青春の終焉。
完結です。
一話から八話まで、約九十分ほどで読めるようです。
荒井 修馬……あらい しゅうま
谷村 松穂……たにむら まつほ
山寺 星乃……やまでら ほしの
石井 康彦……いしい やすひこ
高山 翔太……たかやま しょうた
夏川 葵……なつかわ あおい
飯島 宗太郎……いいじま そうたろう
夏川 桜……なつかわ さくら
――今日は、俺の記念すべき青春卒業の日になった――
今日は日曜日で、卓球部は休みだ。
俺も学校に行く用事が無かった。
試合前ということで、バスケ部は今日も練習をするようだ。
昼頃、フラフラと街へ出かける。
気温は三十度ほどはあるようだが、不思議と汗をかくことはなかった。
……汗なんかかいてる暇はなかった。
気づくと永劫神社へ来ていた。
昔ここへ来たことがある。
近所の人に連れてこられたこともあったが、それ以外に十代中ごろに一度、自主的に来たことがあった。
当時の俺の人生は、毎日が灰色だった。
勉強も、恋愛も、部活も、遊戯も無かった。
……青春というものを、一生経験せずに死んでいくのだと思い込んでいた。
当時の俺も、そんな精神状態で、ここへ来たことがあったのだった。
その時は神社には誰もいなくて、何の解決にもならなかったけれど……。
当時はただ暑い思いをしながら、その場を後にしたのだ。
歩いていると、神社内で、意外な人物と出くわした。
二年A組の委員長で、夏川桜の姉、すなわち夏川葵だ。
「偶然だな。こんな時期にお参りか?」
「いえ、今自宅へ帰ってるところです」
「じゃあなんで神社の中にいんの?」
「ここが家ですので」
ここが家ですので……ここが家ですので……。
「ココガ=イエデスノデ?」
「違います」
一蹴されてしまった。
俺は混乱していた。
「え、ここの神社がお前んちってこと?」
「普通に考えてそうでしょう」
「俺、三、四十年くらい前にここに来たことあるんだけど、当時お前はいなかったよね?」
「当たり前です」
「そりゃそうか」
「何をそんなに混乱なさってるのですか?」
「いや、まあ、ここがお前の家だというのにびっくりしてな……。だって、お前の苗字は『夏川』じゃん。『永劫』じゃないじゃん」
「まあそりゃそうですけど、とにかくここは私の家です」
「そうか、そりゃ仕方ない」
なんて話していると、夏川桜が顔を出してきた。
「先生、お久しぶりです」
「こちらこそ。なあ夏川桜、なんでこの神社の名前は『永劫』なんだよ」
「えーと、それは……」
妹の方は一生懸命考えていた。
しかしその目はフラフラと中空をさまよっている。分かっていないのが丸分かりだった。
「え、永劫に続くように、とか、そういうんじゃないでしょうか……」
「何が永劫に続くの?」
「……若さとか、時間とか、いろいろ」
「……なんじゃそりゃ」
まあ、近くにいればいるほど分からないこともあるのかもしれない。
「永劫に続く、か……」
「どうかされましたか?」
「いや、何でも」
青春というモノが永劫に続くものでないとしたら、なぜ青春という概念が存在するのだろうか。
……いやいや、この思考はおかしいか。
人類や宇宙は永遠にこそ存在しないが、存在する意義はあるはずだ。
「なあ、もしお前らの友達が、一生懸命何かに打ち込んでいたら、どうする?」
つい出し抜けに聞いていた。
「えっと……応援すると思います」
「私は見守るかな」
妹が先に、姉が後に答えた。
応援することと、見守ること。
どちらも、他人の歩みを阻止する行動ではないという意味で、共通している。
「じゃあ、もしお前らの友達が、欲求をかなえることができなくて、物を壊したり、自分を傷つけていたりしていたら、どうする?」
今度は少しだけ時間が挟まったが、答えてくれた。
「そりゃ、止めますね」
「私はそっとしておくかな……」
妹が先に、姉が後に、さっきより声のトーンを落として言った。
「葵は何でそうするんだ?」
「もしかしたら、他人が干渉してもどうにもならないことかもしれないじゃないですか」
……今度は、桜と葵の意見が割れた。
ということは、どうやら、自己修練と自己破壊とはイコール関係ではないらしい。
「何でそんなことを聞くんですか? 今度の授業で今の話を使うんですか?」
夏川葵から聞かれた。
「いや、気にしないでくれ。とにかく、参考になった。ありがとうな」
俺は急ぐように神社から出た。
委員長らしい、価値のある意見を聞くことができた。
あの時から三、四十年経って、ようやくここに来た意味が生まれたのかもしれない。
よし。せっかくだし、神社の入り口にいる少年にも聞いてみよう。
「飯島宗太郎君、飯島宗太郎君。今すぐ先生の前に現れなさ―い」
「ひえ!?」
転がるように出てきた。
俺が神社に入る前から、出入り口付近でうろちょろしていた。
なんでだろうと思っていたが、夏川桜がここにいるというのなら、納得だった。
「なあ、お前はもし友達が一生懸命何かに打ち込んでいたなら、どうする?」
「なんですか藪から棒に……」
「いいから」
「はい」
彼は少しだけ思考した。
「応援してあげたいと思います。先生もそうしてくれましたから」
「そうか」
そういえばそうだった。
『僕、できるだけ自分だけで頑張ってみます』
飯島はそう言ってくれた。
『ああ、お前ならできる。精一杯かましてやれ』
でも結局、こいつはそう言って、誰にも頼らないことを決めたのだった。
でも、あくまで、できるだけ自分で頑張ると言っただけなのだから、助けを全く求めていない訳でもない。
つまり、見守ることと応援することは、相いれないことではないらしい。
同じことなんだ。
「じゃあ、お前の友達が、自分を傷つけていたりしていたら、どうする?」
彼は長く考えてから、はっきりと言った。
「止めると思います。自分を傷つけても、何にもなりませんから」
「なるほどな」
やはり止めるか。
夏川桜と飯島宗太郎は止めるべきだと言う。
一方、夏川葵はそっとしておくという主張。
『……代わりにできることを探すよ』
そして俺は、松穂にはこう宣言してしまったのだった。
きっとどれも正解なのだろう。
「参考になった。ありがとう」
俺は飯島の隣を通り過ぎて、道の角で立ち止まった。
「あ、そうだ。一つ、いや二つ、いいことを教えてやる。夏川桜はその神社の中にいる。そして、さっきの質問の答えは彼女もお前もだいたい同じだった。それじゃ」
目を合わせず、そう言い捨て、俺は歩き出した。
歩いていると、思考がはかどる。
あてどもなく歩き続けた。
知らない道を、たくさん歩いた。
思い悩んだことがあると、俺はいつもこうしていたのだった。
ああ、今も昔も俺は変わってないな。
結局昔の俺も、立派に青春していたんじゃないか。
友人を作ることや、恋愛に興じることや、部活に打ち込むことや、趣味に没頭することは、青春の表面をかすり取って作られた、薄っぺらいイメージに過ぎない。
こうやって思い悩んだり、やさしい風や光に当たりながら思考をまとめたりして、たった一人で何かしらに向かって前進することこそが、本当の意味の青春なのだ。
(よく歩いたなあ……)
俺は腕時計を確認した。
(まだ三時か……その割には暗くねえか?)
首を傾けて上を見た。
空には厚い雲が、ブランケットのように覆われていた。
雨の足音を予感させる、灰色の雲だった。
迷子の子供のようにフラフラと歩き続けると、学校に着いていた。
……水無高等学校。
動く物体に興味津々な猫のように、俺はそれに吸い寄せられていった。
一人の男性が校門まで駆け寄ってきた。
俺に用があるのか。
「大変です! 荒井先生!」
息も絶え絶えだというのに、そいつは怒声のように叫んだのであった。
「お、おい、何だ」
いきおい俺は目の前の男性に話しかける。
「高山が……校舎の屋上に!」
ある人物が屋上に行ったとき、たまたま見かけたという。
そのある人物はたまたま近くにいたこの男性教師だけ校舎外へ行かせたようだ。
今なお、そのある人物とやらが一人で応対しているようだ。
「とにかく、荒井先生も一緒に……」
男性教師は俺の手を強引に引っ張る。
「待ってくれ」
「荒井先生……」
「山寺先生は今体育館にいるんだろ? あの人もつれていきましょう」
「そんな時間は……。なぜそんなに冷静でいられるんです!?」
それは自分でも不思議だ。
何となく、そんな予感がしていたのかもしれない。
「俺から言わせれば、あんたの方が落ち着くべきだ。とにかく、俺は後から行きますから、先生はまた屋上とやらに行ってください」
俺は体育館まで走る。
肉が裂かれんとばかりの全速力で。
身を前に押し出すより、背景を後ろへ追いやることを意識して走った。
……屋上から飛び降りるなど、並の度胸しか持ち合わせない人間ならば、できない。
だが、高山翔太ならどうだろう。
自分にいくつものアザをつけるほど、彼はどす黒い空間の中をさまよっているのだ。
その暗澹たる空間の中では、誰からの光も達しないし、誰からの認知範囲に入ることもない。
日曜日の閑散とした校舎の屋上で自殺を図るとは、つまりそういうことだ。
「山寺先生! 今すぐ俺についてきてください!」
体育館でバスケを指導している女性顧問のもとへたどり着いた俺は、わざと丁寧語で叫んでいた。
それが妙な雰囲気を作り出すことに成功した。
山寺先生は、一瞬だけ怪訝な顔を見せたが、すぐに事態の重さを察してついてきてくれた。
山寺先生と俺は走る。
彼女の方が数倍は速く走れるだろうが、俺のスピードに合わせていた。
走っている間、俺は山寺先生に、あることを耳打ちした。
俺一人が屋上へ。
おびただしい数の階段を上った気がして、めまいを覚えた。
ひとつの人影が、高山翔太に向かって何やら叫んでいる。
あの男性教師が言っていたある人物とは、あろうことか学生だった。
……バスケのユニフォームを着ている。
高山翔太は、制服だった。
俺はユニフォームに、下がってろと小声で言った。
今度は、俺だけが高山翔太の正面へ躍り出た。
広い屋上だった。
暑い風が吹きつけていた。
高山翔太の髪の毛が揺れていた。
青春を象徴するような不安定さが、そこにあった。
「なあ高山」
無言だった。
「お前はたった一人で、どんな情景を見てきたんだ」
またもや無言。
「具体的に、お前の記憶の何が、お前をここに駆り立てた」
風で音をかき消されないように、叫ぶように語った。
おかげで、俺は一言喋るたびに息が切れた。
……それでも無言だった。
ただ感情の抜けたような表情で俺を見ていた。
俺はひとまず息を整えることにした。
……静寂。
普通なら気の休まる場面ではないのだが、幸い、頭の中にはある程度のプランができていたので、安心して気を落ち着かせることができた。
先に沈黙を破ったのは、向こうだった。
「……あんまり語る言葉を持ち合わせていません」
妙な喋り方。一生懸命考えて発しました、みたいな言葉だった。
……言葉の攻防が、始まる。
「なあ、高山翔太。人って、一人では生きていけないと思わないか?」
「……それが何だと?」
「だから、お前は死のうと思ってるんだろ?」
「……なぜ?」
「周りに誰一人として人間が存在しないからさ」
「……僕のまわりには、たくさんの人間がいます」
「いいや、いないな。
なあ、青春って何だと思う?
俺は、一人でどこまででも可能性を広げていくことだと思ってる。
たった一人だけで、視野がとらえられない範囲まで突き進んでいく。
その結果待っているのは、まぎれもない孤独だ。
お前は単身森の中へ突っ走っていって、森の中で虚しく迷いに迷って、志半ばで倒れようとしている。
そんな人間を、誰も助けてやることはできない。
他の人間はみんな街の中で和気あいあいとやっているからだ」
「……同情しているんですか? この僕を」
「同情? そんなことは俺にはできない。俺だけでなく、誰でも。
この地球上の人間、みんながそれぞれやっていることだからな。
同情なんてものは、不幸な境遇に見舞われた人間とかに対してするものだ。
無鉄砲に火の中森の中に突っ込んでいく人間に対して、同情なんかできないさ」
「なら、ほっといてくれたらいいでしょ!」
何かを引き裂くように言葉が暴走する。
高山翔太は続けて何やら言おうとしたが、何も言葉にならなかったようで、口をつぐんだ。
「ほっとくなんてできねえな。ついさっき街で行ったアンケート結果によると、半分くらい『助ける』って回答だったからな」
「……さっきと言ってることが、違うじゃないですか……!」
「別に違っちゃいねえよ。普通、こういうときは、近くにいる大人が助けるものだ」
「意味が、分かりません……!」
「そりゃそうだろ。五十年生きた俺でも分からんのだから。
それより、そろそろ俺が本当に聞きたいことを聞いていいか?」
「……何ですか」
「お前、本当に死ぬんか?」
時間と空間が、ぴたりと停止した。
もう彼の目の焦点はグルグルと動き回っている。
それはつまり、ずっと走っていた自分の道の途中で立ち止まって、次に進むべき道を探してるってことだ。
「……はい。僕の決意は変わりません」
「山寺先生は、生徒たちに部活の楽しさを教えてやりたいって言ってたぞ」
「部活なんか、今はちっとも楽しくなんかありません……。でも、僕にはそれをやるしか選択肢が無いんです……!」
俺はわざと的外れな質問を繰り返すことにした。
「なんでだよ。お前勉強も結構できるし、女子にもモテるだろ。運動取ったら何も残らないそこらのバスケ馬鹿とは違うだろうが」
「それでは、僕の気が済まないんです……!」
「気が済まない、か。それで自傷を繰り返して、その挙句自殺かよ。もったいな。世の中生きたくてもどうしようもなく死んでいく人間がごまんといるのに。そんなんで死んでたら……」
「さっきから何なんですか! 僕の自殺を美談とするようなこと言っておいて、今更正論ぶって……。何が言いたいんですか!」
俺の言葉を微妙に遮って言うのだった。
「俺は先生として正しいとされていることをペラペラ言ってただけだ。どうだ、俺の説得によって、少しは死ぬ気が失せたか?」
「そんな訳、ないでしょ!」
それが正常な反応だろう。
「ふーん。そっか」
俺は足を前に進めた。
「どうだお前、今青春してるか?」
「今って……」
「親からもらった体にアザをつけて、挙句身まで投げ捨てようとしてるお前は、今青春してるか?」
何一つモノを言わない。
当たり前だ。
このような漠然とした質問に対して、即答できる人間は少ない。
そのことを、俺は長年の経験から、よく知っていた。
だから俺は、助け舟として、解答例を与えることにした。
「……俺は思うぜ。お前は立派に青春してるってな」
時計の分針が動くのを待つように、身構える。
すべてがスローモーションとなった。
ただ、高山翔太だけを見ていた。
彼は逡巡をめぐらせて、……俺だけが分かるくらいの小さなうなずきを示した。
「なら、俺にもそれをおすそ分けしてくれないか? お前の経験した、その青春というモノを」
スローモーションから、ストップモーションの連続への遷移。
俺は速度と熱量をもって、飛び出していた。
モノクロの空間がその濃度を増し、大きなうねりと化した。
高山翔太ではなく、ただ目の前に広がる連続的な黒雲だけを見ていた。
すべてのストップモーションにおいて、俺は変化を続けた。
それはまるで黒さえ見えない森の中で見つけた、たった一つの光を追い求めるように……。
高山翔太の驚きに満ちた顔を横目にして。
俺は屋上から飛び降りた。
……自分がかつて経験したすべての青春に、頭を下げて、俺はそれを投げ捨てたのだった……。
それから、いろいろあった。
夏休み中に、バスケの試合があったらしい。
高山翔太は、まあそれなりに生きているようだ。
アイツはもともとバスケなんてなくても他に資質が十分あった。
ただ高身長なだけで親から勧められて始めただけらしかったし。
若さとは怖いものだ。
客観的に明らかなものも、まったく見えなくなる。
青春とは、それほど薄暗いモノなのか。
岡目八目という言葉もあるし、教師として、そのあたりはよく目を見張ってないといけないな。
松穂とも話した。
俺は、俺のできることをやったと伝えた。
松穂は、屋上から飛び降りるなど信じられない、とただただあきれていた。
山寺先生からは、死ぬほど感謝された。
俺は何もしてないと否定したが、ダメだった。
先輩! 先輩! とただひたすらもてはやされた。
俺を先輩と呼ぶのは、おそらく学生時代の部活動の名残なのだろう。
……借りはとりあえずすべて返せたのだろうか。
まあ、それは後で考えるとしよう。
飯島宗太郎と夏川桜との間には、いまだ壁があるようだ。
もう「今」の俺には、どちらかだけに肩入れするわけにもいかない。
そう飯島に言うと、彼は不思議と明るい表情で快諾したのだった。
……面白いヤツだ。
初めて会ったときから、なんとなく、昔の俺と似てるな、と思ったのだ。
ともかく、たった一人で森の中へ向かう飯島を、俺は生徒として誇りに思うのだった。
夏休みが明け、パラパラと生徒が校舎に集まってきた。
俺はごく普通の時間に出勤した。
いつの間にやら例の朝の勝負はなくなっていた。
あの、あいさつされた生徒の数を数えて競うヤツ。
松穂に聞いてみると、いわく、「あんなのは子供のすることですわ」だそうだ。
ただ俺に付き合ってやっていただけらしい。
結局、こいつは俺のことを対等なライバルとは見ていなかったということか。
ちなみに、この勝負ではいつも彼女が僅差で勝っていた。
その勝利の秘訣を聞いてみた。
どうやら、ずっと俺をストーキングのようにつけまとって、俺とあいさつした生徒と余さずあいさつを交わしていたらしい。
そして適当なところで二、三人見つけてあいさつを交わすと、あら不思議。俺の記録をいつも二、三人分だけ追い越すのだった。
……こすい。こすすぎる。
まあ、今となってはどうでもいいことだ。
校門前の人口密度が増えてきた。
ちなみに屋上がある校舎は四階建てだった。
普通に落ちたら、まあ死ぬな。
あまり下を確認せずに飛び降りたので、予想着地地点とちょっとずれてしまった。
でも、彼女がうまく調節してくれたので、俺は一命をとりとめた。
……彼女とは誰か?
そんなの決まっている。四階から飛び降りる人間をうまくキャッチできるほど運動神経のいいヤツを、俺はひとりしか知らないのだ。
「今」の俺は、もう純度百パーセントの「教師」だった。
無限に続く道というものは、それだけでこの世のどんなものよりも恐ろしい。
社会の中における自分自身の座標に、何の意味も付加できないからだ。
なので、俺はもう青春とはおさらばしたのだ。
屋上から飛び降りたのが、青春としての最後の体験だった。
悪くはなかったと、胸を張って言えるだろう。
教師でも、楽しいスクールライフを送る。
そんな時代は、とうに終わった。
「荒井先生。あの時は助かりました」
しゃがれた声が聞こえてくる。
……校門前で泣いて俺に助けを求めてきた、あの男性教師か。
「『泣いて』助けを求めてなどいませんぞ」
俺の心を読んできた。
……ん? ということは、この人は。
「学歴のすごい人!?」
「私の名は石井康彦だ!」
怒られた。
「あなたを見直したと言おうとしたらこれだから、全く困りますよ」
「それほどでもないね」
「そんなことより、職場で働く者として、ちゃんと敬語を使ってくれないと困りますよ」
「……ああ、確かに」
学生気分はもう終わりだ。
俺はネクタイをもう一度きつく締めた。
チャイムが鳴った。
何百人という人間が、今ここで一つの場に集まった。
一人ひとりが作り上げた仮想空間が、幾重にも重ねられたこの学校に。
水無高等学校数学教師、荒井修馬。
夏休み明け、最初の授業を開始したのだった!
今まで読んでくださってありがとうございました!
まず謝罪。
……ドタバタ要素が何一つとしてねえ……。
書いていくうちにどんどんと初めの構想から離れていっちゃいました。
申し訳ありません。
なんというか誰得小説となってしまいましたが、暇つぶしにでも読んでいただけたらそれ以上の喜びはありません。
もしご感想がありましたら書き込みをお願いいたします。
最後に、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!