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俺の青春は、いったい何だ?

荒井 修馬……あらい しゅうま

谷村 松穂……たにむら まつほ

山寺 星乃……やまでら ほしの

(石井 康彦……いしい やすひこ)

高山 翔太……たかやま しょうた

(夏川 葵……なつかわ あおい)

(飯島 宗太郎……いいじま そうたろう)

(夏川 桜……なつかわ さくら)

 俺は今、同い年くらいの女の子と密室で二人きりでいる。

 しかし、片方は腰に手を当てて直立していて、もう一方は土下座。

 ……ちなみに俺は後者ね。

 甘酸っぱい思いなんて微塵もない。むしろほろ苦すぎる。

 ともかく、こうなった経緯を説明しよう。

 ご存じの通り、俺は昨日の夜、体育館で孤独に自己鍛錬に励む少年を目にした。高山翔太だ。

 俺はその光景に素晴らしい何かを感じ取って、安堵の心持で帰宅した。

 ただ、その次の日、すなわち今日、高山翔太の母親から学校(俺)に電話が来た。

 「どうしてうちの息子を早く帰宅させてくれなかったのか」といった内容だ。

 おおかた、夜遅くまで帰って来なかった理由を自分の息子に問いただしたところ、なんやかんやあって俺の名前が話に出たんだろう。

 そして、俺が受話器越しに平謝りしていたところを、今俺を見下ろす女の子に聞かれて、今に至る。

 ……FIN。

「夜遅くに生徒を学校に残す阿呆がどこにいるんですの?」

「……ここです」

 ちなみに同い年くらいの女の子というのはご存知、この学校の脅威の象徴である松穂ちゃんである。

「言うまでもなく、この学校のほとんどの人にとって私は脅威ではないですわ。脅威なのはあなたにとってのみだと思うんですのよ」

「あんたは毎度毎度俺の心を読んでくるね……。心のプライバシーの侵害ですよ、それ。今から俺はこれをハートハラスメントと呼ぶことに……」

「ああ?」

「ごめんなさい何でもしますから許してください」

 額を床にこすりつけて誠意を示すことにした。

 なんで高山の母親だけでなくこいつにも謝らなきゃならん……。

「次からはこういうことの無いように」

「お前は俺のオカンか……。俺はもういい大人だぞ」

「いい大人ならきちんとやることやったらどうですの?」

「……すみませんでした」

 俺を見下す松穂は、髪をたくし上げて勝利のポーズみたいな真似をする。

 相変わらずのサディスト様だ。

 ……というか俺、最近謝ってばっかじゃね?


 松穂から解放されて、俺は体育館へ赴く。

 男女混じった卓球部員たちはラケットやボールを持って自動的に配置に着く。

 わき目を振らず練習する者、談笑をちょこちょこ挟みながら和気あいあいと練習する者など様々な人種がいる。

 これが卓球部の日常だ。

 俺がいつも通りなら、この日常風景に対してこれといった感情を持つこともなかっただろうが……。

 昨日の夜見たアレのおかげで、俺はあくびを噛み殺す。

 目だけ室内奥へ投げた。

 昨日の夜見たアレの再現は拝めるだろうか。

 ……早速、みずみずしい汗を振りまきながら体を動かしていた。

 高山翔太。

 高身長で顔もいい。成績もかなりのもの。そのうえバスケ部員ときた。

 一瞥しただけでは、誰もが絵にかいたようなイケメンヒーローだと賞賛するだろう。

 だが一歩彼の世界へ踏み込んでみると、それほど単純な話ではないことが分かる。

 彼の一挙手一投足に着目すれば、自ずと理解の花が咲く。

 ……あのように、ひたすらに自らの領域におぼれるように突っ込んでいくその姿こそが、彼のリアルなのだろう。

 それはバスケに限った話ではない。

 勉強でも、成績優秀であることについての説得力があふれる事柄は枚挙にいとまがない。

 授業では誰よりも積極的で、驚異的な学習意欲を持つ。

 一度彼の母親と三者で面談をしたことがある。

 きれいなお母さんだった。よく息子を愛する人だった。

 いわく、「家でもいつも頑張っている自慢の息子」なのだそうだ。

 きっと、陰の努力も相当のものがあるのだろう。

 学校の誰しもが、将来大物になると期待している。

(……俺とは別世界の住人ってところか)

 まあ、あんな大物と同じ社会集団に属せて、同じ空気を吸えるのだと考えると、学校ってすごいなあと思う。


 穏やかに時間は過ぎていく。

 気づけばもう練習時間は終わっていた。

「何……今日は一度もボールが来なかっただと?」

 昨日のひどさを勘案すれば、これはある意味由々しき事態のような気もする。

 でもよく考えたら、ひと月前とかは襲撃はなかった。

 昨日だけ運が悪かっただけなんだろう……多分。

 高山翔太の方を見てみる。

 あくまで常時真顔であった。

 ヘラヘラとしているよりは、体育会系として正しいのかもしれない。

 昨日に増して険しい顔つきなのが、小骨のように引っかかったが。

 その日は穏やかに幕を下ろした。


 次の日。

 部員たちはまた練習だ。

 今日は朝から奇妙な現象を見た。

 高山翔太が複数の女子に囲まれて、何やら話している。

 推しメンアイドルと対面しているかのようにたどたどしく話しかけていく女子たち。

 漫画みたいに非日常な光景だった。

(昔、格好いい不良男子がああなることは見たことがあるが……)

 悪く言えば「ただの」真面目系イケメンが、現実にモテるシチュは寡聞にして存じない。

 きっと、彼の身が保有するカリスマ成分が半端なくヤバいので、認知可能な最低量を上回る勢いでそれが周囲にあふれ出ているのだろう。

 しかし、個人的に驚いたのはここからだ。

 高山翔太は数瞬も笑みを見せずに、手で少しだけ合図して無言で立ち去ったのだ。

 普段の彼はもう少し社交的だったと記憶しているので、妙だと思った。

 周りの人間は少しだけ呆けた後、談笑しながら立ち去った。


 ネットをはさんで両側の人員たちが、同時に休憩の時間を取り始めた。

 山寺先生は数枚のプリントを睨みつけている。

 ひとときも休んでいないのがうかがえる。

 一瞬、話しかけるのもためらわれたが……。

「よう」

「あ、先輩」

 素直に顔をあげてくれた。

「そのプリントは近日ある試合関連のヤツ?」

「そうっす。メンバーもつい昨日決まり終わったんで」

「ふーん」

「しかしまあ先生になると責任が重くて大変っすね。しっかり手続きはしないといけないし、他の先生たちもこういうのはあんまり慣れてないみたいで」

「大変なんだな」

 相槌を打ちながら紙を眺める。

「これメンバー?」

「はい」

「ふーん。佐々木、川崎、田淵。……へ―こいつも入ってんのか。で、野村、古井……」

 吟味するように見ていくが、ある名が無かった。

「高山翔太が入ってないじゃん」

「はい。何の変哲もなく強い順に入れてったら入りませんでした」

「へー。……え、マジ?」

 そんな馬鹿な。

「え、だってアイツ結構練習頑張ってたじゃん」

「私だって悩んだんっすよ。でも、現実的に考えて、時折ボールが特急並みの速さですっぽ抜ける子を入れるわけにもいかなかったので……」

 まあ確かにそうだ。

 でも俺はおとといの夜の情景を思い出して……。

「入れてやりゃあ良いのに」

 そう言っていた。

「いや、ちょっと無理っすよ……」

「ボールなら前みたいに山寺先生がキャッチしてあげればいいじゃん」

「私以外のところに飛んでったらダメでしょ……。コートの反対側に飛んでったらどうするんすか」

「それでもさ、そこはほら、運動神経のいい山寺先生ならなんとかなるかなって」

「申し訳ありませんが先輩、チーターでもあるまいし無理です」

「え、無理なの?」

「『え、無理なの?』って言われても無理なモンは無理っす……。というか百歩譲ってそれができて、安全面の確保は盤石になったとしても、どのみち彼は戦力的にアウトっす」

 あきれたように首を振る山寺先生。

 しかし、表情を見てると、決して初めからバッサリと切り捨てていた訳ではないことが分かった。

 人のいい山寺先生のことだ。少なからず葛藤があったことだろう。

 その結果がこれなんだとしたら、それで何の問題もないのだろう。

「私は」

 いつのまにやら、山寺先生が、口を開いていた。

「本当は彼を入れてあげたかった」

 いかにも場の雰囲気を一転させる切り出し方であった。

「彼は一番よく練習してました。ただ実力が伴わなかっただけなんです」

 山寺先生は俺を見つめてきた。

 俺が三年前にその瞳を見たとき、海のように透き通っていると思った。そこはかとなく若さを感じたものだ。

 俺は今の彼女の瞳を一瞥する。

 海は、昔よりももっと深くを映していて、様々な知性の泡が浮かんでいた。

「先輩は、どう思いますか」

「……何が」

「青春とは、どうあるべきものなんでしょう?」


 俺はある程度思考をまとめてみる。


 努力しても報われるとは限らない。

 努力して必ずそれが実を結ぶなら、この世の人間は皆努力する。

 そして、そのうちそれを無意味だと悟る。

 だから皆、適当なところで妥協する。

 無限と続くと思われた人生の道は、その時唐突に終わりを告げる。

 無限に続く道というものは、それだけでこの世のどんなものよりも恐ろしい。

 社会の中における自分自身の座標に、何の意味も付加できないからだ。

 自分で自分の道を閉ざすということは、救いの一種であり、「大人になる」ことだと賞賛され、その後社会集団の中に属し、努力して手に入れるモノではなく自らが持つ天性のモノばかりを評価するようになり、他者からの干渉に敏感になる。

 そう考えると、青春を謳歌するということは、愚行だと言わざるを得ない。

 青春というものは人によって意味が異なるが、それを「大人になる」ことの反対の意味でとらえるとしたならば……。

 青春とは、今持つ若さを未来永劫のモノだとみなし、全身全霊を込めて自分自身を育て上げる行為である。

 その努力は誰からも賞賛されないか、賞賛されたとしてもそれを眼中に入れることは決してない。

 ……そう、女子たちに囲まれて何の反応も見せなかった高山のように。

 目を閉じたくなるほど明るくまぶしい社会集団にとどまらず、むしろ全力で暗闇の中へ潜り込んでいく。

 常に運動を続け、膨大なエネルギーを保有する。

 救済の術を持つことなく、自分自身の、自分自身のための人生の道を、ただひたすらに駆けていく。


 青春というものに、明るいイメージなどありはしない。

 常に痛々しく、儚く、報われない期間なのだ。


 広い体育館の中でたった一人でひたすらボールと戯れるヤツの姿は、まさにその実態の象徴に他ならなかった。


 ……暗い思考になってしまった。

 山寺先生が見せる深遠な瞳が、そうさせたのか。

 青春がこんなに暗いモノならば、なぜ俺はそれに美しさを見出したのか。

 それは俺にもわからなかった。


 俺は今日も高山翔太の一人練習を見ていた。

 彼の母親に連絡する義務を、忘れていた訳ではない。

 ただ、見ていたくなっただけだ。

 人間は生きていると、呼吸、発声、会話、就寝、食事、休息、思考など様々なことを連続的に行っていくものだ。

 ただし今の彼は、ただボールを拾い投げるだけの機械と化している。

 本当に練習になっているのかすら分からない。

 そもそも、彼は試合には出られないのだ。

 まったく意味のない行為であった。

 幼子が勝手に親の手から離れて、知らない土地を自分の足で歩き回った挙句迷子になるのに似ている。

 その行為は、心配こそされるが、決して誰からも賞賛されないのだ。

 なのに、幼子たちは、そんなある意味「無意味」なことをせずにはいられないと言うのである。

 高山翔太は、群衆から離れてボールを拾い投げるのを繰り返すことで、いったいどんな景色を見ているというのだろうか。

 ……長い長い時間が経った。

 もう真夜中だ。

 ようやく彼の中の「義務」は終わったようで、ボールを体育倉庫へ運んでいく。

 たくさんの生徒に囲まれて談笑する、学校生活での彼の姿とはかけ離れていた。

 頼りない足取りで、俺に挨拶もせず、更衣室へ向かっていく。

 転びそうだなと思っていたら、本当に転んだ。

 俺は駆け寄る。

 すると衝撃的な画像が飛んできた。

「これは……」

 上気した黄金色の肌に、どす黒いものが点々と紛れていた。

 ……血赤色も。

「こんな大量のアザ……いったいどこで……」

 ずっと言葉を発しなかった彼は、ますます黙り込む。

 俺の手を払って、勝手に更衣室へ入っていった。


 次の日、山寺先生に報告した。

 山寺先生は高山翔太に、練習を休んで病院へ行くことを勧めた。

 しかし、上手くいかなかった。


 そして夜になる。

 更衣室で着替える高山翔太を、隠れてこっそりと観察してみる。

 ……アザは二倍に増えていた。


 山寺先生と俺は、バスケ部員たちに聞き込みをしていく。

 誰一人として、「自分が高山に怪我をさせた」という者も、「誰かが高山に暴行を加えたのを目撃した」と証言する者もいなかった。

 全員が、本当に事情を知らない風であった。

 高山にできたアザは、すべて服に隠れており、パッと見ではまったくの健康体に見える。

 妙だと思った。

 大事な試合を前にして、部内での暴行事件をにおわせる事実まで突きつけられて、山寺先生も憔悴していった。


 素直に松穂にも相談してみた。

 すると彼女は自分の腕を自信満々に突き付けてきた。

「見えますの? うっすらと切り口のようなものが見えるでしょう。自分が高校生の時につけたのですわ」

「自傷癖でもあったのか?」

「一回だけですわ。三年の時に受験勉強のストレスに耐え切れずにやったのですのよ」

 自傷へ誘うほどのストレスを、俺はいまだかつてため込んだことがない。

「今でもよく覚えていますわ。当時の自分の考えというものを」

「どんな思いでやったんだよ」

「シンプルに、自分を追い込むためにやってましたわ。極限の心理状態とは不思議なもので、どんなにうまい菓子よりも、どんなに面白いラジオ番組よりも、やっすいやっすいカッターナイフの方がよほどやる気を奮い立たせるのに役立ちましたわ」

 俺自身の記憶から、当時の松穂の心情を推測するのは難しかったが……。高山のあのアザを見ると……。

「もしかして高山翔太も……」

「その高山翔太の状況というモノを、もっと詳しく聞かせてくれないかしら」

 俺は夜の体育館のことや、異常なノーコン具合について、近日ある試合についてなど、高山翔太の周辺の情報をできるだけつまびらかに話した。

 それを聞いた松穂は、

「自傷の可能性も十分にあると思いますわ」

 そう結論付けた。

 用は済んだ。俺は背を向ける。

「そうか、どうもありがとう。それじゃ」

「待ちなさい」

 少しだけ重い声が聞こえた。

「あなたはこれから何をなさるおつもりですの」

「何をって……何が」

「どんな心構えをしているのか、と聞いているのです。高山翔太の自傷行為を止めになさるんですの?」

「そりゃ、もし本当に自傷なんだったら、止めなきゃならんだろ。大人として」

「大人として?」

 松穂は距離を詰めてきた。

 前にも見せた、格下に対する目つきだった。

「あなたはもう『大人』は卒業したのでは?」

 そう言われて、俺は過去を振り返ってみた。

 ……俺は「子供」として「青春」を送ろうと決めたのだった。

 なら俺に高山翔太の自傷行為を止める義務はない。

「……代わりにできることを探すよ」

 そう宣言していた。

 目の前の女教師は、それを聞いて満足そうに去っていったのだった。

次回完結かも。

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