変化の巻【参】
外が騒がしくていつもより早起きした今日。
朝食まではまだ時間があり、話を聞く時間はたっぷりある。
用意した座布団に座る天邪鬼を見ると爪痕が残る顔と涙目で痛さを我慢していた。
そこまで天邪鬼として通すのかと感心する。
「あやかし」は人間よりも全然丈夫だし少しの傷ならすぐに治る。
黒杜の爪痕も後ほんの数分もすれば綺麗さっぱりなくなるだろうしな。
「本当に百目鬼君って女の子?こんな美人な顔を傷付けたりする?」
「そのナルシスト発言がなければ普通に可愛いのになお前…」
このナルシスト天邪鬼の名前は灑。
俺の家にふらっと遊びに来ては自分の顔のどこが好きかを永遠と語ってくる奴だ。
腹を空かした「あやかし」達に混じってコイツがいたのは意外だった。
灑は賑やかな場所があまり好きじゃなく、俺の家に来るのも決まって他の「あやかし」が居ない時。
こんな祭り騒ぎの日に来るとは余程この契約の印の力が強いのだろうか。
「何でお前は変になってないんだ?外の奴らは俺を獲物として見てるのに」
「ふん、あんな奴らと一緒にしないで。今日、来たのは只の気紛れ。僕は上級妖怪だよ?下級妖怪とは訳が違うのさ」
「…上級だったのか」
「ちょっと。本気で驚いた顔しないでよ」
失礼だな、と膨れっ面をする灑。
コイツが上級だというのには普通に驚いた。
「あやかし」達にもランクがあり、それは四つの階級で分かれている。
力が強いとされている上級、上級には敵わないがある程度の力がある中級、力は弱いが人を脅かす事を得意とする下級。
そして、それらの上にいるのが最上級だ。
最上級妖怪は力も影響力も他とは桁違いで「あやかし」達を仕切る頭となって統率する立場にある。
俺が知っている中だったら影親がそうだ。
(そりゃ…鳥肌も立つわな。)
アイツが持つ圧倒的な存在感。
俺はあの影親の持つ雰囲気がどうにも苦手だ。
コイツには絶対に勝てないのだと本能で分かる。
人間の俺と「あやかし」の影親。
影親が本気を出したら俺なんて一瞬であの世行きだ。
そんな怖い奴の花嫁なんて冗談じゃない。
「この印が原因ってのは分かってる。この印に奴らが引き寄せられているのもな。だが…どうして集まる?」
「え。まさか本人の許可なしに契約された訳?流石に嘘でしょ?」
「影親が俺の許可を聞くと思うか?」
「あぁ…影様だったらあり得るか。御愁傷様としか言えないね」
灑が言うには、この契約の印を付けられた相手は付けた本人の力の半分をその身に宿せるらしい。
つまり、最上級妖怪である影親の力を半分も知らない間に俺は貰っていたのだ。
闇子や中級、下級妖怪達にとったら最上級の力を持った人間は自分達の力にする最高の存在。
倒せない最上級よりも非力な人間を狙う、そりゃ棚からぼたもちな話だろう。
「あの馬鹿烏め…」
「影様って自由人として有名だから。良かったじゃん、烏天狗の長の花嫁だよ?玉の輿だよ?」
「嫁に危険を及ぼす旦那なんて願い下げだ」
「またそんな嘘言っちゃって。実は凄く嬉しいんでしょ?」
「お前じゃないんだから嘘は言わん」
ガタガタと激しく揺れる襖の外からは奴らがどうにかして部屋に入ろうと必死になっている。
言霊が使えると言っても、そんな強い言霊を使える訳じゃない。いずれ襖にも限界が来る。
「僕が上級妖怪だった事に感謝してよね。上級妖怪からは理性が効くから狙わないんだし」
「全員から狙われたら身が持たねぇよ。はぁ…学校行く支度しなきゃだわ」
壁の時計を見れば普段の起床時間を過ぎていた。
朝食の準備も出来ているだろうし、行かないと心配される。
結局、昨日は色々あって疲れてすぐに寝たから宿題が終わっていない。
英語の教師は宿題を忘れた生徒にかなり厳しい…グチグチ言われるのが面倒だ。
早く登校して宿題を片付けるのが良いだろう。
いつもは闇子にしか絡まれないが、今日は印の影響で「あやかし」達からも絡まれるのは確かだ。
「…んなじっくり見られたら着替えにくい」
「何で?別に問題なくない?」
『ありありッスよ!何、お嬢の着替えバッチリ見てんスか?!』
『また爪研ぎにされたいか天邪鬼よ』
「ちょ、分かったから爪仕舞って!!」
着物から制服に着替え、揺れる襖を見る。
外にいる奴らをどうするかが問題だな…襖を開けて一気に襲って来られたら大変だ。
開けるかどうかを迷っていると組員が俺を呼び来た。いつもより来るのが遅く、心配なので迎えに来たと伝えられる。
「若?大丈夫ですかい?体調がお悪いんで?」
「いや、心配すんな。今行く」
襖を開けると中腰になる組員の後ろには闇子と「あやかし」達が涎を垂らして俺を待ち構えていた。
組員も異様な空気によって顔色が悪い。
俺じゃなくてお前が心配だよ…早く解決しなきゃ周りへの被害が酷くなるな。
「あれ、座布団なんて出してどうしたんですかい?誰か来たんで?」
「気にすんな。ほら、行くぞ」
「う、うす!」
手を振る灑を一瞥した俺は足元にいる闇子達が組員の足にも絡み付かないかを気にしながら歩き出した。