荒れるバンフィールド家
セブンス 1~9巻 も発売中ですので、そちらも応援よろしくお願いいたします。
※6月3日 説明不足の部分を追加しました。
リアムがいなくなったバンフィールド家は荒れていた。
ブライアンが頭を抱えている。
「うぅぅぅ、リアム様がいなくなるなんて――このブライアン、今でも信じられません」
リアムの捜索を続けてはいるが、そのために情報が漏れてしまったのだ。
そして、不心得者たちが動き出している。
中でも一番の問題は――。
「殺すぞ化石がぁぁぁ!!」
「やってみろ、ミンチ女ぁぁぁ!!」
――リアムの騎士たちだった。
ブライアンが窓の外を覗けば、屋敷の壁をぶち抜いたティアとマリーが取っ組み合いの喧嘩をしている。
庭に出た二人は、互いに武器を抜く。
血走った目。
呼吸は乱れ、髪や格好も乱れている。
今までは互いに屋敷ですれ違っても、目も合わせず挨拶もしない程度だったのに――ここに来て何度も武器を抜いている。
リアムがいないために、自制できていないのだ。
「またあの二人か」
ブライアンの悩みの種だ。
しかし、これだけではない。
違う方からは、何かが爆発した音が聞こえてくる。
これが敵の襲撃ならまだ救いがあるのが、現在のバンフィールド家だった。
ブライアンのもとに報告が届いた。
「何事か?」
『た、大変です! 凜鳳様と風華様が、チェンシー様と――』
ブライアンは通信を切り、頭を抱えた。
「リアム様、早く帰ってきてくだされ!」
◇
バンフィールド家の屋敷の通路。
紺色のロングヘアーの凜鳳は、メイド服姿で椅子に座っていた。
掃除をさぼっているのだ。
情報端末を持ち、動画のコメントチェックをしている。
「――ちっ、再生回数が落ちた。やっぱり、人を斬ってこその宇宙で一番の血生臭いアイドルだよね。メイド服なんて着て、掃除している場合じゃないよ」
そんな凜鳳を見た風華は、オレンジ色の癖のある髪の持ち主だ。
メイド服姿で、箒を持って真面目に掃除をしている。
「お前、さっさと掃除をしろよ。セリーナの婆さんに叱られるぞ」
「はぁ? あいつが怖いの? 本当に気が小さいよね」
「――もう一回言ってみろ」
風華が激怒して箒を構えようとすれば、凜鳳も側に置いていた箒を手に取る。
形は箒だが、掃除能力は高性能な代物だ。
箒の姿をしている精密機械だ。
「何回でも言ってやるよ。――臆病者」
二人が一瞬で距離を取り、箒で戦おうとした瞬間に――二人の間に斬撃が飛んできた。
二人が通路の奥を見れば、女がやって来る。
――チェンシーだ。
「あら、避けてしまうのね」
チャイナドレスを改造した騎士服を着用している。
だが、その手がおかしい。
凜鳳が笑っていた。
「あんた、体を改造したの?」
チェンシーの爪が伸びて刃になっている。
そして、腕が伸びて金属色が見えている。
風華が鼻をヒクヒクさせる。
「機械の臭いだ。お前、全身を機械にしたのか?」
チェンシーは答えないが、口を開くとそこから銃口が見えていた。
二人が咄嗟に避けると、床がレーザーで焼かれる。
凜鳳が箒を振り上げ、チェンシーに振り下ろしていた。
それを片手で受け止めるチェンシーの姿は、もはや人間ではなかった。
ただ、凜鳳は動じない。
「どうせ頭は生身だよ。叩き潰しちゃおうか。――正当防衛なら、殺したって兄弟子も責めないだろうし」
その言葉に風華もチェンシーへと斬りかかる。
「いいなそれ! 俺のストレス解消に付き合えよ!」
人ではない姿を前に、二人は興奮していた。
そしてチェンシーも同じだった。
「実験相手には丁度良いわね」
リアムを殺す際の参考にするため、チェンシーは二人を狙ったのだった。
一閃流で斬りかかってくる二人だが、チェンシーも対策を練っている。
二人の攻撃を即座に避けた。
凜鳳が忌々しそうにしている。
「刀じゃないと本気が出せないね。それより、お前――先読みをしたな」
風華は箒を投げ捨てる。
「脳みそまで弄くり回したのかよ。弱い奴って大変だな」
超能力、第六感――それらを得るために、チェンシーは唯一残った脳にすら手を出していた。
二人の態度にチェンシーが目を見開くと、瞳の中のレンズが縮小を繰り返す。
「この程度でリアムを殺せるなら、何の問題もない」
凜鳳が口角を上げて笑う。
「雑魚が。兄弟子に勝てると思っているの?」
風華は髪を逆立てていた。
「その程度で一閃流に勝てると思っていたのかよ? ――ぶっ殺す」
体がバキバキと音を立て、人型ではなくなるチェンシーが二人に襲いかかった。
◇
ノーデン男爵を覚えているだろうか?
リアムの寄子――リアムを頼る帝国貴族の一つだ。
そして、連合王国に存在したノーデン伯爵家とは縁戚関係にあった。
以前、リアムの怒りに触れて部下のクローバー準男爵家の嫡男を殺され、そしてノーデン伯爵との繋がりまで明るみになり、進退きわまった家だ。
そんなノーデン家の当主は――堂々とリアムの屋敷に乗り込んでいた。
「随分と騒がしいな」
葉巻のような嗜好品を口に咥え、まるでマフィアのボスのような格好をしている小柄で小太りの男だ。
その横には、政庁にいるはずの役人たちが数人付き添っていた。
彼らはバンフィールド家の役人たちだ。
そして、騎士たちの姿もある。
かつて、バンフィールド家を見限り、先代や先々代と共に出ていった譜代の家臣たちだ。
彼らが守っているのは、リアムの父方の愛人が生んだ子。
十五歳前後の姿をしている少年は、七十歳というこの世界ではまだ子供扱いを受ける年齢だ。
幼年学校を出たばかりであり、士官学校や大学には進まずに自由に過ごしている。
名前は【アイザック・セラ・バンフィールド】。
金髪碧眼の美少年だが、周囲を見る目は冷たかった。
「何だ、このつまらない屋敷は? みすぼらしくて、僕の屋敷に相応しくないな」
リアムの屋敷を評価しているアイザックに、周囲も気を使っていた。
ノーデン男爵など露骨な態度を見せている。
「その通りでございます。こんな貧乏くさい屋敷は、アイザック様に相応しくありません」
まるで、アイザックが屋敷の主人になるという物言いをする。
周囲もそのつもりだった。
ノーデン男爵は野心を燃やしていた。
(リアム! わしを虚仮にした報いを受けさせてやる。お前がいない間に、この小僧をバンフィールド家の当主に据えて、わしが実権を握らせてもらうぞ)
寄子に過ぎないノーデン男爵家だが、アイザックを担ぎ上げてバンフィールド家の実権を握ろうとしていた。
また――そこに協力したのが、政庁の一部の役人たちだ。
「アイザック様が当主になられれば、バンフィールド家はもっと繁栄するでしょう。リアムは統治というものを理解していません。帝国貴族が人形たちを使うなど、恥ずかしすぎますよ」
彼らがリアムを裏切った理由だが、人工知能に支配されて横領などが出来ないことが理由だ。
幾ら出世しても、その権力を自由に振るえばリアムの逆鱗に触れてしまう。
野心家で成り上がりたい者たちにしてみれば、リアムというのは邪魔な存在だ。
彼らこそ、リアムが求める悪徳役人たちだった。
次に口を開くのは、かつてバンフィールド家を見捨てた騎士たちだ。
「やはり、バンフィールド家の当主にはアイザック様が相応しいですな。リアムは強いばかりで、貴族としての誇りがありません」
彼らがアイザックを担ぐのは、首都星にいるリアムの父親や祖父に理由がある。
膨れ上がったバンフィールド家の富を得るために、アイザックを派遣した。
その護衛として、騎士たちも付けたのだ。
騎士たちにしてみれば、見捨てた家が驚くほどに繁栄していたのが許せない。
残っていれば、それこそ譜代の家臣として大きな権力を得られたのに、今では新参たちが大きな顔をしている。
本来であれば、自分たちがその地位にいたのに――と、納得できなかった。
こうして、利害関係の一致する者たちが集まり、バンフィールド家を乗っ取ろうとしたのである。
そんな彼らの姿を物陰から見ている二人の騎士がいた。
喧嘩でボロボロの姿になったティアとマリーだ。
「リアム様の不在時に、下郎が乗り込んでくるとはいい度胸だ」
「誰の屋敷に乗り込んできたのか、教えてやるわ」
二人が早速行動を起こそうとしていると、忍び寄る影があった。
――案内人だ。
◇
案内人はティアとマリーを見ていた。
リアム不在時のバンフィールド家に、不和の芽を巻くために動いていた。
先程は、チェンシーという騎士に少し細工をしてきた。
欲望を刺激してやったのだ。
すると、リアムを殺すために動き出した。
ただ、その程度でリアムが殺されるとは、案内人も考えていない。
混乱すればいい、程度の気持ちだ。
だから、ティアとマリーにもあまり期待していなかった。
「こいつらも欲望を刺激しておくか。は~、忙しい、忙しい」
指先から黒い煙が出ると、アイザックたちを追い返そうとするティアとマリーを包み込む。
すると、二人の動きがピタリと止まってしまった。
案内人は興味がなくなり、その場を去って行く。
「ま、期待せず次に行きましょう」
◇
案内人が去った後だ。
ティアの中にある考えが浮かんだ。
(この状況は利用できるのではないか?)
アイザックが屋敷に乗り込み、混乱するバンフィールド家。
リアムが絶対に戻ってくると信じているティアにとっては、アイザックなど雑事に等しい問題だ。
だから、利用することを考えた。
マリーの顔をチラリと見れば、何やら考え込んでいる。
(こいつも気付いたか。今がチャンスということに!?)
ティアは適当な理由を思い付き、この場を離れることにした。
「アイザックたち以外の動きも気になるわね。私はそっちの対処をするわ」
普段なら自分の行動にケチを付けてくるマリーだが、今回は別だ。
「そう? なら、私がアイザックの対処をするわ」
「お願いするわね」
その場を離れる二人。
マリーの姿が見えなくなると、ティアは駆けだして仲間に連絡する。
「私に従う連中を集めて。艦隊も用意するのよ」
『ティア様!? 何を考えているのですか?』
「いいから早く! このチャンス――絶対に逃せないわ」
本来ならリアムに黙って実行する計画が有ったのだが――このチャンスを生かして、ティアはある計画を大々的に実行するつもりだった。
◇
「――ダーリン」
自分の部屋で落ち込むロゼッタは、ベッドの上でやつれた姿を見せている。
食欲もわかず、リアムが戻ってくることばかり考えていた。
そんな姿を見ているのは、ロゼッタの側付きであるシエルだ。
(あの野郎が消えて清々したけど、最近は屋敷の中が騒がしくていけないわ)
リアムが嫌いなシエルにしてみれば、リアムが召喚された今回の件は喜んで受け入れるべき事だ。
しかし、そのためにロゼッタが苦しむのは見ていられない。
それに――。
『五分前:シエル、リアムと連絡がつかないんだけど?』
『四分前:シエル、リアムが忙しいなら、後で連絡をしてもらうように伝えて』
『三分前:シエル、ちゃんとメッセージを見てる?』
――端末を確認すると、一分おきに兄であるクルトからのメッセージが届いていた。
シエルは仕事中だからと、そっと端末をポケットにしまい込んで見なかったことにする。
そもそも、クルトに「リアムがいなくなった」と言えば、何が起きるか分からない。
(リアムって敵が多いから、当主不在のバンフィールド家なんてただの餌よね。他の貴族たちが集まってくるだろうな)
当主不在で跡取りを指名していないバンフィールド家は、他の貴族たちからすればおいしい獲物である。
後ろ盾になれれば、バンフィールド家の富、名声、そして軍事力を使えるのだ。
同じ派閥の貴族ですら信用できない状況だ。
ロゼッタがリアムの画像を見ている。
涙目である。
シエルが慰めようとすると、ドアを蹴破って一人の女性騎士が入ってきた。
そのあり得ない行動に、シエルが責める。
「な、何をしているんですか!」
抗議するシエルに対して、侵入者――マリーは無視してロゼッタに近付いた。
目が血走って興奮していた。
「ロゼッタ様! 一大事でございます! このバンフィールド家を乗っ取ろうと、姑息な連中が集まりつつありますわ!」
「ど、どうして!? ダーリンは死んでないわ。ただ、召喚されただけよ」
だが、敵にはそれで十分だった。
リアムがいない間に、バンフィールド家の力を奪おうとしているのだ。
「奴らには関係ありません。ですが、そうなるとロゼッタ様のお立場が危ういですわ。正式な婚約者であるロゼッタ様を傷物にしようとする愚か者たちもいるでしょうから」
リアムを憎む連中も多く、彼らは何をするか分からない。
マリーはロゼッタの安全を確保するために、急いで駆けつけたようだ。
シエルがマリーに尋ねるのは、今後のことだ。
「マリー様、その方たちを追い出せないのですか?」
「無理ですわね」
あっさりと答えるマリーに、シエルは違和感を抱いた。
いつもなら「皆殺しにしてやる!」なんて言い出しそうなのに、まるでこのタイミングを待っていたかのようだ。
マリーは、ロゼッタの安全を最優先に考えているようだ。
「さぁ、早くこの場から逃げましょう。悔しいですが、我々には彼らと戦う力がありませんわ。今は逃げ延び、再起を待つのです」
「で、でも、私ではバンフィールド家をまとめられないわ。だって、バンフィールド家の騎士も軍隊も、ダーリンにしか従わないだろうし」
「ご安心くださいまし。私には志を同じくする仲間たちがいますわ。別の惑星に騎士も軍も集めています。そこでリアム様の正統な血筋を誕生させるのです!」
「血筋? あ、あのね、マリー、私はまだ――」
「こんなこともあろうかと! このマリー、リアム様の遺伝子をしっかり確保してありますわ!」
取り出したのは、箱に収められた試験管だった。
シエルはそれがなんなのか即座に理解するが、ロゼッタは首をかしげている。
(こ、この女、やりやがった。いえ、これからやるつもりね!?)
興奮しているマリーの目が、先程よりも血走っていた。
ロゼッタは気がついていないが、シエルはマリーの考えに気がついた。
(リアムの遺伝子で、ロゼッタ様を妊娠させるつもりかよ!)
そして、あわよくば自分も、と考えているのだろう。
マリーはこの状況を利用して、自らリアムの子を生もうとしていた。
ロゼッタを優しく抱き起こすマリーの目は、怪しく紫色に輝いていた。
「さぁ、ロゼッタ様――共にバンフィールド家の正統な血筋を繋げていきましょう」
弱り切ったロゼッタは、リアムが戻ってきた時のために騎士や軍隊がいると考えているようだ。
「――そうね。ダーリンに従う騎士や軍人たちを集めて。もしもの時には、戻ってきたダーリンの力にしないと」
リアムのために動くロゼッタ。
そして、私利私欲に走ったマリー。
シエルは、マリーにドン引きしていた。
(あれ、待てよ。こうなってくると、騒ぎそうな奴がもう一人いるわね)
◇
騒ぎそうなもう一人。
もう、既に大騒ぎをしていた。
「リアム様の子を身籠もるのは私よ!」
試験管に入った液体に頬ずりしている女は、ティアだった。
どうやって確保したのか、リアムの遺伝子を所持している。
ティアのもとに集まったのは、忠誠心がいきすぎた騎士たちだ。
場所は宇宙戦艦――旗艦クラスで三千メートル級の中だ。
集まった騎士たちが整列している。
ティアを筆頭とする派閥である。
女性騎士の一人が、ティアに報告するのはマリーの件だ。
「ティア様、マリー・セラ・マリアンですが、ロゼッタ様を確保して一部の騎士と艦隊を率いて第三惑星に入りました。領内の治安維持部隊をかき集めています」
ティアの前には、バンフィールド家の領地を表した簡易版の地図が立体的に表示されている。
その映像を見ながら、ティアは舌打ちをした。
試験管は大事にケースにしまい、大事そうに懐に収める。
「あの化石女も随分とやるじゃない。あそこは、十年以上前からリアム様が力を入れて開発していた惑星よ。十分に拠点として働くでしょうね」
そう言いつつ、自分たちも拠点になり得る惑星を確保するために軍を進めていた。
リアムが手に入れ、開発を進めた領地――それが家臣団によって引き裂かれ、お家争いに発展していく。
副官の女性騎士が笑みを浮かべる。
「よろしかったのですか? 我々ならば、リアム様の本星に忍び込んだゴミ共をすぐに消し去れましたが?」
――ティアもマリーと同じだった。
この混乱を利用して、リアムの子供を生もうと考えていたのだ。
「リアム様の本星で戦争など出来ないわ。それに、リアム様のお屋敷を血で染めるなんて不敬だと思わない?」
白々しい嘘を吐く。
本当なら、ノーデン男爵やアイザックなど敵ではない。
しかし、この状況を利用してリアムの子を――という欲望には勝てなかった。
ティアが両手を広げる。
「我々に出来るのは、リアム様が戻られた時のために戦力をかき集めること! 不心得者共を蹴散らす軍を用意するわよ」
(リアム様の子を宿せる! これに勝る幸せなど無いわ!)
ティアは、リアムが戻ってきたら「仕方なかったんです! お家の一大事だったんです!」という言い訳をするつもりだった。
お家の一大事――そう、これは暴走したティアとマリーが起こした、お家の一大事だ。
本来なら事前に対処できたのに、わざと何もしないどころか大げさにしてしまったのだ。
「全軍進め! リアム様の領地は、全て我らで確保する!」
ティアの命令で、数千の艦隊が動き出すのだった。
ブライアン(´;ω;`)「こんな形で跡取りが誕生しようとしているのが、本当に辛いです」




