一閃流の悲願
九章も今回を入れて残り三話となりました。
俺は星間国家の悪徳領主! 2巻 は好評発売中です。
今回も大幅な修正と追加をしているので、お正月には是非とも初期版をお楽しみください。
安士は落ち着いた様子を見せながら――頭の中では絶叫していた。
(どうする俺! どうしたらいい俺!? この場をうまくやり込めて、こいつらから逃げないと殺されるぞ!!)
何故かリアムたちは、安二郎と自分が別人だと思っている。
元祖一閃流を、分派した一閃流の面汚しと考えている。
それに、あの化物だ。
いきなり自分たちを殺すと現れた化物。
――安士には、当然身に覚えがない。
(何で香具師の俺が化物に命を狙われるんだよ。でも、よく考えるとこいつらも人の姿をした化物だよな。――刀を抜かずに斬るって何だよ。大道芸じゃないんだぞ)
安士は頭をフル回転させる。
(落ち着け。ここを乗り切れば良いんだ。ここさえ乗り切れば、また平穏な人生が待っているんだ!)
覇王国に追われるのも、剣神を討ち取って名を挙げたい馬鹿共に命を狙われるのも、リアムたちに捕まるよりマシだと安士は考える。
そして安士は閃いた。
(そうだ! あの化物みたいな奴が一体とは限らないから、あいつらをこいつら人外に相手させればいいんじゃないか?)
巨大タコのような存在がいるとなれば、安士は枕を高くして眠れない。
で、あるならば――リアムたちに倒してもらえばいい。
安士の頭の中で言い訳が組み上がっていく。
後ろにいる息子の安幸と、妻のニナが心配そうに安士を見ていた。
ニナが声をかけてくる。
「ヤス君、本当にお貴族様の師匠だったの? あの――伯爵が頭を下げるって滅多にないと思うんだけど?」
ニナの話を聞いて、リアムが微笑む。
「確かに滅多に頭は下げませんね。ただ、師匠やそのご家族は例外ですよ」
微笑んでいるリアムを見て、ニナが安堵しているようだが――安士は知っている。
(それ以外に頭を下げろと言われたら、こいつは相手を斬り殺しそうだな。いや、絶対に斬る。もしも俺が偽物で、安二郎だと知られたらおしまいだ!)
安士は重苦しい雰囲気を作りだし、ゆっくりと語りはじめる。
「リアム殿には一閃流の悲願をお話ししなければなりません」
「悲願ですか?」
「はい。先程見た凶悪な化物がいたでしょう? 一閃流とは――あの者たちと戦うために生み出された剣術なのです」
「何ですって!?」
驚くリアムの後ろでは、同様に凜鳳や風華も目を見開いていた。
「あれが僕たちの敵?」
「確かに、他の剣士じゃ駄目だと思うけどさ。今戦えるのは兄弟子だけだろ?」
顔を見合わせて真剣に相談する二人を見て、安士は心の中でガッツポーズをしていた。
(よし、いける! だ、だが、問題はこいつだな)
視線の先にはエレンがいるのだが、一人だけ疑った視線を向けていた。
(こ、こいつだけは、俺を疑っている)
背中に冷たい汗が流れる。
何故なら、エレンも安士から見れば人外だ。
戦えば一瞬で殺されてしまうため、感じる圧力は半端ではなかった。
エレンが口を開く。それは探るような視線と口調だった。
「安士様、一つ質問をよろしいでしょうか?」
「な、何かな?」
「一閃流はあの化け物たちと戦う剣術とのことですが、他流派の型と酷似している部分が多いのは何故でしょうか?」
一閃流は安士が他の流派から型を流用したため、基本的な動作は継ぎ接ぎだらけになっている。
それを怪しまれた安士は焦るが、エレンの質問を聞いてリアムが叱る。
「エレン! 安士師匠に何てことを言うんだ。お前は、安士師匠の言葉や、一閃流を信じていないのか?」
エレンはリアムに怯えながらも、安士を睨んでいた。
「わ、私が信じているのは師匠と師匠の剣術です。それに、以前から一閃流は他流派から技を盗んでいると陰口を叩かれています。――気になっていたので」
カルヴァンがリアムの信用を貶める際に、そういった噂を流していた。
凜鳳も風華もエレンに殺気を向けているが――。
(三人揃ってチラチラ俺を見るんじゃねーよ! お前らも気になっていたのかよ!?)
――やはり気になっていたのか、エレンを責めつつも安士を見ている。「そんなことを聞くなよ!」と言いながらも、チラリと安士の様子をうかがっていた。
だが、安士はこのような状況でも慌てない。
何しろ、安士は口だけでここまで生きてきた男だ。
頼りない口しかないとも言えるが、今この瞬間が勝負所だった。
「それは、全ての流派の元を辿れば一閃流に辿り着くからです。いえ! 全ての武芸は一閃流に辿り着くのです!」
適当にそれっぽいことを言うと、凜鳳と風華は頭に「?」マークが浮かんでいた。
エレンの視線は益々冷たくなるが、考え込むリアムだけは違った。
安士の言葉に何か意味があると考えたのか、リアムが自分なりの答えを口にする。
「武の究極系は一閃流ということでしょうか?」
「そう、それです!」
リアムの助けを借りつつ、安士は説明する。
「どうして人が武を求めるのか? どうして剣を求めるのか? 武器などいくらでもあるのに、昔から人は剣に憧れを持つ――それは人間同士の争いよりももっと先があると本能が知っているからです。今日のような化け物たちは、まだこの世に沢山います!」
(いるかな? ま、探せばいるだろ? いなくても、見つからないだけって言えばいいし)
安士はどこかで聞いたような話を織り交ぜつつ、それっぽく語る。
「それを見越して技を磨いてきたのが一閃流なのです! 一閃流とは、弱き人々を化け物たちから守る剣! 人よりももっと強き者たちと戦うために生み出されたのです」
それを聞いてリアムが俯く。
「そうではないかと思っていました。一閃流は強すぎますから。――ただ、それなら堕落した元祖一閃流は放置して良かったのですか? それに、奴らはどうして師匠をさらったのでしょうか?」
元祖一閃流の話をすると、後ろにいたニナが反応を示した。
安士はすぐに振り返り、目と目で話をする。
(俺が元祖一閃流の師範というのは黙っていてくれ!)
(分かったわ、ヤス君!)
心が繋がった夫婦の連携だった。
ニナは安幸を抱っこして口をそっと塞ぐ。
安士はそれを見てから、前を向いて続きを話す。
「元祖一閃流は既に滅んだのも同じです。師範の男は、逃げ出そうとして代官のチェスターに殺されております」
「そうだったんですか。でも、よく弟子たちがチェスターを許しましたね?」
「欲に目がくらんだのでしょう。嘆かわしいことです」
自分が欲に目がくらんで、元祖一閃流などを興したのに酷い言い草である。
「それで、師匠がさらわれた理由は?」
「一閃流の悲願を失伝しており、拙者にも協力しろと言って来たのです。――誰かのおかげで有名になってしまいましたからな」
リアムへの嫌みを言う器の小さな男――それが安士だ。
そして、自分が安二郎と知られないためにこの話を無理矢理終わらせる。
「ですから、リアム殿たちも今後はあのような化け物を退治してください。そのための一閃流ですよ」
リアムは静かに頷く。
「分かりました。その前に――ククリ」
だが、目を細め、影から怪しい男を呼び出した。
安士が怯えながら様子をうかがっていると、リアムがククリに命令する。
「安士師匠をさらった件、伯爵も無関係とは思えない。一応調査をしろ。それから、一閃流に手を出すとどうなるか教えてやれ。見せしめだ」
ククリは静かに影に沈んでいく。
「――御意」
安士は背中が寒くて仕方がなかった。
(お、お前ら、今の会話は何だ! ま、まさか、敵対した奴を暗殺? いや、ないな。ないよな?)
リアムはククリが消えると、姿勢を正した。
「それから、もう一つだけ聞かせてください。どうして師匠は戦えないのですか? あの巨大タコも師匠ならば倒せたはずではありませんか?」
安士はガバッと上着を脱いでみせると、そこには斜めに入った傷跡が残っていた。
リアムたちがその傷跡に驚いている。
「その傷は!?」
「強敵を相手にしたのです。ですが、力及ばず」
「し、師匠が!? あの巨大タコよりも強い奴がいるのですか?」
リアムは自分が倒せた巨大タコを、安士ならば倒せたという謎の確信を持っていた。
(アレより怖いのがいるって恐ろしいな。だが、こいつにはそう言っておくか)
「――いるのです。敵は更なる巨悪です。拙者はそやつに敗れてしまいました」
後ろではニナが「あ、その傷は」と驚いた顔をするが、すぐに取り繕って悲しそうな顔をする。流石は夫婦である。
リアムは安士の傷を見る。
「随分と鋭い太刀筋ですね。まるで恨みでもあるような――もしや、傷が原因で戦えないのですか? それでしたら、すぐにエリクサーを用意します。マリー、エリクサーを用意しろ」
「はい、リアム様」
安士はこれを聞いて焦る。
(こいつ、エリクサーなんて持ち歩いているのかよ!? いや、そうじゃない)
安士はかぶりを振って上着を着る。
「リアム殿、拙者は敗れてしまいました。何とか生き延びはしましたが、もう一閃も放てないのです。心や肉体に深い傷を負ってしまいましてね」
「治療します! うちには優秀な医者たちを揃えました。きっと師匠の傷だって!」
(治してもらったら困るんだよ! そもそも、もう痛くもないし!)
安士は俯く。
「拙者の一閃では勝てなかったのです。今後も倒せないでしょう。――ですから、拙者や一閃流の悲願をリアム殿に託させてください」
「お、俺にですか? で、ですが」
狼狽えるリアムに安士は強い口調で迫る。
「何を弱気になっているのですか! リアム殿は拙者の後継者! そして、真の一閃流を継ぐ者ですぞ!」
それを聞いてリアムが静かに頷き、この場の嘘で作り出された悲願の成就を約束する。
「分かりました。師匠や一閃流の願いは、俺が受け継ぎます」
「安心しました。これで拙者はもう――」
後は逃げるだけだと思っていると、安士は後ろから撃たれてしまう。
ニナが裏切った。
「あ、もしよろしければ、安幸のために力を貸してくれませんか?」
安士が振り返る。
(どういうことだ! 俺はこいつらから逃げたかったのに!)
ニナは安士の妻であるが、同時に安幸の母親だ。
自分が不幸になるのは良いが、息子が不幸なのは許せなかった。
(ごめんね、ヤス君)
ニナはリアムに安幸の将来を願う。
「ど、どうでしょうか? この子にはしっかり勉強をしてもらいたいんです。環境の整った惑星に住むことは出来ませんか?」
そんなニナの願いを聞いて、リアムは自分の胸を叩いた。
「お任せください、奥方様! このリアム・セラ・バンフィールドが、皆様を俺の本星にご招待します。それに、俺の弟子枠は残り二つあるので、安幸君を立派な一閃流の剣士にしてみせましょう!」
断言するリアムの後ろから、抗議の声が上がった。
「待ってよ兄弟子! 僕だって一人前だよね? なら、僕が安幸を預かるよ! 何と言っても安幸は僕の弟だからね」
凜鳳がそう言えば、風華も黙っていない。
「安幸は俺の方がいいよな? 二刀流はかっこいいからな!」
自分が安幸を預かると二人が言い出すと、ここでリアムのわがままが炸裂した。
「駄目だ。師匠の大事なご子息は俺の弟子にする」
凜鳳と風華は文句を言うが、その様子をエレンが複雑そうに見ていた。
ただ――安士はそんなことは認められなかった。
(俺は確かに屑だが、息子を人外にするような親じゃねーよ! 安幸だけは絶対に守る!)
リアムたちに預けて苦労させたくない安士は、かぶりを振る。
「お気持ちだけで十分です。それに、安幸には才能がありません。この子には普通の道を歩ませようと思っています」
安士を信奉するリアムたちは、それを聞いてガクリと肩を落とした。
才能がなくてもやる気があれば――などと、巨大タコを見た後では三人も言えない。
一閃流の悲願が巨大タコたちとの戦いならば、安幸にそんなことはさせられないと三人とも諦めていた。
リアムは少し考える。
「それでは、俺の最も信頼する騎士に預けましょう」
安士は内心でリアムに罵声を浴びせる。
(危ないことをさせたくないって言っているのに、何で騎士なんだよ!)
そこで、控えていたマリーが名乗り出る。
「ならば、リアム様の片腕であるわたくしの出番ですね。安幸殿を立派な騎士に育ててみせましょう」
ただ、リアムのマリーを見る目は冷たかった。
「おめーじゃねーよ。座ってろ」
「そ、そんなぁ!?」
安士は頭を抱える。
(どうする!? どうするよ! 安幸を残して逃げるか? だが、それはいくら何でも――いや、そもそもニナが安幸と離れるのか?)
振り返ると、ニナがリアムと相談していた。
「まぁ! 伯爵様の本星でお世話になって良いんですか?」
「すぐに屋敷を用意させますよ。何か希望はありますか?」
「小さくても良いので、庭が欲しいですね。あと、仕事を紹介してください」
「生活費の心配は不要ですよ。俺が面倒を見ますからね」
「いえ、働きます! ヤス君と安幸の面倒を見るのは、私の仕事ですから!」
「そ、そうですか。すぐに用意させます」
ニナの熱意に押され、少したじろいだリアムは仕事を用意することを約束した。
既にリアムの本星に向かうのが決まっていた。
安士もニナには逆らえず、ガクリと項垂れる。
(お、終わった。俺の努力って一体?)
ブライアン(´;ω;`)「リアム様が安士の嘘の騙されて、このブライアンは辛いです。少しは疑ってください、リアム様!」
若木ちゃん( ゜∀゜)「【悪徳VS外道】でコラボした【俺は星間国家の悪徳領主!2巻】もよろしくね! 来年には【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 7巻】も発売で、そっちにもコラボSSが付くわよ!」
ブライアン(`・ω・´)「リアム様のご活躍を、書籍版でもお楽しみください」