第11話「夏休み」
航と木葉の距離が少しず縮まる、そんな回です。
夏休み、あっという間でしたね( ;∀;)
待ち合わせの10分前。今日はいつもの信号で、木陰でとある人を待っている。
とりあえず恥ずかしくないように、青い柄が入ったシャツとジーンズという普通の格好をしてきた。
普段おしゃれに興味がないとはいえ、これぐらいの格好をする必要があった。
とはいえ、去年買ったものだけど…。
昨日は緊張でほとんど眠れなかった。
確かに、二人きりでいる時間は増えたし、話す機会も増えた。
だから、そんな状況でもあまり緊張せずに過ごすことはできるようになってきていた。
でも、一日中二人で過ごすとなると訳が違う。ましてや普段の何気ない成り行きで話していたのとは違って、今日はプライベートな時間なわけで、必然的に会うわけだ。
待ち合わせ場所で彼女を待っている間、緊張で心臓の鼓動が嫌なほどしっかりと聞こえた。
あれから、次の日。大樹に謝罪をした。久しぶりにする仲直りというものは、ものすごく恥ずかしいものだった。
でも、大樹もしっかりと謝罪をしてくれたおかげで、いつもの日常は元通りになった。その時も中島さんが仲介に入り、その場は何の問題もなく終わった。
僕としては中島さんがいなくても問題なかったとは思うけれど、なぜか彼女がそれを許さなかった。
そして今、もう終業式も終わって夏休みに入っている。
夏休みの間の一人も、彼女は許さなかったようだ。僕にとっては幸福中の幸福なのだが…。
「おーい、渡辺くんー!」
遠くから、聞きなれた声が僕を呼ぶ。
声のするほうを見ると、中島さんが僕に手を振っていた、
でも、いつもと何か違った。普段見慣れているのが制服というのもあるけれど、それでも彼女を見た瞬間、どこか別世界に放り込まれた気がした。
そこには、彼女だけがいて、何かキラキラ輝くオーラが体全身から放たれているように感じた。
私服だとこんなにかわいいんだと、この時初めて知った。
それにしてもまさか、こうして夏休みも彼女に会えるとは夢にも思っていなかった。
「渡辺くんお待たせ!待ったかな?」
テンプレのごとく、僕は自然と口にする。
「いや、ちょうどさっき着いたところだよ」
「うん、ならよかった!」
彼女の私服に見とれそうになるのを気を付けながら二人は歩き出した。
そして、僕たちは市バスに乗って駅へ向かった。
バスに乗り込むと一気に冷気が襲い、汗も自然と収まっていく。
一番後ろの席に二人で座る。
あの日、結局僕は「罰」という中島さんの提案通り、彼女と遊ぶことになった。
無論、僕に反抗の余地はなかった。
僕の感情としてはもちろん反抗する気もなかった。
渋々承諾すると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「さーて!なにしようかねー!」
鼻歌を歌い、足を揺らしている。随分上機嫌だった。
「特に何も予定はないの?」
「うん!その時の気分で決めようかなって!」
彼女はいつにもまして張り切っているようだった。
「何がいいかなぁ」と一人でつぶやきながら考えている。
いまさら気が付いたけれど、もしかしてこれって世間一般的に言う『デート』というやつでは…?
「あ!ボウリングとかは?」
彼女は思いついたように言う。
僕は慌てて正気を戻す。
「ごめん、あいにく足が…」
「んーそっかー」
「んー」と言いながら彼女は考える。
考えている彼女をよそに僕は質問をする。
「中島さんはさ、どうして俺と遊ぼうなんて思ったの?」
彼女は、少し驚いた様子でこちらを見る。
そして、迷いもなく言葉が出る。
「私は…、単純に君に元気になってほしいからだよ?」
少し、こちらを伺うように見る。
少しドキッとする。
「だってさ、渡辺くん。初めて話した時から、いやもっと前かな。私が初めて君を見た時から、ずっと空元気っていうのかな、なにか無理してる気がして。
もっと、君は明るくて元気な子なはずだと私は勝手に思ったんだよね。
それに、ほら。この間はあんなことがあったわけだし…。
あ、こんなこと言ったら人格否定みたいになっちゃうかな」
そういって、彼女は頭を掻いた。
間違ってもいないし、合ってもいないと思った。僕自身、僕はどういう人間なのかわからなかった。
根本的に自分を見失い、結果として今のどこの位置にも存在しない自分が出来上がってしまった。
それは、時に人にやさしく、時にきつく、まるで人格がいくつもあるかのように僕自身もわからなくなってしまった。
それでも、彼女は僕自身がどうなのかわかるのか、少し気になった。
「そっか…、僕ってそんな風に見える?」
僕は両手を組む。
「いや、なんていうのかな…」
「いや、大丈夫だよ。心配してくれてるんだよね?ありがとう」
「いえいえそんな!」
少し、妙な沈黙が流れた。
外は少しづつ、雲が広がって居る。
しばらくして、彼女が「あっ」という声を出した。
「じゃあさ!映画見に行かない?」
「映画?」
「そう!映画!私見たい映画があったんだよー。
この間公開されたばかりでね!ずっと前から見たいと思てたんだ~」
映画と言えば、僕は中学の時に友達の付き添いで見に行ったくらいだ。
「うん、わかった。じゃあ映画見に行こっか」
「やったー!」
彼女は両手を上げて喜ぶ。
しばらくバスに乗っていると、駅に着き、電車で映画館のある隣町に向かった。
電車に乗っている間に、ネットで予約を済ませた。
やがて隣町に着くと、ショッピングモールに入った。そこでお昼を済ませ、時間が過ぎるまでゲーセンにはいったり、彼女の言うがままにショッピングをして過ごした。
「えへへ、欲しかったの買っちゃったー!」
「映画見に来たの忘れてない?」
「忘れてないよ!そんなにドジっ子じゃないもん!
あっ、あそこの洋服可愛い!」
そういって、お店のほうに駆け寄る。
いつにも増して彼女は元気いっぱいだった。子供のように目を輝かせてお店の中を見回り、はしゃいでいる。
僕としては、恋人としているというより、子供を見守る保護者のような気分だったけれど、彼女を見ていて飽きはしなかった。
でも、やっぱりショッピングモールに男女二人でいればカップルのように思われるんだろうか。
実際はカップルでも何でもないのは事実だけれど、少しだけそんな日が来ればいいなと願った。
「ごめんごめん!お待たせ!」
僕は少し笑う。
「もうそろそろ映画館いかないと間に合わなくなるよ?」
「はーい」
そういって、そこの4階にある映画館に向かった。
見たいものは恋愛ものだそうだけれど、僕は恋愛映画はあまり見たことがない。
そもそも、彼女に会うまでに恋というものすらしたことがなかったし、今後そういう経験をすることもないだろうと、昔は思っていたからだ。
券を発券し、係の人に見せると中に通してくれた。
席は真ん中の列の少し左よりで、悪くない席だった。
ストーリーは、簡潔に言えばバッドエンドだった。
何気ない生活をしていたある日、主人公は一目ぼれをした。
そして、何とかアプローチをし、その人と付き合うことになった。
しかし、突然彼女が病気で死んでしまったのだ。
しかも、もともと病気持ちだということを彼女は隠していた。
最後の死ぬ間際に彼女はそれを告白した。
なんとも切なくて、悲しい話だった。
不覚にも、僕も少し泣いてしまっていた。
ちなみに彼女はというと大泣きだった。
「うぅ、いい話だったねえ…」
「うん、そうだね。悲しい話だったね」
二人で、ショッピングモールのベンチに腰を掛ける。
とりあえず、二人の感想会が繰り広げられた。
一通りの感想会が終わり、のどが渇いたので自販機で飲み物を買ってきてあげると、彼女は喜んでそれを受け取った。
しばらく沈黙が続いた後、彼女は少し神妙な面持ちで話した。
「普段、たいていの人は何気なく平和で当たり前な人生を過ごしてる人もいるけど、きっとあの映画の人みたいに急に死んじゃう人だっているんだよね。
私たちも、もっと今を大切にしなきゃね」
「うん…、そうだね」
何か、意味ありげに話した気がした。
「なんか…、随分意味ありげに話すね」
「え?そんなことないよ?
でも、きっとあの映画はそれを知ってほしかったんだと思っただけ。
人生って有限なのを、改めて思い知らされたなあって
意味なんてないよ」
彼女はそっと微笑む。
確かに、僕は身近な人をすでに三人失っている。
命の灯が突然であれ、ゆっくりであれ、消えていくことは知っているはずだ。
少し、現実に引き戻された気がした。
何か口がまずくなってオレンジジュースを飲む。
「そういえばさこの間も話したけど、渡辺君はまだ好きな人とかいないの?」
突然のその言葉にむせた。
「え、え、ちょっと大丈夫?」
「げほっ…、だ、だいじょうぶ…。ちょっとっ、変なところに入っちゃっただけ…」
少しせき込む。
いきなり何を聞き出したかと思った。
「なに?じゃあもしかして好きな人いるの⁇」
「どうしてそういう発想になるの?」
「だって、飲み物飲んでる最中にむせるっていうの、完全に動揺したからだよね?
それでそれで?好きな人いるの?」
彼女も、そういうところは鋭い…。
少しでも、油断したら尻尾をつかまれそうだ。
「いないって。前にも話したでしょ?」
「むー。いいじゃん教えてくれたってー。私はいると思ってるんだからー」
「はいはい」
頬を膨らませて不貞腐れている。
僕は、あははと笑う。
中島さんのことは好きで、できれば陰ながら支えていたい。僕にとって大切な存在だということに変わりはない。
でも、だからといってずっとこの想いは心にしまっておくのかというと、そういうわけではない気がしてきた。
今、僕の日常には必ず中島さんがいて、それを手放すかと言われたら手放したくないのは決まっている。でも、ずっとこの関係がずっとつずいてくれるのかと言えばそういうわけでもない。
だから、僕はいつか彼女にこの想いを伝えると思う。
僕も後悔はしたくない。
大樹の言う通り、後悔するために恋をしているわけではないんだ。だから、『いつかきっと伝えるよ』。
彼女の横顔を見ながら、心の中でそうつぶやいた。
「まあ、いなくはないよ」
僕は独り言を言うみたいにつぶやいた。
驚愕した彼女の顔を見ながら、僕は少し微笑んだ。
「ええええー!?いるの!?やっぱり⁇」
「うん、いるよ」
「えー誰誰?どんな子?」
「それはまだ秘密かなー」
「えー教えてよー」
「内緒」
「というか、私に嘘ついたねー‼嘘つきー」
「あはは」
でも、彼女は少し機嫌がよくなっていた。また、鼻歌を歌っていた。
話題は変わらず、恋バナは続いた。
「渡辺くんはさ、初恋はいつだった?」
僕はその言葉に固まる。
初恋も何も、言ってしまえば彼女が初めてなのだ。
別に言ってもいいけれど、なんというか…。
「初恋ね…。今が初めてかな…」
「え⁇今⁇じゃあ、今まで一度も恋をしたないの?」
「うん…。ないね…」
「えーそうなんだ。渡辺くんってやっぱりそういうのには興味がない人なの?」
僕は、思い返すように天井を見上げる。
「うん、そうだなあ。今までは恋したことなかったけど、その人は一目ぼれかな。
いつも笑顔で、元気で。そんな彼女が好きになったんだ。
だから…、今は興味があるよ。ちゃんとね」
と、一人語りしていると中島さんはこちらを見てニヤついている。
「へー、渡辺くんって案外ピュアなんだねえ」
僕の顔が少し熱くなる。好きな人の前でそんな話をするのもどうかしてるのかもしれないけれど、純粋に恥ずかしかった。
「ほら、もう帰ろう。遅くなっちゃうよ」
恥ずかしくなって、立ち上がる。なんだかもう帰りたかった。
「まあまあ、そう照れないのー
でも、その前に夕飯食べよう」
彼女はふふっと笑いながら僕の後をついてきた。
でも、あの映画を見てから、彼女の様子は少しおかしかった気がした。
まだ、感傷にひかれているというわけではなく何か思い残すことがあるかのように考え込んでいるようだ。
いつもは彼女のほうから話しかけてくるのに、今はなぜか無言で沈黙が続くことがよくあった。
夕飯を食べる間も会話は少なく、やはり何かおかしいという確信が生まれた。
さすがに我慢できず食事を食べ終わった後、店内を出た時にその疑問をぶつけた。
「中島さん、何かあった?なんか…変だよ?」
僕が立ち止まって振り向きざまに言った。
僕の予想外の質問に中島さんは戸惑った。
「え、え、そんなこと、なないよ」
「噛みすぎ、動揺しすぎ。バレバレだよ。
どうかした?」
少し微笑みながら投げかける。
少しひきつった顔をした彼女に、少しでも気持ちを楽にさせたかった。そんな空気ではないけれど、これが最善策だと思った。
そういうと、何か考え込むように黙り込む。少し下を向いて、口ごもっている。
僕は心配に思いつつも、詮索しすぎないように言った。
「中島さんが前に言ったとおり『人には知られたくない秘密』なら、俺はもちろん無理に聞くつもりはないけれど、そうじゃないなら言ってみよう?俺でよければ聞くからさ。」
彼女の顔を見ながらそういうと、一瞬目が合った。でも、また目線を少しそらした。
言いたくないんだろう。まあ仕方ないか。そう思った。
「うん、なら全然いいよ。じゃあ、帰ろっか」
そう思って、歩こうとしたときだった。
前に進めなくなった。
彼女が、僕のシャツの裾をつかんだのだ。子供みたいに。
振り返ると、彼女はうつむいていた。顔はよく見えない。でも、確かに彼女の目には涙が溜まっているような気がした。
僕は何か泣かせるようなことを言ってしまったのだろうか。そんな焦りが一瞬心の中を駆け巡る。
でも、彼女の言葉からは思ったものと違う言葉が出た。
「こんなこと…聞くのは変だって思ってる…。でも…さ、これだけ聞いてもいい?」
彼女の声は少し震え、瞳は涙の膜を張っていた。こちらに目を向けないままだった。でも、彼女のその声は真剣そのものだった。
僕は、「うん」といいながらうなずいた。
少し呼吸を整えるように息を吐くと、彼女は言った。
「渡辺くん…君は…、私の前からいなくならないよね…?
死んだり…しないよね?」
その言葉は弱々しくも重かった。
その質問の意味に少し固まった。もしかしたら、意味なんてないのかもしれない。でも、この間みたいにいつになく不安げな顔をしている。いや、不安というより何かを恐れているようにも見えた。
あの映画を見てから様子がおかしくなったのは歴然だった。でも、それだけでここまで心配になることがあるだろうか。
彼女の心が揺れ動き、何か軋むような気がした。
彼女には何か見えているんだろうか。
そう思った。僕みたいに、見えるのかもしれない。
でも、それはきっと未来とかそんなものじゃない。人としての何かが見ているのだろう。
一瞬の沈黙でも、彼女の目には涙がたまっていく。もう彼女の涙を見たくなかった。
「僕は、死なないよ。
消えたりしない。僕は、ずっと君のそばにいるよ」
少し、姿勢を下げて彼女に目線を合わせる。
彼女の目を真っすぐに見つめて僕は言った。
そんなことしか言えなかった。でも、彼女はきっとこの言葉を求めていたはずだ。
安心させる言葉を選んだ。
僕にはそれしか思いつかなかった。
それしかできなかった。
僕が告げると、彼女は小さく笑みを浮かべた。そして、「ありがとう」とだけ言った。
どうしてこんなことを聞いたのか、僕にはわからない。
それでも、きっと何かあるのだろう。
考えてみれば、僕が彼女に初めて会ってから3か月、初めて話してからまだ2か月しかたっていない。当たり前だけれど、だから僕は彼女のことを知らない。
彼女はいったい何を恐れているんだろう。いつも、明るくて笑顔の彼女があんなにも悲しそうで、何かを恐れている顔をしていたのは、初めて見た。
『美しい花には棘がある』ということわざみたいに、彼女みたいに元気な人ほど何か恐ろしい過去があったんじゃないかと、僕は思った。
いつか、それがわかる日が来るんだろうか。
僕は消えたり死んだりしない。
今は、できる限り彼女のそばにいよう。そう誓った。
店の外を出ると、外は雨模様だった。
予報にはないゲリラ豪雨だった。
「あちゃー降っちゃったね…。渡辺くん傘持ってる?」
いつもの元気を取り戻した彼女が横にいた。
「いや…残念ながら、持ち合わせていないな…」
すると、少しどや顔でカバンから折り畳み傘を取り出した。
「じゃーん!そんなこともあろうかと、実は私持ってます~」
「さすが女子…」
「ほらほら入って。一緒に帰ろー」
そういって、彼女は相合傘を勧めた。でも、僕にはそれしか帰る方法はなかったので、承諾した。
少し、彼女は満足げだった。
二人で歩いて駅まで向かう。途中から、僕が持ってあげた。背的に僕の頭に傘がしょっちゅう当たるから。でも、言ったら怒りそうだから言わないでおこう。
さっきまでのことが嘘のように、彼女はいつものように鼻歌を歌っている。
駅について電車に乗っても、電車に乗っている間でも、最寄り駅に着いてバスに乗っても、何も変わらなかった。
僕は帰るまで神経をとがらせた。
でも、特に何もなくいつもと彼女は変わらなかった。
やっぱりさっきのは僕の思い過ごしだったのかも知れない。
気にしすぎたか…。でも、やっぱり何か突っかかるものがあった。
せめて、今回のことは忘れないでおこうと、僕は思った。
バス停から降りる頃にはもうとっくに雨はやんでいた。
空にはきれいな月が夜空を照らしていた。
いつもの信号に着いて、僕と彼女は別れた。
時間は9時を過ぎて、もう辺りも真っ暗なこの時間は車通りも少なかった。
「じゃあ、またね!今日は付き合ってくれてありがとうね!」
彼女は元気よくそう言う。彼女の元気は人の心配を忘れさせる力があるなと、僕は思った。
僕と彼女は別れて、別の道を進んでいった。
でも、僕は自分の家のほうには進まず、立ち止まって彼女を見ていた。
その背中を見つめて、僕は目を閉じた。
『彼女の未来を見せてほしい』
走って追いかけた。足は、もうすぐで完治するところ。走るぐらいはできた。もちろん許されているわけではない。
彼女の帰り道はしばらく直進で、まだ見えている範囲だった。100メートルも離れていない。でも、力を使った後の体力の消耗は激しい。
追い付いたころには、僕は激しく息切れを起こしていた。
彼女の腕をつかんだ。
彼女は驚いて、こっちを見た。
なぜ彼女を追いかけたのか。それは言うまでもない。別にさっきまでの彼女に対する疑問が見えたわけでもない。
ただ、単純に嫌な未来が見えたからだ。それを避けるために追いかけた。
「渡辺くん!?どうしたの!?」
心配そうにこちらを見る。ついさっき心配させぬようと誓った矢先にこの様で、本当に申し訳ない。
「だい…じょうぶ。走ってきたから…息切れしてるだけで…」
しばらくして、やっと呼吸が落ち着きを取り戻してくれた。
息切れしてる間、彼女は僕の背中をさすってくれた。
「それにしても、どうしたの?急に走ってきて…」
「ごめん、単純に心配になったから。
だからさ、家まで送ってもいいかな?」
こうしている間にも、彼女の未来は刻一刻と変化していっている。
彼女はその現場に遭遇して、巻き込まれてしまった。
しかも、もっと嫌な未来が見えていた。さっきの彼女はまるでそんなことを予兆していたんだろうか。そうも思った。
もう、これ以上言うまでもない。
何とか呼吸を整えて、彼女と家に帰った。
その事件と鉢合わせるのを避けるために、僕はあえて別の道を通った。
彼女は不思議に思っていたけれど、仕方がなかった。
なんとか、無事彼女の家にたどり着いた。
「ごめん、急についていって」
「いえいえそんな。気にしないで!ありがとうね。わざわざ送ってくれて」
「じゃあ、またね」
「うん!またねー!」
今日は楽しい一日であったことは間違いない。
でも、どこか彼女に対する違和感を覚えた。
もし、叶うことがあれば僕は彼女の秘密を知りたい。そして、助けてあげたい。
彼女のまだ見えない真っ暗な過去を照らすことが、僕にできるだろうか。