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ただいまを言いたい  作者: 夜更なおと
10/14

第10話「勇気」

やっぱり理想はあと20話か30話ぐらいで完結ですね。

7月ももう中頃、夏休みが始まろうとしている。

そんな中でも大樹と中島さんとは相変わらずで、特に接触もなく、またあの()()()()()()()()()()も今では落ち着き、平穏な日々が続いている。

あと数日で終業式、僕にとって夏休みは基本的にバイトの日々で、それ以外に何かすることもない。

ただ、唯一今年の違うところは、まだバイトには復帰できないということ。つまり、治るまでの間、暇な時間ばかりなのだ。

でも、かといってすることもない。家でゴロゴロするのもかったるい。持っていた本はもう全部読んでしまっていた。文学物から、ライトノベルといった物まで。友達に勧められて買った物やもらった物。好きな作家やアニメなど様々あったけれど、家にあるものは全部読んでしまった。


朝、目が覚めるといつも通り学校に向かう。七月の中頃、今日は日差しが強く、朝にもかかわらずすでに熱い。あっという間に、汗でシャツが背中に張り付きそうだ。

今までならいつもの道で大概中島さんがいたけれど、その日常も変わり、この時間に彼女に会うことはない。


でも、今日は違った。


僕はいつもの中島さんに会う時間より、10分早く出ていた。

なのに今日は中島さんは信号の向かいの近くにある木陰で、自転車にまたいで止まったまま辺りをキョロキョロしている。

でも、あの件以降僕に近づいたことはない。だからきっと他の誰かを待っているのだろう。そう思っていた矢先、信号が変わる。

信号を渡り自転車で中島さんの前を通り過ぎた時、中島さんはこちらに気づく。


「渡辺くん!」


久しぶりのその言葉が僕を止めようとする。

幻聴かと思ったものの、一応自転車に乗ったまま振り向いている。

彼女と視線が合う。彼女は僕だけを見つめている。

熱い日差しに包まれ、彼女の額からは汗がにじみ出ている。

喉から言葉がつっかえて出てこないその様子が、彼女の表情から見て取れる。

少しの沈黙が続き僕は口を開ける。


「何か用?」


その言葉に少し彼女はビクつく。

でも、決心した様子で僕に話しかける。


「あのね…。えっと…。また…話してもいい?」


彼女のそれだけの言葉に、心が揺らぐ。

僕はこの数週間の間、彼女に対する拒絶反応を見せていた。もちろん、無理やり作った自分のキャラで彼女に対する接触をできる限り避けた。

でも、彼女の少し寂しそうな表情を見るたびに、僕の心もしっかりとえぐられていた。でも、心を鬼にして彼女を避けた。いうまでもなく彼女を守りたかったから。

いじめは、最初は小さくても、だんだんと大きくなることがある。それは彼女に対しても例外ではない。

僕と接触することでもしかしたら彼女も、その標的に巻き込まれる可能性があった。

彼女の人間性からして、その可能性はほぼゼロに等しいとは思うけど…。

それでも、可能性としては十分あっても不思議じゃない。

でも、彼女はそれを理解して、今回僕に接触を心掛けたのだと思う。


「駄目だよ。僕とは…関わらないほうがいい」


僕はそれだけ言った。冷たい声で言った。彼女に心を揺さぶられないために。大切な彼女を守るために。

僕自身が、彼女を好きでいるために。心を鬼にしていた。

彼女はうつむいてしまった。もちろん、望み通りの返事じゃなかったからだ。でも、僕にできる最善の選択はきっとこれだけだ。


「……わからないよ」


うつむいたまま彼女は発した。

そして、何か覚悟を決めたかのように顔を上げ、真っすぐ僕を見つめて言った。


「わからないよ…。

どうして、そんなに自分で背負うの?

私がそんなに頼りないの?

別にそんなに一人でいなくてもいいじゃん。

私は君が心配なの。一人でどんどん小さくなってく君が心配なの。見ていられないの。

余計なお世話かもしれないけど…、私たち…友達でしょ?」


彼女の声は震えて、今にも泣きそうだった。

『友達』。僕にとって友達と呼べる人は、中学校以降では大樹ぐらいしかいない。

そんな風に言ってもらったのは久しぶりだ。

僕はこの人を泣かせていいんだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

僕は言葉に詰まる。

何を言えばいいのか、どう伝えればいいのか、頭をフル回転させた。

でも、彼女の目にたまっていた涙は、もはや限界だった。バケツ一杯にたまっていた涙が、ついに頬を伝って流れ落ちた。


「あれ?あ、あのごめんね…。こんなことで泣くなんておかしいよね」


彼女はそう言って必死に止まらない涙を手で拭っていた。


それを見て僕は固まった。

なぜ勝手な思想で彼女を泣かせてしまったのだろう。考えればわかるはずだ。僕だけの思想で、彼女のことも考えずに勝手に逃げて、避けて。

僕の行動は子供だった。

もう、考えが追い付かなくなった。

きれいな涙だったけれど、僕に対する涙は、僕の心を飲み込んだ。

僕は自転車を降り捨てて、彼女の元に駆け寄った。


「ごめん!本当にごめん…!」


僕は涙を流す彼女に、何も考えることなくひたすら謝った。


申し訳なさ、ただそれだけが脳内を巡った。


「私…そんなに頼りない?」


泣きながらそういう彼女を見て、もう頭で考えることなく思ったことをひたすら伝えた。


「そんなことない!中島さんはクラスでも人気者だし、生徒会副会長だし、勉強もできるし、スポーツもほぼできるし…、本当に尊敬するし、頼りにしたいよ。でもさ…」


そこまで言って少しうつむく。中島さんは涙をぬぐいながら、僕のことを見つめる。



「でも、中島さんを巻き込みたくない。だって、僕にとって君は大切な人だから」



そうだ、僕は彼女に恋をした。今まで一度もしたことない恋を初めてした。それが彼女でよかったといつも思う。仮にこの恋がだめでもいい。その経験自体が僕にとって貴重だったから。

だから、僕は彼女が大切で守りたい。巻き込みたくない。助けたい。

でも、それだからといって彼女を拒絶することが、彼女のためになったのかというと、そうではなかった。

彼女のためにならなかった。僕は初めて女性を泣かせた。

それだけで、心が痛む。

それだけで、心が苦しい。

それだけで、今までにない罪悪感に襲われた。

だから、僕は彼女を守りたい。もう泣かせたくない。そう思った。



僕のその発言に、彼女は驚いた様子で両手で口を押える。

どうして、そんな状況なのか考える。

何かおかしいこと言ったかな?会話を思い出してみる。

そして、そこで恥ずかしい発言をしていることに気づく。



『僕にとって君は大切な人だから』



その言葉がはっきりと僕の頭の中でリピートされる。


「あ、いや!その!今のは…」


僕は何とか弁解しようと、言い訳を考える。でも、パニックになって頭が全く回らない。

そういうと彼女はまだ少し涙を流したまま少し笑った。


「うれしいよ…。そう言ってもらえて」


アハハと彼女は笑う。

僕は頭を掻く。

彼女は涙をぬぐいながら笑顔を作る。


「私、渡辺くんみたいに直接そう言ってくれる人、今までほとんどいなかったからうれしいな」


泣き止んで少し照れている。

彼女の顔は晴れ模様だった。


「いや、そのですね…。『大切な人』っていうのはですね…」


まだ、僕は弁解しようとする。

でも、僕の言葉を遮るように中島さんは微笑んで言う。


「いいの。うれしいよ。君がそう思ってくれてるってこと知れて。

だって、急に話してくれなくなっちゃってさ。怖くなったんだよね。

君がどっか遠くに行っちゃうような気がして。

でも、そう思ってくれてるって知れてよかった」


中島さんはそういうとニッコリと笑ってこちらを見る。

僕は顔をそらす。

もう、弁解のしようもない。

僕の顔が熱い。たぶん、熱いからだ。外が熱いからだ。きっとそうだ。

顔も赤く染まっているかもしれないけれど、きっとこれも日焼けだ。


「それで?結局、これから話しかけてもいいの?」


彼女は僕の顔を覗き込んでくる。

僕は目だけ彼女のほうに向ける。

やがて、あきらめたように息を吐き、白状するように言った。


「はい…」


「うん。ならよろしい」


満足気に、そして少し誇らしげに言うと、自転車で僕を追い越す。


「ほら、何恥ずかしがってるの?早くいかないと遅刻しちゃうよ」


彼女は笑っている。

僕はしばらく頭を抱える。

やってしまった。ある意味告白ともなる発言。彼女には、そういう意味にはとらえなかったみたいだけれど、僕がそう思っているのかが、バレてしまった。

もう一度、僕のことを彼女が呼ぶ。

僕は顔を上げ自転車を起こして乗り込み、彼女を追いかける。


僕が追い付いたころ、彼女は自転車を止めた。

慌てて僕も止めると、彼女は振り返らずに言った。


「大切だからって、私のこと気にかけてくれるのはうれしい。

でも、そう思うからこそ、私のことも少しは頼ってね。私でも、少しは力になれると思うから」


言い終わってからこちらを向き、笑顔を作る。

また少し、僕はドキッとする。



教室に着くと、僕と中島さんが一緒に入ってきたことに一部がざわつく。

中島さんと仲のいい女子が中島さんを連れていく。

僕はいつも通り席に着く。今日も特に何もない。


「え、え、ハコちゃん。なんであいつと一緒に来てるの?」


「えー?だめ?」


「だってあいつ、しょうもないって前に言ったじゃん。体育祭の戦犯だし、川上君のこと犯人にしようとするし」


「美咲ちゃんは信じてるみたいだけど、それってどこからの情報?そんなの信用なるの?」


友人には見せたことのない真剣な眼差しで、彼女を見る。


「え、でも、事実だし…」


少し、口ごもる。

その隙をつくように木葉は言う。


「そんなのうわさでしょ?理にかなってると思ってるのかもしれないけど、事実はどうだかわからない。

みんな、知らないと思うけど、渡辺くん。足怪我したんだよ?川上君に踏まれて」


そのことに、その場にいた女子が驚く。

美咲は木葉に迫る。


「え?どういうこと?」


「転んだあと閉会式に渡辺くんいなかったの知ってる?

あの時、怪我して救護室にいたんだよ。

足踏まれたせいで、足は真っ青になってて骨にもヒビが入ってたんだって。

今、平然としてるけど、見せてもらえばわかるけど、あれでも渡辺くんは怪我してるんだよ」


「そ、そんな情報こそハコちゃんはどこから持ってきたの?

ハコちゃんこそ騙されてるんじゃないの?」


「だって、私が見たもん」


美咲はその言葉に黙り込む。


「踏まれたところはよく見えなかったけど、足の怪我は何よりの証拠だと思わない?」




少し、中島さんの方を見てみる。

集まってるグループで、みんなが中島さんの話を聞いている。

困惑している人も、少し動揺してる人もいる。

ちょっと、落ち着かなかった。

さっきのあの件の直後にこうして女子に連れられて、話を聞かれているからきっと根掘り葉掘り聞かれているのだろう。

まあ、考えてもしょうがないか。

そう思って前を見た時、聞きなれない声が僕を呼ぶ。


「ねえ、渡辺くんさ、川上くんに踏まれたって本当?」


誰だか知らないその女子はさっきまで中島さんの方にいたうちの1人で、最初に中島さんに声をかけた人だ。

僕は少し固まる。でも、もう正直に話して見た方がいいのかもしれない。


「…うん。そうだよ。信じてもらえないだろうけど…」


「じゃあさ、足を怪我してるって本当?」


そういわれ、少しどうしようか悩む。

中島さんの方を見てみると、中島さんはコクリと頷く。

彼女はなにを聞かれているのか理解してるようだ。

僕は上履を脱いで、靴下も脱いだ。

そして、テーピングと包帯で固定された足を見せた。


「え…本当に…」


彼女は驚きの表情を見せる。


「一応だけど、自演じゃないからね。

俺はどこかにぶつけた記憶も転んだ衝撃で怪我した覚えもない。

ただ、踏まれた瞬間に怪我したってことだけは覚えてる。

信じてもらえるかわからないけど…」


「ごめんなさい!」


彼女は僕の言葉を遮るようにそう言って、頭を下げた。


「ごめんなさい…。君のことなにも知らないで勝手に犯人扱いして…。

なんてお詫びしたらいいか…」


「え?いや、いいのいいの!別に僕も怪我したことは気にしてないし、それにそういうの慣れてるからさ!

気にしないで!」


「でも…」


「いいんだって。もう終わったことだし」


彼女は申し訳なさそうにしていたけれど、僕は実際気にしていなかった。噂に簡単に流されるのが人間で、何でも簡単に信じ込むのが人間だと知っていたから。


彼女は最後にもう一度謝罪の言葉を言うと去っていった。

中島さんのほうを見ると、小さく目配せをしてきていた。

なんか、ハートを矢で打ち抜かれた気がしたけれどたぶん気のせいだ。

結局、その後は嘘のうわさは消えていったが、真実が知られることはほとんどなかった。


「あの、中島さん…」


帰り道、中島さんと僕は二人で帰っていた。

後ろから呼ぶと、振り返って自転車を止める。


「あの、ありがとうね」


彼女はそれを聞くとまたニコッと微笑む。


「いいの!私が勝手にしたんだし!でも、私を泣かせた罪は重いよ?」


彼女は少しニヤける。

僕もその言葉に「うっ」という声が出る。


「はい…、それなりの罰は受けます…」


僕がそう言うと彼女はうんうんとうなずく。


「なら、よろしい。

うーん、そうだねえ…なにがいいかな…」


そう言って彼女は腕を組み考える。

「うーん」としばらく考え込むと、何かをひらめいたかのようにぱあっと表情が明るくなる。


「じゃあ!夏休み私と一緒に遊ぶこと!拒否権はありません!」


「え?」と思わず声に出た。

実は、航は基本時に話すときは「俺」と言いますが、時折「僕」と言っていることがあります。

でも、私のミスではないのです。( ̄▽ ̄)

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