第一幕
「はぁ!? んだその変な話はよぉ!」
朝早くからの大声に頭が刺される。睡魔というものは見事に吹っ飛んで、頭の中で反響している音にくらくらした。
「いや……まあ、僕も変な話だとは思ったけどさ」
僕がそう返せば、柳丘和春が「そうだろぉ!?」とか言って僕の背中を力強く叩いた。肺が圧迫されたその感覚に咳き込んだが、和春は気にした様子を見せない。
「んで、お前はどうしたんだよ? 断ったんだな? 断ったんだよな?」
「どうしてお前がそんなに必死なんだよ」
ただでさえ厳つい顔が迫って来るその様子に、思わず呆れる。僕の事情に何故こんなにも反応するのか……不思議に思っていると、和春が視線を集めるのも気にせず机を叩いた。
「だってあれだ、あれ!! 俺とお前はうんめーきょーどーたいってやつなんだよ!」
どうだと言わんばかりに言い切られた言葉は、なんとも……。
「……気持ち悪い」
「ああ゛ぁ!?」
本音を漏らせば悪人面としか言い表せない顔に変わるが、僕は動揺することもなく続ける。
「つまりは僕が先に恋人を作ろうとしたのが気に食わないってだけでしょ?」
その言葉に顔を逸らしたのを見て呆れる。わかり易すぎてわざとじゃないかと逆に伺ってしまうほどだ。僕が更に言葉を続けようとしたところで、遮ったのは単なる挨拶だった。
「桜枝さん、おはようございます」
近い位置で掛けられた声に驚き振り向けば、昨日と変わらない様子の藤原さんが立っていた。眠そうな顔には、全く恋情の色なんてものが見えない。
「藤原さん、おはよう」
しかし、彼女に挨拶をされたのは今日が初めてのことだった。いつも彼女は学校に来ると早々に席についていた覚えがあるので、この行動はどう考えても「なにかありました!」と言わんばかり。
先ほどの僕と和春の大声の会話を聞いて推測でもしてたのか、数名の視線が集まる。藤原さんは何も気にしない様子で、そのまま自分の席へと戻っていった。
態々僕に挨拶するために来たのか? 首を傾げていると、前にいる和春が無言のままだということに気がついた。
「和春、さっきから静かだけど」
どうしたの、と続けようとした声は和春の顔を見て止まった。
おい、待て。待て。コイツは一体何を考えた。
「……う」
絞り出されたそうなその声に嫌な予感がした。なにか声をかける間もなく奴は暴走した。
「ううう裏切ったなぁぁっ! お前! なんだよ! お前! 裏切り者ぉぉぉ!!」
わざとらしい態度で目元を覆って教室を出ていった和春。止めようとして動かなかった手を戻し、僕はどうすればいいのかと頭を抱えた。
泣くなよ、これくらいで……。先ほどの和春の顔を思い返し、なんでやつはああなったんだろうと考えた後、思考放棄した。
僕は途方に暮れた思いで、視界の隅で欠伸する藤原さんを見た。