第7話「嫉妬」
早くも?ついに?という展開ですね!自分的には!
二日目は普通の学校と何ら変わらない競技。
リレーや綱引き、障害物競走、ムカデリレー…。二日目は大混戦で、競技が終わる毎に順位が入れ替わった。
そして、最後の二年生クラス対抗リレーの時、ちょっとした事件は起きた。
「あー大樹、33番目か。俺は30番目だからあっちだね」
奇数は校舎側、偶数はその反対側で待つことになっていた。
「中島さんは32番だから、俺の後ろか」
「うん!よろしくねー。一緒に頑張ろうー!」
こぶしを掲げて「おー!」とつぶやく、僕もそれにつられて少し小さめにこぶしを掲げる。
その時、一つ列を挟んだ隣から視線を感じた。そちらを向くと見覚えのある顔があった。自然と目が合う。昨日の野球部のエース君だ。目が合うとすぐに視線を逸らす。でも、その顔は何か企んでいるようで、嫌な予感がした。
そして、リレーは始まった。
最下位の組以外は大混戦で、1位~3位まで、しょっちゅう順位が入れ替わる。
僕の番が迫る。不思議と少し緊張する。
「渡辺君頑張ってー‼」
テンション上がりまくりの中島さんが、レーンでバトンを待つ僕に手を振る。
見てるこっちが少し恥ずかしくなるが、小さく手を振る。
内側のレーンにはさっきのエース君がいる。
エース君がバトンを受け取って一秒もせずに、僕もバトンを受け取る。
できる限りの力で、僕は駆け抜けてゆく。すぐ目の前にはエース君の背中。
でも、僕より少し遅い。
コーナーを曲がってすぐ後ろに着く。
外から抜ける。コーナーを曲がり切った直後。そう思い、外から抜こうとした時だった。
エース君より一歩前に出た時、左足に猛烈な重みがかかった。
まるで、地面に固定されたかのような感覚。それと同時に起こる足の甲から指にかけての激痛。
僕はあっという間にバランスを崩し、転ぶ。
でも、かろうじて体を丸め、少しでんぐり返しをするように前に転がり、すぐさま立ち上がる。
会場がざわつく、エース君に数メートルの差をつけられる。
痛みに耐えながらなんとか、バトンを次に渡す。
それからは痛みでそれどころじゃなかった。
結果は二位、エース君のいたクラスが一位になった。
転んだけがと、足の甲にできた痣を救護室で治療してもらうと、中島さんと大樹が慌ててやってきた。
「渡辺君大丈夫!?」
僕の怪我をみて中島さんは驚く。
大樹も同じ反応だった。
「大丈夫大丈夫、痣のほうは痛いけど大丈夫だよ」
「どうしてそんなところに痣が?周りの人のせいでちょうど俺のことから見れなかったんだけど…」
僕が答えるのに躊躇していると、救護の先生が答えた。
「足を踏まれたのよ。しかもあれはわざの可能性が高いかな。先生の私が言うのもなんだけどね」
「わざと?どうしてそう言い切れるんですか?」
興奮した様子で大樹は先生に近寄る。
「私はちょうどこの位置からだと見えたんだけど、明らかに川上君(エース君)の足がこの子(航)のほうに出てたのが見えたのよ。まあ、走ってて足を踏むなんて狙ってできるもんじゃあないし、たまたまかもしれないけどね」
でも、大輝は少し怒った様子で眉間にしわを寄せ、中島さんは無言のまま顔がこわばっている。
僕が必死に二人を落ち着かせる。
「いやいや、大丈夫だからほんと、なんともないって。
ね?とりあえずもう閉会式だし、二人はクラスに戻っておきなよ」
二人は、何も言うことなく、校庭に戻った。
「とりあえず、立ってみてどう?歩ける?」
「歩けはしますけど…正直結構痛いですね」
「うーん…そっか…。じゃあ閉会式が終わったら保健室に来てくれる?」
僕はうなずいた。結局、閉会式は救護に置いてあったパイプ椅子に座って見届けた。
結果は紅組の勝利、すなわちさっきの川上君とやらがいる組の勝利でもあった。
閉会式の終了後、僕は教室には戻らず保健室に直行した。
するとそこには、先ほどの救護の先生がいた。
「渡辺君、はいこれ」
そういい、先生は松葉杖を僕に渡した。僕が少し困惑していると、先生は補足するように言った。
「もし万が一折れてたら困るからね。テーピングして固定したけれど、折れていたら少し厄介なことになるわ。
今日は家で安静にしてなさい」
安静という言葉に僕は思わず反抗する。
「いや、でも、先生。俺これからバイトに行かなくちゃダメなんですが…」
でも、先生は首を横に振る。
「ダメなものはダメよ。少なくとも病院に行ってみてもらうまで、安静にしてなさい」
冷静に考えれば、先生にどれだけ文句を言おうが、先生からのストップがかかった以上反抗しようが意味がないことだ。でも、正直生活的にかなり厳しい。貯金もあまりない上、収入が減ればかなりきつい生活になる。
少し無言でうつむいていると、先生は口を開いた。
「確かに君の環境がどういう状況下はわかっているわ。でも、こうなってしまった以上はどうしようもないの。
だから、とりあえず病院に行くまで、おとなしくしていなさい」
先生とある程度の話をした後、僕は礼を言って保健室を出る。
松葉杖は使い慣れず思うように進めなかった。
思わず天井を仰ぐ。どっと息を吐く
考えたところでどうしようもないものの、現実的にはなかなか厳しかった。
治療費、収入。いろいろ考えると、僕は今月そうやって生きていこうか。そのことで頭がいっぱいになってしまった。
教室に戻ると、もう先生からの話は終ったようで帰っている半分ぐらいの生徒が帰っていたようだった。
女子たちは賑やかそうに写真を撮ったりして盛り上がっている。
そんな中、大急ぎで駆け寄る大樹と中島さんの姿が見えた。
「航!?それ…大丈夫か!?」
近くにいた生徒もその声に視線を向ける。
僕は慌てて手を振る。
「大丈夫だよ。そんな大げさなことじゃないからさ」
「いや、でもお前…」
「平気平気、一応念のために先生に渡されただけだって。次来るときにはピンピンしてるから平気だよ」
大げさな、と笑ってごまかす。
「まーバイトは今日はいけないかなー。うん、しょうがない。
ほら、こんなところにいてもあれだし、早く帰ろうぜ」
そう言って無理やり二人を教室から連れ出す。
自転車も押して帰れないし、慣れない松葉杖でなんとか帰るか、と思っていると、中島さんと大樹が一緒に帰るといってきた。
僕は断ったものの、しかも、大樹にしまいにおんぶされる羽目になってしまった。
三人で帰るなか、二人の表情はいま一つ曇ったままだった。
「いやー今日の体育祭は楽しかったな。大樹悪いね。わざわざ送ってもらっちゃって」
高校生がおんぶされて帰っているのは正直恥ずかしかったけれど、自転車で20分かかる距離を松葉杖で帰れば何分かかることやら。そう考えるとかなりありがたかった。
中島さんは自転車を押しながら、かごに松葉杖を平行に載せて帰ってくれた。
「中島さんも付き合わせちゃって申し訳ない」
そういうと中島さんは必死に首を横に振った。
「そんな謝らないで。私が勝手についてきたんだし…。それより本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。先生も言ってたけど、最悪でもヒビが入っているだけだから。来週にはピンピンしてるって。
安心して」
そう言って慣れてない作り笑顔をする。普段あまり笑うことのない僕にとっては苦手なことだったけど、この暗い雰囲気の中、一番の当事者の僕が、笑顔を作ることが一番のはずだ。
「それよりさ、大樹も見たべ?中島さんのドッチボール。
投げたボールが頭におっちてるんだもん。あんなの漫画でしか見たことなかったよ」
そう言って僕は笑う。大樹もつられて笑った。中島さんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「しょ、しょうがないじゃん!私だって苦手なことの一つや二つはあるもん!」
そう言ってそっぽを向き不貞腐れる。
僕と大樹は笑っている。少しは暗かった雰囲気が和らいだようだ。
やがて、歩いていると中島さんと別れる通りに着いた。
本来なら、ここで中島さんとはお別れをするはずなのだけど、中島さんは僕の家までついてくと言いだした。
でも、あの僕が住むおんぼろアパートを見たら何を思うだろうか。
大樹ならまだしも、中島さんには見られたくはない。
「いやね、本当に今日はとりあえず大丈夫だからさ。ね?大樹もいるし」
「いやだ、ついてく」
中島さんはなぜか執念深く、なかなか帰ろうとしてくれなかった。
かなり困ったものだ。
僕があまりにも断り続けると二人に怪しまれる。
だから何かいい口実がないか考えた。
「もうこんな時間だし、これから俺の家まで行ってからだと暗くなっちゃうからさ。
今日はもう帰ろうよ。ね?」
僕は必死に促す。時間はもう6時を回っていた。
西の空は高い山があって普通より少し暗くなるのが速い。
それを見越しての発言だった。
中島さんは少し悩んだ末、やむを得なく承諾してくれた。
別れを告げると、僕は息を吐き、胸をなでおろした。
「なんで、そんなについてこられるのが嫌なんだ?」
大樹のいきなりの発言に思わずビクつく。でも、平静を装って答える。
「何でもないよ。さて、帰ろう」
家に着くと、いつもの我が家になぜか少し安心した。
イレギュラーな日常だったからかもしれないけれど、どっと疲れが出てきた。
「大樹、本当ここまでありがとうね」
「いやいや、気にすんな。またなんかあったら言えよな。手伝ってやるからよ」
「じゃあまた」
そう言って背を向けた時、大樹が僕を呼び止めた。
「なあ、航」
振り向くと、いつになく真剣な表情の大樹がいた。自然と気が引き締まる。
「こんなこと言うのもあれなんだけどさ…。
お前……。もしかして、両親いないのか?」
その言葉に、思わず動揺を隠せなかった。
予想だにしなかった発言に僕は戸惑ってしまった。その僕の動揺をみて、大樹の顔が少し強張る。大樹の観察眼が鋭いのは、僕はそれなりにわかってるつもりだ。もうここまで来たらバレただろう。腹をくくるしかない。
「そっか…」
僕は神妙な面持ちで、大樹を見つめた。
大樹の顔がさらに強張る。
「大樹には教えるよ。俺のこと」
白状しよう。僕の過去のことを。