに殲滅するほどではなかったが――敵の戦力を削っておきたかっただけだ。
「おかげで今では俺が皇太子だ。皇帝陛下にカルヴァンの処遇を任されたと聞いた。どのように扱うか聞いても?」
余裕の見えるクレオは、カルヴァンの扱いが気に掛かるらしい。
「生き地獄を味わってもらいます」
「やはりそうなるよね。それはそうと――」
クレオの雰囲気が変わった。
笑みを消し、目を細めて俺を見るが――瞳には敵意があった。
「――今回の一件、確かに後継者争いには勝利した。君の右腕は実に優秀だね。常勝不敗の騎士と評判だが、勝利にこだわるあまり冷酷過ぎる。勝つためなら手段を選ばないのは、王道とは言えない」
クラウスが冷酷? 悪徳領主の俺に相応しい部下じゃないか。
「常勝不敗の騎士ですか。クラウスに伝えておきますよ」
お茶を飲む俺をクレオは面白くなさそうに見ている。
ただ、頃合いだと思ったのか本題を切り出してきた。
「俺の評判にも関わる。今後、バンフィールド伯爵には派閥を率いる立場から退いてもらおうか」
トップから降りろと言われたが、これは事実上の派閥からの追放だ。
俺が築き上げた派閥をクレオが奪おうとしている。
「構いませんよ」
だが、俺は気にしない。
その態度にクレオがやや違和感を覚えたのか、探りを入れてくる。
「派閥のトップから降りれば、君に重要な役職は与えられないが?」
チマチマ確認を取ってくるクレオが煩わしくて、俺は席を立った。
「好きにしろと言った。これまでの貢献は全てチャラにしてやるよ」
「俺の親衛隊を滅ぼしておいて、随分と図々しいな」
「褒美を強請らないだけ謙虚だと思っているけどな」
「――いいだろう。お前との関係はこれで白紙だ」
皇太子になった途端に、俺を切り捨てたお前ほどじゃない。
俺は背中を向けてクレオから離れていく。
そして小声で呟いた。
「白紙? これからは敵同士だろうに」
◇
首都星を離れるアルゴス。
リアムに呼び出されたクラウスは、バンフィールド家でも重要人物達が集まる部屋に来ていた。
とは言っても、首都星で合流したククリの他には、いつも通りのティアとマリーがいるだけだ。
クラウスが最後に入室すると、ドアが閉められる。
厳重に管理されたこの部屋は、重要機密の相談をする際に使用されることが多い。
クラウスが入室したことで、リアムが話を始める。
「クレオと敵対した」
椅子に座ったリアムの前に並ぶ四人は、ある程度は予想していたため驚かない。
リアムはククリに視線を向ける。
「クレオの裏切りを掴んだのはククリの功績だ」
ククリは汚名を返上出来たと喜んでいる。
「死亡した部下の一人が手がかりを残しておりましてね。そこからクレオ殿下の裏切りに気付きました。――リアム様、お望みとあらばいつでもクレオを暗殺可能です」
ただ、喜んだかと思えばすぐに静かな怒気を放つ。
裏切りが許せないのだろう。
マリーも同様だ。
「あの小僧が皇太子になれたのも、全てはリアム様の支援があってこそではありませんか! 誰に逆らったのか教えて差し上げるべきかと」
ククリもマリーも、二千年前の皇帝に恨みを持っている。
そのため、選ぶ手段は過激になっていた。
ティアの方はもっと穏便だ。
「当家の影響力を考えれば、皇太子殿下の任命に異議申し立てが可能です。帝国上層部は、リアム様を無視できません。クレオ殿下の皇太子任命を拒否するべきかと」
三人の話を聞いて、クラウスもティアの意見に賛成する。
「私もクリスティアナ殿の意見に賛成です」
だが、リアムは四人を前にして不満そうにする。
「お前ら馬鹿か? クレオを皇帝にしてやると言ったのは俺だ。それを敵対したからと邪魔をするのは違うだろ」
意外なことにリアムはクレオを邪魔する考えはないらしい。
マリーが狼狽える。
「で、ですが!」
「俺もあいつの親衛隊を殲滅したからな。これまでの支援と引き換えでチャラにする」
「そ、それで相手が納得するとは思えません。リアム様、どうかお考え直しを!」
「くどい。クレオが皇太子になろうが、皇帝になろうが俺はどうでもいい。いや――奴には是非とも皇帝になってもらおうじゃないか」
クレオが皇帝になるべきと言い出すリアムだが、その表情は実に愉しそうだ。
(リアム様、絶対に何か考えているよな)
そして――リアムは四人を前に宣言する。
「クレオを帝国最後の皇帝にする」
それを聞いて、四人全員が声も出なかった。
部屋が静寂に包まれた数秒後、ティアがリアムに尋ねようとする。
「それはつまり――」
「手が届きそうだった」
「――え?」
「いや、違うな。俺なら皇帝の椅子に手が届くと思えた。正直、俺は自分の領地で満足しても良かったが――今の皇帝が気に入らない。そして、クレオの奴も気に入らない。だから倒すことにした。クレオが皇帝の方が都合がいいと思わないか?」
普段と同じように敵が気に入らないから倒すと言い出すリアムだが、相手は帝国だ。
自分が所属する国家に弓引くと言いだした。
マリーが震える声でリアムに問う。
「そ、それはつまり、簒奪するということでしょうか?」
マリーが震えているのは、怯えているからではなかった。
喜びに打ち震えているようだ。
クラウスには理解できない。
(何で喜んでいるの!?)
リアムは上を向いて考える。
「さぁ、どうするかな? 内側から食い破ってもいいし、正々堂々と打ち倒すのも魅力的だ」
どちらでもいいという態度は、クラウスからすれば楽しんでいるようにしか見えない。
(ま、まずい。このままでは!)
このままではバンフィールド家が終わる。
戦力差を考えると、やはり大貴族だろうと帝国には勝てない。
リアムが立ち上がれば味方も出てくるだろうが、勝利したところで新しい国が維持できるとは思えない。
クラウスには嫌な予感しかしなかった。
だが、ティアはリアムを肯定する。
「素晴らしいお考えです。リアム様には一国の主が相応しいかと」
ククリが嬉しそうに「クヒヒヒ」と笑っている。
「まさか狙いが帝国とは思いませんでした。――どうか、我ら一族の力を存分にお使いください」
そして、マリーは歓喜する。
「リアム様こそが帝国の支配者に相応しいですわ! このマリー、帝国を滅ぼせるのなら命を捨てても構いません!」
リアムに心酔した家臣たちを見て、クラウスは絶望する。
(誰か止めろよ! 帝国と戦うのは無理だって!)
確かにリアムは強いが、それでも帝国内の貴族に限った話である。
帝国そのものと戦えるだけの力はない。
味方を集めれば可能かもしれないが、危うい賭けだった。
だから、クラウスが決心する。
(帝国を裏切り敗北しようものなら、私たちは終わりだ。家族だってどんな目に遭わされるか。それに、家臣として言うべき事は言わねば)
そして、クラウスが声を張り上がる。
「リアム様、そのお考えに私は反対致します」
「――何?」
リアムが目を細めると、クラウスが続きを話す。
「反対と申し上げました。我々では帝国に勝てませ――」
すると、クラウスが言い終わる前に自分の首近くに刃が迫っていた。
剣を抜いたのはティアとマリーであり、クラウスを殺すつもりだったらしい。
だが、間一髪の所でククリがクラウスを守っていた。
マリーがククリを睨む。
「この話を聞いて反対した者を生かしておけないわよね? 邪魔をしないでもらえるかしら?」
「クヒヒヒ、クラウス殿とは親しくさせていただいておりましてね。それに、リアム様はクラウス殿の話をお望みです」
ティアとマリーがリアムを見れば、呆れた表情をしていた。
「クラウス、続きを話せ」
二人はリアムがクラウスの意見を求めたために、引き下がる。
だが、クラウスはこの時点で覚悟を決めた。
ククリも一応は約束を守って自分を助けてくれたが、心情的には二人に近いだろう。
リアムがクラウスを処分しろと言えば、ためらうことなく刃を振るうはずである。
(私が言わねば、もう誰も止められない)
クラウスは真剣にリアムを説得することにした。
今ならまだ引き返せるからだ。
「現時点でバンフィールド家と帝国との戦力差は歴然です」
「そうだな。帝国が全ての戦力を俺に向けられれば、勝てないだろうな」
リアムは帝国が周囲を敵に囲まれ、全力を出せないのをよく理解していた。
しかし、だ。
「仮に国境に配備された軍が動けなくとも、バンフィールド家のみでは勝負になりません」
「味方も出てくると思うが?」
帝国に不満を持っている貴族は多い。
それらをまとめてクレオ派を立ち上げたのがリアムであり、決起すれば味方をする貴族達がいるのをよく理解していた。
「国を倒す際に必要以上の助力を求めれば、その後に見返りを求められます。やるからにはバンフィールド家だけで勝利するのが最上です」
(悩ましいのは、勝つ見込みが本当に僅かにある事だな)
バンフィールド家の地力を考えれば、可能性がゼロではなかった。
とにかく、希望があるため周囲も諌めない。
だから絶対に勝てないと否定すれば、周囲がそれはおかしいと言うだろう。
説得を邪魔されたくない。
そして、リアムが納得しなければ説得など無意味だ。
だからクラウスは、このまま戦って勝利したとしても後がないと説明する。
実際に、リアムが他貴族や他国から支援を受けて勝利してもその後に色々と相手に気を使う必要が出てくる。
最悪、帝国は混乱して周辺国に飲み込まれる恐れもある。
だからこそ、勝利した先をクラウスは語った。
そうすれば、周囲も「確かに勝った後が問題か」と少しは話を聞いてくれると信じたからだ。
しかし――。
「お前の言いたいことは理解した。それでどれだけの力を得れば、お前の言う最上を手にできる?」
リアムが大体の数字を求めると、クラウスは単純に答える。
「戦力だけで言えば百万の艦艇が必要です。百万の艦艇を問題なく動かすには、その四倍の四百万の艦艇を維持しなければなりません。そして、それだけの軍隊を維持できる領地が必要になります」
艦隊というのは練度を維持するために、休暇、訓練、演習の三つを必要とする。
この三つが終わり、はじめて実戦に耐えうる練度が手に入る。
つまり、百万の軍勢を常に動かすには、四倍の四百万の軍勢を維持できる地力がなければならない。
最大の戦力が百万であった場合、無理をして全軍で戦って勝利を得てもその後が苦しくなる。
帝国を倒す際に無理をして、その後が続かないなど悪夢である。
(これだけの数字を出せば、無理だと気付いてくれるだろ)
クラウスの話を真剣に聞いていたリアムは、何度も頷いていた。
「四百万か。今は無理だな」
リアムが理解してくれたと安堵する。
(良かった。やはり話せば理解してくれたか)
ただ、リアムは立ち上がってクラウスに感心したように拍手をする。
「流石は常勝不敗の騎士クラウスだ。お前の意見を採用しよう」
「――へ?」
(常勝不敗の騎士? いや、それよりも私の意見を採用って何!? 私は反対したんですけど! それは、中止するって意味ですよね!?)
――だが、クラウスの期待は裏切られる。
「四百万。途方もない数字だが、達成すれば勝てるわけだ。常勝不敗と呼ばれたお前が言うなら説得力がある」
「リアム様? あの、常勝不敗の騎士とは?」
「ん? あぁ、首都星でのお前の異名だ。かっこいい異名でよかったな。俺なんて未だに海賊狩りだぞ。お前と交換して欲しいくらいだよ」
リアムに羨まれるクラウスだが、まったく喜べなかった。
(何で雑用係の私が常勝不敗の騎士!?)
リアムがクラウスたちを見据える。
「しばらくは領地に引きこもって領内開発にかかりきりになるな。帝国と勝負が出来るくらいの地力を手に入れる」
ティア達が「はっ!」と返事をして膝をつく姿を、クラウスは眺めていた。
リアムは改めてクラウス達に宣言する。
「次は帝国が相手だ。俺も本気を出す。お前らもそのつもりで動け」
そして、リアムはクスクスと笑う。
「それにしても百万の軍勢か――それなら、帝国と正面から戦えるな」
「――は?」
(嘘でしょう!! まだ内部から切り崩す方が難易度低いよね!? まさか本気で帝国と戦争をするつもりですか!?)
クラウスは自分の説得のせいで、帝国との争いがハードモードになった事に気が付いて頭を抱えたくなった。
ブライアン(´;ω;`)「qあwせdrftgyふじこlp」
綺麗な若木ちゃん(゜∀。)「ブライアンさんの言葉を翻訳するとね『反逆するとか辛いです。それはともかく、俺は星間国家の悪徳領主! 3巻をよろしくお願いします』よ。混乱していても宣伝を忘れない根性は私も見習いたいわね」
ブライアン:(;゛゜'ω゜'):「宣伝はしていません! いやぁぁぁ! 主人が反逆しそうで辛いですぅぅぅ!!」




