変化の巻【肆】#白露
「あーあ…百目鬼ちゃん凄く大変そうー」
「影様もほーんと鬼畜な事するねぇ」
ユラユラと飛ぶ一旦木綿に座りながら、大勢の闇子と「あやかし」達を相手にする少女を観察する。
僕ら「あやかし」を見る事が出来る奴らを過去に何人かは見てきた。けれど、あの子の精神力は今までの奴らよりも何倍も強いものだ。
あんなにも大量の闇子の邪気や「あやかし」の妖気の影響を受けても自我を保っていられる人間は何百年ぶりに見ただろうか。
(…あの面倒な陰陽師以来かもね。)
江戸時代に会った強力な霊力を持つあの男は平然と僕ら「あやかし」と対等に渡り合っていた。
始めの頃は非力な人間だと馬鹿にしていた奴らがいつからか彼を恐れ敬っていたりもした。
それくらい彼の霊力は凄くて、僕ら「あやかし」を惹き付ける魅力的な雰囲気を持っていたのだ。
そして、その男が死んで何百年も経った今。
その男と同じくらい…いや、それ以上に強いかもしれない霊力と影響力を持った少女が現れた。
「烏に化けると怒られちゃうから君達が代わりに見て来てはーと、とか。影様って本当に百目鬼ちゃんが大好きだよねー」
「影様が好きになったのはどんな子だろうって思ってたけど、凄く綺麗な子だよなぁ」
「百目鬼ちゃんに手を出した瞬間に影様に八つ裂きにされる覚悟しときなねー」
「流石の僕だって彼女には手を出せないさ」
彼女の持つ力はとても興味深い。
それは僕に限らず、全ての闇子や「あやかし」達もそうだろう。
きっかけは影様が力を分け与えた事から。
ほんの少しの妖力を渡しただけなのに、それをあんなにも強い力に変化させたのは彼女自身の力。
(影様はお嬢ちゃんの持ってる力を見抜いてたのかもなぁ…。)
じゃなきゃ、他人に無関心な影様が初めて会った子供、しかも人間に自分の力を渡す筈がない。
この運命だって影様にとってはシナリオ通りなんだろう。…本当に凄い方だよね。
「それで?僕らはお嬢ちゃんが影様をぶっ飛ばそうって決めたら登場すれば良いの?」
「らしいよぉ。絶対に逢は私を殴りに来るだろうからね、なんて笑顔で言ってたしぃー」
「影様ったらマゾ発言だよねそれ」
『本当にな』
『影様は容赦なさ過ぎッスよ』
「「あ」」
お嬢ちゃんの事を話していれば、一旦木綿に乗って来た僕らの仲間。
妖界を抜け出して人間のお嬢ちゃんと一緒に暮らしている珍しい「あやかし」だ。
こんな小さな見た目でも彼らの力はとても強い。
黒杜さんは僕の数百倍も生きてる大先輩だし、茶々も可愛い見た目からは想像が出来ないくらいの戦闘力を持っている。
そんな二匹が揃って人間の側にいるなんて、妖界の皆が知ったら驚くだろうな。
『あの邪魔な奴らをどうにかして欲しいッス。お嬢がめっちゃイライラしてるッス』
『あぁ。爆発寸前だ』
「そこは怖がる所じゃない?」
「あはは!百目鬼ちゃんだもん。それはあり得ないよぉ。もうイケメン過ぎー!」
「おぉ、凄い」
下を見てみれば、三匹の闇子を蹴りで一瞬にして消しちゃったお嬢ちゃん。
彼女が無意識にやっているあの行動は僕ら「あやかし」にとっても闇子にとっても脅威になるお祓いという行為だ。
現に、だんだんとお嬢ちゃんの持つ力に敵わないと勘付き始めた中級の「あやかし」達は離れて行っている。
残りの下級妖怪と闇子は下手したらお嬢ちゃんに祓われるだろう。
「ねぇねぇ。ずっと気になってたんだけどさー?くーちゃんとちーちゃんって何で百目鬼ちゃんといるのー?」
「あ、それは僕も思った。影様に言われて?」
『影様は関係ないッス。俺らが好きになったのが偶然、影様の花嫁さんだっただけッス』
『うむ。ワシらは逢の人間性に惚れたのだ』
『だから一緒にいるんスよ』
そう言った黒杜さんと茶々からはお嬢ちゃんがどれだけ大切なのかが伝わってきた。
人間のお嬢ちゃんを慕う彼らは江戸時代にあの男を慕っていた奴らを見ているようだ。
何百年経った今になって、また人間と「あやかし」とが仲良く交流する場面を見れるなんてね。
『お二方、花嫁様に動きがありました』
「あらあらあら!あの人間君もかなりのイケメンじゃーん!影様が妬く訳だよぉ」
「僕が眠らせた子じゃないか。玄関でお嬢ちゃんを待つなんて彼氏っぽいね」
「あっは。それ影様が聞いてたら、あの子の首が吹っ飛んじゃうよー?」
「そ、そうだね…飛染、このままお嬢ちゃんを追って」
『承知』
他の事に無関心な分、影様は一度気に入った物に対しての依存と独占欲がとても強い。
お嬢ちゃんはどうやっても影様の手から逃れる事は出来ないのだ。
それは彼女が子供の時に花嫁の契約をされた時から決められた運命。
(逢ちゃん…か。人間って面白いなぁ…。)
何百年経っても僕の人間に対する興味はなくならない。
影様がお嬢ちゃんに執着する理由が少し分かる。
彼女は見ていて飽きないのだ。
「……駄目だからねぇ。好きになっちゃー」
「何を言ってるのさ、万知。僕が影様の花嫁を好きになる訳ないよ。それに、一人の女の子を好きになるのなんて勿体ないからね」
「うわぁ…女の敵ぃ」
「僕は女の子全員を愛する狐なのさ」
あのお嬢ちゃんには人間として興味があるだけ。
僕が好きになる訳がない。
(影様の花嫁を好きになるとか…命がいくつあっても足りないよ。)
疲れた顔をして学校へと向かう彼女を僕は尻尾を揺らしながら眺めた。