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王族ニート

作者: ゴロタ

誤字脱字は諦めた方が、精神衛生上良いでしょう。

 


 ポンッ……ポンポン……ポポンッ……。


 本日の空は快晴なり。そんな快晴な空に祝いの祝砲が何度も射ち鳴らされている。


「ぐ……ぐあぁぁぁぁ………う、うるさい……眠れん……眠れんぞ………」


 私は常に睡眠不足なのだが、ここ最近は私の意思では無い寝不足に悩まされていた。


 基本的に昼夜が逆転している私は、辺りが暗くなり始める夕方頃に起き、明け方に寝るような生活を、3年ほど送っているのだがここ1週間の日々はまるで地獄の様であった。

 私の姉であるリコリスが、この度他国の王子の元へと嫁ぐ事になりそのお祝いと称して、毎日国中でまっ昼間から祝砲をバカスカ打ち鳴らしているから、ゆっくり眠れないのだ。


 んん?姉が他国の王子へと嫁ぐ………ってワードが気になっちゃった? フッフッフッ!他国の王子の元へと嫁ぐ高貴な身分を持つ女性を【姉】と呼ぶ、この私の事が知りたいと?オーケー!ではご説明しよう。



 私はこのオーギュスト王国の第3王女にして、末っ子のギジェルーナ・フゥキ・オーギュスト13歳である!おまけに前世の記憶も覚醒済なのさ。ドヤァー☆

 そして現在は、3年前から1度も自室から外には出ていない、ニート生活をエンジョイしているのだっ!

 ふはははは!なぜかって?愚問だな。 それは部屋の外には怖いものが一杯だからさ。他人とか他人とか他人とか、ね。


 コンコン。


 唐突に部屋の扉がノックされる。私はビクッと震えると、急いでベッドの中へと潜り込み、ソッと息を潜めた。


「姫様?失礼致します。起きていらっしゃいますか?」


 部屋へと入室して来たのは、私の乳母であるメリーであった。メリーはゆっくりとベッドに近付いて来ると、心配そうな表情で私の額に手を当てて来た。


「…………お熱は無い様で御座いますね?良う御座いました」


 嬉しそうに微笑むメリーに、私のなけなしの良心が疼く。


 そう、王族である私がこんなグータラな引きニート生活を、3年間も続けて居られるのは理由があり、周囲には病弱という嘘の設定で押し通しているからだ。


 もちろん私は病弱などでは無い。生活習慣はガッタガタだが、万年寝不足なこと以外は特に身体への不調は感じないので、むしろ頑丈な方である。


 メリーを含め周りの人を騙すのは、若干気が引けたのだがお外は怖いものが一杯なんだよ。(大事な事なので繰り返させて頂いた)


 それに王城でのニート生活は、ぐぅーたらな私を親身になってお世話をしてくれる人が居てくれて超快適だ。たとえそれが仕事だからであったとしても、構わない。気にしない。



ひゃっはー!やっぱ権力を持ってるニートって最強だね☆



「姫様?起きていらっしゃいますか?」

「……………………………うん」

「お早う御座います姫様。本日もお熱は無いようですし、少しでも宜しいのでお部屋の外へと参りませんか?本日はリコリス様が我が国にいらっしゃる最後の日で御座います。ご兄弟の皆様とご一緒にバルコニーから、民の前に出ろとは言いませんので、コッソリとお見送り位はして差し上げても、良いのでは御座いませんでしょうか?」


 それについてはメリーに言われなくても解ってる。こんな引きニートの私に対しても、いつも優しくしてくれたリコリス(ねぇ)だから、部屋からちゃんと出てお見送り位はせにゃあなるまいと。でもさー……………部屋の外へ出るのは憂鬱なんだよなー。はぁーーーー嫌だなぁ。気が乗らないなー。リコリス姉が来てくれたりとかは…………無いのかな?かなかな?


「うーん……………」

「姫様………本当に少しだけで宜しいので、お願い申し上げます」

「……………………うーん……………………ううーん………………………分かった」



 全く気進まないがしょうがない。メリーに優しく諭されると何故か断りきれないのだ。何故だろ?調教でもされてるのか?私が渋々了承すると、直ぐにベッドから起き上げられ、嫌々(のろのろ)とだがメリーに正装である綺羅びやかなドレスへと着替えさせられて、顔にも化粧を施された。 あー………目の下の隈を隠すためだからって、そんなに白粉をパフパフせんでも、私の顔なんか誰も注視しないっつーの!


「まぁまぁ!姫様、とってもお可愛らしいですよ!」

「ふーん………そ?」


 メリーが仕上がった私の姿を、可愛い可愛いと褒めてくれるのだが、心底どうでも良い。社交辞令なのは分かりきっているからだ。

 部屋の外には滅多に出ないので、私の肌は気味の悪いほど真っ白で、食べる事への執着も無いのでガリガリの痩せっぽっち。おまけに目の周りには、白粉なんぞでは隠しきれぬ寝不足での隈が、ガッツリと丸見えであろう。


 そんな姿の私が可愛い訳が無い。


「それでは姫様、大広間へと参りましょうか?」

「!!!!!?????」


 は、はあっ!?大広間、だと?聞いてない。城を出立するリコリス姉を影からコッソリと見送るだけじゃ無いの?いやいやいや……大広間って無理っす。魑魅魍魎どもが嬉々として集う人外魔境に、まだ引き込もって3年のキャリアしか無い若輩者だったとしてもニート舐めんなよ、ゴラァ。


「や、やだー!!!行かないー!!!リコリス姉様をお見送りするだけって言ったのに、メリーの嘘つきー!!!大広間なんか行ったらきっと私は………………………ガクガクブルブル」

「流石にそれは少し大袈裟では御座いませんか? 姫様は大広間へと踏み込むと、亡くなる呪いにでも掛けられているとでも、仰るおつもりなのですか?」

「そっそんな呪いには掛かってないけど無理ー!!! あっ!でもでも、大広間へ入ると全身の穴という穴から変な汁が出てきちゃう奇病を患うかも。うん、きっと!きっとそうよ!!!」


 とっさに部屋の扉にしがみつき、メリーに対して猛抗議をする。

 そんな私の断固として部屋から出てやらんからな!という態度を見たメリーは、小さくため息を吐くとチリリンと呼び鈴を鳴らした。


「お呼びで御座いますか?メリー侍女長」


 呼び鈴を鳴らして直ぐに、私の目の前には屈強な兵士が現れた。


「ええ………。貴方に頼みがあります。今すぐ姫様を扉から引き離して頂きたいのです」

「それは………畏れ多い事では御座いませんか? 私のような無骨な兵士が、高貴で麗しい姫様に触れるなど…………」

「もちろん平時の場合では不敬罪ですが、今回は立派な理由があるのです」

「立派な理由……で御座いますか?」


 兵士は怪訝そうに首を捻りながら、メリーへと疑問を投げ掛ける。頑張れ兵士の人! いやむしろこのままメリーを倒すのだ!


「ええそうです。本日はリコリス様が他国へと嫁がれてお仕舞いになられます。お会い出来るのはこれが最後なのですから、妹姫としてちゃんとご挨拶をして差し上げねばならないでしょう?」

「それは……そうですが、しかしルーナ様は大層嫌がられていらっしゃるご様子ですし、体調の方も芳しくないのでは………」

「姫様のご体調には問題が御座いません。その証拠に先ほどから扉にしがみついて騒いで御座いましょう?」

「で、ですが……………その差し出がましいでしょうが、ご本人の意思を無視して無理矢理と言うのはやはり…………」


 兵士の人の言葉に、ブンブンと大きく頷きながら肯定の意を表す私。それを困った様に見詰める大人2人。


「………ふぅ……仕方が無いですね………」


 お?メリーよ、漸く諦めてくれたか?

 私はその発言にホッと胸を撫で下ろすと、ついしがみついていた扉から手を放してしまったのだが、そこを見逃すメリーでは無かった。


「今ですっ!姫様を抱き抱えるのですっ!!!」

「は、はいっ!?」


 メリーの剣幕に驚いてしまったのか、兵士の人は咄嗟にメリーの言う通りに、ヒョイッと私を抱きかかえてしまったのであった。


「ふあっ!」

「よしっ!良くやりましたっ!!絶対に放さないで下さいませっ!!」

「………ひっ姫様!?その様に暴れられますと危ないですよ」

「いやー!!放してっ!放してー!!命令よっ!!放しなさいっっっ!!」


 ジタバタと暴れますが、兵士の腕は全くゆるまなかった。

 何でだ?私は腐っても王族だぞ?何故こいつは放してくれないのだ?さっきまでは私に対して同情的であったはずだろ?解せぬ。


 体力が無いため、すでに疲れてきた私は、ぐったりしながらも目だけでチラリと兵士の顔を窺う。すると、兵士の顔色は青ざめており、その視線の先はメリーへと向けられていた。兵士の視線を追って恐る恐るメリーの方へと顔を向けると、そこには満面の笑みをたたえているメリーが居た。


 あ、あれっ?特に恐い顔をしている訳じゃない………むしろ微笑んですらいるのに、背中にゾクゾクと悪寒が走るんですが………。ガタガタブルブル。


「では……。参りましょうか、姫 様?」

「はっ……はひっ……………」


 逆らえない………逆らったら……や、殺られる。

 普段は優しくて何事にも寛容なメリーであったが、我々王族のしきたりとかに関しては一切妥協しない鉄の侍女長へと変貌するのだ。


 そして私がこんなに嫌がっているのに、聞き届けられないということは、私より上の人間……父である国王か、母である王妃から大広間に連れて来るように命令されているからに違いない。

 メリーの忠誠心は物凄いのだ。長年の付き合いで嫌というほど理解しているので、私は無駄な努力はもう止める。とっととリコリス姉に別れの挨拶を言って早く部屋に戻ろ。


「あら?急に大人しくなられたましたね?それでは参りましょうか。貴方は私に付いて来るように……良いですね?」

「……は、はい。了解であります!」


 私を抱っこした兵士は上擦った声をあげながらメリーの後ろを歩きだした。


 ちくしょー。ううっ………行きたくねぇー。大広間には家族だけじゃなく、絶対に臣下のオッチャンとか、その家族とか他人が大勢居るよ。そう考えると震えが止まらないんだよ。


 私がひとしきりガタガタと震えていると、兵士の人が優しく背中を撫でてくれる。

 うむ。くるしゅーないぞ。もっと撫でれ。誠意を込めてな。


 優しく撫でられて身体の震えが治まって来たと同時に、兵士の歩みもピタリと止まった。


「……さあ姫様、大広間に着きまして御座います。そろそろ兵士から降りて、ご自分で歩いて頂かねばなりませんよ?」

「……………………………」


 兵士は私をゆっくりと下へと降ろす。

 わっとと。暴れたせいなのだろうか、足腰に力が入らず少しふらついてしまった。


「おっと。大丈夫ですか、姫様?」


 ふらつく身体を兵士に支えてもらう。


「ふっふん!支えてもらわなくっても結構よ!この裏切りもにょがっ!!!」


 あばばばば………噛んだ……し、死にたい。


 恥ずかしさで真っ赤になった顔を急いで兵士から背けると、すまし顔のメリーと目が合った。ちくしょーメリーめ、いつか覚えてなさいよ。アヘアへ言わしたるからな。


「では姫様………リコリス様への祝辞のご挨拶をお忘れなきよう、お願い致します」


 そう言うと、メリーは私の背中を強い力でグイグイ押してくる。

 ううっ……そんなに押さなくても、ここまで来ちゃったら行きますよ。逝けば良いんでしょ……と、間違えた。行けば良いんでしょ。ったく。


 メリーに扉を開けてもらい、私は大広間という死地へと一歩踏み出した。





 ザワッ……ザワザワ……。


「あ、あら?今入って来られた方はどなたでしょう?」

「まぁ!奥様、知りませんの?あの方は第3王女のギジェルーナ様ですわ」

「ギ、ギジェルーナ様ですって?確かあのお方は、お身体がお弱いのでは無かったかしら?」

「ええ……そうですわね。でも……ご病弱なのを差し引いても……とてもお美しいですわ」


「おい、見てみろ!ギジェルーナ様のあの肌の白さ!まるで精巧に造られたビスクドールのようだ……」

「ああ、それにあの髪。日の光を浴びてキラキラと輝いておるぞ……」

「少し見ぬ間に更に麗しく御成りだなぁ…」


 ううっ……私が大広間に入ると、あちらこちらでざわめきと囁きが起きる。笑ってるのか?笑ってるんだろう?


 くそっ……3年ぶりだからって物珍しげに見て来るんじゃないっ!私は珍獣か何かかっ!!!

 確かにこの3年は公の場所へは、顔を出して居なかったのだが、そんなに騒ぐほどの事じゃない。


 内心悪態を付きながらも優雅に(見えるように)家族の元へと歩いて行くと、私がこの大広間までやって来たことに心底驚いたのか3人の兄たちと、父がだらしなく口をぽかーんと開けてこっちを凝視して来る。

 ぷぷっ……面白い顔をして笑かして来やがる。わざとでは無いであろうが止めいっ!大声で吹き出してしまいそうだから。


 父の横に居る母には、全くと言って良いほど驚きが見られないので、どうやら今回メリーに私をこの場へ連れてくる様に命じたのは、十中八九母なのであろう。



「あら?ルーナ?来てくれたのですか?嬉しいですわ!」


 あっ……リコリス姉。うわぁ……ずっげ嬉しそうやな。少しだけだが、メリーの言う通りにして良かったかもと思った。ちなみにルーナとは私の愛称だ。


「リコリス姉様……。この度のご結婚誠におめでとう御座います。淋しくは思いますが、他国へと嫁がれてもリコリス姉様がご健勝であらせられますように、ルーナはいつも祈っております」


 よ、よし!噛まずにスラスラと、祝辞が出て来て良かった。

 そのまま優雅に姉の前でお辞儀をする。周りからは感嘆の声が聴こえて来る。



「ほぅ……素敵ですわ」

「そうですわね。まるで1枚の絵画のようですわね……」


「リコリス様が嫁がれるので、これで王家に残っておいでなのはギジェルーナ様のみですなぁ……」

「ああ……。しかしギジェルーナ様はご病弱であらせられるので、嫁ぐとしても国内の高位貴族であろうなぁ?」

「いや、しかし陛下の溺愛が過ぎるので手放さぬ可能性も………」

「しかりしかり……」



 ふはっ……。ニートでも王女だからね、これぐらいは朝飯前やで。どや?


「嬉しいですわルーナ!あちらへ行っても貴女の事は決して忘れませんわ!むしろ貴女の愛らしさを精力的に布教しますからね!」

「ぐ、ぐえっ…………」


 私の挨拶が本気で嬉しかったのか、姉が抱き締めてくるのだが、姉の自己主張の激しすぎる巨大な胸に顔面が埋没してしまい、非常に苦しい。ぐえーぐええー……く、苦ちい。


 パタパタと姉の腕をタップ、放してもらいたい事を伝える。


「あ、あら?ルーナ!?ああっ!ごめんなさいですわっ!」

「ぷはっ………はっ……はっ……はっ……」


 直ぐに放してはもらえたが、なかなか呼吸が整わないぞ。な、なんという恐ろしいトラップだ。世の男性陣を虜にするであろう姉のたわわに実った巨大な胸は、私にとっては凶器ともなりえるものであった。確実に私には備わらないであろう凶器だ。う、うやらましくなんて無いんだからねっ!!





 はー。それにしても、そろそろもう良いっすかねぇ?…………部屋に戻っても。

 ちゃんと姉に挨拶も済ませたし、後はもう私のやることなんか無いやろ?


 明後日の方向を向きながら、ソロ~リソロ~リと扉へ向かおうとしたその矢先、いきなり後ろから肩を掴まれた。


「ひいぃぃっ!!」


 驚いて小さな悲鳴が口から出てしまった。

 一体誰ですかね?驚くでしょうがっ!


 若干膨れながら振り返ると、お、おぎゃーーー!!!

 私がニートになった原因を作った相手が、うすら寒い笑みを浮かべながら私の肩を掴んでやがった。


「やあ……久し振りだなルーナ?」

「…………フ、フリード…………」


 こいつの名はフリードキン・ラザ・オーギュスト。名前でも分かるようにこいつも王族である。父の弟の息子……つまり私とは従兄同士の関係だ。

 3年前私が10歳だったころ、会うたび会うたび律儀に虐めて来たクソヤロウだ。

 私のお気に入りのリボンを無理矢理取ったり、お気に入りのクマのヌイグルミを隠したりと散々な事をされたのだ。極めつけは私が仲良くしていた友達に、嘘の噂を流して孤立させたりとか……今思い出してもやりたい放題やな、コイツ……。


 そんな事があって、部屋から出るのが恐くなってしまったのだ。まぁそのせいで高熱を出して寝込み、前世の記憶が覚醒したりもしたんだけどね。

 前世の記憶があっても、恐いもんは恐いんだよ。特に大多数の侮蔑を込めた視線とかは。


「………………………………」

「………………………………」


 フリードの名前しか言葉が出てこない。お互い気まずい沈黙が流れた。

 しばらくすると、フリードが意を決した様に話し掛けて来る。


「あのさ………その……ルーナ……昔は……」


 ひいっ!!昔の話など聞きたくないっ!古傷が疼くんだよっ!

 フリードが何やら言い淀んでおりますので、その隙にとんずらしますよぉぉぉぉぉ。


 ドレスの裾をつまむと、華麗にかつ大胆に大広間を後にした。


「ま、待てっ!ルーナァァァァァーーー」


 フリードの奴が制止してくるが、待てと言われて待つ馬鹿がどこに居るというのか?

 この場合は逃げるが勝ちだ。


 フリードの叫び声で、大広間にいた何人かが振り返ったが、私は優雅に走り去った。


 おお、初めて全力で疾走したが、中々この身体のスペックは高い様だ。3年もの間ニート生活を送っていたのに足が縺れないし、ヒールもなんのそのだ。



 ***



「はあっ……はあはあ……ふぅぅぅ……」


 あの角を曲がれば我が部屋へと、たどり着くと思った矢先、またもや背後から肩を掴まれた。


「おいっ!聴こえて……いるんだろう?な、何で……逃げるんだよっ!」


 Oh!?フリード………貴様こそ何故追い掛けて来やがった。レディが逃げてるんだから、空気を読んで立ち去るべきだろ?このファッ○ンボーイめ。

 ああ、イライラする。我慢の限界だ。


「ふんっ!自分の胸に聞いてみるんだな。このストーカー予備軍めがっ!!」

「なっなななな………何て口が悪いんだ」


 おっ?ストーカーの意味分かるのか?この世界にストーカー何て言葉は無いぞ。それとも私の言葉使いに驚きすぎて、そこはスルーですかな?


「うるさいっ!文句を言われたく無ければ、もう追い掛けて来ないでくれる?」


 大広間で遭遇した直後は少し怯えちゃったけど、本来の私は負けん気が強いんだからね。

 ぶちギレた今の私に恐いものは無………いや、母とメリーだけなんだからねっ!!


「嫌だ」


 は?嫌だって何だよ。コイツ……私の言ったこと聞いてないンじゃないの?それともお前の言うこと何か聞かんからな!という、宣戦布告か何かか?

 チッ……もう相手をするのもバカらしい。

 放置しよう。うん、それが良い。


 今度こそフリードを振りきるため、ドレスの裾をつまもうとしたのだが失敗した。


 何故ならばその手をフリードに掴まれたからだ。


「………し、しつこ……」

「聞いてくれよ…………頼むから………」


 おやや?フリードの奴……何か涙目じゃね?貴様………中々姑息な作戦に打って出たな。

 懇願とか、泣き落としとか………どんだけ手段を選ばないのだろうか?いっそここまでだと、清々しくも思えるから不思議だ。


「あー………。じゃあ……少しだけなら」


 うーん。負けたよ。根負けだ。そのなりふり構わん姿に免じてすこーしだけ、話を聞いあげるか。


 私は仏心をつい、だしてしまった。


「ああ………ありがとな………」


 ふおっ!?あ、あのフリードがお礼を言った、だと?

 不吉な………。今日はリコリス姉の一生に一度の晴れの日だよ?貴様……台無しにするつもりか?


「…………で?何を私に聞いて欲しいの?」


 早く話を切り上げて自室に引き上げたいから直球で聞きます。


「あっ……と………その……な」


 ぐぅ………。貴様は乙女かっ!?言い出しづらそうにモジモジしおって……。

 幼い少年とかがやると可愛いしぐさなのだが、ある程度年齢がいった奴がやるとウザい。ただただウザい。


「………はあっ……。話さないなら……もう良い?」

「ああっ……いや、だ、だからっ!あーーーむ、昔は悪かったよっ!!!」

「…………………へっ?」

「だ か らっ!3年前の事だよ………。ルーナが部屋から出なくなった時期と……その、俺がルーナをからかったりした時期が一緒だったろ?……これでも悪かったとは思ってるんだよ………」


 ぐへぇっ!?あ、あのフリードが謝った、だと?こ、こりゃあ大変だっ!本格的に天気が崩れるぞ。全く!悪いと思っているのならば、何もリコリス姉の晴れ舞台にとんでもない事をしないでもらいたいものだな。


「……はあ………。悪いと思っているならば、最初からやらなければ良かったのに……何故やったの?」

「なっ!?そ、それを俺に聞くのか?」

「えっ?……本人以外が分かる訳が無いじゃない」

「……いや、本気か?本気で気付いて無いのか?」


 あん?本気かって何だよ?流石に人の考えてる事なんか分からんが、フリード口振りでは分かって当たり前的な感じだね。ヒントとかくれないかな?

 うーん……3年も部屋に引き込もってたから、世間一般の当たり前から取り残されてしまっているのだろうか?だとするとショックだ。


「……ヒントとか無いの?」

「はあっ?だから俺に直接聞くなよな。答えづらいデリケートな問題なんだからな?」

「デリケートな問題!?」


 ますます意味が分からない。フリードからデリケートっていう言葉が出てくるとは……違和感しか感じない。

 あーもーどーでも良いや。面倒だし適当に流そう。一応フリードの奴も謝ってる事だし、今後ももう殆ど会うことは無いでしょうしね。


「あーはいはい。分かった分かった。じゃあフリードの話は終わりだね?んじゃあね」

「……ちょっ…ちょっと、お前……返事軽くね?」

「気のせいだよ。フリードの気持ちは受け取ったから。お疲れ~」


 私はヒラヒラと手を振りながら、自室へと戻って行ったのであった。

 今度はもうフリードも私を止めたりしなかった。どうやらやっと空気を読んでくれたのだろう……きっと。


 自室に入り鍵を掛ける。


 いよっしゃあっ!!近年稀にみる高難度のミッションクリアーだ。

 はぁぁぁぁ……ダルダル~……。


 さっきまでは気を張っていたから気付いて無かったけど、結構精神的に疲労していたみたいで、ベッドに寝転んだら急激に睡魔に襲われ、瞼が下がって来る。


 あー……ドレス……着たままだし………化粧も落としてない……けど……まぁ……いっか……眠い………し………ぐーーーー。




 私はこの後、起きてから大変後悔するのだが、今もう何も考えられず、そのまま夢の世界へと旅立ったのであった。








 フリード視点



 俺は昔から思った事を素直に言えない性格だった。

 その上特に気になる異性に対しては、より顕著な行動に出てしまう事が多かった。


 その気になる異性とは、従妹であるギジェルーナ………ルーナである。


 昔の俺は事あるごとにルーナへとちょっかいを掛けていた。

 ルーナが髪に結んでいたリボンを片方だけ取ったり、大事そうに抱いていたヌイグルミを隠したりして気を引いて居た。

 極めつけはあれだ。ルーナの事が好きすぎて、ルーナに近寄る奴らを遠ざけたりもした。

 ルーナ自身はそいつらをただの友人位にしか思って無かったんだろうけど、俺には我慢出来なかった。

 ルーナの隣に居て良いのは、俺だけだと昔は本気で考えていたのだから、幼いとは本当に恐ろしい。もちろん今だって、ルーナに色目を使う輩は排除するつもりだが、友人程度であれば我慢する………否、してみせる。


 そんな事をしていたら、今度はルーナが部屋から出てこなくなった。

 体調不良だと言うので、何度もお見舞いに行ったのだが、ルーナは俺に一度も姿を見せる事は無かった。

 流石に俺がルーナの周りで色々と暗躍(?)した時期に引きこもり始めたので、原因は俺なのだろうかと、ずいぶん悩んだ。


 そんな中、ルーナの姉であるリコリスが、他国へと嫁ぐ事が正式に決定した。

 元々産まれたときからの許嫁であった相手で、お互いに好きあっても居たので、リコリスはとても嬉そうであった。


 そういえば……ルーナの許嫁はまだ決まって居なかったな。

 最近貴族の間でチラホラ囁かれるのは、ルーナは病弱だから他国へと嫁ぐのはまず無理だろう。であるならば、国内の高位貴族の元に嫁ぐのではないだろうかと、言われている。


 ちょ、ちょっと待った!!

 高位貴族の元に嫁ぐならば、俺の元でも問題がない………というか、最良では無いだろうか?

 俺は王族……行く行くは父上の後を継いで公爵になるのだから、ルーナにとって俺以上の良縁は考えられない筈だ。早速伯父上に進言してみよう。



 血縁上は伯父と甥であるが、あちらは国王であるがゆえ、謁見の時間をもぎ取るのに少し時間が掛かった。


 謁見時には何故か王妃も一緒であり、伯父上よりも伯母上の方が乗り気であった。

 しかし現在ルーナ本人が全く部屋の外へと出なくなってしまったので、困ってしまっているのだと言われて、原因であろう俺がなに食わぬ顔で、居られるはずも無く、ルーナの引きこもりの理由をお2人に全て喋ってしまったのであった。


 俺の話を聞き終え、最初は怒っていたお2人であったが、俺が心底反省している事が伝わったらしく、最後は頑張れと応援してくれたのであった。


 俺はそれを胸に、その後も何度もルーナの元へと通ったのだが、やはり一度も会えずルーナが部屋に引き込もってから3年の月日が流れてしまったのであった。


 流石に落ち込む俺の元へと、伯母上からひとつの提案が成された。


 リコリスがそろそろ嫁ぐので、その嫁ぐ日にだけは必ずルーナを部屋から出すので、会ってちゃんと謝りなさいと言われたのだ。

 もちろんルーナにちゃんと謝罪し、許しを得たら俺との結婚の件を考えてもらう腹積もりだった。



 そう、3年振りにルーナの姿を見るまでは。



 ルーナが大広間へと入って来た瞬間、辺りが一気に騒がしくなった。


 当たり前だ………3年前よりも遥かに大人っぽく成長し、美貌は変わらず健在であり、尚も肌は昔よりも白く輝きを増しており、えもいわれぬ色気までも備わっていた。


 俺はルーナのその美しい姿に、胸の動悸が激しくなる。

 あ、ああ………緊張するっ……。ま、不味い……上手く喋れるだろうか?昔の二の舞だけは絶対にしない様に、優しく声を掛けよう。


 そして優しく声を掛けたつもりであったが、ルーナは大層驚いた反応をし、動きが停止した。

 うわぁぁぁぁ………そ、そんなに俺が嫌いなのか。

 あっ…自分で思ってかなりへこむな、これ。


 俺が内心ガックリとへこんでいる間に、ルーナが大広間から優雅な所作で逃走していく。


 あわわ……お、俺……全然謝れてないぞ。


 混乱した俺はとっさに伯母上の方を見ると、伯母上が小さく指でジェスチャーしている。


 あれは…………追え!のサインだ。


 よ、よし!ルーナを追おう。俺もルーナの後を追うために直ぐ様大広間を後にした。



 ひとつ新に発見した。ルーナは走るのが速かったのだと。


 俺が制止する声が聴こえているはずなのに、全くもって止まらないルーナを、やっと部屋の近くで掴まえる事に成功した。


 凄く嫌な顔をされ、内心またへこんだのだが、俺が真摯に頼むとやっと話を聞いてくれる事になった。


 そしてまたひとつ新に発見した。ルーナは昔よりも口が悪くなっていた。

 先程大広間でリコリスに祝辞を述べた時は、完璧な余所行き姫態度であったので、そのギャップに俺はまたドキドキした。


 俺が昔の事を謝罪すると、ルーナは大きくてまん丸な瞳を溢れ落ちんばかりにひろげながら驚いていた。

 そんなに俺が謝るのが意外だったのか?軽くショックだ。

 しかも俺の気持ちが全く伝わって居なそうなのにも、ガッカリした。かなり分かりやすい態度だったと思う。ルーナ以外には、俺の気持ちはほぼ筒抜けだったしな。


 どうしてこんな事をしたのかはっきり言えと迫って来るルーナに、途端に恥ずかしくなってしまった俺は、せっかく告白できるチャンスであったのに、逃してしまうのであった。


 俺が正気を取り戻したのは、ルーナが自室に帰って扉に鍵をした瞬間であった。





 その後、何度かノックしたが、部屋の扉は侍女長のメリーが帰って来るまで開くことは無かったのであった。




その後のオマケ


ギジェルーナ→フリードの気持ちには毛ほども気付かない。超ニブ。

そして部屋からも出て来ない。

以前にも増して会いに来るフリードの対処に頭を悩ませている。


フリードキン→チャンスをモノに出来ない情けない奴。しかしルーナへの執着心は人一倍。

本気でストーカー化しそうで怖い。果たしてフリードの気持ちがルーナへと通じる日は来るのだろうか?


リコリス→この日の夕方に降りだした雨に、ちょっとだけ気落ちするが、嫁ぎ先に着いたら止んでしまったので直ぐに立ち直る。

結婚相手とはラッブラブ。3男6女をもうける。


メリー→この人が無理矢理ルーナを連れ出したのは、王妃の命令であり、その原因はフリードにあったのであった。

大広間から戻ったらルーナの部屋の前に途方に暮れたフリードの姿をみて、直ぐに状況を察知した。

そして預かっている鍵で部屋の中に入ると、ドレスを着たままで寝こけているルーナを発見し、激怒するのであった。


名もなき兵士→ルーナを抱っこ出来て役得だと感じていた。










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