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就活失敗

 まさか就活でしくじるとは思ってもいなかった。

 桜舞う三月、キャンパスライフを共に過ごした友人たちと色とりどりの振袖と袴を見せ合いながら私は笑顔を作っていた。四月になればみな華やかなオフィスカジュアルに装いを改めるけれど、私は明日も履歴書を片手に地味なリクルートスーツで街を這いつくばるだけなのだ。

 所属していたサークルで卒業コンパがあると聞いているがそれはパスした。明日も六時起き、せめて今月中には決めないと。

 そして明日こそは、明日こそは。そう思いながら気付けば季節は夏を迎えていた。友人たちは初めての、満額には程遠いけどささやかなボーナスでプチ贅沢に浸っている。私は、就活の合間を縫っていれるアルバイトで明日の交通費をかき集めていた。


 最近、辛そうよ。お見合いでもしてみる?


 母の言葉が突き刺さったのはそんな夏の夜だった。まだ二十三歳になったばかり、会社は一向に振り向いてくれないけれど、お見合いなら胡座をかいていても戦えるだけの若さがある。このご時世いきなりお見合いなどと言い出したのは、まだ就活も走りの頃に「大企業に入れたら玉の輿に乗れるかな?」なんていう戯れ言を吐いたせいかもしれない。定職にすらありつけない私が玉の輿に乗ってみせるにはお見合いしかないということだ。

 開業歯科医、三十八歳。

 会社役員、三十二歳。

 弁護士、三十六歳……。

 普通に生きていたらどうやって出会えるんだろうと首を傾げたくなるようなたいそう立派な地位と経済力、今や絶滅危惧種とも言える『専業主婦』という殺し文句が紹介欄にギラついていた。そんなスペックでもその年まで独り身なんて典型的な独身貴族だろう。或いはまだ三十代なのにお見合いに手を出すとは、大方本人か親族が事故物件なんだということは、世間知らずの小娘にだって想像に容易い。男性の旬は長いのだ。そこは目を引くような同世代の男性なんてそもそも立つことのない奈落のフィールドだった。

 でも、新卒という最強カードすら生かせなかった私は何者になれるというの?

「お見合いは、考えとくね」

 そう言って自室に籠もり蒸れたストッキングを脱ぎ捨てた。

 安価なリクルートスーツは、名前の通り就活という短期間袖を通すためだけの代物だ。だから安く買えるのだけれど、二度目の夏を迎えたそれは、そろそろ怪しい綻びが見えている。

 新調する余裕なんてない。パパに頼めばそれくらい都合付けてくれるけど、それならママの話に乗っかって綺麗なドレスやワンピースでも用意してもらった方が正解な気もする。ひとつ下の後輩ですら、内定保持者が過半数を超えようとしていた。



 翌日、またいつものようにスーツに身を包み夏の空気に飛び出した。スケジュール帳には今のところ、今日を含め三社の面接予定が入っている。

 もう増やすの、やめようかな。と言っても最近は面接に漕ぎ着けるのも苦心している。この三社で決まらなかったら、誰かのお嫁さんになろうかな。一回り以上も年上なんて反吐が出そうだけど、共働きでもなんでもするからと言えば同世代が見つかるのかな。せめて干支は一周しないで欲しいんだけどな。

 鬱屈した思考でボトボトに歩きたどり着いたのは湾岸エリアにある株式会社ミツワ・インフォメーション・システムだった。頭がクラクラするのは暑さのせいじゃなく横文字の長ったらしさかもしれない。


 まだ面接まで時間がある。パウダールームはあるのだろうかとフロアガイドに目をやった。ここは自社ビルで、実際に使用しているのは二十階から二十四階まで。他は手広くテナントとして貸し出しているようで、一階と地下にはコンビニやカフェレストラン、居酒屋までもが入居していた。

 地下フロアに化粧室を見つけて入った。汗で浮きかけたファンデーションを落としてから軽くはたく。ダイエットをしているわけでもない体重は減少の一途を辿り、連日の外歩きで日焼けしているのだけれど、どこか顔色の悪いちぐはぐの自分が鏡の中に立っている。

 今日だって結果は見えているのに。都会のど真ん中にビルが建つような会社に入れるならとっくに就職してるのに。最近は、どこの会社でも憐れみの視線ばかりなのだ。圧迫面接だったらどうしようなんて浮き足立っていた頃がとても懐かしかった。



「失礼します」

 時間になり面接室に通された。そこには五十は迎えているだろう男性の姿があり、それなりの役職者であることは言うまでもない。

 せいので走り出す『就活』のように、まずはグループディスカッションや若手社員との懇談会があり、そこから面接が進む毎に管理職者が登場する。人事部面談を突破すればいよいよ役員の出てくる最終面接……などという格式張った手順なんて私には与えられない。いきなり本命が出てきて、ばっさり切り落とされる。もうこの身は朽ち果てる寸前だった。

「うちで何社目なの?」

「三十、くらいです」

 面接官はあからさまに顔をしかめた。その三十という数字は努力の証ではなく、失格の烙印を押された負の遺産に他ならない。

 その数ですら控えて告げたつもりだ。今年に入って、面接までいけた数だけ。書類で落とされた分、去年の分まで合わせたら数えることもできない。

「どこもかしこも落とされて。君、何が悪いか分かってんの?」

「頑張ってるつもりなんですけど……」

「つもりじゃ糞の足しにもならんね。頑張ってるつもりなら簡単にお給料貰えると思ってんの?」

 なんだこの面接は。そう気付いた時には罵詈雑言をひたすらぶつけられているだけで、とても選考活動と呼べる代物ではなかった。

 役立たず、足手まといになる、グズ。こちらのアピールなんてさせてもらえるタイミングすらなかった。ひたすら降りかかる呪詛めいた言葉は私の全身をえぐりながら抜けていく。

 何か無礼を働いただろうか。混乱する頭を宥めて省みる。入室前にノックをし、返事を待ってから扉を開けた。四肢を揃えお辞儀をし、再び返事を待って着席する。本人確認程度の自己紹介を終えた瞬間からこの辱めは始まった。私に落ち度があるとしたら今まで落とされた会社の数くらいのもので、ここまで言われる筋合いなんてないのに。

「法学部だったんだね、うちはシステム開発やってるけど当然に基本的なプログラミングくらい出来るんだろうね」

「それは……出来ないです」

「どうすんの、使えないじゃん」

「勉強すれば、覚えられると思います」

「思います、だ? 覚えらんなかったらどうすんの」

 やっと面接らしくなったか、そう思ったのも束の間に方頬を歪ませて面接官がギロリと睨む。私は萎縮する。もうやめよう、就活なんてもうやめよう。白旗を挙げさせるのには十分過ぎる痛みだった。

 でも私だって、季節が何回変わってもめげずにやってきたんだ。振りかぶった白旗をこの親父の鼻血で染めるくらいしても罰は当たらないんじゃないか。捨て鉢になった私は、自分でも白目を剥くような言葉を喚き散らしていた。

「私はグズかもしれませんよ! でもそんなこと言われるためにここまで来たわけじゃない。どんな思いをしてきたか、知らないくせに勝手を言わないで!」

「誰に口利いてるんだ! 二度と来るな!」

「もう来ないわよ、こんなところ!」

 完全な逆ギレによる玉砕。帰り道、ママには『お見合いしようかな』とだけ打ったメールを送信していた。



 一週間後、他の予定されていた面接を全てキャンセルした私は、交通費に消えていった貯金を取り戻すかの如くカフェでのアルバイトに没頭していた。糊口をしのぐくらい、アルバイトでも出来るんだ。たった一週間なのに顔色は艶を取り戻しつつあり、出口のないトンネルがいかにストレスであったかを思い知った。

 クローズまで居座って帰宅すると、ダイニングテーブルに何故かホールケーキが鎮座していた。ママは笑っている。そしてパーティードレスではなく、オフィスに相応しいパンツルックの洋服まで用意されていた。

「おめでとう。ソノカが出かけている間に採用通知が届いたわよ」

 白い封筒に、MISを模したロゴマークが見える。ミツワだ。それは恐怖にも似た風となって私に迫り来る。

 あんな社員のいる会社なんて真っ平だ。この際、前科持ち四十代とか人間かどうかも疑わしい人で構わない。誰でもいいからお嫁さんになりたいなんて、私以上に就活を諦めず応援してくれたママに言えるはずがなかった。

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