運命の巻【参】
空を自由に飛び回る【一反木綿】。
庭を駆け回る【雷獣】と【輪入道】。
楽しそうに話しながら洗濯物を畳む【二口女】と【小豆洗】。
その他にもたくさんの「あやかし」達で屋敷の中は溢れ返っていた。
頬をつねってみたが普通に痛い。…夢じゃない。
足元を走り抜ける小さな「あやかし」達に気を取られていると、ゴンと鈍い音を立てて頭を何かにぶつけた。
廊下の真ん中に何があるんだと目線を上げると目の前にそびえ立つ大きな壁。
『悪ぃな。移動に手間取っちまって』
「…大丈夫だ」
【塗壁】という大きな壁の「あやかし」がゆっくりと部屋に入っていくのを見送る。
もう何が来ても驚かない自信が出てきた。
フヨフヨ浮かび青く光る【火の玉】を見ていると 前を歩く雪璃さんに見られているのに気付く。
「この光景に驚かず慌てずにいられるとは感心しますね。妖界に来たことがあるのですか?」
「ようかい?」
「妖怪の世界と書きます。私達の住む世界の事で、人間界とは別の次元に存在しているのです」
「へぇ…」
黒杜と茶茶からは聞かなかった新しい話。
アイツらからは「あやかし」達の知識を叩き込まれ、かなり詳しくなった。
例えば今さっきいた奴らの説明をすると、だ。
【一反木綿】長い布の姿をしている空を飛ぶ奴。
【雷獣】落雷と共に現れる虎のような姿をした奴。
【輪入道】炎に包まれた車輪の中央に男の顔が付いている奴。
【二口女】後頭部にもう一つの口があり、二つの口で食べる大食いな奴。
【小豆洗】「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗ってる奴。
こんな感じで大体の「あやかし」の名前や能力を説明出来るように成長した。
妖怪絵巻という巻物を見せられながらの講座はかなりスパルタだった。
可愛い姿してアイツら全く容赦なかったからな。
学校の宿題と「あやかし」の勉強を両立してる自分に色々ツッコミたい。
俺は一体、何を目指しているんだ。
「着きました。ここが影様のお部屋になります」
「ここが…」
この「あやかし」達が溢れる屋敷の主というのはどういう人物なのか。
襖の奥から感じる大きな妖怪の気配を感じ取っていると、部屋の中から「入れ」と短い返事が返ってきた。
雪璃さんがしているように正座をして頭を下げていると、襖が中から開かれ顔を上げるように言われる。
「やぁ、逢。気分はどうだい?」
「…?!お、お前…?!」
目を思いっきり見開いて、中にいる人物を凝視する。
その人物の顔は決して忘れもしない。
俺に能力を渡したあの「あやかし」だった。
数十年ぶりに再会した奴の姿は昔の姿と全く変わっておらず、ムカつく笑顔も健在。
片足を立てて煙管を片手に持つ姿は俺のイライラゲージを貯めるのには十分である。
「私の事を覚えててくれたのかい?嬉しいなぁ」
「こんな衝撃的な能力を渡してきた相手を忘れる訳ないだろ」
「ふふっ、でも刺激的な毎日を送れているだろう?闇子との戦闘も見事だったよ」
「ふ、ざ、け、ん、な」
ガッと奴の胸ぐらを掴む。
何が刺激的な毎日だ。
見える人間は「あやかし」達にとって極上の餌。
特殊な力を持った奴の血肉を食べると不老不死になるなんて馬鹿げた言い伝えが「あやかし」達の間にはあるらしい。
黒杜と茶茶にそれを教えられた時は肝が冷えた。
大抵の「あやかし」は相手の技量を見極めて、自分が敵うか敵わないかを判断する能力がある。
だが、闇子は力を求めるしか考えがない。
お陰様で毎日のように闇子と鬼ごっこか闘いだ。
「怒った顔も可愛いなぁ。本当に……食べちゃいたいくらいに…ね」
「っ、?!」
掴んでいた手を離して距離を取ろうとするも、凄い速さで手を捕まれた。しかも物凄い力で。
奴の黒かった目が赤く変わり、部屋に重々しい妖気が満ちていく。
奴が首を少し傾けると長い真っ直ぐな黒髪がサラリと肩から落ちるのが視界の端で見えた。
黒い生地に赤椿が咲き乱れる着物を着たこの男の微笑みは何故か背筋を凍らせる。
俺の頬に触れた手も昔と変わらず氷のように冷たかった。
「また君に会える日をずっとずーっと私は待っていたんだ。あぁ…本当に美しくなったね…」
「離せ」
「ふふっ、そんな睨んだって可愛いだけだよ。それと私の事は影親と呼んでおくれ?」
「誰が呼「呼んで?」…」
顔は笑ってるが、無言の圧力が半端ない。
そうだった。影親はこういう奴だった。
子どもの頃に会った時も無害そうな笑顔で半分力業で能力を渡してきた。
だがしかし、だ。
俺だって闇子と「あやかし」達に毎日、嫌でも鍛えさせられた。はいそうですかと素直に言う事を聞くつもりは毛頭ない。
頬に添えられて影親の手を自分の最大限の力でつねった。
「酷いなぁ…でも、照れ隠しだなんて可愛いじゃないか。次は何をしてくれるんだい?」
「照れ隠しじゃないっての。純粋に嫌がってんだよ俺は」
「ほらほら、眉間のシワが凄いよ?」
「聞け」
離れた手からすぐに逃れる。
まさか因縁の相手に助けられるなんて。
運命ってのは酷いもんだ。
溜め息を我慢して影親に向き直り、一応だが礼を言った。助けてくれたのは事実だからな。
礼を言わないのは後味が悪くなるし。
「目的は果たしたから俺は帰る」
「どうしてだい?もっとゆっくりしていけば良いじゃないか」
「学校で人待たせてんだよ」
「…………あぁ、あのいつも君の周りをうろちょろしているガキかい?」
栄の事を言った瞬間、影親は雪璃さんの冷気よりも寒い妖気を放つ。
その時も奴は変わらない笑顔だった。




