日常の巻【参】
ーマッテテネ
ーモウスグアエル
ーキミヲムカエニイクカラネ
「っ、」
ガタリッとうつ伏せで寝ていた体を起こし、バクバクと鳴る心臓を上から押さえた。
低く唸るような声…厄介な妖怪にでも目を付けられた?
今日は朝から夢見が悪過ぎる。
溜め息を吐き出しながら、凝った肩を解していると隣からグサグサと視線を感じた。
「……何だよ」
「ヤバいどうしよう。寝起きの逢君の色気がヤバ過ぎる事件」
「か、カメラ!カメラありませんか?!」
「私…今なら空飛べる気がする…」
「おはよー逢。めっちゃ寝てたな」
一人は鼻を押さえ、一人は挙動不審にウロウロし、一人は意識をどこかに飛ばしてる。
はっきり言って全員ヤバい女子軍団だ。
栄は弄っていた携帯から目線を上げると、にへらと相変わらずのアホ面で笑ってきた。
それが少しだけ嫌な夢の不快感を消してくれる。
栄っていうのが癪だから絶対に言わないけど。
「急に起きたけど、何かまた悪い夢見たのか?」
「まぁな…」
「そっか。怖かったらいつでも添い寝してやるからな」
「…はぁ」
「いででででででっ」
俺の頭を撫でながら気色悪い事を言ってきたから即座に足を踏みつけた。
本当にコイツが女子に人気な理由が分からん。
どんなフィルターかかってんだ。
そして、視界の端で俺達のやり取りをずっと見ている女子達も気になるし。
何でガチでカメラ構えてるんだよそこ。
シャッター音がさっきから凄い。
「本当に格好良い。彼氏にしたい。付き合って」
「私も!その眼差しに心臓撃ち抜かれました!」
「どこまでもついていくので付き合って下さい」
「却下。俺の盗撮写真を裏で売る彼女がいてたまるか」
「「「何故、バレた」」」
逆に良く今までバレてないと思ったなと言ってやりたい。
俺の他にも栄や女子人気の高い男子達の盗撮写真が女子達の間で出回っている。
「あやかし」が見える影響もあって、人の気配とかにも敏感な俺は影からコッソリ写真を撮られているのもすぐに分かった。
高一の入学式の翌日からあって、いつか飽きるだろうと放っておいたら既に高二。
俺の写真を持っていた女子に犯人を聞き出したら、すぐにこのアホ三人組だと明らかになった。
「まぁまぁ~別に可愛い女子達の可愛い戯れじゃん?気にしない気にしない!」
「流石モテ男二位の栄君ね」
「万年二位の実力ですね!」
「ありがとうございます!」
「うん。凄く微妙な褒め方ありがとう!!」
四人の会話に呆れていると、ちょうど担任が教室に入ってきて散らばっている奴らが各々の椅子へと戻っていく。
横で騒いでいた女子軍団も素直に戻り、一気に静かになった。
(朝から元気な奴らだ…。)
だが、女子の中でアイツらは比較的話しやすい奴らなのだ。
キャーキャー騒ぐ他の女子達とは違い、普通に話せる。…かなり変な奴らだけど。
栄もアイツらとは気兼ね無く話せるらしい。
人懐っこい見た目に反して意外と警戒心が強いからな。
そういえば、昔はもう少し人見知りだったよなコイツ。
「…お前っていつから金髪に染めたんだっけ?」
「中三からだよ。何で?」
「急に雰囲気が変わったと思ってな。昔はお前、俺以外に笑わなかっただろ?」
「!…へへっ、覚えててくれたんだ。俺が変わろうと思ったのは逢が理由だから」
「俺?」
栄は中二までは眼鏡をかけた黒髪姿でおとなしい雰囲気だった。
それが今では眼鏡をコンタクトに、前髪をゴムで結んだ金髪姿に変わった。
性格も明るいバカになったしな。
その理由が俺?…女子にモテたいからだと思ってた。
「他に質問は?俺、逢になら何でもさらけ出しちゃうよ!」
「さらけ出さんで良い」
「お前らそこイチャイチャしてんじゃねーぞー。特に天宮黙っとけー」
「えぇ?!俺だけ?!」
担任からの注意で会話を切り上げる。
生け贄として栄を捧げた俺は我関せずで、窓の外を眺めた。
その時、正門にある人影が見えた。
遠くて良く見えないが人間でないことは何となく分かる。
(嫌な気配しかしない…。)
そこから動くことなく、ただジッとこちらを見つめてくる人影。
ーモウスグ
ーモウスグアエル
頭の中に響く声。
見つめる先にいる人影が笑った気がした。