運命の巻【肆】
「寒…」
「前から常々思っていたけれど、あの男は君にベタベタベタベタ触り過ぎだよ。凄く不快だ」
「……………………前から?」
部屋の寒さに腕を擦って影親の話を聞いていたがピクリと反応する。
コイツと会ったのはこれが二度目。
今言った感じだと、まるで俺の日常を知っているような口振りだった。
まさか…と頬が引きつる。
「あり得ないとは思うが…お前、俺の事ずっと見てたりしてたのか?」
「……」
「見てたんだな」
どっと疲れが体にのし掛かる。
考えていた以上に俺はヤバい奴と関わってしまったらしい。
気配に敏感な俺が全く気付かないなんて、どんなストーカー能力を持ってるんだ。
問い詰める必要があると思い、俺は影親の前に座った。
「君が心配だったんだよ私は。逢は可愛いから変な奴に拐われでもしたら大変だろう?」
「現在進行形で変な奴が目の前にいるけどな」
「え、どこにだい?」
「お前だ。お前」
白々しく探す仕草を楽しそうにする影親。
完全に面白がってる。
俺の後ろでさっきから黙って座っている雪璃さんをチラリと見ると、変わらずの無表情だった。
「人間界にはどうやって来てたんだ?お前くらいの妖気の持ち主ならすぐに分かる筈だけどな」
「簡単だよ。烏に化けただけさ」
「烏…?」
「君の持ってる写真を確認してご覧よ。私が必ず写っていると思うよ」
「何それ怖」
帯に挟んでいた携帯を開き、写真フォルダを確認して動きを止める。
影親が言った通り、殆んどの写真に一羽の烏が端の方に写り込んでいた。
思い返すと俺の行く先々に必ず他よりも少し大きめの烏がいた気がする。
あの人間慣れした烏はお前だったのかよ。
「通りで気配も何もない訳だ。烏がお前だなんて考えもしないって…」
「ふふっ、驚いた?」
「驚きより恐怖が勝ってる」
立ち上がって着物のシワを直し、体を入り口へと向けた。
栄をこれ以上待たせたらガチで心配を掛けちまう。俺がどのくらい気を失っていたかは分からないが、心配性のアイツが気掛かりだ。
歩こうとすると軽く着物の裾を引っ張られた。
「…行くのかい?」
「あぁ、世話になったな。後、もう二度と烏に化けてストーカーすんなよ」
「ふふっ」
「はぁ…帰る」
影親の笑顔に嫌な予感がしたが、そのまま雪璃さんについて行く。
後ろからの視線には気付かないフリをした。
「あれぇ?百目鬼ちゃん、帰しちゃったのぉ?」
「今回は特別。またすぐに会うから今日は我慢するよ」
「だよねぇ。影様が簡単に百目鬼ちゃんを手離すなんてあり得ないもーん!」
「ふふっ、楽しみだなぁ」
影親は夜空に浮かぶ三日月のような妖しい笑みを浮かべる。
彼女が妖界に再び訪れる日まで後もう少し…。