代官屋敷
俺は星間国家の悪徳領主!2巻 の 発売日 が 残り二日となりました。
チェスターが代官を務める惑星。
遠くにある衛星の裏には、リアムが率いたお忍び用の艦隊が控えていた。
バンフィールド家から届けられた補給物資を受け取っている。
運んできたのは、御用商人のトーマスだった。
「リアム様の行動にはいつも驚かされます。ですが、いくつかの航路の安全が確保され、我々商人も安心して商売が出来る惑星が増えました」
ホクホク顔を見せるトーマスの相手をするのは、マリーだった。
「やはりリアム様こそ、真の支配者に相応しいわ」
真の支配者という言葉をトーマスが聞き流す。
誰かに聞かれでもしたら面倒になる言葉だ。
「それよりも、リアム様はいつ頃に本星へ戻られますか? こちらとしても、いつまでも不在では困ります。首都星では、カルヴァン殿下たちが色々と動いておりますよ」
マリーもそれは気にかけていた。
「覇王国との戦争で失墜したのではなくて?」
「失墜しようとも皇太子殿下ですからね。リアム様が睨みを利かせなければ、首都星で自由に動けますよ。クラーベ商会や、ニューランズ商会もリアム様が戻られるのを待ち望んでおります」
「クレオ殿下は何をしているの? リアム様が不在でも、あの方がいれば問題ないでしょうに」
実質的にリアムの派閥だが、掲げているのは皇子であるクレオだ。
クレオにもリアムに及ばないながらも、権力は存在する。
リアムがいない今こそ、存在感を示して派閥を自分の力でまとめる好機でもあった。
それをしないクレオに、マリーは少々腹を立てていた。
だが、トーマスからの話を聞いて考えを改める。
「そのクレオ殿下にも怪しい動きが目立ちます。クレオ派閥に、クレオ殿下を支える者たちを集めているのです。それ自体は不思議でもありませんが、力のない貴族たちばかりを集めているのです」
「――随分とお優しいこと」
クレオが気前よく金銭などを与え、恩を売っていると聞いてマリーは目を細めた。
言葉では褒めているが、内心はそんなことを考えてもいない。
「バンフィールド家の予算を使って、力のない貴族たちに施しをするのが好きなようね」
「まぁ、はい。バンフィールド家から随分と予算を引き出し、気前よく配っておりますね」
それも皇太子になるために必要と思えば諦めもつくが、クレオが味方につけているのは権力を持たない貴族や騎士たちだった。
宮廷工作に動くならいいが、これでは何の意味もない。
本来ならば、力のある騎士を首都星に派遣したいところだ。
しかし、本星と一緒に覇王国の国境まで任せられている。
ティアやクラウスのような統治まで可能な騎士は少なく、いたとしても拡大するバンフィールド家の領地は常に人手不足だ。
「大人しくカルヴァンの足を引っ張っていれば、将来も安泰でしょうに」
苛立つマリーが怖くなり、トーマスは話を変えることにした。
「そ、それよりも、ロゼッタ様の親衛隊が各地で活躍しているのをご存知ですかな?」
「聞いているわ。リアム様の手の届かぬ場所を支えるために、随分な艦隊を揃えられたとね。まったく――わたくしに言ってくだされば、もっと素晴らしい親衛隊を用意したのに」
マリーはロゼッタに好感を持っている。
そのため、色々と手伝いをしていた。
今回はリアムの護衛をするため側にはいないが、ロゼッタに頼まれれば色々と手伝いをしただろう。
「ロゼッタ様も領内で存在感を高めております。領民たちの中には、すぐにでも正式な結婚を、という者たちも多いですよ」
「不敬と言いたいところではありますが、わたくしも同じ考えよ。修行が終わり次第、リアム様とロゼッタ様の結婚式が開かれると思っていたもの」
リアムにはさっさと結婚してもらい、子供を作ってもらわねば安心出来ない。
領民たちにも望まれているのだが、リアムは旅を優先してしまった。
ただ、このことを忠言する者がいても耳を貸さない。
「ブライアン殿や天城がいくら説得しても、どうにもならないのよね」
マリーが溜息を吐けば、トーマスも項垂れる。
「こちらとしても、早くリアム様には結婚していただきたいのですけどね。何か方法はないのですか?」
マリーが少し考えて首を横に振る。
「ないわね」
リアムの欠点でもあるが、バンフィールド家はリアム個人が権力を持ちすぎている。
今回の旅を誰も止められなかったのも、これが原因だった。
絶対的な権力を持っている証拠でもあるが、同時に誰も止められないことを意味している。
会話の途中でマリーが身支度を調える。
「リアム様の定時連絡の時間よ。トーマス殿、口を出さないでね。これはわたくしの大事な。大事な! お仕事ですから」
リアムとの定時連絡を楽しみにするマリーに、トーマスは頷いておく。
すると、空中に小窓が出現してリアムが映し出された。
「リアム様、定時連絡のお――じ――か――ひぃぃぃ!!」
マリーが絶叫すると、トーマスも映像のリアムにギョッとした。
「リアム様ぁぁぁ!!」
トーマスまでもが絶叫した理由は、映像の中のリアムが「皿洗い」をしていたからだ。
『何だ、トーマスも来ていたのか? それより、皿洗いで忙しいから定時連絡は切るぞ』
マリーが慌ててリアムの映像に近付く。
「違います、リアム様! リアム様がそのような事をされてはなりません! リアム様はこの帝国の――あれ? リアム様? リアム様ぁぁぁ!?」
通信が切られてしまった。
マリーは、リアムが皿洗いをしている姿に血の気が引いている。
「いやぁぁぁ!?!!!?」
マリーの絶叫に、トーマスは耳を塞ぐ。
◇
師匠の自宅で夕飯をご馳走になった。
奥方様の用意した食事を残すなどあり得ず、そして俺は片付けを行っている。
「悪いわね。皿洗いなんかさせちゃって」
奥方様は申し訳なさそうにしているが、こちらとしては師匠の奥方様だ。
失礼な態度は取れない。
「お構いなく。皿洗いは慣れています」
修行中にも何度かやったことがある。
前世では一人暮らしもしていたため、この程度は問題ない。
台所から部屋を見れば、そこでは安幸君に凜鳳と風華がじゃれついていた。
「安幸、お姉ちゃんって呼んでよ」
「誰か嫌いな奴はいるか、安幸? 姉ちゃんが斬ってやろうか?」
そんな二人に安幸君はタジタジだ。
師匠の息子さんと聞けば、二人にしてみれば弟のようなものなのだろう。
姪っ子のような立場のエレンも可愛がる二人だ。
弟はそれ以上になる。
エレンの方は、三人を不満そうに見ていた。
「お二人とも、明日は代官屋敷に乗り込むのを忘れていませんか?」
寝転がった凜鳳は、ごろりと転がってエレンに向き直る。
それがどうした? という笑みを浮かべ、明日の話をする。
「乗り込むのが決まっているだけだよ。やることは変わらないからね」
「相手は同門ですよ」
「違うね。堕落した連中だよ。一閃流を名乗る資格もない」
凜鳳の話に風華も加わる。
安幸君をおんぶしていた。
「そうだぞ。――たとえ負けたとしても、それは俺たちが弱かったというだけだ」
弱い奴は自らの正義も貫けない。
自分たちが正しいと示すためにも、俺たちは敵地に乗り込むつもりだ。
そして、全てを斬り伏せる。
皿洗いが終わり、俺は手を拭いて四人の会話に加わる。
「後でマリーには連絡を入れる。師匠のご家族は保護して、朝一で乗り込むぞ。お前たちも準備をしておけ」
凜鳳と風華の視線が鋭くなると、二人とも僅かに微笑んでいた。
血が騒ぐのだろう。
ここまで強い敵に出会えなかったが、落ちぶれたとは言っても今回は同門が相手だ。
俺も心が躍っている。
「奴らは俺たちの師匠に手を出した。師匠なら無事だとは思うが――落とし前だけはきっちりつけるぞ。遊びは程々にな」
心が躍ると同時に、師匠を連れ去ったという怒りもこみ上げてくる。
楽しみたいが、奴らには上下関係をきっちり教えてやろう。
三人が頷くのを見て、俺は満足する。
――授業の対価は、元祖一閃流共の命だ。
◇
案内人とグドワールは、高い建物の頂上でワイングラスを傾けていた。
グラスを満たすのは、領民たちの血だ。
詳しく説明すれば、それはチェスターが苦しめてきた領民たちの血だ。
負のエネルギーを吸収しながら、二人は最高のショーを待っている。
「う~ん、もう少し熟成された負の感情が好みですが、この若々しさもいいですね。チェスターという男は見所がありますよ」
まさしく悪人。
間違いなく悪代官。
それがチェスターという男だった。
領民たちを人間とは見ずに、重税で苦しめていた。
逆らえば殺し、気まぐれでも殺す。
そんな男に、案内人やグドワールは一閃流を授けてしまった。
グドワールも大喜びだ。
「チェスターの騎士たちが育ったら、俺の国に向かわせて餌にするぞ。一閃流を超える戦士を育てるんだ」
偶然誕生した一閃流という剣術を、二人とも認めていなかった。
言ってしまえば突然発生した「とんでも剣術」だ。
積み上げてきた歴史も何もない。
グドワールの好みではないし、案内人からしても自分を苦しめてきた剣術だ。
絶対に許せないし、いっそ根絶やしにしたかったくらいだ。
「構いませんよ。リアムさえ殺せれば、私は何の文句もない。それにしても、ここはいい。負の感情が渦巻いている」
案内人はホッと吐息をこぼす。
安堵、至福と、様々な感情が入り乱れていた。
グドワールはグラスを見る。
「チェスターの一族もそれなりに悪い連中だからな」
「リアムが死んだら、私が彼らを支援してやるのも良いですね。帝国を内部からボロボロにしてあげますよ」
チェスターには、リアムから全てを奪って欲しいと案内人は考える。
リアムが築いてきた全てを奪わせ、その力を以って帝国に暗黒時代を招かせる。
渦巻く負の感情を想像し、案内人は笑みがこぼれた。
「リアムの死に、乾杯!」
「――何でお前が仕切るの? 悪人を集めたのも、一閃流を習得させたのも俺様だろ?」
「え? あ、はい」
弱り切った今の案内人は、グドワールに強気に出られない。
渋々と従いつつ、グドワールを誘導することしか出来なかった。
案内人はグドワールの機嫌を伺いながら、内心で腸が煮えくりかえる思いだった。
(これというのもリアムが悪い! 本来なら、私はグドワール以上の存在だったのに、今ではこいつにペコペコしてリアムを倒すしかないなんて)
案内人はプライドがズタズタにされたが、リアムを倒すために我慢していた。
(必ずお前を殺してやるからな、リアム!)
復讐に燃える案内人は、明日が待ち遠しくて仕方なかった。
◇
その頃。
チェスターは伯爵家の当主である父親に連絡していた。
『リアムはまだお前の赴任地にいるのだな?』
「はい、父上」
笑顔を貼り付け、父親の機嫌を伺うチェスターは下手に出ている。
全ては、成り上がるため。
今は父親にも頭を下げている。
『軍の準備が整った。僅か一千で敵の懐に飛び込むとは、勝ちすぎて増長したとしか思えないな』
「戦力はどの程度集まったのですか?」
『周辺領主たちも巻き込み、六万は集めた。我が家からは三万を出すぞ』
「――三万ですか。それは素晴らしい」
ただ、内心でチェスターは舌打ちをする。
(時間がないとは言え、もっと集めておけよ、糞親父が。だが、こいつにしては頑張った方か。うちの艦隊は見せかけだからな)
周辺領主たちも似たり寄ったりだ。
だが、六十倍もの戦力差がある。
リアムがいくら数の差をひっくり返してきたとしても、これだけの戦力差はどうにもならない。
覇王国との戦いでは敵大将を狙って終わらせたようだが、今回は大将である伯爵は前線に出てこない。
(出来ればもっと戦力を集めたかったが、許容範囲内だな)
既にリアムには逃げ場がなかった。
◇
翌朝。
俺たち四人は代官屋敷の前にいた。
貧しい領内の割に、何とも立派な屋敷を構えている。
本来なら褒めてやるところだが、今の俺は機嫌が悪い。
「お前たち、準備は良いな?」
風華が笑みを浮かべるが、その目は血走っている。
「いつでもいいぜ! 師匠を取り戻して、他は全員血祭りに上げてやるよ」
凜鳳は冷たい微笑みを浮かべている。
「元祖一閃流の系譜も今日で終わりだね。残るのは僕たちの一閃流だよ」
敵対したら同門だろうと容赦しないという気迫は、頼もしくもある。
二人とも成長したな。
ただ、エレンだけは緊張しているようだ。
俺はそんなエレンに声をかける。
「エレン、お前は初陣だから、今は俺の側から離れるなよ」
慌てて頭を下げて「は、はい!」と返事をするエレンを見て、風華と凜鳳は一瞥したのみだった。
俺に任せて、自分たちは敵を殺すことを考えているようだ。
大きく分厚い門を俺が一閃で斬る。
「――行くぞ。殴り込みだ」
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が皿洗いとか――伯爵家の当主がすることではありません! ――辛いです」
若木ちゃん( ゜∀゜)「あと二日! あと二日! 俺は星間国家の悪徳領主!2巻 の発売まであと二日!」




