第6話「体育祭」
ストーリー展開が崩壊し始めた。気がする。でも、どうなろうと頑張って最後まで書きます。
6月も下旬に入ったころ、僕の嫌いな季節がやってくる。
それは…
体育祭だ。
僕の通う学校の体育祭は少し特殊で、二日間にわたって行われる。
一日目は、野球(男子のみ)、サッカー、バスケ、ドッチボール(女子のみ)
二日目は、綱引き、リレーなど普通の学校と何ら変わりはない。
二日目はまだいい。でも、僕は一日目はサッカーがよかった。(一日目は出れる競技が一つだけ。)
基本的にサッカーは何となくボールを追いかけて、パスして、ぼーっとしてれば終わる。実際まじめにやってる人からすれば腹が立つのだろう。でも、僕はあまり楽しむ気はない。
でも、僕が今いるのは…。
「航ー!打て―!」
「渡辺君頑張ってー‼‼」
ネット越しに後ろから、大樹と中島さんの声援が聞こえる。二人は、はしゃいで楽しそうだ。
僕は一応サッカーを希望していた。それでも皆同じ考えなのか、サッカーの希望者は多かった。いや、単純に野球の希望者が極端に少ないだけなのかもしれない。
ヘルメットを頭にかぶり、バットを構える。
僕は野球をやる羽目になってしまった。
しかも、相手はこの学校の野球部のエースピッチャー。
一応ルールとして『変化球は禁止』とはいえ、こんな部活の人とほぼ素人が真っ向から立ち向かって勝てるわけがない。
でも、二人とも、楽しそうに目を輝かせてみている。
さすがに期待を裏切るわけにはいかない。
でも、ベンチのチームメイトはほとんどの人が僕を見ず、だるそうにしゃべっている。
まともに見てくれているのは、我が子を、と言わんばかりに見に来たクラスの保護者くらいだ。
「もー、いくら野球部エース相手だからってみんなやる気なさすぎだよねー」
チームメイトのベンチの雰囲気を見て、中島さんはむー、と少し怒った様子で言う。
きれいなワインドアップのフォームから繰り出されたボールは、僕の予想をはるかに超えるボールが来た。
インコース低め、伸びのあるボール。思わず「さすがエース」と少しつぶやいてしまった。
しかも心なしか、さっきまでより球が速くなったがする。
球速はたぶん130キロ近く。もしくはそれ以上。
初心者相手だろうが容赦ないな…。
この学校の体育祭はやっぱりどうかしてる、そう思いつつ僕は自然と真剣になる。
さっきとは違ってしっかりとバットを立てる。
相手がボールを離す瞬間、僕は足を上げバットを流れるように出す。
衝撃と同時に、「カキーン」という詰まることのないきれいな音が、静まっていたグラウンドに鳴り響く。
「えっ」とか、「あっ」という声がその音に続く。ボールはきれいに右中間、ライトとセンターの間を抜けていく。その瞬間にチームメイトから、観客から歓声が上がる。
僕は全速力で塁を駆け抜けていく。広い校庭で、ボールは転々としていてまだ当分追い付きそうにない。
気が付けば、僕はホームにたどり着いていた。広い校庭が功を奏した。
チームメイトから誉め言葉やらが飛んでくる。
大樹も、中島さんも跳ね上がって喜んでいた。
結局、うちのクラスは三回6-1で、コールド負けだった(時短のために5点差でコールドだった)。
「渡辺君!すごいね!うちの学校のエースからランニングホームランなんて!」
試合が終わると、中島さんが目を輝かせながらこちらにやってくる。
「ま、まあたまたま打てただけだよ」
「俺も負けてられねえな。じゃ、俺バスケのほう行ってくるから。応援よろしく!」
大樹も嬉しそうだ。
「行ってらっしゃーい!」
「行ってらっしゃい」
そう告げて、大樹はバスケが行われる体育館のほうへと向かった。
試合は、まあ察しのとおり。さすがレギュラーというだけのことはある。
大樹のいるチームは大量リード。3ポイントもバンバン決めていた。
二階のテラスのようなところから、生徒たちは見守っている。得点が入るたびに、キャーという歓声が女子たちから湧き上がる。
「大樹もすごいな。やっぱりレギュラーとってるだけのことはある」
感心しながら僕が言う。
「ほんとすごいよねー大樹君。うちの高校はバスケ結構強いのにね。その中でレギュラーだもんねー」
「ああいうの正直うらやましいよ。俺なんて何もできないし」
「そんなことないよ。渡辺君だってさっきホームラン打ってたじゃん!」
「ストレートしか来なかったら打てるよ。それに初心者ってわけじゃないし」
「え?そうなの?」
「うん、小学校の時。2年生から6年生までずっとやってたんだよね」
小学校のころ友達に誘われたことがきっかけで始めた。普段の生活を忘れてがむしゃらになってできた野球が、あの頃は好きだった。でも、中学に上がる前、ばあちゃんが体調を崩した。それっきりやめた。
「あーそうだったんだ。中学ではやらなかったの?」
「うん、やらなかったね」
「なんで?」
「……なんでだろうね」
言い訳が思いつかず少し適当に返してしまう。
むう、と中島さんは少し不貞腐れる。
「ふーん、そっか。いいもんね。どうせ私なんて渡辺君のこと何も知りませんよーだ」
中島さんは、そっぽむく。
「ごめんごめん、悪かったって」
そういうと、中島さんはこちらに顔を近づけて、僕の目をじーっと見る。
顔が近い。少し自然と後ずさる。顔が熱くなる。
数秒した後、中島さんは元の体制に戻った。
そして、少し真剣な口調で話し出す。
「渡辺君ってさ、隠し事多いよね」
思いもよらない言葉に、思わず声が出る。
中島さんのほうを見る。
「…どうしてそう思ったの?」
「だって、バイトの時だって教えてくれなかったし、普段話してると適当に話をごまかすことよくあるし。私、そういうところ結構鋭いからね?今だって適当にごまかしたと思ったでしょ」
その言葉に何も言えなくなる。
昔から、僕は隠し事が苦手だ。そして、嘘をつくのも苦手だ。でも、嘘はよくつく。
そもそも、ここまで人と話すことがないとはいえ、自分のことをあまり話したいとも思わない。
他人の不幸は蜜の味という言葉があるが、それとこれとはわけが違う。
幼いころに両親を亡くし、中学では親戚のばあちゃんをも亡くし、しまいには親戚だれもおらず、毎日のようにバイトをして、何とか生き抜いている人の話なんか、誰が聞きたいと思うか。
別に不幸自慢をしたいとも思わない。そんなことをしてさらに人を困惑させて苦しめる未来は、明確にわかる。
「中島さんが言ったとおりだよ。人には知られたくない秘密の一つや二つあるって。
初めて話した時に君がそう言ったでしょ」
少しそっけない態度をとる。
「確かにそうは言ったよ。でも私は君を心配してるんだよ。
秘密をため込むのは君の勝手だから構わないけど、いつか人って壊れちゃうよ?」
「いいよ、壊れたら壊れたで。その時考えるから」
僕は笑ってみせる。
「むー、渡辺君は楽観主義者だなあ。こっちはまじめに話してるのに」
一人でため込んでるのかと聞かれるとどちらともいえない。
確かに隠し事があるということは事実だし、他人に頼っていないということも事実だ。
でも、頼れる人がいないということも、はけ口がないということも事実で、それはどうしようもないことなのだ。
いくら中島さんを好きだとしても、僕の中には好きという感情があるだけで頼りたい、助けてもらいたいという感情は一切芽生えていない。
彼女が何かピンチに見舞われたら、僕は助けようとは思う。
でも、僕自身は決して助けてもらおうとか、迷惑だけはかけたくないと思っていた。
「そういえばさ、航君の両親は来てないの?」
心音が体の中で鳴り響いた気がした。小学生の頃からずっと嫌なこと。誰も僕のことを見に来ないということ。それを、何も知らない中島さんは平然と聞いてくる。でも、悪気がないのは当たり前で、僕の環境を知らないのだから彼女を責めるつもりもない。
「うん、さすがにもうこの年だし見に来ないってさ」
少し苦笑いを浮かべながら話す。やっぱり作り笑いは苦手で嫌いだ。
大樹がまた得点を決める、20-4。大量リードだ。
相変わらず得点を決めるたびに女子がキャーキャー騒いでいる。
そんな女子を見て自然と言葉が出る。
「やっぱり女子ってああいうのを見てかっこいいと思うのかな」
独り言を言うみたいに言った。でも、隣には中島さんがいる。もちろん、聞こえている。
その発言に少し驚いていた。
「え?渡辺君もそういうのに興味あるんだ⁇」
少し目を輝かせてこちらを見る。
「あ、いやその、今のは…」
「へ―意外だなー。私、渡辺君はそういうの興味ないと思っていたよ」
彼女の声のトーンが少しばかり上がる。彼女もまた、女子なのだからそういう話をするのは好きなのだろう。
僕の話を聞こうとはしない。つい出てしまったものを引っ張り出し、あれやこれや聞いてくる。
「いや、ごめん。今のはなし!」
「もう遅いぞー!白状しろ!
それでそれで?好きな子でもいるの?」
興味津々でこちらを見る。少し顔がまた近い。この時、中島さんはきれいな茶色の目をしているのに気付いた。
いやいや、今はそれどころではなくて。
「あぁいますよ目の前に」、と言ってやりたかった。
が、とりあえず、妄想の告白は置いておいて。
「いないよ。俺にいるわけがないでしょ?」
とぼけた様子で答える。でも、さすが自称していただけはある。勘が鋭い。
「嘘つきー。今の言い方は絶対いるような言い方してたもん!
で?どの子が好きなの?あ、穂香ちゃんとか?あの子かわいいもんねー」
いや、穂香ちゃんって誰だよ。そう思いつつもこのままじゃ収拾がつかなそうだ。
「いや、その子が誰だかわからないけど…」
「えー穂香ちゃんかわいいのに知らないのか―」
修学旅行とかで、よく恋バナをする理由が少しわかった気がした。僕にとって好きな人は中島さんで、そして、たぶん中島さんにはきっと好きな人がいるんだろう。
教えるか教えないか、バレるかバレないかの駆け引きが面白いのかなと、少しだけ楽しいと思った。
気が付けば試合は終わっていた。
結局、中島さんには好きな人がいることを気づかれずに済んだ。
中島さんは引っ張り出したものの本心にたどり着けず、悔しそうだった。
「大樹ーお疲れー。すごかったな、さすがだよ」
「大樹君お疲れさまー!」
「いやーありがとう!少しは役に立てたかね?」
「十分すぎるよー」
「じゃあ次の競技に行くか―」
そう言って僕たちは外に出た。
中島さんはドッチボールに出場していた。
でも、何でもできる普段とは裏腹に一つ分かったことがある。
中島さんは優しいクラスメイトからボールを渡される。
一瞬躊躇する。あたりをきょろきょろする。
でも、みんな投げるように促すばかりで、誰も投げようとしない。
気持ちを切り替えて、少し息を吐く。
大きく振りかぶって投げられとボールは、ふわふわと上に上がる。
そして、自分の、すなわち中島さんの頭上に落ちる。まるで漫画みたいなその光景に一同が思わず笑う。
そう、中島さんは球技が大の苦手らしかった。
笑われて顔を真っ赤にしたままうつむいている。
周りからかわいいと茶化されてる。
本当に、なんというか、どんな彼女もかわいいと思ってしまった。
その試合は負けてしまった。
彼女の意外な一面を見て僕は少し満足感を得た。
好きな人のこと知れると、どんなことでもうれしいのだと知った。
体育祭一日目、うちのクラスは4クラス中2位で終わった。