大誤算
※ 前話を加筆修正しています。
※ ティア、マリーの行動理由を補足しました。
「――嘘だろ」
バンフィールド家の本星で立ち尽くしているのは、案内人だった。
今回、案内人はリアムを他の惑星に追いやり、残った連中の欲望を少し刺激しただけだ。
しかし、バンフィールド家の領地は大混乱に陥っている。
リアムが召喚され行方不明になったのが露見し、領民たちが混乱していた。
屋敷だけではなく、騎士や軍人たちまでもが混乱している。
ティアとマリーがどさくさに紛れて決起してしまい、ついていく騎士や軍人たちもいた。
「あいつらの背中をちょっと押しただけなのに」
少し欲望を刺激して背中を押してやった。
それだけなのに、ここまで大事になるとは思いもしなかった。
ティアもマリーも、リアム不在時に決起するという暴挙に出ている。
チェンシーは――何故かリアムの妹弟子たちと殺し合っているので、案内人としてはどうでもいい。
更に、リアムの屋敷にはアイザックが乗り込み、ノーデン男爵が好き勝手に振る舞っている。
アイザックは傲慢な子供であり、ノーデン男爵にいいように操られている。
また、ノーデン男爵は、リアムが主導するクレオ派閥に働きかけていた。
――悪い貴族たちが、リアムの領地を食い荒らすために集まりつつある。
簡単に言えば、まるでドミノ倒しのような状況だ。
リアムがいないバンフィールド家は、案内人の想像以上に混乱している。
「来ている! 私の時代が来ている!」
リアム一人がいなくなっただけで、ここまで領地が追い込まれるとは思いもしなかった。
案内人は手を握りしめ、喜びに震えていた。
「よし! このまま、リアムの持つ宝を奪い盗り、奴が戻ってきた時には絶望を味あわせてやる。――さて、錬金箱はどこにあるのか?」
リアムの持つ錬金箱――それは、ゴミからでも黄金を作り出せる夢のような道具だ。
錬金箱を持つために、リアムは経済的な束縛から解放されている。
リアムの大事な財源である。
それを奪えば、今後はリアムの行動も制限されるだろう。
そして、戻ってくる頃には領地が荒らされ、以前の力を取り戻すにも何十年――下手すれば何百年とかかってしまう。
案内人はスキップをしながら、錬金箱のある場所へと向かう。
「お前の絶望する顔が今から楽しみだ」
◇
屋敷の地下。
そこにはアヴィド専用の格納庫が用意されていた。
アヴィドはマシンハートと呼ばれる貴重な道具が使用され、今では勝手に動き回れる。
しかし、リアムの命令以外ではあまり動かない。
リアムを主人と認めているため、整備以外の人間が乗り込むのを認めない。
そんなアヴィドのコックピットにやって来るのは、リアムの刀を抱きしめてやって来たエレンである。
グスグスと泣いている。
「師匠――いなくなっちゃった」
リアムは不在、そして同門の凜鳳や風華はチェンシーと連日のように殺し合っていた。
誰も一閃流を教えてくれず、しかも大好きな師匠がいないので寂しくなったようだ。
アヴィドのコックピットに来たのは、リアムを感じられる場所を探してのことだろう。
アヴィドの目が動き、エレンを見ている。
本来ならエレンだろうと乗せないのだが、きっと悪さをしないだろうと考えたのかコックピットを開けた。
エレンが乗り込むと、シートに座って刀を抱きしめる。
ハッチを閉じたアヴィドだったが、そこに何やら怪しい存在がやって来る。
――案内人だ。
「おやおや、こんなところに錬金箱を隠すとは思っていませんでした。きっと、誰も信じられないのでしょうね。しかし、私には関係ありませんよ!」
近付いてくる案内人に、アヴィドは防衛装置を起動させる。
壁から銃などが出現し、案内人を攻撃するが――全て届かない。
実弾も、レーザーも、ビームも――全て届かなかった。
「無駄なんですよぉぉぉ! この程度で私がやれると思ったかぁぁぁ!!」
今までリアムにやられてきた案内人だが、弱い存在ではなかった。
案内人がコックピット前に来ると、アヴィドが両手を動かして守ろうとする。
しかし、案内人が両手を広げると――アヴィドがパワー負けをしていた。
「リアムの乗っていない鉄屑などに、私が負けるものかぁぁぁ!! ――さて、錬金箱をもらったら、お前も破壊してあげますよ」
アヴィドのコックピットハッチが開き――そして、そこには黄金の小刀が浮かんでいた。
「――え?」
案内人の思考が停止する。
コックピットの中で眠っているのは、リアムの刀を大事そうに抱いているエレンだった。
「――師匠」
寝言で呟くと、小刀が次々増えていく。
それらが案内人に切っ先を向けていた。
「や、止めろ。こ、こここ、小娘、止めなさい」
焦り出す案内人だったが、眠っているエレンには何も聞こえない。
小刀の一つが案内人のこめかみに突き刺さると、そのまま仰向けに倒れた。
次々に小刀が案内人の体に突き刺さり、またも帽子だけの姿になる。
「せ、せっかく復活したのに! お、覚えていろ!」
案内人は帽子に手足が生えた姿で逃げ去っていった。
そして、アヴィドは思った。
――自分はもっと強くならねばならない、と。
アヴィドの表面には、まるで血管のように何かが浮き上がり、内部の構造を変化させていく。
◇
「悪意を! 一心不乱の悪意をこの領地に集めてやる!」
帽子だけの存在になった案内人は、リアムの領内にあった悪意を集めていた。
そして、リアム不在を帝国中に知らせ、悪意を持った貴族――そして海賊たちを集めることにした。
「お前が築いた全てを破壊してやる! ふははは! 戻ってくる頃には、お前の領地は焼け野原だぁぁぁ!!」
エレンに体を消されて、苛立って破れかぶれの行動に出ていた。
案内人は思い付く。
「そうだ、カルヴァンだ! あいつにも支援してやろう。あいつのことだ、きっとこの好機を見逃すはずがない。あいつに仲間が集まるようにして、暴れ回ってもらうとしよう」
リアムの領地を不幸にするため、案内人はカルヴァンを支援することにした。
◇
「俺は運が良い」
ベッドの上でそう呟けば、傍らに控えていたクナイが頷いていた。
「その通りかと。しかし、急にどうされたのですか?」
普段は口数少なく俺の護衛をしている暗部だが、今回に限っては暇なので受け答えをさせている。
だって、話し相手がいないから。
「いや、何だか幸運が舞い込んできた感覚があった」
「そのような感覚がおありなのですか?」
「当たり前だ。俺には幸運の神がついている。それはそうと、どんな具合だ?」
窓の外を眺めれば、夜なのに外が明るかった。
都市を守る城壁に松明がいくつも並べられ、戦っているのだ。
「獣人たちが優勢です。この国の兵は弱すぎます」
「一つの国が滅びるのを生で見るのも悪くないな」
ある意味、これも贅沢だろう。
外ではアール王国の軍隊が必死に戦っているが、俺はベッドの上でノンビリしている。
高みの見物をしていた。
「それで? 香菜美はどうしている?」
「――あの女は、恐れ多くもリアム様の態度が気に入らないとのたまい、挙げ句には自分が敵を追い返すと息巻いておりました。すぐに死ぬでしょう」
勇者として凄い力を手に入れたと聞いたが、どうやらそれでも敵を押し返すには足りないようだ。
「アール王国は決断が遅かったな。もっと余力のある内に勇者を召喚しておけば、じっくり育てられただろうに」
力だけを持った人間を、急に戦場に放り込んでも無駄だろう。
あの女王様は――駄目だ。
「リアム様、そろそろ頃合いかと」
「なら行くか」
立ち上がった俺は背伸びをしながら、クナイを連れて部屋の外へと出た。
◇
夜。
エノラに叩き起こされた香菜美は、暗い部屋の中で蝋燭の明かりを頼りに武具を身につけていた。
周囲にいる女中たちが手伝ってくれるが、皆が怯えている。
「こんな夜に攻め込んできたの?」
香菜美も驚いていた。
エノラも驚いているが、香菜美に王国を託す。
「あまり例がありません。夜は同士討ちも増えますからね。ただ、獣人たちには余り関係ないのでしょう」
香菜美は実戦を前に手が震えていた。
(怖い。強くなったはずなのに、とても怖い)
そんな香菜美の手を握るエノラは、願いを託してくる。
「香菜美様、どうか私たちをお守りください。非道なる獣人たちから、無垢な民たちをお守りください」
香菜美はエノラを見て、想像していた女王とは違うと思っていた。
「任せてよ」
(この人はいつも民のことを考えている。そうか、これが王族って人たちなんだ)
◇
アール王国の城壁では、激しい戦いが起きていた。
夜に攻め込まれた王国側が、獣人たちを相手に戦っていた。
襲いかかってきたのは、壁を物ともしない獣人たちだ。
屈強な戦士たちが壁を上り、兵士たちに囲まれている。
獣人の一人が兵士の頭を握りつぶしていた。
「弱い、弱い! お前たち人間などに、我らが負けるものか!」
兵士たちが次々に倒されていく。
そんな戦場に現れたのは、剣を持った香菜美だった。
周囲に転がる兵士の死体を見て、香菜美は怒りが沸き起こってくる。
「――あんたたちは許さない」
獣人たちがゲラゲラと笑っている。
「女が出て来たぞ! もう、兵士の残りはごく僅かということだ。この戦争は我らの――あ、あれ?」
獣人の腹部に深い傷が入り、血が噴き出ていた。
それを手で押さえながらうずくまる。
香菜美が剣を持って震えて立っていた。
周囲の獣人たちが、目の色を変えて香菜美に襲いかかる。
すると、香菜美はその全ての攻撃を弾いていた。
腕や足を斬りつけ、倒れていく獣人たち。
「はぁ――はぁ――」
香菜美は誰かを斬った感触に怯えていた。
すると、周囲の兵士たちが槍を持ってきて、獣人たちを突き刺しはじめた。
「死ね、死ね!」
「息子の仇だ!」
「勇者様万歳!」
香菜美を褒め称える兵士たち。
気がつけば、壁をよじ登ってきた敵の獣人たちはほとんどが死んでいた。
数人が逃げ出したが、アール王国の勝利だった。
「勝った! 我々の勝利だ!」
その光景を見て、香菜美は信じられなかった。
(もう、戦う力なんて残っていなかったのに)
手足を深く斬られ、獣人たちは抵抗できなくなっていた。
そこに止めをためらいなく刺していく兵士たちが恐ろしかった。
香菜美がその場に崩れ落ちると、夜が明ける。
◇
逃げてきた獣人たちを前に、獅子王ノゴは大きな戦斧を振り下ろそうとしていた。
「ま、待ってくれ。勇者が――」
失敗した獣人を皆の前で斬り伏せると、ノゴは返り血を浴びた顔を上げた。
「勇者だろうと関係ない。こうなれば、城門を破って都市の中に入る。皆、全てを食らえ!」
戦斧を掲げると、獣人たちが一斉に歓声を上げる。
その様子を見ていたグラスは、小さく舌打ちをしていた。
「力押しか。これで仲間がまた大勢死ぬな」
ノゴは確かに強いが、そのために力押しを好む。
目の前の敵を叩き潰すことに酔いしれているのだ。
グラスの娘であるチノが、駆け寄ってきた。
「父上! ついに戦が始まるのですね」
目を輝かせている娘を見て、グラスは頭に手を乗せる。
ピンと立った耳が、嬉しそうにペタリと垂れていた。
「何としても生き残れ。強い戦士は生き残るものだ」
「必ず敵を倒し、父上のように強いと周囲に認めさせます」
「いいからお前は――」
その瞬間だった。
騒いでいた獣人たちが一斉に黙ってしまう。
城門の中から放たれる威圧感の前に、誰もが声を出せずにいた。
チノが尻尾を丸めている。
「ち、父上、この感じ――も、もしや、噂に聞く魔王様でしょうか?」
グラスがノゴへと視線を向ければ、どうやら違うようだ。
ノゴも警戒している。
「全軍、構えろ!」
ノゴの号令で、各部族が一斉に動き出して整列して構えた。
城門から放たれる威圧感に、どの獣人たちも先程までの楽勝ムードはどこにもない。
ノゴは近くにいた部族に、首を動かして行けと命じる。
突撃する獣人たち。
城壁からは、矢が放たれることはなかった。
そして、獣人たちが壁に迫ったその瞬間に――城門が開いて獣人たちを招き入れてしまう。
「何だ!?」
グラスも敵のあり得ない行動に驚愕して目を見開く。
見えるのはアール王国の街並みと――そこに立つ一人の男だった。
細い剣を肩に担ぎ、ニヤニヤとこちらを見ている。
そして、手で「かかってこい」というジェスチャーをしていた。
挑発されたと思ったノゴが全軍に命令する。
「許さぬ。このノゴを挑発するだと? ――全軍、突撃せよ!」
獣人たちが突撃していく中、グラスだけは都市の中に入るとまずいと直感が告げていた。
いや、大勢の獣人が気付いているだろう。
しかし、ノゴの命令に従って突撃していくのだ。
グラスの指示が遅れ、チノたちは他の部族から出遅れた形になる。
「父上、突撃の命令です! 早く突撃しましょう!」
グラスは城門の向こうに見える男が怖くて仕方なかった。
だが、命令は絶対だ。
逆らえば部族ごと滅ぼされてしまう。
「――我らも突撃する」
狼族が遠吠えを行い、突撃する味方の流れに従う。
ただ、グラスは冷や汗が止まらなかった。
ブライアン(´;ω;`)「案内人ざまぁですぞ」
若木ちゃん( ゜∀゜)「コミカライズ版の乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 1、2巻がまたまた重版したわ! これもきっと私の人気のおかげよね!」
ブライアン(; ・`ω・´) (1~2巻では出番すらないのに、自分のおかげと言い張る? 何と厚かましい植物でしょう)
ブライアン(´;ω;`) (でも、言うと怒るので黙るしかありません――辛いです)




