一番の悪党
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モブ男子が乙女ゲーの世界で成り上がる物語です。
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リオンやルクシオンに声が付いたよ!
城門前の広場。
そこに立つリアムを囲むのは、兵士たちだった。
弓を持った兵士たちが、迫り来る獣人たちを前にして震えていた。
少し離れた場所からその様子を見守る香菜美とエノラは、リアムが何を考えているのか分からなかった。
「あいつ、いきなり出て来て城門を開けるとか何を考えているのよ!」
香菜美は戦争に詳しくないが、城門は守らなければならないことは理解していた。
エノラは常識として知っている。
そして、城門がリアムの命令で開いたのが信じられないようだ。
「私は命令を出していません。いったい誰が城門を開けたのですか!」
周囲にいる騎士たちも困惑している。
「か、確認に向かわせていますが、誰一人戻ってこないのです」
一体何が起きているのか?
広場に侵入した獣人たちは、リアムに近付いた瞬間に吹き飛んでしまった。
まるで風船が弾けたように、血肉が飛び散った。
香菜美は、リアムが持っている刀に興味を示す。
「あいつ、刀なんて持っているわ」
「知っているのですか、香菜美様?」
「知っているというか――わ、私の国にあった昔の武器かな?」
この国で刀など見ていない。
なのに、リアムは持っている。
すると、獣人たちが大声を上げながら突撃してきた。
エノラはそんな獣人たちを見て、手を組んで祈りを捧げる。
「神様、どうか我らをお守りください」
香菜美が武器を手に取ってリアムの援護をしようとすると、城門を通り抜けた獣人たちが弾け飛んでいく。
まるで見えない壁でもあるかのように、次々に弾け飛んでいた。
立ち止まった獣人たちを、その仲間が押し込んでいく。
突撃した彼らは止まることが出来なかった。
城門が真っ赤に染まっていく光景を、リアムは笑いながら見ていた。
「弱い。弱すぎる。斬る前に弾け飛んでいくぞ!」
刀を持っているだけなのに、まるで自分が斬っているかのような物言いだ。
香菜美はリアムの動きを注視するが、斬っているようには見えなかった。
いったいどれだけの獣人たちが弾け飛んだだろうか?
周囲がその異常な光景に震え上がっていると、獣人たちも異変に気がついてようやく動きを止めた。
獣人たちが城門から離れていくと、リアムが外へと向かう。
香菜美とエノラは、城壁へと上がってリアムが何をするのか見ることにした。
◇
――弱すぎて剣圧で獣人たちが弾け飛ぶ。
いったい何百という敵が弾け飛んだだろうか?
「さて、雑魚を率いるのは誰かな」
強い力を振るう瞬間というのは興奮する。
圧倒的な力で弱者をねじ伏せる時が、俺が強者である事の証明をしてくれるからだ。
俺は奪われる側ではなく、奪う側。
そして、悪党だ。
外に出ると、多くの獣人たちが都市を囲んでいた。
大きな斧を持つライオンのような獣人が、俺の前に出てくる。
他の獣人の態度で、すぐにこいつがボスだと気付いた。
「お前が魔王か?」
俺の質問に対して、ライオンは斧を構えて斬りかかってきた。
「人間風情が!」
あまりの遅さに欠伸が出て来そうだ。
そいつの攻撃をわざとらしくギリギリで避けてやりながら、質問を続ける。
「お前が魔王かと聞いているんだ。ちゃんと答えろよ」
斧を振り下ろした際に膝を蹴り、体勢を崩したライオンのたてがみを掴んで地面に押さえつけてやった。
ライオンは目を見開いて驚いている。
「なっ! ど、どうしてそんな細い腕で、この俺様を押さえつけられる!?」
「骨や筋肉の密度が違うんだ。それよりもお前が魔王か?」
「――違う」
何とか俺から逃げだそうともがいているが、ライオンは足掻くだけだ。
それにしても――本当に獣に近いな。
獣が二足歩行した毛深い獣人だ。
前世の後輩が言っていた猫耳だが、まったく興味がわかないぞ。
俺がライオンをいじめていると、獣人たちが弓を構えて俺に目がけて矢を射る。
それを叩き落としてやると、獣人たちには矢が途中で消えたように見えたのだろう。
驚いた声を出していた。
そして、俺を攻撃した獣人たちが、地面に発生した影に引きずり込まれていく。
――クナイだ。
仕事熱心で大変結構。
俺を攻撃しておいて、生き残れるわけがない。
ライオンを解放してやると、斧を手に取ってまたも斬りかかってくる。
避けながら話をした。
「魔王はどこだ? 俺から出向いてやるから案内しろ」
「魔王様はお前ら人間とは違い、とても尊いお方だ! お前らが面会するなど、不敬である!」
「あ、そう。なら死ね」
一閃を放ってしまうと、弾け飛ぶため首を斬り落としてやった。
わざと刀を抜いて、ゆっくりと斬ってやった。
それを見た獣人たちが怒りをあらわにして向かってくるので――。
「騒ぐな」
――威圧すると、敵の動きが止まった。
刀を獣人たちに見えるように振れば、何十という獣人の戦士たちの首が飛ぶ。
「お前らが選ぶ道は二つだけだ。俺に従うか、逆らって死ぬか。――好きな方を選べ」
獣人たちが力の差をようやく理解したのか、互いに顔を見合わせている。
圧倒的な力の前に、屈強な戦士たちが膝を屈する――なんと楽しい光景だろう。
俺みたいな悪人を勇者として召喚した女王を恨め。
大勢が俺に恭順する姿勢を見せる中、飛び出してくる獣人がいた。
それは人が犬の耳と尻尾を持ったような姿。
獣の割合が低く、一見するとコスプレしたような少女だった。
「わらひは! にょうがみほくの――」
俺の前に飛び出してきて、何か言おうとしているのだが口がうまく動かないらしい。
おまけに、ピンと立つはずの三角の耳が、今はペタリと垂れている。
震え、そしてふさふさの尻尾を丸めていた。
内股で膝が笑っていた。
ちなみに、俺は犬派だ。
以前は犬を飼っており、その際に叱ったことがあるのだが――同じように震えながら尻尾を丸めていた。
その姿を見て、懐かしい気持ちになった。
「お前、犬か? 犬なら許してやる」
すると、少女は目つきを鋭くして――。
「ひぬにゃなにゃい!」
――くっ! 何を言っているのか理解できないぞ。
俺を怖がっていて、舌がうまく動いていない。
そんなところが可愛くて仕方がない。
犬の獣人だと思ったら、急に可愛く見えて来た。
小さな獣人の少女を前に、俺は落ち着かせることにした。
「落ち着け。ほら、深呼吸だ」
「す~は~」
敵の俺に深呼吸しろと言われ、本当にするとか馬鹿可愛い。
久しぶりに犬を飼いたくなった。
でも、飼うのはためらわれる。
すぐに死んでしまうし、悲しくて仕方がない。
でもこいつならどうだ?
目の前の獣人の少女が、ようやく動くようになった口で自己紹介をする。
「私はチノ! 我が一族最強の戦士であるグラスの娘!」
「ふ~ん。で、犬なの?」
「ば、馬鹿にするな! 私たちはおおか――」
何やら違うようなので残念に思うと、大声が聞こえてきた。
「犬です!」
その方向を見ると、目の前のチノという少女と同じ割合の獣人がいた。
似ているので、きっと仲間だろう。
ただ、チノが驚いている。
「父上ぇぇぇ!! 我らは誇り高きおおか――」
「犬だ。チノ、我らは犬だ」
「えぇ!?」
チノは納得していないようだが、俺の前に出てきた男は自分を犬族と言い出した。
「お前は?」
「チノの父親でグラスと申します。貴方様のお名前をお聞かせください」
膝をつくグラスを見て気分がいいので刀を鞘にしまう。
「リアムだ。リアム・セラ・バンフィールド――今日からお前らの主人だ。俺を崇めろ。俺を称えろ。お前らは俺に従え! 逆らうつもりなら前に出ろ。一人残らず殺してやる」
獣人たちが膝をつく。
実に気分がいい。
チノだけは納得できていない顔をしていた。
「あ、あの、私は狼です」
俺がグラスを見ると、肩をすくめていた。
「あの子は狼に憧れが強いのです。まぁ、犬も親戚みたいなものです」
それを聞いて、益々欲しくなった。
「こいつ可愛いな」
自分を狼だと思っているワンコとか、萌え要素の塊である。
グラスが俺に娘を譲ると提案してきた。
「では、服従の証として娘を贈らせていただきます」
「いいのか? おい、いいのか? お前の娘だろう?」
そんな簡単に決めるのか!? 内心驚いていると、グラスは平然としていた。
――う~ん、やはり文明レベルが低いと子供の扱いも雑だな。
いや、星間国家もあまり変わらないか。そもそも、人間の命が軽く扱われている。
「もう独り立ちする年齢ですので」
どうやらもらっていいようだが、チノの方は驚いている。
「父上! お待ちください、私は嫌です!」
ただ、グラスはそんなチノの意見を無視する。
「黙って従え。一族の命運がかかっている」
グラスに睨まれたチノがシュンと落ち込む姿が、犬っぽくて好感が持てる。
昔飼っていた犬も、怒るとシュンとしていた。
この一件だけでも、召喚されて良かったと思えてくる。
ブライアンたちから逃げられ、可愛いペットまで手に入るとか最高じゃないか。
「よし、お前の娘は可愛がってやる。それから、今日からお前らのボスは俺だ。――逆らったら滅ぼしてやるから覚悟しておけ」
獣人たちが頭を下げていたので、気分良く都市へと戻った。
◇
王城。
謁見の間で、玉座に座るリアムは獣人の幹部たちと話をしていた。
「魔王の部下?」
「はい。獅子王ノゴを含めて四人。四天王がおります」
「そういうのは面倒だからパス。魔王を倒して終わりにするわ」
脚を組んで興味なさそうにしているリアムは、さっさと魔王を倒すために進軍すると言い出した。
話を聞いていた香菜美は、リアムの態度を責める。
「あ、あんた、さっきから何なのよ! 苦しめられている人たちがいるのよ! 助けようと思わないの!?」
四天王に苦しめられている人々がいる。
そのことに、リアムはちっとも興味を持っていなかった。
「それがどうした? 頭を潰すのは戦いの基本だ。素人のお前が口を出すな」
「し、素人ですって!?」
「戦いで敵を殺せない奴が、一人前に口を出すな。どうせためらったんだろ? お前みたいな奴は役に立たないから、この城に残っていればいい。安心しろ。魔王は俺が暇潰しに倒してやる」
暇潰し――リアムにとって、獣人たちとの戦いも遊びでしかなかった。
あれだけ酷い戦いが起こっていたのに、それをリアムは暇潰しと言い切ってしまう。
香菜美が手を握りしめる。
「大勢死んだのよ」
倒れた兵士たちの事を思い出す香菜美に、リアムは冷たい目を向けていた。
「それがどうした? こいつらの戦争だ。俺の責任じゃない。むしろ感謝しろ。俺がいるおかげで全滅は免れたぞ」
「あんたも勇者でしょ!」
「だから助けてやっただろう? おっと、お礼がまだだったな。女王エノラ、さっさと俺のために祝勝会を開け」
どこまでも傲慢な態度を取るリアムに、エノラが前に出た。
「――勇者様、この度の戦は間違いなく勇者様たちのおかげで勝利しました。ですが、獣人たちを城に招き入れ、従えるなど聞いていません」
「言っていないから当然だ。それに、お前の許可など必要ない」
「我々は長年獣人たちに苦しめられてきたのです。このままでは、我々も民も納得できません」
アール王国は、随分と獣人たちに苦しめられていた。
それを聞いた香菜美は、エノラの憎しみや悲しみを前には何も言えない。
しかし――。
「誰が納得させると言った? お前らは納得すればいい。誰に向かって口を利いている?」
――リアムはそれすら聞き入れない。
一人の若い騎士が、義憤からリアムに剣を抜いてしまった。
「こちらが大人しくしていれば、女王陛下に対して何という口の利き方だ! 獣たちを城に招き入れるばかりか、このような――もうお前には頼らない! 外にいる獣人たちも皆殺しにしてやる!」
その言葉に周囲の騎士や大臣たちも賛同し、リアムに対して不満をぶつけはじめた。
香菜美は、彼らの怒りが本物だと知っていた。
(こんなの、私じゃ止められない)
虐殺など認めたくないが、家族を殺された彼らに「殺しはいけない」と偽善的な言葉をかけることが出来なかった。
それを言っても、周りが止まらないと察することが出来た。
リアムがゆっくりと立ち上がると――騒いだ騎士に一瞬で近付いて、その首を手で斬り落とした。
騒がしかった謁見の間が、その行動一つで静まりかえる。
皆がリアムに恐怖する。
(嘘!? あ、あいつ、いつ動いたの?)
リアムの動きがまったく見えなかったのだ。
「ゴミ共が勘違いをするな。お前らは勝者ではなく、ただの敗者だ。勝ったのは俺だ。お前らは、ただ生き残っただけなんだよ。そして、獣人共は俺に恭順した。つまり、俺の所有物だ。――人様の所有物に手を出すゴミは死ね」
自分一人の勝利であると言い出したリアムに、周囲は絶句した。
納得できないエノラが抗議をする。
「そ、そんな! 我らがどれだけの血を流したと思っているのですか! たった一人で勝利したなど、傲慢にも程があります!」
リアムの態度に我慢できなくなった香菜美も、一緒になって抗議する。
「あんた、性格悪すぎるよ! この人たちが、どれだけ必死に――な、何よ?」
必死に訴える香菜美とエノラを見て、リアムがクスクスと笑っていた。
そして、お腹を押さえ、笑い声が大きくなっていく。
「血を流した? 必死? 当たり前のことを努力したとのたまうお前らが、滑稽すぎておかしいのさ」
香菜美はリアムという人間が信じられなかった。
そして、リアムは女王エノラに――説教をはじめる。
「統治者が努力しました? 血を流しました? 馬鹿なのか?――そんなのは当然だ。評価にすら値しない」
エノラがリアムの雰囲気に後ろへ一歩引き下がった。
リアムがエノラに近付き、威圧する。
「お前みたいな奴を見ていると苛々する。民に媚びを売る暇があったら、お前はお前の仕事をしろ。民を心配している場合か?」
「媚び――ですって? あ、貴方に何が分かるというのですか! ここまで耐えてくれた民たちに、私は出来ることを――」
「それしか出来ないだけだろ? ま、怖いから仕方ないよな。民が暴動を起こして、都市内部から崩壊するのは避けたいだろうからな」
ヘラヘラ笑い出したリアムは、エノラたちを無視して獣人たちと今後の話し合いをするのだった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。領内は荒れているのに、リアム様一人が楽しそうで辛いです」




