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俺の青春は灰色か?

荒井 修馬……あらい しゅうま

谷村 松穂……たにむら まつほ

山寺 星乃……やまでら ほしの

(石井 康彦……いしい やすひこ)

(高山 翔太……たかやま しょうた)

夏川 葵……なつかわ あおい

飯島 宗太郎……いいじま そうたろう

夏川 桜……なつかわ さくら ←NEW!

 俺はみなさんご存知の、水無高等学校の数学教師。

 しかし、俺にもう一つの顔があることは、あまり知られていない。

 それは、……そう、卓球部の顧問である。


「暇だ」

 顧問といっても、基本は見ているだけ。

 そもそも、俺は卓球は出来ない。

 俺がやるべきことは、練習を見守ることと、事務仕事をこなすことだけ。

 体育館では、卓球部、バスケットボール部がコートを二つずつに分けて使用している。

 皆淡々と練習メニューを消化している。

(そういえば、俺が学生の頃は何してたっけなあ……)

 部活に打ち込んだ覚えはない。

 無論、恋愛に心を躍らせたことも。

 勉強さえ、基本的に好きではなかった。

(こいつらはちゃんと青春してんだなあ……)

 まあ、俺が教師になった理由には、俺がかつて得られなかった青春のにおいを、生徒たちにおすそ分けしてもらうため、というのもあるのだが。


 数十分経過して、部員たちはいっせいに各々のタオルと水筒に群がっていく。

 すべてがオートマチックに動いていく。

 おそらく、このまま何もしなくても、本日の部活も自動的に終了するだろう。

 なんて思っていたら、とある女生徒から声をかけられた。


「何だ、夏川」

 彼女の名前は夏川桜。一年A組。

 二年A組に、夏川葵という姉を持ち、姉妹ともども学級委員長を務めている。

 二人とも几帳面そのもので、手のかからない奴らだ。

「実は、……えっと、すいません。やっぱり後でお願いできますか?」

「ん? 別にいいが」

 それだけ言って離れていった。

 異様なはにかみようにあっけにとられた。

 何だったんだろう。部活が終わったら話を聞いてみることにする。


 いつものように練習が終わる。

 いつものように練習道具を片づけ、いつものように整列する。

 いつものように、本顧問――体育科のガタイのいい先生だ――が一言喋り、解散する。

 もちろんすべて自動化されたシステムで、俺の介入できそうな部分も見当たらないし、そもそも不必要に介入すべきでもなかった。

 卓球経験のない教師が、顧問だから、という理由だけで部員たちに干渉するのは、ずぶの素人が一流のアスリート相手に一言物申すことに等しい愚行であると思われるからだ。

 しかし、今日だけはこの自動化システムに対して、能動的なアクションをとる必要があった。


 夏川だけ残して、他の部員たちは帰した。

「で、何だっけ? 話があるんだったっけか」

「えっと……」

 なにやらもじもじしていた。

 なぜかこっちまで緊張する。何の用件だろうか?

「あの……実は、分からない問題がありまして」


 内容は、とても単純なものだった。

 数学教師に、数学の質問をする。ただそれだけ。

 俺は説明し、彼女は大きくうなずきながら呑み込む。

 そう。

 最初は、ただそれだけだと思っていた。

 ……これが、あんなまでに発展するなんて、夢にも思っていなかった。


 質問のストックが切れたら、彼女は一礼して、くるりと身を翻してぱたぱたと去っていった。

(あいつ、あんな性格の奴だったっけ?)

 学級委員だが、基本は数学の授業でしか会わないので、確かに細かい性格までは把握しきれていないが……。

 姉も妹も、友人は多く社交性もある生徒だったはずだ。

 今会話した相手と、自分の中に蓄えられていたイメージとが、どうも結びつかなかった。


 それから日も過ぎて。

 夏川桜から数学の質問を受けることが多くなった。

 それ以外に、大した変化も無かった。

 相変わらず松穂との朝の勝負は、敗北続きであった。

「なにかあったんですの? 荒井さん」

「ん? なんだ松穂」

「いえ、何でもないのなら、別にいいんですけどねえ」

 この女は、たまに意味深なことを言う。

 また俺の心でも読んでいるんじゃあるまいな。

 あるいは、未来を予知しているとか。


 また一年A組の授業。

 今日はあることを発見した。

 夏川桜に照準をさだめている存在を確認した。

 それは……。

(飯島?)

 眼鏡越しに注がれる一途な感情を、瞬時に察知することができた。

 試しに、俺は夏川と会話してみる。

 彼は、相変わらず遠くから視線を送っていた。

 俺は、顔は夏川の方へ固定しつつ、視線だけ飯島にチラチラと見やった。

 彼は真っ直ぐに見据えているのに、俺は彼を横目でしか見てない。

 そのことが、ほんの少しだけ罪悪感という形でチクチクと俺の心を打った。


 またそれから時が過ぎる。

 七月に突入し、蒸されているように暑くなる。

「先輩、最近何かありました?」

 山寺先生が話しかけてきた。

「山寺先生はバスケットボール部の顧問でしたっけ。試合があるんでしょう? 頑張ってください」

「いや私のことはどうでもいいんすけど……。なんか全然先輩らしくないっすよ? 最近」

「そうかな……」

 多分そうなのだろう。それは俺自身も思っていたことだからだ。

「何かあったんすか?」

「……何かとてもよくない予感がするんだ。杞憂に終わればいいんだが、なにか物事が悪い方向へもつれこむような」

「うーん。まあ人生そういうこともあると思いますけど……」

「まあ、あまり気にしないでくれ」


 憂いの正体は、俺の味わえなかった青春そのものなのだろう。きっと。


 ここから、事態は激動する。


「……飯島」

 俺は飯島と顔を合わせていた。

 彼の、彼女に対する思いを見て、さすがに無視できなくなった。

 こういう分野は素人同然なのだが、干渉するしかないだろう。

 先に述べた俺自身の主義には反するが……これも教師としての運命だと解釈することにした。

「俺にできることがあったら、何でも言ってくれ」

「……先生?」

「お前、夏川桜に恋してるだろ」

 ……押し黙った。

 いくらかの静寂の後、それを破るように言った。

「……はい」

 もちろんいい意味で、実に素直な返事だ、と思った。

 こんなこと指摘されて、普通の学生なら徹底的にはぐらかすはずだ。

 己に素直に生きることにしてくれたのだ、あの日から。

 だから、俺は彼を見過ごせないのだ。

「俺は素人だから、肝心なところの判断はお前がしろ。その代わり、俺にできることなら協力してやる」

「あの、先生。失礼ですけど、先生がそんなことしてもいいんですか……? 先生が、生徒どうしの恋愛事を応援するってのは……」

「いいんだよ。昔から学生どうしの恋愛なんていくらでもあったし。別に俺がお前らを強制してどうこうするつもりもないしな」

 これは、教師としての道義にもとる発言だろうか。

 そう思ったが、かといって無視することも、引き返すこともできなかった。

「お前だって、叶えたいだろ、夢」

「夢……」

 そう、夢だ。

 夢ということにしておけばいい。

 生徒の夢を応援する先生。どこに非難の入る余地があろうか。

「……ありがとうございます。よろしくお願いします」


 本当は、非難の入る余地はあったのかもしれない。

 その夢の内容は、個人から発生して個人に収束するものではなく、人間どうしの関係性そのものに依存しているのだから。


 彼は、頑張って彼女に話しかけようとしていた。

 ただし、上手くいっていないようで、いつも暗い顔をしていた。

 一方、夏川は俺とよく会話をするようになった。

 数学の話が主だが。

 できれば飯島の為に、何かしら有益な情報を獲得しておきたい。

 だが、教師の口から直接「好きなタイプとかってあります?」なんて聞くのもナンセンスだ。

 そこで、なんとか世間話に誘導することにした。


「最近、近くの映画館でやってる映画が有名だよな? 特に女の子に人気みたいだ。可愛さとメルヘンさが調和していると評判らしい」

「あ、私も最近それ見ました。面白かったですよ」


「最近は男女問わず若い世代に菓子作りがブームみたいだが、夏川はなんかやってる?」

「いえ、お菓子は全然作ったことなくて。食べるのは好きですけど」

「俺も」


「そういやお前って誕生日いつ?」

「七月十五日ですけど。先生は?」

「とっくに終わっちゃった。五月末くらいに」


 まあこんなもんだろう。

 というところで、飯島発見。

「お前、可愛さとメルヘンさがうまく調和された菓子作って七月十五日に渡してやれ」

 出会うや否や、得られた情報を総合したものを、アドバイスしてやった。

「えっと……いいですけど、少し説明もらえますか」

「可愛さとメルヘンさがうまく調和されたとある映画が好きみたいだし、菓子を食うのが好きみたいだし、七月十五日が誕生日らしいからな」

「ああ、なるほど。わかりました……」

「お前、菓子の作り方とかわかんの?」

「少し心得てますので……」

 意外だ。

「んじゃ、そういうことで」


 そして七月十四日。

 夏川の誕生日まであと一日。

 あと一日で、間違いなく、何かしらの事態の推移があるはずだ。

 しかし、こんな大事な局面で、事は起こった。


 今日の部活も終了。

 夏川は、また俺を呼び出していた。

 初めて俺を呼び出した時から、ちょくちょくこういう機会はあった。

 ……また今日も、数学の質問だろうか。

 そう思ったが、様子がおかしい。

 その違和感は、初めて俺を呼び出した時のものと似ていた。

 ……嫌な、予感がした。

 俺はそういうことは未経験なはずなのに、不安が込み上げて仕方なかった。

 とても、静かだった。

 今この空間には、俺と夏川以外、誰もいない。

 その事実こそが、彼女の背中を押したのだろう。

 夏川は、ふわっと移動した。

(え……)

 いつの間にか、肉薄していた。

 彼我の距離は、十センチとなかった。

 もはや、教師と生徒との距離ではない。

 吐息すら聞こえる距離で。


 目の前の少女は、俺に小さい何かを差し出した。

 そのはにかんだ表情が、鞭のように俺の存在そのものを縛り付ける感じがした。


 ……逃げるように、俺は自宅へ帰った。

 乱暴に家の明かりをつけて、マイルームへ飛ぶ。

 ……俺はいまからコイツを、改めなければならない……。

 それは、今を生きる学生のする仕事だ。

 俺のすることじゃない……。

 でも、そんな泣き言のようなことを言っても、どうしようもなかった。


 なぜなら、俺は青春というものに、干渉してしまったから。


 貰ったものは、小さな手紙だった。

 小さな文字で、俺の予想していたことが、つまびらかに綴られていた。

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