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ただいまを言いたい  作者: 夜更なおと
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第9話「噂」

自転車で、痛む患部に気を付けながら進んでいく。

今日も、いつもの通りで中島さんに会う。昨日いなかったのは、風邪を引いてしまったからだった。僕に会うとすぐに怪我のことを心配してくれた。

いつものように僕は中島さんと学校に向かう。

そして、いつもと同じように教室に入る。すると、今日も昨日と同じで、僕に同じ視線が向けられる。

昨日のことを知らない彼女は、首をかしげていた。


すると、それを察したかのように、仲の良い女子が表れて、彼女に何やら教えている。

僕は一人で席に座る。中島さんはしばらくの間、その女子のもとから離れなかった。

でも、気には留めない。そのほうが気が楽だ。

気にせず教科書を机にしまうと、「クシャ」という音が聞こえた。

不思議に思いつつ、机の中に手を伸ばすと、クシャクシャになった手のひら程度の紙が入っていた。

その紙には乱雑な字で、様々な悪口が書かれていた。正直に言えば小学生らしいいじめのようなものだと思った。でも、高校生になった僕にとっては、大したダメージもない。


辺りを見渡すと、僕を横目に笑ってる数人の男子グループがいた。

僕には身に覚えがある。髪型はスポーツ刈りで、いつもあのグループはつるんでる。

あのグループは野球部の奴らだ。それで、大体の見当がついた。

しかも、中島さんが帰ってきた時に聞いた話で、犯人は僕の中で確信に変わった。


HRが始まる少し前、中島さんは自分の席に戻った。

中島さんがあのさっきの女子に聞いた話によれば、体育祭の戦犯扱いされている僕は、転んだことをあのエース君のせいにしようとした、というものだった。

昨日のあの話し合いにいた人で、こんなデマを離すのは多分、エース君しかいない。

しかも、その話し合いをしたことも堂々と漏らしたそうだ。


「でも、そんな…。渡辺君は怪我してるんだし…。どうしてそんな…」


中島さんは言葉を失っている。

もう、僕は少し自暴自棄になっていた。


「汚い大人と子供がつるんじゃえば、真実なんて簡単にひっくりかえせるんだよ。

僕は確かに踏まれたと思っているし、転んだのも、こうしたうわさが広まっているのも、あのエース君が流したんだろうけど、僕なんて、大樹ぐらいしかまともな友達がいない人間だ。エース君と、僕を比べた時にどっちの話を信じるかって言ったらもうわかるよね。

中島さんもどっちが本当かわからないでしょ?」


「え、いや私はそんなこと…」


「何も巻き込まれたくなかったら、僕に関わらないほうがいい。

さっきの女子にもそう言われたんでしょ?」


その言葉に中島さんはビクついている。

さっき、そう話していることが聞こえていた。

僕はいつになく鋭い視線を向ける。

少し、怖がってくれただろうか、中島さんは何も言えずうつむいた。


いつも、どうして人間関係が絡むとこうなるんだろうかと、僕はいつも思う。

力で人を救えたことは数少なかったし、周りの人も次々と死んでいく。

しまいには、面倒ごとに巻き込まれる。

でも、巻き込まれるのは僕だけで充分だ。彼女は関係ない。

僕は、さっきの紙を元通りグシャグシャに握りしめた。


その一軒から、僕は中島さん、そして大樹と話すことは極端に減った。

二人は決して自ら距離をとったわけではない。僕がそうさせた。

いじめに限りなく近いいたずらも、しばらくは健在なままだった。

登校も時間をずらして、中島さんと会わないようにしたし、いつもは先についていた大樹よりも早く着き、机に座って本を読むことにした。

先生もこの間の事件の解決を買って出ようとしたものの、それがむしろ今回のような結果を呼んだ。

ついこの間まで満たされていたものがしぼんでいく。

学校が楽しいと思っていたあの頃は今では夢物語だったんじゃないかというぐらい、つまらない退屈な日々に変わっていった。


学校だけではなく、家にいるときも暇だった。

病院の許可が出るまではバイトができない以上、どうしようもなかったし、家に帰ってから僕は本を読むことに費やした。

本は不思議なもので時と現実を忘れさせてくれる。

読み終わって感動するした時は泣くし、面白いときは笑う。

やっぱり僕は一人のほうがいいのかもしれない。

暗い過去をいつまでも引っ張り、みじめに生きているぐらいなら死んだほうがいいのかもしれない。

そんなことさえ思った。

一人で考え、行動すればするほど、人は周りが見えなくなり、自分だけが映る。そうなることで平常心が無くなり、物事の良し悪しもわからなくなる。僕は今その状況にいるのだと思う。


でも、どうしてなんだろうか。普段の大樹の様子、そして、何より中島さん、あの彼女の笑顔を思い出すとなぜか目に涙が溜まっていた。一人ぼっちは慣れていた。それなのに、一人だと無性に寂しく感じた。

家族も親戚もいない一人ぼっちが、友達と話せないということなんて慣れていたはずなのに、いつから僕はこんな風になってしまったんだろう。こんなにも弱くなったんだろう。そう思うと、自分の情けなさに涙が出た。


そしてある日。

家で、寝っ転がってぼーっとしていると、電話が鳴った。

電話を鳴らすのは一人しかいない。


「あ、もしもし航君?足の具合はどう?」


店長からの電話だった。


「この間、病院に行ったときに言われましたが、今月の終わりぐらいにはバイトに復帰できるかと…」


「そっかそっか、ならよかったよ。ところでさ、いつ来てくれる?」


何の話か分からなかった。


「え?何の話ですか?」


「えーもう忘れちゃったの?ほら、渡したいものがあるって前に話したじゃん~」


店長はあははと笑っている。


「あーすみません。すっかり忘れてました」


「うんうん、いつでもいいんだけどさ。早いうちにとりにきてくれよ。じゃあ、よろしく!」


そう告げるとあっさり電話を切る。

家でゴロゴロしていてもしょうがないので、忘れないうちに今取りに行くことにした。

夕方、6時ぐらいにバイト先に行くと相変わらず、バイト先は客足もそこまで多くはなかった。

店長は僕の姿を見ると笑顔を見せた。二週間ぶりなのもあるのだろうか。


「おー!まさか今日の今日で来てくれるとは思ってなかったよ。

ちょっとこっちに来てもらっていいかな?」


そういうなり、いつもの控室に案内された。

そして、かばんを何やら漁っているかと思うと、一つの封筒を取り出した。


「はい、これ」


なにか、少し厚みがあり、少し重みもある。渡されたものの中身を見てみると、お金が入っていた。しかも、二十万ほどは入っている。

僕は思わず大声を出す。


「何ですかこれ!?」


店長は笑顔で答える。


「渡辺君、怪我してお金足りてないかなって思ってさ。

君の家のことを知ってるのは俺だけだし、少しは頼ってくれてもいいんだよ?」


にかーと笑顔を振りまく店長に対し、僕は困惑していた。


「あ、一応言っておくけどもちろん返さなくていいからね?」


何も言えず固まってしまう。

もちろん金銭的にかなりギリギリなのは事実で、でも、あくまでこの件に無関係の店長から、借りるどころか、ましてやお金をもらうことなどできない。店長にも家族がいるわけだ。


「いや…こんなの…受け取れません。店長にも家族がいるわけですし、何よりこんな大金を受け取ることなんて。ましてや店長は無関係です。ですので、僕にはこんな大金は受け取れません」


そう言って封筒を返すと、店長の顔から笑顔が消えた。

でも、店長は受け取ってくれない。

店長は困ったように頭を掻くと、さっきとは打って変わってまじめな低いトーンで話し始めた。


「渡辺航君。君はまじめだから、そういうことを拒否するのはわかるよ。でもさ、少し君は痕を詰めすぎだと思うんだ。

君が小さいとき一人になって、おばあさんに育てられて。前にお会いしたことがあるんだけど、そのおばあさんからもいろいろ話を聞いたよ。

本当に話しを聞いていると思うよ。君は、立派だ。ほかの高校生の比にならないくらい君は大人に近づいている。

でもね、君はまだ高校生なんだ。確かに、腐った大人は山ほどいる。だからこそね、せめて君のお父さんと同級生の僕に君の手助けをさせてくれないかな。別に無理にとは言わない。迷惑なら迷惑とはっきり言えばいい。僕もそこまでして善意を配ろうとは思わないからね。

でもね、僕だって赤の他人じゃないんだよ。君のお父さんの友人で、そして、僕にとって君は友人の大切な子供なんだ。正直に言っちゃうと、僕の中で君は大切な我が子のような存在なんだ。

毎日のようにアルバイトをして、それでも生活が苦しいのはわかってる。

だからこそね、もう少しくらい頼ってほしいな。」


話が終わるころにはいつもの穏やかな笑顔をしていた。

封筒を、また僕に渡す。

店長には本当に頭が上がらない。理にかなっている上、本当にただ僕のことを心配してくれているのだと、あらためて実感した。

ここ最近ずっと冷静じゃなかった僕の頭は少し落ち着きを取り戻したような気がした。

僕は胸がいっぱいになって気が付けば目には涙がたまっていた。でも、ここで泣いてはさらに店長を心配させるかもしれない。泣くのは我慢だ。僕は泣き虫じゃない。

僕は、少し震えたその手で受け取った。

すると、店長は頭をなでながら僕に言った。

頭なんてなでられたこともない。なでないでほしかった。本当に泣いてしまいそうだ。


「うん、受け取ってくれてありがとう。また元気になったら、働きに来てくれればいいから」


僕は、疑問に思っていたことを投げかけた。


「ですが、店長…。家庭のほうは大丈夫なんですか?」


「ああ、全然大丈夫だよ。妻には君のこと言ってあるし、気にしないで」


そういうとニッコリと笑う。


そして、控室を出ると僕は店長に深々と頭を下げた。そして、「このお金はいつか絶対に返します」とだけ言った。店長は苦笑いをしていた。




「はぁ~よかった~」


航が店を出た後、店長はどっと息を吐いた。


「あれ、渡辺君に渡すもん、無事に渡せたんすか?」


航と同じアルバイトが聞く。


「うん、とりあえず受け取ってくれてよかったよー。絶対に突き返されると思っていたから何とか説得できてよかったー。やっぱり渡辺君は一筋縄じゃあいかないねぇ…」


「渡辺君来なくなってから、店長ずっと「大丈夫かな」「いつ来るのかな」ってそわそわしてましたもんね。

そんなに大事なもん渡したんすか?」


「うん…まあ…中身は秘密だけどね」


「よくわからないけどとりあえず、お疲れ様っす」


「うん、ありがとう。今後なあ…渡辺君ももう少し柔らかくなってくれるといいんだけど、まだまだ難しいかな…」


店長はひとまず安堵の表情を見せた。

そして、再び仕事に戻った。


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