日常の巻【伍】#栄
膝の上に乗せていた手を爪が食い込むくらい強く強く握った。
(…今を逃したら、もう逢君とは友達になれない気がする。)
俺がここで勇気を出せば…もしかしたら、逢と友達になれるかもしれない。
「君と友達になりたい」とその一言。
それだけなのに、俺の口は開いては閉じてを繰り返していた。
断られたらどうしようと意気地なしの俺は一歩が踏み出せなくて、目線をさ迷わせるだけしか出来なかった。
「……逆に、お前は俺が怖くないのか?」
「俺が逢君を…?な、何で…?」
「この家とあの厳つい奴ら見たら分かるだろうけど、俺んちは特殊だ。大抵の奴なら極道一家って聞いたら逃げる」
「極道…」
この前、父親と一緒に見た極道の映画を思い出す。
危険な中で育まれる男と男の友情。
ハードボイルドな世界。
画面に映る彼らの強くて格好良い姿に俺は釘付けになった。
「凄い…」
「は?」
「凄いっ凄いよ!逢君って俺の憧れそのものだ!格好良い!!」
夢中になって逢に極道の映画で見た凄い場面について語る。
優しくて格好良い真っ直ぐな瞳をした彼とこれからも一緒にいたい、そう強く思った。
その為には言わなくちゃなんだ。
「逢君!お、俺と…と、友達になって下さい!」
「!」
バッと手を出して頭を下げる。
気持ち的には最早、お見合い状態だった。
ドキドキと逢君からの返事を待っていると、クスクスという笑い声と同時に手を握られた。
驚きで顔を上げて、何度も握られた手を確認する。
「くくっ、お前って面白いな。俺の家の事を知って凄いって言う奴なんか初めてだ」
「そ、それじゃあ…!」
「……妖怪が見える同士、仲良くしようぜ。コイツもよろしくだってよ」
「っ、逢君んんんん!!」
「おわっ?!」
膝に乗っていた黒いモヤを笑いながら指で突っつく逢に俺は思いっきり抱き付き、我慢していた涙がまた溢れ出した。
そして、そんな俺の背中を擦ってくれる優しい手の温かさにまた反応して涙が出てくる。
涙が落ち着いてきた頃には俺の目は赤く腫れ上がって、かなり顔が変わっていたのを二人して笑った。
「あ、あのさ!えっと…逢、って呼んでも…良いかな…?」
「そんなん今更だろ。俺も栄って呼ぶし。な?」
「っ、俺の下の名前、知ってたの?!」
「当たり前。同じクラスだろ俺達」
俺の事を知っていてくれた事に感動していると、後ろからさっき案内してくれた厳つい男の人と他の厳つい男の人達が俺よりも大泣きして走って来た。
どうやら、俺達の会話を物影に隠れながら聞いて感動したらしい。
そのままの流れで逢のお父さんとお母さんに会った。二人とも凄く優しくて、そしてやっぱり美形だった。
この日が俺にとって大切な日になったのは言うまでもないだろう。
「ほいよ!逢、パンで良かった?」
「ん。大丈夫だ」
そんで、今現在。
あれから六年経って俺は随分変わった。
長かった前髪をバッサリ切って、黒髪も金髪に染めた。
ちなみに金髪にしたのは昔見た極道映画に出てた金髪の主人公が格好良かったからだ。
眼鏡もイメチェンの醍醐味としてコンタクトに。
昔の内気な俺からは考えられない姿だと思う。
それに、最も変わったのは俺の逢に対する気持ちだろう。
小五の時に胸にさらしを巻いてる着替え途中という一番ヤバい時を見ちゃって、逢が女の子だと知った。マジで命を狙われた瞬間だったよね。
その出来事から憧れがいつの間にか好きに変わって、中一の頃に自分の気持ちを自覚した。
(アプローチしてんだけどなぁ…気付かないんだよなぁ…。)
恋愛方面に全く興味がない逢。
しかも、自分の容姿に自覚がないから余計に達が悪い。
同性からも異性からも好かれる逢に毎日ヒヤヒヤだ。
今も昼休み中で人気者の逢に群がる女子達を避ける為に人が来ない屋上で食べている。
「あーあ。今日も買い出しじゃんけん負けちゃったし…じゃんけん強過ぎない?」
「俺だからな」
「その台詞がしっくりし過ぎてるよね」
外で食べてる生徒の声と風の音、それと食べてるパンの袋の音。
逢と過ごすこの穏やかな時間が俺にとって何よりも大好きで大切なものだ。
黒いモヤが見える事も逢と同じだと思うと嬉しい力になった。
「あ?キュウリと焼き魚、さっき授業中に食べてただろお前ら。これは俺のパンだっつの」
動く小さめの黒いモヤと言い合いをする逢の姿に嬉しくなる。
だって、黒いモヤ…「あやかし」を見れているから逢と出会えたし、こうやって気を許して貰えてるんだよ?
こんなに幸せな事ってないよね。
(いつか…いつか、逢にちゃんと言おう。)
自分の今の気持ちを。
今度は「友達」じゃなくて「恋人」になる為に。
今はもう少しだけ「友達」として、この穏やかな時間を大切にしたい。
俺は残りのパンにかじりついた。