一閃流の剣士
『俺は星間国家の悪徳領主!2巻』が好評発売中です!
店頭にあるPOPの裏側を見ると――。
安士師匠を救出するため、代官屋敷に乗り込んだ俺たち。
代官であるチェスターがいる部屋に来てみれば、師匠が檻の中に囚われていた。
――安士師匠への狼藉は俺が許さない。
ただ、チェスターの力量は最適だった。
「やれるな、エレン?」
声をかけると、エレンは静かに答える。
「やれます」
エレンがチェスターの前に歩み出た。
緊張しているが、集中しているようで師匠の俺としては安堵する。
チェスターは目を白黒させながら、手を出さない俺たちを見ている。
自分の前に出て来た子供であるエレンを見て、随分と警戒していた。
「な、何の真似だ?」
エレンが答えないため、代わりに俺が話をしてやることにした。
「俺の弟子はまだ人を斬った事がない。剣士として半人前だから、お前を相手に経験を積ませようと思っただけだ。師匠も救出できたからな。もう、お前に価値はない」
俺はチェスターに冷たい視線を向ける凜鳳と風華に、声をかけて立ち会いを頼んだ。
「安士師匠に俺の弟子を披露する。凜鳳、風華――お前たちは、立会人をしてくれ」
凜鳳は肩をすくめた。
「いいよ~」
風華はエレンがどのように戦うか、興味がある様子を見せる。
「エレン、師匠や兄弟子に恥をかかせるなよ」
俺が安士師匠に視線を向けると、一度目を閉じてゆっくりと開いた。
その視線の先にはエレンとチェスターがいる。
安士師匠にとって、エレンは孫弟子になる。
厳しく鍛えては来たが、安士師匠の目にはどのように映るだろうか?
俺まで緊張してきた。
「エレン、未熟なお前は一閃を使うな」
一閃を封じて殺し合いに挑ませるが、エレンは落ち着いていた。
刀を抜く気配もない。
「承知しました」
集中力が高まっているようだ。
俺の開始の合図を待っている。
だが、チェスターの方は準備が出来ていなかった。
「ふざけるな! 俺がいつ、このガキと殺し合うなんて言った! 衛兵! 衛兵、出てこい!」
部屋の外に待機させていた部下たちを呼びつけるが、俺の影から姿を見せるククリがクツクツと喉を鳴らして笑っている。
「皆さんなら、先に旅立って代官殿をお待ちですよ」
仕事の出来る部下っていいよな。
あと、ククリはティアやマリーのように暴走しないのが良い。
「手間が省けた。助かったぞ、ククリ」
「お褒めにあずかり光栄にございます」
恭しくお辞儀をするククリを見て、何を思ったのかチェスターが床に崩れ落ちた。
そのまま両手を床について俺に媚びてくる。
「バンフィールド伯爵! と、取引だ」
チェスターに答えずにいると、俺が話を聞くと思ったのかペラペラと口を動かす。
「この惑星には俺の実家や周辺領主たちが、六万隻を超える艦隊を集結させている。お、俺を見逃せば、助けてやってもいい」
震えながら取引を持ちかけてくるチェスターを見て、俺は小さく溜息を吐いた。
「マリー」
名を呼べば、すぐに空中に小窓が出現してマリーが少し焦った表情が映し出されていた。
『リアム様、大規模な艦隊がこの惑星に向かっているのは事実で――って! リアム様が傷だらけに! す、すぐに手当てを!』
「五月蠅い黙れ」
チェスターは交渉できると思ったのか、立ち上がって俺を指さしてくる。
こいつも、こいつの部下たちも取引が好きだな。
「さぁ、どうするバンフィールド伯爵! 俺と取引をするのか、しないのか!」
勝手に話をする奴だな。
そんなの最初から決まっているだろ。
「――お前は誰に向かって話している? 俺とお前が取引をするなどあり得ない。お前は、黙って俺の弟子の糧になれ。本物の一閃流の踏み台になれて光栄だろ?」
「へ?」
間の抜けた声を出すチェスターに、俺はかぶりを振って教えてやる。
「六万隻の艦隊? それがどうした?」
小窓から俺たちの様子を見ているマリーが、俺の話を遮った。
『リアム様は、すぐに脱出を!』
「俺の話を遮るな」
『っ!』
「――マリー、アヴィドを惑星に降ろせ」
『で、ですが!』
「くどいぞ」
『し、失礼いたしました』
「何なら、お前たちだけ先に逃げてもいいぞ。後からアヴィドで追いつけばいいからな。流石にこんなことで部下を失うのももったいないからな」
先に逃げろと言えば、マリーは表情を険しくする。
『主君を置いて逃げるほど、わたくしも落ちぶれておりません』
通信が切れると、俺はチェスターを見る。
俺に「信じられない」という顔を向けていた。
そもそも、この小悪党に俺たちを逃がせるとは思えない。
「――いつまで座っているつもりだ? さっさと立て」
睨み付けてやると、チェスターが口をパクパクさせていた。
黙っていたエレンが口を開く。
「たとえ悪党であろうとも、無抵抗なあなたを殺すのは気が引けます。せめて、剣士として意地を見せてください」
年下の女の子にこんなことを言われたチェスターは、刀を手に取って立ち上がった。
「舐めるなよ! リアムはともかく、ガキ一人を殺すのなんていつでも出来るんだよ!」
――この俺を呼び捨てとか、代官風情が許されることではない。
危うく殺してしまいそうになったが、エレンのために我慢する。
チェスターは、本当にエレンのために最高の相手だからな。
俺はチェスターを見て評価を口にする。
「俺を呼び捨てにしたのは許せないが、今回だけは見逃してやる。お前はエレンの糧に丁度良いからな。立場を利用し、領民たちを苦しめ、身の丈に合わない野心を持つ。最大の罪は、安士師匠をさらったことだけどな」
チェスターは俺を見て不敵な笑みを浮かべている。
「領民たちを苦しめる俺が許せないか? 甘ちゃんと聞いていたが、その通りだな! 人を支配するとは、そういうことだ! いくらお前が綺麗事を並べようが、俺と何が違う? ただ、愛想良く振りまいているだけだろうに」
俺とこいつが同じ? 反吐が出る。
「お前と一緒にするな。そもそも、俺とお前では格が違う。比べるのもおこがましい。――さて、いつまでもお喋りをしている暇はない。さっさとはじめろ」
小悪党が、大悪党の俺と自分を比較するとか自惚れにも程がある。
「精々粋がれよ。お前たちもおしまいだ。このガキを殺して、俺だけでも!」
開始の合図を告げる前に、チェスターが一閃を放った。
エレンの首目がけて放たれた一閃は、エレンの一太刀に打ち砕かれる。
「こ、この! この!」
何度も一閃を放つチェスターだが、刀を抜いたエレンが全て打ち払っていく。
凜鳳が呆れた様子で告げる。
「これが一閃だって? 馬鹿にしているよね」
風華は興味が失せたようだ。
「ただ斬撃を飛ばしているだけかよ。見苦しいな」
俺は腕を組んでエレンの様子を見ていた。
チェスターは本当に素晴らしい相手だ。
領地で領民を苦しめ、悪代官の手本とも言うべき人間だ。
息切れを起こしたチェスターを前に、エレンが刀を鞘に戻した。
それを見たチェスターは、見逃して貰えると考えたようだ。
「た、助けてくれるのか? ありが――とうとでも言うと思ったか、馬鹿め!」
隙をついて一閃を放とうとしたのだろうが、エレンは屈んで勢いをつけて飛び出すとチェスターに近付いてそのまま刀を抜いた。
チェスターを横切る瞬間に居合いのように刀を抜いて――斬った。
刀を振って血を払ったエレンは、倒れたチェスターを見下ろしている。
「師匠への暴言は許しません」
その様子を見ていた凜鳳と風華が、やる気のない拍手を送る。
「これでエレンも一人前だね」
「あと数十年もあれば、俺らと試合が出来るかもな」
俺はエレンに近付く。
刀を握り締め、自分が斬り殺したチェスターを見下ろしていた。
呼吸が乱れ、脚が震えている。
子供の頃に天城が俺にしたように、エレンが握り締めた手を包み込むように握った。
指を一本一本外してやると、エレンが俺を見上げて何か言おうとしていた。
青ざめた表情をしている。
「剣士になると決めたなら、避けては通れない道だ。覚悟はしていたはずだぞ」
人を斬らないならば、剣士など目指さなくていい。
一閃流の剣士が人を斬れないなど、論外だ。
エレンは俯く。
「不甲斐なくて、申し訳ありません」
ただ、やり遂げた弟子に冷たい態度も取れない。
「いや、俺の時よりも立派だった」
エレンが顔を上げて驚くが、詳しい話はせずに俺は安士師匠の牢へと向かう。
ククリが気を利かせて牢を破壊すると、安士師匠が立ち上がった。
「大きくなりましたな」
「師匠の教えのおかげです」
膝をついて頭を下げると、師匠は囚われていたとは思えない明るい声を出す。
「立ちなさい。リアム殿はもう立派な一閃流の剣士です。弟子もいるなら、堂々としなければなりません」
立ち上がり、俺は視線をエレンに向けた。
「師匠、俺の弟子であるエレンです。師匠から見てどうですか?」
安士師匠は無精髭のあるアゴを手で撫でる。
「才能のあるよい剣士かと」
自慢の弟子が褒められ、俺は安堵と一緒に誇らしくなった。
「ありがとうございます。俺の一番弟子ですよ」
◇
リアムを前にして安士は焦っていた。
(弟子が増えてるぅぅぅ!!)
いつの間にかエレンという孫弟子が誕生しており、安士は恐怖した。
リアムも恐ろしいが、安士から見ればエレンも格上の剣士だ。
戦えば確実に殺されると自覚すると、怖くて仕方がない。
それに――問題はエレンの目だ。
(あ、あのガキ、俺のことを疑っていやがる!?)
リアムに凜鳳と風華の三人は、自分を疑わずに瞳を輝かせていた。
それはそれで怖いが、一番怖いのは自分を疑っているエレンだ。
「うおっほん!」
わざとらしい咳払いをすると、安士はこの場からいかにして逃げ出すのかを考える。
この場にいれば、いずれ自分の嘘が知られてしまう。
そうなれば、チェスターたちのように斬り殺される未来が待っていると勝手に想像していた。
「皆が強く成長して嬉しく思う。さて、拙者はそろそろ次の――」
その瞬間だった。
リアムが天井を見上げる。
「無粋な連中が来たな」
安士が何のことかと思っていると、リアムの側に空中に投影された映像がいくつも表示されていた。
代官屋敷を囲むように、惑星の警備部隊の兵器が集まっている。
『代官様を殺した下手人共を捕らえよ! 無理なら殺しても構わん!』
外には戦艦の姿も見える。
サイレンが鳴り響き、周囲の住民たちを強制的に避難させていた。
(あ、あいつら、この屋敷ごと吹き飛ばすつもりか!?)
代官であるチェスターが持っていた武装集団も含まれ、安士たちに対する殺意が高い。
ただ、リアムは小さく溜息を吐いた。
「――アヴィド、やれ」
その言葉の直後だ。
代官屋敷に地震が起きると、映像の中の警備隊や武装集団がレーザーに貫かれ、ビームになぎ払われ、ミサイルで炎の中に消えた。
たった一機の機動騎士が、映像の中で炎の光に照らされ不気味にツインアイを光らせている。
(へぁ!?)
間抜けな声を何とか喉に留めた安士は、一機の機動騎士が映像に出現して驚く。
(え? これってあの時の機動騎士か? 何で中古の機動騎士が、こんなに強いんだよ!?)
代官屋敷の天井が揺れると、凜鳳と風華が一閃を披露する。
二人の一閃により斬り刻まれた天井が吹き飛び、そこからアヴィドがゆっくりと舞い降りてきた。
リアムが言う。
「アヴィドに乗り込むぞ。この惑星から避難だ」
風華が頭の後ろで手を組んでいた。
「え~逃げるの?」
「馬鹿を言うな。戻って戦力を集めたら、乗り込んで叩き潰してやる」
リアムの返事を聞いて、安士は震えたいのを我慢する。
(六万隻の艦隊が来るのに、何で戻ってきて戦うんだよ! 普通は逃げるんだよ、馬鹿!)
馬鹿と思っていても口には出せない。
何しろ、安士は小さい男だ。
自分より強いリアムに口答えなど、出来ればしたくなかった。
安士は肝の小さな男である。
だが、そこに安士にとって救いとなるかもしれない存在が現れた。
そいつはとても禍々しい姿をしていた。
スーツを着用した男性の体を持っていながら、頭部は脚のついたタコである。
怒りに震えているのか赤く染まり、八本脚をウネウネと揺らしていた。
「――お前らの存在は許せない。許してはおけない」
一瞬、助けが来たかと思った安士だったが、そいつの向ける禍々しい殺気が自分にも向けられていると知る。
(え? 何これ!? 何なのこれ!?)
タコは口から、ヤカンの口のように蒸気を吐いていた。
笛の音のような音まで聞こえてくる。
「一閃流は必要ない。この世界に存在してはならない――お前たちは、今日ここで存在すら消してやる!」
男の頭部が膨れ上がり、首から下の人の体を飲み込んで大きなタコへと変化していく。
口から吐く蒸気が黒く色付き、周囲の視界が悪くなる。
凜鳳と風華が相手の異様さに構えを取っていた。
「こいつ、何なのさ!?」
「さっきから震えが止まらねぇ」
動揺した二人。
エレンに至ってはあまりの恐怖に床に座り込んでしまっている。
安士の本能が告げている。
(――あ、これ死んだわ)
目の前の圧倒的な存在を前に、一周回って落ち着いたように呆然としていた。
ただ、リアムだけは片眉を上げて訝しんでいた。
ブライアン(´;ω;`)「エレン殿が一人前になり、嬉しいような辛いような気分です。それにしても、リアム様には敵が多くて辛いです」
若木ちゃん(;゜Д゜)「うちのリオンしゃんも、これくらい思い切りが良かったら――駄目ね。私も斬られそうだわ」
若木ちゃん( ゜∀゜)「そんなことより、悪徳VS外道のコラボSSは手に入れたかしら? 俺は星間国家の悪徳領主2巻は発売しちゃったけど、来月はついに 【乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です7巻】 の発売よ! そっちの応援もよろしくね!」
若木ちゃん( ゜д゜)「本当はモブせかの宣伝小説が星間だったのに、私はどうして星間の宣伝をしているのかしら? ――辛いです」