変化の巻【壱】
俺は一日の疲れを取る為にゆっくりと浸かる風呂の時間が好きだ。
その日の気分で入浴剤を変えて、毎日違う香りのお湯で癒される。最高だ。
今日も朝から「あやかし」達に振り回され、正直かなり疲れた。
その疲労をなくす為に入った筈の風呂なのに。
「何でここにも居るんだよ…」
「あらん。そんな冷たい事言わないでよん」
「あーもう、引っ付くなってば」
何の本を読もうかとか何の入浴剤にしようかとかウキウキしてた俺が悪かったのか。そうなのか。
大きめの風呂にも関わらずピッタリと密着してくる「あやかし」の顔を力一杯押す。が、離れる気配がない。
本当に勘弁してくれ。
「むふふっ、逢と一緒に入浴出来るなんて最高ねん。はぁ…月が綺麗よん…」
「何で風呂にまで現れるんだよ。つか、マジで俺の癒し時間を返せ」
このマイペースで人の話を聞かないのは【人魚】の水嵐。
水がある場所には水を通して自由にどこにでも行ける水嵐は俺の入浴時間にこうして時々現れる。
この前は友達の【海坊主】まで一緒に連れて来た。
額に張り付いた前髪を掻き上げ、楽しそうに話す水嵐を見る。黄緑色の長い髪と金色の目を持つ水嵐はかなりの美人だ。
最初に会った時は人魚って本当に綺麗なんだなと思った。だが、そんな感想も束の間。
すぐに顔中にキスされた時は本当に身の危険を感じた。
「それでん?影様に会ったんでしょん?数年ぶりの旦那様はどうだったのん?」
「はぁ?旦那?誰の?」
「貴女に決まってるでしょん。ほら、その証拠にちゃんと影様の印が付いてるじゃないのん」
「印って何だ……よって、…は?」
水嵐が指差す箇所を見ると、俺の二の腕部分に夕食前に着替えた時にはなかった羽の模様があった。
それは意識を失う前に一瞬見えた影親の羽のようだった。これが何だって?影親が旦那?は?
「こんなのいつ…」
「時が来たのよん。その印を付けられたのは貴女が影様と初めて会った時だわん」
「子どもの時って事か?」
「その通りん。その花嫁の印は時が来ると現れる仕組みになっているのよん」
思考が追い付かない。
意味の分からない「花嫁の印」とはどういうものなのか。
つか俺、まだ十六歳だぞ。
何で二度会っただけで夫婦になってんだ。
「消す方法は?」
「影様が取り消さないと契約は無効にならないわよん」
「チッ…実権はやっぱアイツか…」
「でもそれはそんなに簡単な契約じゃないわん」
「どういう事だ」
むふふと笑いながら水嵐が言った言葉は頭痛の原因になるには十分の内容だった。
そして、この最悪の結果は次の日から本領を発揮した。
次の日の朝。
「う、嘘だろおい…」
起きて襖を開けて見えた光景はまさに地獄。
尋常じゃない量の闇子と「あやかし」達がうじゃうじゃと俺の家を取り囲んでいた。
(影親…マジでアイツぶん殴る…。)
疲労感で一気に体が重くなった気がした。いや、気のせいじゃない。確実に。