運命の巻【陸】
『お嬢っっ~!!』
『元気そうで安心したぞ。無事で何よりだ』
「っ、お前ら?!何でここに?!」
雪璃さんに人間界へと帰る道へ連れて行って貰っていると急に胸に飛び込んで来た茶茶と黒杜。
まさか妖界にコイツらが来るとは思わなかった。いや、コイツらも「あやかし」だから元はこっち側の住人か。
妖界に来れる術を知っているのに納得し、頬擦りをしている二匹を引き剥がして下に降ろす。
しゃがんで頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めた。
「心配掛けたな。栄は問題なかったか?」
『大丈夫ッス!ツユツユがテルテルの事を眠らせて家に帰したから問題ないッス!』
『うむ。よく眠っていたぞ』
「そ、そうか…」
それ大丈夫なのか?と聞きたかったが呑み込んだ。ツユツユとかいう奴に無事に家に帰されたみたいだしな。
確実に明日の朝は栄からの質問攻めだろう。
さっき見た携帯には心配する内容のメールがたくさん届いていた。アイツの心配性は子どもの時から変わらない。
何でも笑顔で大丈夫と強がるが本当は傷付きやすい奴なのだ。
『お嬢、そう言えば何で着物なんスか?めっちゃ似合ってるッスけど』
『家では着ない柄だな。綺麗だぞ逢』
「あぁ…ここの主に貰ったんだよ。返すって言っても聞かなくてな。…本当に貰って良いんですか?雪璃さん」
「えぇ、逆に貰ってあげて下さい。主様がとても悩んで用意した着物ですので」
「悩んで??」
「えぇ」
じゃあ、アイツは俺がこの世界にいずれ来るって知ってたのかよ。油断も隙もない奴だ。
風呂敷に包んだ制服を持ち直し、着物を再度見る。趣味が悪くないと思っちまうのが癪だな。
俺の肩と頭という茶茶と黒杜がそれぞれの定位置に乗るのを確認する。
「毎日が刺激的になっただろう?」という苛つく笑顔で言う影親の言葉を思い返す。
平穏とは言えない毎日になったのは確かだが、心のどこかでは楽しいと思う自分もいる。
それがアイツの言った通りになったようで色々とムカついた。
「では、道を作りますので少しお下がり下さい」
「この道ってのは誰でも作れるんですか?」
「いえ…これは上級妖怪にしか作れません。人間界と妖界を自由に行き来する方々が増えたら困りますからね」
「へぇ、成る程ね」
(…ん?っていうことは、コイツらも上級妖怪って事になるのか?)
肩と頭でのんびりしてるこの小さい二匹が?と信じられない話だ。
「あやかし」の力はあまり体の大きさは関係ないと聞くがコイツらが強いという印象はなかった。
俺の護衛係だと豪語しているのは自分達の力にある程度は自信を持っているからだったのか。
猫又と河童がどれ程の力を持つのか少し興味が出た。
「道が開きました。逢様の自宅前に道を繋げておきましたので帰りは楽かと」
「ありがとうございます。あ…雪璃さん、すみません。髪に何か付いてますよ」
「え?……、」
「取れた。急にすみませんでした」
「い、いえ…」
『うわー罪なお嬢ッスね』
『うむ』
道を作った時に吹いた風で雪璃さんの髪に付いていた草を取る為に近付くと、気のせいか雪璃さんの白い肌がほんの少し赤くなった。
その後、すぐに無表情に戻ったけどな。
雪璃さんにお礼を言って、空間に亀裂が入ったような道に入る。
そして、暗い道を少し進むと現れる光の出口から無事に俺の家に辿り着いた。
「若!お帰りなさいやし!お買い物はお済みで?!」
「突然、買い物に行くなんて珍しいから驚きましたよ俺達!」
「買い物…?あぁ…欲しい本があったんでな」
何の話かと思ったが茶茶と黒杜がすぐに教えてくれた。栄を家に帰した後に、ツユツユ?が俺に化けて家に電話してくれたらしい。
何とも優秀な「あやかし」だな。
着物姿を組員達に不思議がられたが、気に入ったから買ったと苦し紛れに言ってみたらサラッと納得してくれた。
まぁ…学校帰りに気が向いて着物を買う事もたまーーーーにあるしな。本当に、たまーに。
自室に戻り、影親から貰った着物から自分の持つ着物に着替える。
深緑色に紅葉が描かれた着物は俺のお気に入りの一つだ。
感の鋭い父さんと母さんに組員達に言った言い訳が通用するとは思えないしな。
組員達から伝わっているとは思うが、自分で言うよりは良いだろう。
それに、彼氏が出来たのか?!と二人が荒れかねない。俺が何か身なりの変化がある度に彼氏問題に繋げるからな、あの二人は。
「はぁ…腹減った。行くぞ。茶茶、黒杜」
『よっしゃー!飯ッスー!!』
『今日は何の焼き魚だろうな』
今日は鯛だ、と笑って答えた。