変化の巻【陸】
「えっと、この人達って…もしかして…」
「ろくろ首と九狐」
「うぇ?!じゃあ、やっぱり妖怪なの?!」
「あやかし」をモヤとして見る栄が奴らを実体として見るのはこれが初めてだろう。
のっぺらぼうの菊乃さんは人形だが、人間には化けてないから栄には見えない。
万知と…あー…えー…あぁ、ツユツユだ。
この二人が人形に実体化してくれたお陰で栄も普通に見えるし会話も出来る。
「近くで見ると、もっと可愛いね。僕は九狐の白露。宜しくね?可愛いお嬢ちゃん」
「…………………」
「これはこれは…珍しい反応だ。何十年ぶりかにそんな表情をされたな。ふふっ」
「当たり前だいきなり何すんだお前」
近付いて来たと思ったら、急に頬にキスしてきた。…訳分かんねぇ。
茶茶と黒杜が白露には会うなと言った理由が理解出来た。このチャラさ…俺の苦手分野だ。
「ちょ、何してんだよお前?!うわわわっ」
「お、い…栄、痛、いって、の」
「言ってられないでしょ!拭いて拭いて!!」
栄は慌てて自分のセーターの袖で俺のキスされた頬をゴシゴシと容赦なく拭き出した。
絶対にこれ赤くなってるだろ。
俺もまだ逢にキスなんてした事ないのに!と言っているが…するつもりだったのかお前も。
頬にキスの一つや二つ、別にどうでも良い。が、何でしたいのかが全く分からん。
『こんのスケベ狐ぇぇぇぇええ!!俺達の大事なお嬢に何してんスか?!』
『ふむ。殺るか』
「アンタなんて影様に消し炭にされちゃえば良いのよ!百目鬼ちゃんごめんねー!!」
「皆して大袈裟だなぁ。キスなんて只の挨拶じゃないか」
「「『『そういう事じゃねーよ』』」」
栄も加わっての見事なハモり。
さっきまでの緊張感を返せ阿保。後ろの闇子なんてどうして良いか分かんなくなってるぞ。
(…けど、こんなユルい奴らだけど上級妖怪なんだよな。)
闇子に紛れていた中級妖怪達は自分達よりも上に立つ万知と白露が現れた瞬間、潔く俺を諦めて消えた。
どんよりとした重苦しい空気も和らぎ、栄の顔色もいつの間にか回復している。
だが、これも一時的なものだ。
万知と白露が消えればすぐに下級妖怪も中級妖怪も新しい闇子も必ずまた来る。
…奴らに食われる事を気にしながら生活するなんてお断りだ。
「どうせ、アイツには俺が馬鹿烏を殴りたくなったら連れて来いとか言われてんだろ」
「おぉー!影様の事、良く分かってるー!」
「うんうん。その通りだよ」
現状に追い付いていない栄は不安そうな顔をして俺の手を握ってきた。
コイツは勘が良い。俺が行くという場所が普通ではない事が分かるのだろう。
心配性過ぎる栄にとったら不安になるのも当然だよな。
「奴らをこのままウロウロさせる訳に行かないし…すぐに戻って来るから心配すんな栄」
「っ、行かない方が良い!何か…二度と逢に会えなくなる気がするんだよ俺…」
「大丈夫だって。交渉するだけだし」
「そのガキの言っている事は確かだよ。私が簡単に愛しの逢を手放す訳がないだろう?」
バサッと黒い羽が舞う。
低い声が耳元でしたかと思うと、赤椿の着物が視界に入った。
体温を全て奪われるような奴の冷たい手が首筋に這う。闇のようなその存在感は本当に慣れない。
「君を迎えに来たんだ。さぁ、我が花嫁よ…この時を待っていたよ」
「ちょ、離せ!馬鹿烏!!」
「逢っ!!」
強い力で闇に引っ張られる。
それは何も見えない闇。
俺の腕を掴む栄と一緒にその暗闇へと俺達は呑まれて行った。