魔王討伐
7月は色々と発売できそうな予感!
おかげで今が大変です(^_^;
魔王ゴリウスは、信じられない光景を見ていた。
空から降りてきた金属の塊で出来た巨人だ。
そいつは自分を見下ろしているが、その金属があり得ない。
どこで集めてきたのか、伝説や神話に出てくる金属の塊だった。
自分よりも更に上位にいる存在なのは間違いない。
金属の塊は確かに生きている。
意思を持ち、主人であるリアムを見守っている。
もしも挑めば、ゴリウスは絶対に勝てないと思えた。
きっと挑めば消滅させられ、二度と復活できないだろう。
復活したとしても、勝てるイメージが思い浮かばない。
だが、巨人などどうでもいい。
信じられないのは――信じたくないのはリアムが持つ刀だ。
(あ、あり得ない。あの武器はあり得ない。あんな――あんな物が、この世に存在していいはずがない!?)
刀の中に僅かに含まれている金属に、ゴリウスは恐怖した。
それは黄金と似ているが、黄金よりも更に上――この世界には存在してはいけない金属だ。
少なくとも、自分には向けないで欲しい。
たとえるなら――「蟻に核ミサイルを撃ち込む」所業だ。
オーバーキルにも程がある。
そして、一番の問題はリアムだ。
(何なのだ、こいつは!?)
自分では邪悪だとか、人間こそが悪だとか、口では色々と言っていた癖に――その後ろに見えるのは、何百億というリアムを慕う人々の意思だ。
今まで救ってきた人々の祈りや願いが、リアムを守っている。
それらが黄金の粒子のように輝き、リアムに力を貸している。
神聖な力で守られ、それを本人が無自覚に操っていた。
神聖な武器を手にしたことで、それが具現化してリアムに力を与えている。
(こいつは人間じゃない)
今までにこんな人間を見たことなかった。
自分とはかけ離れた――そして、遥かに格上の存在をはじめて目の前にした。
生者だけではない。
死者も、そして星すらもリアムの後押しをしている。
神々しい光を背負ったリアムが、危険な刀を抜くことで刃が黄金に輝いて見えた。
リアムたちには普通に見えているだろうが、ゴリウスには自分を消滅させる光に見えた。
事実、その光を前にして存在が消えかかっている。
「――何が邪悪だ。貴様はもっと別の」
しかし、リアムはゴリウスとの話に飽きてしまったのか、刀を躊躇なく振り下ろした。
「もう黙れ。お前と話すことはない」
リアムの一振りにより、魔王城を支配していた邪悪な空気すら吹き飛んで浄化されていく。
二度と復活させないというリアムの意思により、ゴリウスは完全に消滅するのだった。
◇
魔王とか名乗った糞雑魚を葬り去った。
「――お気に入りの刀を使わせられたな。こんな雑魚に」
魔王と名乗っていたが雑魚だ。
そんな弱い存在を相手に、切り札的な俺の刀を出してしまった。
自分が恥ずかしい。
「斬れない存在か」
物理も魔法も効果がない敵がいるとは聞いたことがあるが、星間国家では機械で簡単に消滅させられる。
だが、それでは駄目だな。
俺自身が対抗策を持たなければならない。
「しかし、斬れない存在を斬るにはどうすれば――」
考えようとしていると、空からエレンが飛び付いてきた。
「師匠ぉぉぉ!」
涙を流し、鼻水も出ている。
随分と心配をかけたのか、エレンが俺にしがみついて放してくれない。
「心配をかけたな。それより、誰が迎えに来たんだ?」
「ぐすっ――天城さんと、ブライアンさんと、ニアスさんと――」
「え? 何であの二人とニアスが来るんだよ? お使いなら、他にも暇そうなティアとかマリーがいるだろ?」
え、ニアスが来ているの? あいつ、俺が消えたって心配しないだろ。
いや、するか。スポンサーが消えたって騒ぎそうな奴だわ。
「まいったな。天城とブライアンがいるのか。ちょっとした息抜きのつもりだったのに」
これではすぐに叱られてしまう。
俺の影から、クナイが姿を見せる。
「リアム様、頭領です」
「ん? ククリも来たのか」
瓦礫の中に立つ柱の陰から、仮面を付けた大男が姿を現した。
俺の前に来ると武器を持っていたので、クナイを守るために右手でククリを止めた。
「リアム様、ご無事でなによりでございます。それから、無能な部下の排除を邪魔されては困りますよ。くひひひ」
クナイが膝をつき、首をククリに差し出している。
「俺が許す。それに、付き合わせてしまったからな。お前も許せよ」
「――まぁ、リアム様のご命令ならば従いましょう」
「よく働いてくれた。俺からも褒美を出してやる」
ククリがクナイを見下ろした。
「リアム様に感謝せよ」
「はっ!」
ククリが武器をしまうのを見て、俺は泣いているエレンを抱っこする。
クナイが俺に深々と頭を下げているが、それよりも先に聞くことがある。
「ククリ、何か変わった事はあったか?」
俺がいない間に何か起きたか? そう尋ねると、ククリが首を少し傾ける。
「はい。領内が分裂し、他にも貴族たちが乗り込み、リアム様の後継者を擁立しました。クレオ派閥からも裏切り者が出て、海賊たちと共闘してバンフィールド家の領内で略奪を行うつもりのようです」
「――は?」
◇
「あの阿呆共が!」
アール王国の城塞都市に戻ってくると、そこは機動騎士たちが降下して制圧していた。
空に浮かぶ宇宙戦艦が、太陽を遮っている。
お昼で雲一つない空なのに、薄暗かった。
何千という戦艦が俺を迎えに来ているのだが、それはいい!
当然のことだ。
しかし、俺が許せないのは、ティアとマリーが決起したことだ。
自分たちこそ俺の後継者と言って、領内で勝手に動き回りやがった。
「少し見直したらこれだ。あいつら、どうしてくれようか」
本来なら、俺が少し離れているくらいでここまでつけ込まれることはなかった。
それが、味方の阿呆の子たちが騒ぎ、大事になっている。
あと、アイザックって誰だよ! そいつが俺の後継者とか、絶対に認めないぞ!
「ティア、マリー、そしてアイザックは戻ってから処分してやる。だが、その前に、だ」
王城の廊下を歩く俺の側には、騎士たちが付き従っている。
俺を迎えに来た騎士たちで、城を制圧していたようだ。
謁見の間にやってくると、俺のために玉座を空けていた。
俺を召喚した王女をはじめ、アール王国の重鎮たちには手錠がはめられている。
王国の騎士たちも同様だ。
逆らったのか、何名かはボコボコにされている。
見ていて気分がいい。
俺を見つけて部下たちも安堵した表情をしているが、中にはワナワナと震えている部下たちもいた。
「ふ、ふざけるな! このような原始的な魔法陣で、どうしてあの防壁が破られる! 何か隠しているのだろうが! 吐け! 吐かねばあらゆる手段を使ってでも――」
「お、お許しください。お許しを!」
俺が雇っている魔法使いたちが、シタサンとか呼ばれていた召喚魔法使いを囲んで責め立てていた。
あまりに原始的な魔法陣が、自分たちの防壁を貫いたのが信じられないのだろう。
全員がやつれた顔をしているので、ちょっと申し訳ない。
だって、あの瞬間――俺は逃げようと思えば逃げられたのだから。
「お前ら、五月蠅いぞ」
「リアム様!? も、申し訳ございません。この度のことは、命をもって償います。ですから、どうか家族だけはお許しください!」
この惑星の住人からすれば、俺お抱えの魔法使いたちは全員が賢者だろう。
そんな賢者たちが、床に額をこすりつけて許しを請う俺を前に、アール王国の重鎮たちも今更ながらに状況に気がついたようだ。
ククリが俺を見ている。
「リアム様、どのように処分しますか?」
「――次はないぞ。屋敷の防壁を見直せ」
「あ、ありがたき幸せ!」
俺が抜け出したこともあり、これで処刑するというのもやり過ぎだろう。
今回だけは許してやると言えば、全員が何度も床に頭を打ち付けて俺に感謝していた。
――ちょっと引いた。
玉座に腰を下ろし、脚を組む俺を前に俺の騎士たちが全員を跪かせる。
俺を迎えに来た役人たちが、アール王国の人間を冷たい目で見ている。
「勇者召喚と言えば少しは聞こえがいいが、やっている事は人さらいです。リアム様、この者たちには立場を分からせるべきかと」
俺がいないことでかなり混乱したのか、役人たちも随分と腹立たしいようだ。
「そうだな。こんな惑星、滅ぼしてもいいな。あの程度の小悪党に負ける世界だ。どうせすぐに滅ぶ」
いっそ惑星ごと破壊してやろう! そう言うと、立ち上がる女が二人。
女王エノラと――香菜美だった。
「お、お待ちください!」
「星を滅ぼすってどういうことよ! やり過ぎでしょ!」
騎士たちが剣を抜いたが、右手を少し上げて下がらせる。
俺は死刑宣告を受けた連中を前に、悪党らしく笑うのだ。
「この俺を召喚魔法でさらった。これは罪だ。償ってもらいたいが、お前らにどれだけのことが出来る?」
エノラが俯きながらも答えるのは、賠償金の支払いだった。
「金貨や銀貨で支払います。ですから、どうかご容赦を」
「いいな! この城を満たすほどの財宝を用意しろ。そうしたら、少しは考えてやる」
「そんな!? む、無理です」
「俺の価値が低いと言いたいのか? おい、お前らはどう思う?」
城を財宝で満たせ。
絶対に無理だと分かって要求したのだが、俺の周囲にいる部下たちの反応は――。
「足りないくらいです」
「そもそも、罪の意識が低すぎます」
「集める前から無理などと言う。反省しているか疑問ですね」
――真顔でそんな返事をされても、俺も困るぞ。
ここは悪党らしく笑う場面だと思っていたが、普段余り話をしない部下たちの反応が予想外すぎた。
結構本気で怒っていて、冗談に聞こえない。
「ま、いいや。それなら――」
「いったい何をしているのですか?」
「――あ、天城!」
これからもっといじめてやろうと思っていると、謁見の間のドアが開いた。
俺は咄嗟に姿勢を正し、お行儀良く玉座に座る。
目の前に現れたのは、天城だった。
――あと、泣いているブライアンが俺に駆け寄ってくる。
「リアムざまぁぁぁ!!」
「ち、近付くな! 男の涙とか気持ち悪い!」
「よくぞ。よくぞご無事でぇぇぇ! このブライアン、毎日眠れない夜を過ごしましたぞぉぉぉ!!」
引き離そうとすれば、天城が俺の側までやって来る。
周囲の部下たちが、天城と俺の顔を交互に注視していた。
「旦那様」
「な、なんだ?」
「召喚される際に、故意にその場を離れませんでしたね?」
「――はい」
「褒められたやり方ではありませんが、この方たちも追い詰められての行動です。また、私たちが迎えに来ると分かっていましたね? ――お遊びもここまでにしてください」
周囲が俺の言葉を待っていた。
天城の言葉に反論して、惑星を滅ぼせと命令したらこいつらはためらいなく実行するだろう。
だが、それをすると天城に怒られてしまう。
この星にそれだけの価値はない。
でも、天城に言われて取りやめるのも、悪徳領主として恥ずかしい。
くっ、俺はどうしたらいいんだ?
ブライアンが涙を拭き、そして姿勢を正した。
「リアム様、自力で宇宙に出られぬ知的生命体への接触は、最低限にするのが帝国の法律でございますよ。我らが関わり、多様性を損なうような行動をしてはなりませんぞ。今回の接触は召喚されての不測の事態ですから、ここはどうか穏便に終わらせましょう」
天城に叱られたから方針を変更すれば、俺の立場がなかった。
だが、ここでブライアンの助け船を利用する。
「そ、そうだな。帝国の法律なら仕方ないな! よし、撤収!」
部下たちが俺の命令を聞き、一斉に敬礼をすると慌ただしく動き出した。
何も聞かずに従うのを見ていると、俺が天城に弱いと理解しているのだろう。
ちょっと情けない気持ちになるが、何も言わずに従う辺り色々と理解している部下たちだ。
お前らのそういうところ、俺は好きだぞ。
天城が俺に頭を下げてくる。
「私の意見を聞き届けていただき、大変ありがとうございます。ですが、戻りましたら、ブライアン殿と一緒にお話をしましょう」
「怒るなよ。――謝るから」
天城とブライアンの責める視線を前に、俺は逃げ出すように謁見の間を去って行く。
◇
女王エノラは、信じられない光景を目にしていた。
あれだけ傲慢だった異世界の軍勢が、一人の女性が現れたことで素直に従ったのだ。
それはまるで、女神のように見えた。
不思議な格好をしており、綺麗なドレスを着用している。
女性がエノラの手錠を外し、そして右手を両手で握ってきた。
赤い瞳がとても綺麗で、吸い込まれてしまいそうだ。
「大変申し訳ありませんでした。私から謝罪させていただきます」
「い、いえ! あ、あの、お名前をお聞かせください」
「――天城、でございます。それから、今後の復興のために、いくつか物資をご用意いたしました。好きに使ってください」
「そ、そんなことまでしてくださるのですか?」
「ご迷惑をおかけしましたから。ただ――今後は勇者召喚をしない方がいいでしょう。魔法陣が不安定すぎます。今回のような事故が発生する可能性がありますから」
天城に言われ、エノラは頷くしか出来なかった。
「ですが、また魔王が現れたら、我々にはどうすることも出来ません」
「あの魔王は旦那様――リアム様が討ち滅ぼしました。二度と復活しません。そして、今後は自分たちの力で切り抜けるのです」
エノラには、まるで天城が女神に見えてしまった。
だから、すがるような気持ちで助けを求める。
「私たちは弱いのです。お願いです。どうかお助けください!」
しかし、天城は首を横に振る。
「乗り越えなさい。それが、貴方たちに与えられた試練です」
◇
荷物を持って戻ろうとする俺に、話しかけてくる女がいた。
香菜美だ。
「ま、待ってよ!」
「何だ?」
「いや、その――あの人たちが、私を送り返すって言っているんだけど?」
俺のお抱え魔法使いたちには、香菜美を元の世界に送り返せと命令している。
このままこいつをこの世界に残しても、きっといいことはない。
戻る方が幸せだ。
「無料だから安心しろ」
「――私、戻りたくないの」
「愛しのパパに会いたいんじゃないのか?」
すると、香菜美が怒気を放つ。
周囲にいる俺の護衛が武器を手に取るが、視線を向けて黙らせておいた。
「パパじゃない! 私を愛してくれたのはお父さんだけよ! ――もう、死んじゃったけど」
複雑な家庭の事情があるようだ。
俺には関係ないが、ここで別れても気になるので話をしておこう。
大きな荷物を脇に置き、階段に腰掛けて香菜美と話をすることにした。
「俺はお前の家庭環境に興味がない。だが、人間には生きるべき世界がある。お前の生まれ故郷に戻れ」
きっと死んだお父さんもそれを望むだろう。
娘が、血生臭い世界に留まるなど嫌なはずだ。
「戻っても、母親に売られるだけよ。なら、ここで復興を手伝うわ」
「馬鹿だな。魔王もいない今、お前なんてこの世界に不要なんだよ。むしろ、力を持った人間なんて厄介なだけだぞ」
「エノラはそんなことしない」
あの女王様を信じるとか、こいつは本当に見る目がないな。
「あの女王様も、周りに言われればするさ。いや、あいつの周りが勝手に動いてお前を殺すかもしれないぞ。結局、二人にとっていい結果にはならない」
「そ、そんな」
驚いた顔をする香菜美を見ていると、どうしても世話を焼きたくなる。
娘の名前と同じだからだろう。
――まぁ、前世では色々とあったが、娘は俺を苦しめた元凶ではないからな。
いつの間にか憎んでいたが、よく考えなくても当時は幼子だ。
今でも好きにはなれないが、恨むほどでもなかった。
恨むべきは俺を捨てた女と、それをさせた男だ。
香菜美はそれを思い出させてくれた。
「あの女王様と友だちになったつもりだろうが、あいつは気が弱そうだからな。いずれお前を恐れて、遠ざける。ここで別れておけば、綺麗な記憶のままだ」
魔王を倒すために連れて来られた最終兵器だ。
魔王がいなくなれば、当然だが邪魔になる。
香菜美が膝に額を押しつけて顔を隠していた。
「はは――私、結局どこにも行く場所がないわ」
「自分の居場所くらい自分で作れ」
「無理よ。戻れば普通の高校生よ。何も出来ないわ」
香菜美の姿を見ていると、どうしても前世の娘と重なる。
苗字は違うし、この場で再会したとすれば奇跡だ。
絶対に同一人物ではないだろう。
似ているとは思うが、あの子はきっと本当のパパと幸せに暮らしているはずだ。
――この俺を捨てて、楽しんでいるだろう。
それは胸くそ悪いな。
あいつら、みんな不幸になればいい。
しかし、こうして何かの縁で知り合ったのだ。
少しくらい助けてやろう。
俺はポケットから金貨の入った袋を取り出し、香菜美に持たせた。
「え?」
「魔王城で手に入れた金貨だ」
「――あんた、本当に金持ちなの? 魔王城に何しに行ったのよ? 金貨を盗むなんて、何を考えているの?」
いい子ちゃんらしい考えに、笑いがこみ上げてくる。
「魔王の財産は、魔王を倒した俺の物だ。それより、お前の世界でも金は価値があるだろう?」
香菜美が頷くので、俺はその金貨はくれてやる。
「その金貨を好きに使え。人生をやり直してもいいし、遊びに使って無駄にしてもいい。お前次第だ」
香菜美が金貨の入った袋を握りしめる。
「このお金でやり直せるのかな?」
「お前次第だ。ほら、さっさと戻れよ」
魔法使いたちが、準備が出来たのか香菜美を待っていた。
俺は背中を押して、脇に置いた大きな荷物を担いで戦艦へと向かう。
香菜美が俺に声をかけてきた。
「あんた、思っていたよりも優しいわね」
「――ついでに助言だ。もっと男を見る目を養った方がいいぞ。お前は人を見る目がなさすぎる」
「な、何よ! 褒めたのに、その言い方はなくない!?」
だからお前は阿呆なのだ。
こんなの気まぐれだ。
そして俺は悪徳領主――大悪党だ。
気まぐれで俺に助けられたお前は幸運だったな。
ブライアン(´;ω;`)「リアム様がこのブライアンに冷たくて辛いです」