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怪しい免許証

「俺が握ってる情報はこれだけだ。あとはあんたらケーサツの仕事。とりあえず埋め直すぞ」

「……そうだな。明日にでも鑑識を回すことにするよ」

 すっかり腰砕けになっているのは私だけで、感傷にひたることもなく二人は掘り返した土を被せている。思いっ切り頭蓋骨を突いてしまった爪先に感覚が残っていて、靴の中で指をもぞもぞ動かすけれど消せそうにもなかった。

 車まで戻るといよいよ気分も悪くなってきて後部座席で身を横たえる。本当に怖かった。走る車に揺られ、ボコボコにされた調子を整えながら前にいる二人の会話に耳を傾けると、今ならおよその意味は分かってしまう。

「これで容疑は固まりそうか」

「まあな。場所まで言い及んだのは一人だけだから」

「他二名は海だの川だのに棄てたと言ってたみたいだけど、わざわざ潜ったの?」

「具体的に自供されたら潜らないわけにいかねえだろ。おちょくりやがって、許さねえよ」

「相当遊ばれたようだな」

「笑い事じゃねえぞ」

 だから道中、田中さんは「あるのか」としきりに気にしていたのか。その探しものは山の中だったわけだけれども、そこに至るまでデタラメな供述に振り回されあちらこちら這いつくばってきたのだろう。嘘だらけの中にひとつ真実はあって、それがさっきの場所だった。

「……どうやってこの情報掴んだ?」

「調子に乗るなと言ったはずだ」

 突如ツカサさんが急ブレーキをかけた。その反動で私は身体半分シートから転がり落ちてしまった。

「お前ここで降りろ。約束を忘れんな。守れないならお前が売ってきたネタぶちまけるぞ」

 落ちた身体を起こすのと、振り返った田中さんと目が合うのは同時だった。私はネタとかそんなもの知らない、脅かしの演出に使われているだけなのだから。

 どうするつもりかと静観していると、田中さんは歯軋りだけ残して潔く車を降りた。それを確認するなりツカサさんはあっさり車を発進させてしまったのだ。

「あんなところに置き去りにして大丈夫ですか」

「知ったことじゃないね。ヒッチハイクでもすればいい」

 サラリと酷い事を言うけれど、その口調からスイッチが切れていることを知り安堵してしまう。

「ソノカちゃん、驚かせてごめんね」

「怖かったです。刑事さんのことは脅すし」

「ごめんってば。でもソノカちゃんのおかげで色々捗ったよ。あいつマジで最近ぶっこいてたからさ。金のために情報リークするような悪徳刑事のくせに」

 緊張が途切れると今度は怒りがこみ上げてくる。ツカサさんは田中さんへの憎しみを滲ませているけれど、私はツカサさんに抗議したい。それでバックミラー越しに恨めしい視線を投げつけてやったのだ。

「ごめんね、骨だけなら見た目は悪くないから、あんなに怖がると思ってなかったんだ」

「そういう問題じゃないです」

「許してよ。これで、彼の所在が分かったわけだし」

 そうだ。ツカサさんの誘い文句は先輩の居所が知れるというものだった。

「さっきの骸骨が先輩だと……」

「違う、そっちじゃない」

「ええっ、犯人の方ですか」

「そういうことになるかな」

 そんな悪事を働くなど、石鍋さんや他の社員から聞かされていた人物像と随分かけ離れている。見たこともない人だけど信じ難い。

「真面目な人だって聞いてますよ」

「ああ、そうだね。頑固者のくせして素直だから割を食うタイプだな。そんな擦れてないところが可愛い子なんだけど」

 ツカサさんは薄笑みを浮かべている。ツカサさんだって仲が良かったのではないのか。そんな人が悪いことをしても平気でいられるものなのか。

「ツカサさんは最初から事件のこと知ってたんですか?」

「あそこまで棄てに行ったの俺だもん」

「え、えーっ?」

「死体担いできたのは彼だ。どうにかしてくれと頼まれたから俺は請け負っただけ」

「それじゃあ犯人はツカサさんじゃないですか!」

「そういう商売だからね」

 事も無げに言ってのけるけれども、私の理解できる範疇はとっくに超えている。ああ、喉が渇く。

「なんでそんなことを頼んだんでしょう」

「さあ。カッとなって殺しちまったから、身辺整理の時間稼ぎと死因を判らなくして欲しいってのが依頼だった。よくある話だ。俺はそれしか知らない」

「事情も聞かずに引き受けたんですか?」

「彼にとっては生かしちゃおけない人間だったんでしょ。もう死んでるんだから聞くだけ野暮だ」

 かなり強い口調でツカサさんは言い切った。そして車は沿道にあるコンビニの駐車場へ入る。

「喉渇いたから飲み物買ってきて。ソノカちゃんと同じ物でいいから」

 財布ごと渡されドアロックが解除された。私も喉は渇いているし、居心地もなんだか悪くなってきたし、せき立てられたわけでもないけど車から飛び出した。


 冷蔵ケースの前で右往左往した挙げ句にサイダーを選び取る。会計を済ませ釣銭を財布に入れたとき、カードポケットから覗く免許証が目に留まった。田中さんには岩永と呼ばれていたが、ここで初めてフルネームが『岩永司』であることを知る。そして生年月日を見て驚かされた。もう四十をとうに越えていた。そんな馬鹿なと取り出してみても見かけは本物の免許証に違いなさそう。それでも不審な点に気付いてしまって、まさか偽造されたものではないかとの疑念すら湧いてきた。

 モヤモヤした気持ちを抱えつつ店を出る。飲み物と財布を差し出して後部座席に乗り込もうとしたが「前に座れ」とどやされた。もしや炭酸が気に食わなかったのかと戦々恐々としながら助手席に座る。だがツカサさんはすでに半分ほどを喉に流し込んでいてチョイスの問題ではないようだ。

「お前は覗き見が趣味なのか」

 どうやら免許証を見ていたのを気付かれていたみたい。下手に言い訳なんてしたら私まで置き去りにされてしまう。観念して頭を垂れた。

「ごめんなさい、でも免許証以外は触ってないです」

「別に良いけどね。見られて困るもんは入れてないし」

 その免許証が明らかにおかしいんだってば。喉に引っかかり押し黙るとツカサさんは訝しげな表情を浮かべた。

「どうしたの」

「……ツカサさんの免許証、何か変です。偽物じゃないんですか?」

「免許偽造はヤバいでしょう、そんなことしないよ」

「ヤバいの線引きが意味不明です……」

「あはは。でも本物だからね」

 そう言いながらどこが変なのかとツカサさんは己の免許証を取り出して首を傾げた。

「十八才の頃、九州で免許取りましたね?」

「よく分かったね、どこにも書いてないのに」

「免許証番号って、先頭の二桁は取得した地域毎に違うんです。ツカサさんのは92ですけど、九十番台は九州の符番です。次の二桁は取得した年の西暦下二桁になってるんです。ツカサさんの場合は十八才の年です」

「本当だ。自分の番号なんていちいち気にしたことないや」

「免許証の左下に和暦で年月日がありますが、これも免許を取得した日付なんです。でもこれは八年前の日付になってます」

 ここまで説明してもツカサさんは首を傾げたままだ。言いにくいことを言わせないで欲しい。

「……収監中の免許更新はどうしたんですか」

「ああ、なるほど。懲役行ってる間に失効するはずだと言いたいんだな。でもムショでも免許はちゃーんと維持出来た」

 そうなんですかと呆気に取られると、ツカサさんは苦笑しながら続けた。

「担当者が出張してきて手続きしたよ。和暦は出所後すぐ書き換えた時の日付になってるな。中で手続きしたのは最低でさ、写真は丸坊主だわ、住所は刑務所だわでとても人様に見せらんない。それじゃあ身分証として役に立たないでしょ」

 刑務所仕様の免許証を想像してみると実にシュールだ。坊主頭など袈裟でも着てない限り大抵の人は悪人面にしか見えないもので、きっとツカサさんも例に漏れずの酷さだったに違いない。

「すみません。下衆の勘ぐりでした」

「根拠があるんだから気にしないで。こういう所に着目できるセンスは貴重なんだよ?」

 あらぬ疑いをかけただけなのにツカサさんは心なしか嬉しそうな表情を浮かべている。

 この顔だ。不意に見せる少年的な雰囲気。一体どの顔が本物なのだろう。どの顔で悪いことをしているのか。

「俺さあ、馬鹿は大嫌いなんだ。調子こく馬鹿も弁えない馬鹿もみーんな嫌い。あの糞野郎はその最たるだ。でもソノカちゃんはきちんと地に足がついてる感じがするよ」

 怒らせたことについては許されたと判断しても良いのだろうか。ツカサさんの声は弾んでいるけど目には情念のような黒い渦が巻いている。顔色だとか声色だとかで感情を読み解ける人ではないと流石の私でも学習し始めていて、いま彼の天秤がどちらに傾いているのかは分からない。でも発する言葉に混じりっ気はなさそうだから、私にできることは一言一句を取り逃さず、そして本音を引き出すことだけだ。

「田中さんのことは嫌いなのに協力なんかして死体が出てきたから、いま先輩はまずい状況ですよね。ツカサさんは一体どっちの味方なんですか」

「どっちでもよくない?」

「よくないですっ。ツカサさんが死体を隠した張本人だとバラされたらどうするんです!」

 単純かつ素朴な疑問のつもりだったのに、まるで意味が分からないとでも言いたげにツカサさんは口を尖らせ無邪気な顔を出した。そんな心配してないよと紡がれた言葉に強い意志を垣間見た。

「俺は言ったんだ、その気になればこれひとつ完全に消せるって。殺人事件が起こるのは殺した時じゃない、死体があがった時だ。そうじゃなけりゃただの失踪事件だ。それでも殺人事件でいいって言うんだから、そこまで腹括られたら信じてあげなくちゃ」

「ツカサさんまで巻きぞえで捕まるかもしれないのに? そんなこと普通なら人に頼みませんよ」

「いいや、言い方を間違えたな。騙されてあげたと言った方が正しい。今頃だって一生懸命警察を騙し続けてるんだろう。俺はその裏付に手を貸してるだけだ」

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