驕り
時々は ドラグーン も思い出してください。
でも、読み直すと色々と拙かったと反省しますね(^_^;
謁見の間で、アイザックは冷や汗をかいていた。
(な、何だ、この男は!? これが僕の兄なのか?)
幼い頃に一度だけリアムを見たことがある。
半世紀近く前のことだ。
受勲式のために首都星を訪れたリアムを遠くから見ていた。
親類が受勲するとあって、祖父や父がアイザックも誘ったからだ。
遠目に見ただけだったが、今は怖くて仕方がない。
居並ぶ騎士たちも、自分が連れている騎士たちとは大違いだ。
何もかもが自分と違いすぎていた。
筆頭騎士である男が、リアムに対して言い訳をしている姿がとても情けなく見えてくる。
「リアム様、お聞きください。我々は、先々代様の身を守るために同行したのであって――」
その言い訳をリアムは興味がないのか無視していた。
ただ、謁見の間に並んでいた人形たちを見て、違和感を抱いたようだ。
「おい、俺のメイドが一人いないぞ?」
一人足りないと言い出し、側にいたクラウスに事情を聞いている。
クラウスはためらっていたが、リアムに問い詰められて答えた。
「――現在、メーカー修理に出しています」
「は? 何で? 予定はまだ先のはずだろ?」
人形一体一体のスケジュールを管理しているのか、リアムはこの場に一体足りないのが不満で仕方ない様子だった。
いや、心配しているようだ。
「――アイザック様の騎士たちが故意に破壊しました」
「破壊しただと? ――アイザック、お前の命令か?」
リアムに睨まれたアイザックは、声が出なかった。
恐ろしくて震えてしまう。
(う、うわ――あ――)
恐怖で思考がまとまらないでいると、クラウスが調査報告を行っていた。
「リアム様、アイザック様の騎士たちの独断との報告を受けています。裏を取りましたし、間違いない情報です。処分はリアム様がお戻りになられてからと――」
その直後だ。
筆頭騎士が言い訳を考えようとした瞬間には、リアムがアイザックの側にいて刀を振り下ろしていた。
側にいた騎士たちは斬られており、生きたままバラバラになっていく。
一瞬で激怒したのか、リアムは怒気を放っていた。
その威圧感の前に、アイザックは気を失ってしまった。
◇
「――アイザックは首都星に送り返せ。この程度で気を失う奴は後継者に相応しくない」
もっともな理由を付けて追い返すことにした。
殺してもいいが、どうせ俺の代用品を次々に量産するだけで意味がない。
刀を鞘にしまい、まだ生きているアイザックの部下を見下ろした。
わざと一撃で殺さなかった。
「た、助け――」
筆頭騎士らしき男を踏みつける。
「遊んでやろうと思ったが気が変わった。ククリ」
「ここに」
影から顔を出すククリたちに、俺のメイドを破壊した屑共を引き渡すことにした。
「こいつらは好きなようにしろ」
「ひひひ、よろしいのですか?」
俺自身がこいつらを痛めつけてもいいが、見ていると苛々して斬り殺してしまいそうになる。
それに、痛めつけるならククリたちの方が得意だろう。
「俺ではすぐに殺してしまうからな。――さて、こいつらに協力した馬鹿共の扱いも決めるとするか」
俺を裏切り、アイザックを担ぎ上げようとした奴らがいる。
そいつらは裏切り者だ。
役人たちが俺にすがりついて許しを請おうとすれば、騎士たちが取り押さえていた。
「リアム様、お慈悲を! リアム様!」
「こいつらが勝手にしたことなのです! ど、どうかお願いします!」
言い訳は聞き飽きた。
「裏切り者は全て処刑する。家族は領内から追放だ。――連れていけ」
そんな役人たちを、騎士たちが謁見の間から連れ去っていく。
俺は腹立たしくて仕方がなかった。
苛々する。
メイドの一人が破壊されるとか、俺が行方不明になっただけでここまでグダグダになるとは思わなかった。
「久しぶりに掃除をしよう。大掃除だ」
駆け寄ってきたクラウスが、俺の言葉に首をかしげている。
「大掃除、ですか? しかし、普段から清掃作業はしておりますが?」
冷や汗をかいているクラウスを見るに、俺の真意を知りながらわざと聞いているな。
「いや、放置しすぎてゴミがたまっている。ここはみんなで大掃除をしようじゃないか。――裏切り者を見つけ出して、全員処罰する。いや、この際だ――徹底的にやろう。裏切り者以外も調べ上げて処罰する」
有無を言わさぬ態度を見せると、クラウスが止めるかと思ったが頷いていた。
「かしこまりました」
意外と肝が据わっている。
こいつは俺がいない間も現状維持を続けていたし、ティアやマリーよりもよっぽど頼りになる存在だ。
――こいつでいいか。
俺は手を叩き、全員に指示を出す。
「はい、掃除の時間です。全員、持ち場に戻って職場を綺麗にしましょう。――いいな? 綺麗にしろよ。ゴミが残っていたら、掃除をさぼった奴も同罪だ」
全員が膝をついて俺に従う意思を示す。
「仰せのままに!」
さぁ、お掃除の時間だ。
◇
クラウスは色々と限界だった。
リアムが不在の間をまとめ、そして疲れ切っていた。
そのため、リアムが大掃除をすると言い出したのを聞いても「もう好きにしてくれ」としか思えなかった。
(まぁ、裏切り者もいるし、この際だから引き締めのためにもやるべきか。そうなると、チェンシーはどうなるかな? もう、後戻りできない感じなのだが)
また仕事が増えると思いながら、諦めにも似た感情を抱いていた。
リアムが謁見の間を見て首をかしげている。
「あれ? 妹弟子たちはどこだ? チェンシーもいないが?」
「あの三人でしたら――」
一番血の気の多い女騎士のチェンシーと、リアムの妹弟子二人は大変なことになっていた。
◇
リアムの鍛錬用の施設を使っていたのは、凜鳳と風華だ。
相手をしているのは、もはや人の形をしていないチェンシーだった。
禍々しい機械の昆虫を前に、凜鳳も風華も辟易している。
「何度斬っても蘇ってくる根性は認めてあげるよ」
「俺は飽きてきたぞ」
チェンシーは負ける度に復活し、何度も二人に挑んでくる。
その度に強くなり、今では二人に手傷を負わせるほどになっていた。
遊び相手に丁度良いと放置していたら、厄介なことになっていた。
風華が二振りの刀で斬り刻むと、斬り飛ばされた脚が液体金属になって本体に戻って再生する。
いくら斬り刻んでも、復活してしまうのだ。
「もう飽きた! 凜鳳、お前がやれよ」
風華に言われた凜鳳も嫌がっていた。
「お前がやれよ。僕も飽きたんだよ」
液体金属の中に、チェンシーのコアとなる部分があるはずだ。
だが、体の内部で移動しており掴めない。
おかげでチェンシーは、二人を相手に一閃流について学びはじめていた。
そしてついに――風華の一閃を避けた。
避けられた風華が驚き、距離を取る。
「こいつ、避けやがった」
本気の一撃を避けられ、風華は驚きを隠せない。
チェンシーは二人に話しかけてくる。
『貴方たちのおかげで一閃流について学べたわ。これでリアムと戦える』
凜鳳が苛立ち、大きく踏み込んで斬りつけるが――チェンシーは分裂して避けた。
そのまま増え続け、二人を囲む。
「ちっ!」
凜鳳が腰を低くして構えると、風華も同様に警戒していた。
「ちょっと遊びすぎたな」
二人を苦戦させたチェンシーは、そのままなぶり殺しにするつもりのようだ。
『お前たちの死体をリアムに見せて、本気を出させてあげるわ!』
戦いの中でしか生きられないチェンシーにとって、後先など関係ない。
望みはリアムを倒すことだけだ。
すると、鍛錬場のドアが開いてそこからリアムがやって来る。
その手には刀が握られており、入ってくるなりチェンシーを見て嫌そうな顔をする。
「無様な姿になったな」
『リアムゥゥゥ!!』
歓喜するチェンシーは、分裂した機械の昆虫たちを集めて一つになる。
一閃流と戦うために人の姿を捨てたのだ。
リアムに襲いかかり、勝負を決めようとする。
風華が慌ててリアムに忠告した。
「兄弟子、そいつは――」
ただ、リアムは興味がないようだ。
「心配するな。それよりもチェンシー、お前は俺の期待を裏切ったな」
チェンシーがリアムの一閃を見切ろうとすると、次の瞬間には液体金属がバラバラに吹き飛ばされていた。
壁に飛び散る液体金属。
チェンシーのコアである球体を、リアムが左手に持っていた。
『一瞬で私のコアを見つけたと言うの?』
驚くチェンシーだが、リアムは興味がないようだ。
後ろにいた部下たちにチェンシーのコアを投げると、再生するように命令する。
「おい、こいつの肉体を再生させろ。機械の体を得てもこの程度なら、生身の方がまだマシだ」
コアを失い、液体金属が再生しなくなった。
チェンシーが悔しがる。
『慈悲のつもりか? 殺せ! でなければ、何度でもお前の命を狙ってやる!』
「遊び相手がいなくなると寂しいからな。もっとも――この程度なら、俺の遊び相手にならない。妹弟子たちの相手をさせてやるよ」
お前は俺の敵ではないと言い切られ、チェンシーが球体の中から絶叫する。
『約束を破るつもりか! お前を殺すのは私だ!』
リアムはチェンシーの冗談に笑っていた。
「面白い冗談だ。――妹弟子たちも殺せないお前が、俺に勝てるわけがないだろ? 今後は凜鳳と風華と遊べ。三十年くらいすれば、エレンとも遊ばせてやる」
リアムはチェンシーに興味をなくし、凜鳳と風華に説教をはじめた。
「あいつに勝てないとかどういうことだ? 一閃流の看板に泥を塗るつもりか? あ?」
リアムに怒られて縮こまる凜鳳と風華は、俯いてしまっている。
「す、すみませんでした。で、でも、今日だけですよ」
「うさばら――練習相手になるかもって、何度も見逃していたから――ほ、ほら、俺たち何度も勝っていたし、今日は少し押されただけで」
言い訳をする二人に、リアムは冷たい視線を向ける。
「修行のやり直しだな」
リアムの言葉に、二人は項垂れるのだった。
◇
凜鳳と風華が思ったよりも成長していない。
チェンシーに苦戦するとか、同門として恥ずかしい。
だから、今日から一緒にきつめの修行をすることにした。
二人が疲れて倒れている中、俺は座禅をして精神を統一していた。
タンクトップとスパッツのような衣服を着用した二人は、俺の相手に疲れて気を失いぶっ倒れていた。
エレンも最初は参加させたが、まだ半人前なので途中で切り上げさせている。
俺は一人で精神修行だ。
「師匠から二人を預かってこの体たらく。――これでは師匠に合わせる顔がないな。それに、俺自身もあの小物に苦戦したのも問題だ」
思い出すのは、魔王を名乗る小物だった。
あいつを倒すためにお気に入りの刀が必要だったとか、恥ずかしすぎる。
本来なら予備の刀で斬り殺して終わらせるべきだったのだ。
自分の未熟さに苛立ってくる。
「斬れない敵を斬る――方法があるのか?」
物理的にも、魔法的にも斬れない相手がいる。
ならば、斬れるようになればいいだけだ。
ただ、その方法が分からない。
厳しい修行を積めば何とかなる気もするが、それでは時間がかかってしまう。
意識が乱れたのでまた精神を集中する。
斬れないものを斬る――そのための方法を考えるための精神統一だ。
俺は剣術に関しては一切妥協をしない。
悪徳領主は傲慢で驕り高ぶっているべきだが、これだけは別だ。
真剣に対策を用意しよう。
◇
リアムとの修行から解放された凜鳳と風華は、木刀を杖代わりにして歩いていた。
ここまで二人が追い込まれた修行は、安士に鍛えられて以来だ。
凜鳳が泣きそうな顔をしている。
「あ、兄弟子の鬼」
風華も同様だ。
体中が悲鳴を上げており、ガクガクと震えていた。
「あいつなんか、さっさと殺しておけばよかったんだ。兄弟子、しばらくはずっと修行だって言っていたから、当分続くぞ」
一閃流の免許皆伝を持つ二人が、泣き言を口にするほどの修行を連日のようにリアムは行っていた。
首都星に戻る日までは、二人が逃げ出したがるような修行を続けると決めている。
そして、チェンシーに後れを取った二人は強制参加だった。
二人は近くにあったベンチに腰掛けた。
「兄弟子、さっさと首都星に行けばいいんだよ」
「同感だ。今は貴族の修行中だろ? 何で戻ってくるんだよ」
リアム不在を聞きつけ集まった不届き者たちの相手をするためだった。
バンフィールド家の領地も騒がしい。
裏切り者が出たために、領内で苛烈な取り締まりが始まっている。
役人や軍人たちが、連日のように処刑され、その家族は領内から追放処分を受けていた。
凜鳳が端末を取り出し、ニュースをチェックする。
「あれ?」
「ど、どうした?」
不思議そうにしている凜鳳に、体が痛くて仕方ない風華が尋ねる。
すると、どうやら騒がしいのはバンフィールド家だけではないようだ。
◇
「全滅だと?」
首都星の宮殿では、カルヴァンが味方からの報告を聞いていた。
その報告内容に目を見開く。
報告してきた貴族の男も、信じられない様子だ。
「は、はい。バンフィールド家に送り込んだ工作員たちが全て消息を絶ちました。また、けしかけた貴族たちも大勢が死亡しています。正確な数字は把握できていませんが、生き残りはいないだろう、とのことです」
リアムが召喚魔法で消えた。
その情報を手に入れたカルヴァンは、リアムの領地を混乱させるために軽率な行動を取りそうな者たちを利用したのだ。
情報を流し、彼らが勝手に盛り上がるのを見守ることにした。
自分たちの派閥には、絶対に手を出すなと厳命していた。
「やられたね。このタイミングでこれをやるとは、本当に肝が据わっている」
「殿下?」
報告してきた男が要領を得ないでいると、カルヴァンは溜息を吐きたい気持ちを我慢して説明してやる。
「派閥が急激に増えたタイミングで、彼らをふるいにかけたのだろう。失敗すれば、自分の領地が大変なことになったはずだ。まんまと餌に食いついた愚か者たちを、彼はクレオの派閥から追い出せたわけだ。警戒していたとおりだ。罠だったよ」
「そ、そのような考えだったのですか? それでしたら、我々は奴の思惑に――」
「まんまと手玉に取られたね。だが、我々は参加せずに戦力はそのままだ。疲弊したのは愚か者とリアム君のみ。最悪でもないさ」
カルヴァンは嘘を吐いた。
もし、ここで全力を出していれば、リアムの領地に大きな傷跡を残せたはずだ。
(警戒しすぎて後手に回ってしまったな)
その上、工作員まで全て消されてしまった。
今後は情報の集まりが悪くなる。
(だが、最悪ではない)
もっとも、自分たちのダメージは少ない。
カルヴァンは、リアムの領地に攻め込んだ愚か者たちについて尋ねる。
「それよりも、リアム君の領地に攻め込んだ者たちはどうなったのかな? 本当に殺されたのか? 交渉材料として捕まっている可能性はあるだろう?」
身代金目的で生きたまま捕らえる。
貴族同士だと、その方が賢いやり方だとされている。
「――容赦なく全員が海賊として殺害されました」
ただ、リアムは別だ。
「全員が? また極端なことをする。恨まれるぞ」
攻め込んできたとは言え、極端なことばかりしていると恨みを買う。
当主や関係者が殺された貴族たちは、リアムに反感を持つだろう。
そんな彼らがリアムの足を引っ張るなら、カルヴァンにとっては悪くない話だった。
「使えるな。今後は彼らに支援をして――」
「殿下、もう一つ大事なお話があります」
報告してきた男は、苦々しい表情をしていた。
「どうした?」
「実は、リアムにより海賊として退治された家の者たちが、我々の派閥に合流すると宣言したのです。リアム打倒を掲げております」
「な、何!?」
「リアムを憎んでいる貴族たちが集まったのですが、まとめる者もおらずに――そ、その、我々に合流すると勝手に宣言したようなのです」
「勝手なことをしてくれたな」
本当に勝手なことをしてくれたと、カルヴァンは内心で憤る。
他家に海賊行為に出た挙げ句に、返り討ちに遭ったから激怒している貴族たちがカルヴァンを支持すると言い出したのだ。
そんな連中が味方になったとしても、ただの迷惑である。
結果として、リアムの派閥からは軽率な者たちが大量に抜け出した。
同時に、カルヴァンの方には勝手に派閥入りを宣言する者たちが現れてしまった。
(リアム君が幸運の女神に魅入られたのか、それとも私が疫病神に魅入られたのか――本当に厄介な相手だね)
どうしようもない流れに、カルヴァンは今後の不安を拭い去るために動くことにした。
「勝手に宣言した貴族たちをリストアップしてくれ。足を引っ張られてはかなわないからね」
報告に来た男を下がらせ、カルヴァンはしばらく派閥をまとめるために忙しくなることを覚悟した。
カルヴァンは、この大事な時期に身動きが取れなくなってしまった。
若木ちゃん( ゜∀゜)「後書きに私が出ないと寂しいという感想が多数! 今後もバンバン宣伝していくわ。とりあえず 乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です コミカライズ版4巻は 8月上旬発売よ!」
ブライアン(・ω・` )「二つ以上あれば多数。物は言いようですね」