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ただいまを言いたい  作者: 夜更なおと
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第5話「日常の寄り道」

ちょっと起きてほしくない回でもあり、まったりした回でもあります。

次はちょっと展開があるかな?

いや、ないか。


目の前で、人が血を流して倒れている。


こんな場面に出くわすことは、思えば久しぶりだった。

それでも、僕は思いのほか冷静でいつもと何ら変わらない様子で人と接した。

自分はたまたまそういう機会に遭遇することが多いだけなのかもしれない。

でも、例えば人混みにいて、その中でその日のうちに死ぬ人が一人はいるかもしれないのだ。日本では一日に約3000という人が死んでいる。年間100万人以上、そう思えば案外当たり前かもしれない。


人の命はいつも簡単に終わってしまう。そして、そのことに悲しみ苦しみに襲われる。そして、誰かが慰める。そして、また死んでいく。人との関わりというのは一種のループだと僕は思う。

人は一人では生きていけない。でも、誰かとともに生きることで、誰かを傷つけ、誰かを悲しませ、自分をも苦しむ。でも、時にはともに笑い、喜び、楽しむ。簡単に終わるような命でも、大きな重みがあるということを僕は知っている。だからこそ、人との関わりというものにはいつも悩まされている。

その悲しみの部分を少しでも減らせたらと、こういう場面に出くわすといつも思う。


今日は、もう反射で大きく見える月が東の空から顔を出している。

西の空にはしばらくすれば沈むであろう赤い太陽が、かろうじて山の山頂から見えている。

今日は、委員会の帰り。そんな暇は本当はないのだけれど、人手が足りなくて、結局やることになってしまった委員会。その日だけはバイトの時間は少し遅らす。

今日はちょうど役員会があって委員の人たちで集まりがあった。


自転車でいつもの通りを帰る。でも、今日はそのまま直接バイトに向かう。

ところどころ見通しが悪いものの、それ以外は特に問題のない普通の道路。

僕が交差点を通り過ぎた直後、クラクションの音とともに「ガンッ」っという衝撃音。それとほぼ同時に自転車が倒れるときと同じような音、もしくはそれ以上の表現のしようのない悲惨な音。

後ろを振り返ると、前方がへこんだ車と、ぐしゃぐしゃになった自転車。そして、血を流し倒れる人がいる。

通行人の悲鳴と、その騒動に日常は消され、駆け付けた人たちによって一瞬にして辺りは騒然となる。

車に乗っていた50代ぐらいと思われる女性は、顔面蒼白のまま突っ立っている。

僕は、自転車から降り、倒れた女性のもとへ駆けつける。

ほかの人たちも見守る中、その女性を見ると意識はない。

そうやらかなり激しくぶつけられ、頭も打ったようだ。

こんな現場に遭遇すればパニックになるはずなのに、今日の僕はなぜか落ち着いている。

自転車のもとに戻り、またがるとただ眼を閉じる。


「時間を戻してほしい」。そう、時間を戻す力。


頭の中で唱えると、あたりが静かになる。目を閉じているから何が起きているのかはわからない。

でも、確かに僕という人間は存在する。

どこか別次元にでも飛ばされているのか、はたまた別空間に飛ばされているのかはわからない。

でも、目を開ければ確かに時間は戻っていて、僕もまた、同じ空間にいる。

そして、ゆっくりと音が近づいてくる。

周りの環境音が完全に元通りになったとき、目を開ける。

目を開けると、その騒動の前のいつもと変わらない日常がそこにはある。

僕がいる場所は変わらず、時間だけが巻き戻されている。まるで、ビデオテープを巻き戻すみたいに。

辺りをきょろきょろする。さっき女性が轢かれた場所の前、その女性が来た方向に移る。

そして、その女性が来ると何食わぬ顔で、その女性に声をかける。


「あの…ここら辺にコンビニってありません?」


その女性は愛想よくとても親切に教えてくれた。

しばらく、いちやらなにやら聞いていた。

その直後。


「あっぶねえな‼‼なんだありゃあ‼‼!?」


60代ぐらいの強面なおじさんが、先ほど女性を()()()()()()()()に訴えかける。そのおじさんも少し轢かれそうになっていた。

どうやら、さっきの事故は車の信号無視によるものだったようだ。

しかも、そこは押しボタン式の歩行者が横断するための信号で、横にある狭い道路から来る車には信号がないタイプ。

だからか、赤信号に気づかなかったようだ。しかも、その後も気づかず走り去っていった。


すると、その男性はすぐ近くで信号待ちに止まったその車のほうへ走る。

嫌な予感がしたが、僕は気にせず女性の話を聞く。

コンビニの場所を聞き、お礼を言って立ち去ると、そこではまだ口論が繰り広げられていた。

「信号無視してんじゃねえ!あぶねえだろうが!」とか、「私は信号守っていたわよ!うるさいわね!」と、終わりそうもない怒号と口論が続く。

関係のない人がある意味巻き込まれたが、人がけがをして最悪死ぬことよりはましだ。

そう自分に言い聞かせ僕はバイトに向かう。


バイトではやることは基本決まっている。商品の品だし、レジ、あと時折発注、それぐらい。

午後11時を過ぎたころ、いつもより早く眠気が襲う。

少しうとうとしている僕をみて店長が声をかける。


「渡辺君、なんか眠そうだな。お疲れかい?」


店長はもうすぐ45歳になるおじさんで、結婚もしているし子供もいる。

でも、こんな時間でもピンピンしている。


「あ、店長お疲れ様です。すみません、なんか今日はちょっといつもより眠くて」


「大丈夫か?今日はいつもよりいっそう顔色が悪いよ。早めに上がるか?」


少し心配そうな様子でこちらを窺う。


「いえ…、今月は金がだいぶ厳しいので…」


「うーんそっか…。じゃあちょっと休んできな。適当に弁当とか前から持ってっていいからさ。30分だけだけど俺が見とくから」


「え、でもそういうわけには…」


「いいんだよ。渡辺君には頑張ってもらってるし。タイムカードも押さなくていいよ。どうせこの時間は客が少ないからな、二人いたって意味ないしな」


店長はそう言いニコッと笑う。

本来、そんなことを言われても言うことを聞かない頑固な僕だったが今日ばかりは、睡魔と疲労に襲われ、逆らうことができなかった。


「じゃあ、すみません。ちょっと休ませてもらいます…」


「おう!行ってきな」


僕は、そういうとエナジードリンクと焼き肉弁当を手に取り、店長にレジを打ってもらう。

そして、それを手に休憩室へ行く。


航がいなくなり、静かな時間が流れる。

店長は航が歩いて行った部屋の方を見て小さくつぶやいた。


「こっちとしては、もう少し頼ってほしいんだけどなあ…」




休憩室には僕と店長の荷物、その他メモやら、僕にはわからない謎の物体やらが置かれている。

今日、どうしてこんなにも僕は疲れているのかわかっている。やっぱりさっきあの力をせいだ。

さっきみたいな状況だとどうしようもない。

でも、だから極力使うことは避けている。

人を助けたい反面、僕がこうなってしまっては元も子もない。

弁当を一気に平らげ、エナジードリンクも飲み干す。

疲れた体に、わずかながら潤いが戻ってくる。

でも、睡魔には勝てず、結局僕は眠ってしまった。




…君、おーい渡辺君。起きて―」


肩を揺さぶられ、目が覚める。

目を覚ますと少しおかしそうにてんちょうが僕を見ている。


「もう帰る時間だぞー。結局最後まで寝てたね」


僕は頭にはてなを浮かべ、首をかしげる。寝起きの回転の鈍い頭で状況を読み取る。

時計を見ると時計はもう2時を指していた。僕の今日の終わりは2時だ。

一瞬、思考が停止し、その直後に冷や汗がだらだらと流れる。

一気に眠気が吹っ飛び、その勢いのまま立ち上がり店長に頭を下げる。


「す、すみませんでしたーーーー‼‼‼‼」


「いやいや、いいのいいの」


店長は慌てて頭を上げさせる。


「俺も最初は一時間たったところで起こそうと思ったんだけどさ。あまりにも気持ちよさそうに寝てたからついなんか起こしにくくてね」


あはは、と笑う店長だったが僕の脳内は、謝罪の言葉で埋め尽くされていた。


「いや、あの、本当…すみません…」


「いいんだよ。岡本君(2時から担当の人)も入ったし、今日はゆっくり休んでな」


こんな状況でも、店長は笑顔を見せている。しかも、裏が一切ない。純粋な笑顔だ。店長には頭が一生上がらない。

服を着替え、タイムカードを押すと、帰宅際に挨拶をする。


「次からは気を付けますので…」


「いいっていいって。気にするな気にするな。じゃあお疲れ!」


本当にどこまでいい人なんだろう…。店長の人間性を見習わなければと、来るたびに常々思う。





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