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前編。


遠くに見えるはあっちの姿 -long distance figure -




 

学校の屋上の鍵が開いているトコロなんて、珍しいだろう。

珍しいからこそ、ウチは普通だと胸が張れる。

三橋彼方〔みつはし かなた〕は、そんな学校の屋上の前でため息をついた。

つい最近読んだ本じゃ、屋上で昼飯とか食ってる風景があったのに・・・。

まったく。自殺だの何だのの騒ぎのせいだ。

俺の場所が奪われていく気がする。

"みんなの場所"と言い換えたほうがいいか。

彼方は深々とため息をついて、屋上の前の階段に腰掛けた。

購買で買ってきたパンを口にしながら、ケータイを眺めた。

・・・誰からも連絡はきてない。当たり前なんだけど。

この学校に、俺の友人はいない。

もう二年になるけど、殆ど行事を休んできた。

"やる意味がない""馴れ合う意味がない"。

そう思っていたから。

友達なんて、ただの繋がりでしかない。鎖とか、紐とか。

作った処で、すぐに断ち切られ、切るハメになる。

人の心なんてわかったもんじゃない。

永劫わかるわけねぇんだ。

そんなネガティブ思考が頭の中を巡って、彼方は少し疲れた。

この先授業に出ようか出まいか。

なんだか疲れが溜まってるみたいだった。

今日何度目かのため息をついて、彼方は壁に寄りかかる。

そして、目を閉じた。




 

幾らの時間が費やされただろうか。

眠っていた、としかわからない。

空気も同じ。静かなのも同じ。

ただ。

隣には、背の低い少女が座っていた。

彼方は目を丸くして、のそっと身体を起こす。

外見を一言で言うと、やっぱりちっさくてちっさくて。

小さい顔に似合わない、ピンクフレームのメガネ。

肌は真珠のように淡く白く、頬は仄かに紅くなっている。

「やっと起きたかっ!まったく、こんなところで寝て・・・」

見た目と口調のギャップが激しい。そこにまた彼方は驚いた。

しかし、打って変わって声は甘く柔らかい声だった。

「あの。どちら様?」

「オレ様!・・・じゃなかった。ボクは遥佳。逢坂遥佳〔おうさか はるか〕。二年五組。

・・・ボクの特等席を奪うキミこそ、どちら様なんだ?」

突飛な反応をしてくれたため、彼方は思わず噴き出してしまった。

「なっ、なんだよう!ボクがなんか悪いコトでも言ったか!?」

「―――いや、ちょっとな。・・・えっと、俺は彼方。三橋彼方。二年一組だよ」

「ん。同じ二年だったのか。よろしくだな」

彼女はスッと手を伸ばすと、一つ笑顔を向けた。

俺が思うに、お前のほうが二年として驚くんだけど。と思った。

幼い顔立ちなのに、どこか大人びた感じを見せている。

それはこの態度のせいなのか、なんなのか。

「―――よろしく」

どうにもわからず、俺は手を合わせていた。

少し、彼女の手が震えている。

それが少し気になった。




 

これが彼女との"出会い"。

といっても、そんなちっぽけな関係を、"関係"と俺は思っていなかった。




 

今日も授業・・・というより、担任のハゲを見るのがうっとおしくなって、屋上の階段へとやってきた。

昨日のように遥佳に会えるかも―――とはまったく考えていない。

だいたい、名前すら記憶していなかった。

憶えていたのは、たぶん甘い声と顔ぐらい。

しかしそれも記憶の片隅だ。

彼方は一度伸びをすると、壁に寄りかかって目をつぶり、寝始め・・・

「やぁ、彼方。もう寝るのか?」

「・・・んぁ」

「間抜けな声だな、彼方。そんなに眠いのか?」

「眠いんだよ・・・。っていうか・・・呼び捨てするな・・・」

「別にいいだろう。減るものじゃないわけだ」

彼女はクスクスと笑いながら、何度か俺の名前を呼んだ。

その度に背中を叩かれて、次第に目が覚めていった。

「―――っ。いい加減にしろよ!・・・えっと」

「逢坂遥佳。ハルカでいいよ。一度で覚えてくれないのは分かってたしな」

「ハルカ!人の名前を連呼すっ・・・」

言った直後に、急にふつふつと感情が湧き上がってくる。

口調はそれとして、女の子の名前を叫んだこと。

それが突然恥ずかしくなって、言葉を詰まらせてしまった。

「何も恥ずかしがることはないだろ。人の名前を口にしたぐらいで」

「ほっとけ!」

彼女はまたクスクスと笑いながら、背中を叩いてきた。

俺は言葉を詰まらせたまま、顔を紅くして伏せていた。




数分経って、気持ちが落ち着いてきた。

「ふぅ・・・。ハルカ、だっけ」

「ん?大丈夫になったじゃないか」

顔を上げると、彼女はずっと俺のほうを向いていた。

瞳がクリクリっと輝いている。

その外側のピンクフレームのメガネが、その瞳をまぁるく包んでいる感じだ。

「―――なんでそんな口調なんだ?」

彼女の瞳に見とれながら、彼方は疑問に思っていたことを口にした。

すると遥佳は急に目を泳がせ、頬を紅くし手をモジモジとさせている。

「なんだ?」

「そっ、そっれは・・・“表”のボクを見れば―――わかるよ」

紅潮した顔を手で隠して、遥佳は去っていった。

・・・“表”?

よくわからないまま、彼女は階段を下りていく。

仕方がないので、後をついていってみることにしたわけだ。

すると。

「あっ、どこに行ってたの?ハルカちゃん」

「あ、えと、その・・・うん。ちょっとね」

彼女は相手と目を合わせずに、口を小さくして喋っている。

目の焦点もどこか定まってない。

その後何人かに話しかけられていたけど、やっぱりそうだ。

彼女は自分から人とは話さない。人と話すのが苦手なんだ。

人と目を合わせるのが苦手で、目が泳ぐようになる。

もしかしたらメガネを掛けているのも、そういう理由からなのかも知れない。

壁や、人との隔たりが欲しいのかも―――。

・・・じゃあなんで、俺に声をかけたんだ?

それにあの口調は・・・。

「おい、ハルっ・・・逢坂!」

俺はハルカの名前を叫び、肩を掴んだ。

その瞬間、"彼女の身体の震えが手の平に伝わった"。

「―――っ」

震えに少し怯えながらも、俺は彼女の肩を掴んだままでいた。

「ごめん、放して」

「逢坂?」

「放し・・・てっ・・・」

彼女は、小さい手で必死に俺の手をどかそうとしている。

本当に嫌がっている。そんな気がした。

俺は彼女の耳元に顔を寄せると、こう呟いた。

「また、あの場所にいるから」

そして、ゆっくりと手を放す。

途端に彼女は、全力のように走っていった。

さっき確信した。

耳元で呟いたとき、一番震えているのを掌で気づいた。

きっと彼女は、人に触れられているのも、苦手なのかもしれない。




 

声を掛けてから、たぶん一時間ぐらい。

彼女はやってこなかった。

悪いことをしたわけではない・・・はず。

たぶん。

"学校内の空気"がハルカを変えているんだ。

人をも怯えるほどに。

・・・はぁ。

待ってもこないなら―――。

彼方はあくびをして、階段を見た。

寝てよう・・・かな。




 

俺が眠いのは、何でもない。体質だ。

小さいころ陽に当たりながら、ずっと寝ていたせいだ。

「寝る子は育つ」というのをモットーに、ウチでよく眠っていたっけ。

よく

「ご飯だよー」の声で起きてたなぁ。

・・・うん?

声が聞こえる・・・。

その声で、目を覚ました。

「んっ」

「・・・やっと起きた。いくら呼びかけても起きないから、彼方が死んだかと思ったぞ」

「―――ハルカ」

そこには華奢な遥佳の姿があった。

彼女はさっきとは違う雰囲気で、そこにいる。

「さっきのがボクの"表\"側だ。素顔を隠してる。この口調が本当の姿なんだよ」

「・・・」

思ってた通りだった。

ハルカは素顔を隠してる。

でも、何で―――?

「何で、って顔だね。全く、彼方は顔に出るタイプみたいだ」

「うるせぇ」

「で、ボクはね。人と関わるのが苦手なんだ。見ただろ?あの怯え方」

「・・・ああ。じゃあ何で俺には話しかけたんだ」

ハルカは黙った。

彼女の顔が、少し曇っていく。

沈黙の空気が、ゆらりゆらりとながれていく。

数分経って、彼女の口が開いた。

「それは―――。ボクと同じ匂いがしたんだ」

「え」

また突拍子もないことを言った。

匂い、ねぇ。

そんなことを言われるから、ちょっと嗅いでみることにした。

スンスン、スンスンスン。

特に変わった匂いは―――。

「そっ、そういうんじゃないの!なんていうか―――団体行動とかが嫌そな顔してるから」

「・・・おい」

「ふぁっ!ごめんごめん。・・・でも本当だろ?」

図星だった。

確かに、団体行動は嫌いだ。

だからこの屋上階段に来てる。

・・・つまり、彼女も同じ理由なんだ。

「俺と、同じ」

「そ。だからよろしくって言っただろ?」

「同じ―――」

だから、声をかけた。

けど、あの時握手したときは。

ハルカの手は震えていた。

あれはハルカの本心だろう。

ハルカ自身の、恐怖心から。

「大丈夫。ボクはもう彼方を怖がったりしない。何なら手でも握れば―――」

そう言ってハルカは、俺のほうに右手を差し出した。

確かに震えてはいない。

俺を信じた。そういうことなのかな。

けど・・・。

俺は言葉の途中でハルカの手を握り、彼女を引き寄せた。

そして、両手で彼女を抱え込む。

ハルカの温もりを、少しだけれど感じる。

制服越しの心音を、鼓動を感じ取れた。

「ちっ、ちょっと!何して・・・っ」

「怖がらないかどうかの確認。・・・っていうか、口調が変わってるけど」

「そんな、ことより・・・っ、ちょっと、離して―――」

か細い声とは裏腹に、ハルカの小さな手は俺の袖をギュッと握り締めている。

彼女の手は、また震えだしていた。

でもそれは、人を嫌うような、そんな震え方じゃないような気がした。

この"行為"が、怖いのか。

「―――抱き寄せたぐらいで怖がるなよ」

「そんなんじゃ・・・そんなんじゃ、ないんだ・・・っ」

強めの口調に戻ったけれど、相変わらず手は袖を握り締めている。

それどころか、さっきよりも力が強くなっている気がした。

そして、彼女は彼方の胸の中に顔を埋めた。

「キミも、キミも―――。"アイツら"と同じなの・・・っ?」

「何だよ。アイツらって・・・」

気がつくと、ハルカは涙を流していた。

二つの瞳から、静かに流れる。

「ボクは・・・嫌だって言ってるのに・・・"アイツら"は―――」

そこで、言葉は途切れた。

途切れた言葉は涙となって、ハルカの瞳から止め処なく溢れ出てくる。

彼女の泣き声が、階段に響き渡った。

この泣き声の意味は、俺には分からない。

彼女の涙の意味が、俺には分からない。

なんでこんなにも彼女は悲しんでいるのだろうか。




 

俺には、彼方には分からなかった。


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