聖バレンタインの日の約束 3
アートリーの街に駆け込んだ俺は、この街に本部を構えている現時点で唯一の正式ギルド聖杯与し銀の騎士団を探した。
アートリーには死を恐れ、他の街には行かず悪夢の日から閉じ篭ったままデスゲームと変貌したBWSがクリアーされる日を待つプレイヤーが沢山残っている。
その他の者はアートリーを出て各地に散らばり、それぞれ食うために、またはゲーム攻略を目指している。
攻略を一番とする攻略組みは多かだかしれていて、その他の多くは常に先頭を切って最も危険なモンスターやボスと対峙する攻略組みとまでは行かずも中間層と呼ばれ、生き延びることを第一に考えモンスターを狩ったりミッションを受けたりして生活をしていた。
中にはアートリーに残った者を臆病者と罵り、ニートと蔑む者たちもいるが、死を恐れこの街に残った彼らを誰が攻められるというのだろうか?
誰だって死を恐れる、俺だってそうだ死ぬのは怖い。
「アギト君、あそこ」
アキがギルド本部を見付けて指差した。
ギルドの本部は小高い丘にある中央公園を囲むように、アートリーはベーグル状に360度外に向かって広がっている。
街の外周は石を積み上げた城壁で囲まれ、北に設けられた一際大きく立派な正面アーチと数十箇所の出入り口となるアーチが口を開けている。
宛ら城塞都市の様相をしたアースガルズで一番大きな街だ。
俺たちはアースガルズ西に位置する第5の街アースベルをレべリングの拠点にしているため、西側に面した城壁に行き当たって比較的大きいアーチを潜って、アートリーに入り反時計回りに街中をギルド本部を探して歩き回った。
結果、南にある正面アーチを潜った直ぐに広がる広場の奥にある城までやって来て漸く聖杯与し銀の騎士団が構えるギルドの本部を見つけたのだ。
とんだ遠回りをしてしまった。
ギルド本部の入り口には、ユニホームと思われる、第一フロアとなるアースガルズで買い揃えられる最も高価な防具である、お揃いの鉄製プレート一式を装備し、長槍を手に二人のプレイヤーが、時折欠伸をしながら立っていた。
ギルドのマスターにこれから起こるイベントで想定できる事態を説明し、メンバーとこの街を拠点にしているかまたはイベントが起こる場所をここだと気付いて来ている比較的レベルの高いプレイヤーや街に残っているプレイヤーにも協力を仰がなければならない。
先ずは現時点で一番統率力を持つのはギルドを起こしたマスターだ。
ギルドの入り口の前まで来ると、槍を重ねて門番が行く手を阻んだ。
「マスターは居るか」
「ああん? お前誰よ。今のとこ唯一のギルドだからな、もしかして家のギルドに入りたいのか? それなら実力を示すかギルドに貢献出来るアイテム持ってきな」
右側に立っている短髪の男が軽口い口調で言った。
「いや、マスターはいるのかと聞いたんだが? 居れば急ぎの話がある、通してくれ」
「いいぜ。しかし有料だ金置いてきな。まぁ見たところお前チビで細いし装備もちゃちで弱そうだから、持ってねぇーか。あははは」
左側にいる長髪を後ろに束ねている男にチビと言われて切れ掛けたが、なんとか堪えた。
今、些細なことで揉めている時間はない。
「幾らだ」
「おいおい。お前本気にしたのかよ」
「なんリグ(RG)必要なんだ」
「……」
「そうだな、特別にお前の隣に居る女おいてけば、10000リグに負けといてやる」
人の門番がニヤニヤしながら言った。
「おいおいお前吹っ掛けんなよ。いいよ兄ちゃん、その子を置いてけば無料だ」
アキが男の言葉で俺の袖口を摘んだまま背後に隠れた。
てめぇ~空ちゃんが怯えてるじゃめぇーか。
いや待て俺、ここは冷静に冷静になって堪えるんだ。
「おい聞こえてんの? 女置いてさっさと消えろチビっ(ry―――。痛てぇーっ、なにすんだてめぇぇー」
殴った。グーで殴ってやりましたが、グーでパチンしてやりましたが、なにか? 空ちゃんを苛める奴は俺が許さん。
「いや苛められたのはアキじゃなくてアギト君だよ」
俺は筋力値を加減して、犯罪防止コードが発するギリギリの力を込めて殴った。
「ギルドに喧嘩売ってんのかてめぇーっ」
2人が飛び掛ろうと身を乗り出したのを見て、すかさずポップアップメニューを開いて、操作をする。
目の前の空間にウィンドを開く。
俺が開いたウィンドは2人の門番の前にも現れた。
「これはバトルモードウィンド」
システム上で街を始めとし、安全圏内に指定されている場所ではモンスターに襲われることもPKされることもない。
つまりはHPゲージは任意のライフを下限として固定となり、通常はそれ以上の減少は認めず個々のHP最大値までの回復は認められてはいる。
まぁ殴られれば痛いし剣て切られればもっと痛い、死ぬことはないけどな。
バトルモードは本来プレイヤー同士の腕試しに使われるシステムで、バトルを申し込まれたプレイヤーがバトルを受諾すれば、HP残量の危険を指す危険域までの減少保護が解除される仕組みだ。
バトルは2対1でも多対1でも団体戦でもバトルロイヤルでも制限はなく、バトル形式がなんだろうが一向に構わない。
「2対2でやろうってか? おい」
「まぁ片方は女だけだ、ちょろいぜ」
バトルモードに死があれば、死亡フラグが立った2人に言う。
「俺1人だよ。バーカっ」
「……アギト君、あたしも」
「いいよ、そこでお前は見ていろ」
「アギト君……ちょーカッコイイかも。あたしが妹じゃなければリアルでも処女あげてたかも」/////
いらねぇーよ誰が妹の処女なんぞ貰うかっ! 顔を赤らめ蕩け顔をになる妹は、昨日のカオスを忘れて、すっかり前作VRMMO時代に恋人だったアキの顔になっていた。
「ギルメンんめんなぁ~」
アキが俺に見せる態度が気に入らないのか、それとも可愛い女の子を連れているのが気に入らないのか、それともその両方かは分らないが、どうも腹立たしいようだ。
「俺らのギルドは全員レベル20には達しているんだぜ?」
BWSで最大のフロアを誇る第一の国アースガルズ攻略は、初期のパラメータ改変も手伝って苦戦をしいられ、俺を含むβテスターたちも所々クラッキングされた世界に戸惑いフィールドダンジョンや迷宮区といったところのマッピングに手間取り、攻略遅延に拍車が掛かり当時の予想以上に手間取る結果となって、ボスの住処を見付けられないまま2ヵ月にも及んでいる。
その間、娯楽の少ない世界でレベル上げやトレジャーボックス探しは格好の暇潰しとなり、各プレイヤーのレベルは思いの外、高くなってはいるのだが……こいつら。
「そうかよ。どうでもいい早くやるなら承諾しろ、時間が惜しい」
「泣いて詫びろ。そうすれば身包み剥ぐだけで許してやんよ。そっちの子もな」
「いいから始めようぜ? 承諾しろよ」
「ちっ」
2人の男がウィンドに手を伸ばした。
「なんの騒ぎだ」
ギルド本部の奥から声がし中から1人の眩い金髪に碧眼、二十代半ばで長身の美丈夫が現れた。
「カエサルさん、こいつがギルドにちょっかいを掛けて来てですね、私たちが相手を――」
ギルドのマスターらしき男が言葉を遮った。
「それにしては街中で武器を構えるとは物騒なことだね。んん? バトルモードのウィンドが開いているね」
「はい。こいつが申し込んで来まして」
「君、それは本当なのかな?」
「いや俺はあんたに――」
「この人が喧嘩を売りましたっ」
目をキラキラさせて元気はつらつ、でっかい声で妹が俺の言葉を遮って答えた。
アキってめぇ~兄貴を裏切りやがったなっ。
「んん。君は?」
「あ、あの……あたしアキっていいますっ、始めましてっ。あたしのお兄ちゃんがご迷惑をお掛けしました」
「あはは、君は元気がいいね、可愛いお嬢さん」
「いえ……そんな、可愛いだなんて、えへへへ」
「それで? どうするんだい君? こちらは基本的にバトルはウェルカムだよ」
「ちょっとお兄ちゃん? 身長低いのにそんなにチビこまって……縮こまってないで用件言ったらっ」
このクソアマーっ、わざとチビって一度間違えたろ今っ。
なんだか無性にムカついてきたぜ。
「いいぜ。やろうかバトル? で1人追加でいいんだな? セコイ稼ぎしてるギルドに遠慮しないぜ俺りぁー」
「んん? 今の言葉、聞き捨てならないな。 家のギルドがセコイ稼ぎをしている? なにを根拠に言っているんだ」
「あんた自身はどうだか知らないし、別に見た訳じゃないがあんたたち、この界隈や攻略組みがあとにしたエリアで効率の良い狩場独占しているだろ? 高報奨金や高経験値が得られる、ぼろいミッションも独占しているんだろ?」
「それはどういうことかな?」
「デスゲームが始まって2ヵ月、俺も何度か前線に赴いたが、聖杯与し銀の騎士団を名乗るプレイヤーは見掛けたことがない。最前線で戦えばギルドの兵隊がレベル20を超えていても不思議はねぇーよ。このゲームは以上なほどにファーストフロアの攻略レベルが高くなっている。それに加え時間も結構過ぎてるしな。だけど前線で見たことがない奴らが今のあんたらのレベルに達しようとすれば、俺の言ったやり方の他に方法はねぇーよ。気に入らねぇーなぁ? 口々に利己的だの自己中だの言ってβ上がりを嫌い、叩くあんたらが集団で同じことを、いや人数に物を言わせてそれ以上のことをしてるなんてよっ」
「やけにレべリングや手口に詳しいところを見ると、君もまたβ上がりなのかい? ソロで……そちらのお嬢さんとたった2人でパーティーを組んで、デスゲームに挑んでいるのだね」
「ああそうだよ。妹のレべリングには付き合うが、前線で攻略に参加するときは、基本俺ひとりのソロだ」
「そうかすまなかった。君の言ったことが真実かどうか私から直接メンバー全員に問うておくよ。恥ずかしいことではあるが、ここ最近一気に人数が膨れ上がってしまってね、私1人の目では行き届かなくなってしまったようだ、対策は講じているのだが、まだまだでね」
「カエサルさんっ、こんなどこのどいつか所在の分らない奴のでまかせなんかを鵜呑みに――」
「黙れ、私は危険を承知で攻略に勤しんでくれている攻略組みの皆さんに積極的に協力、サポートするようにと言ってあったはずだ。前線に出て戦えとは言わん。だが出来るだけのサポートをしろと。彼の言うことが本当なら派遣した者たちはどこでなにをしていた? 報告ではサポートは滞りなく熟せていると聞いていたのだがね」
「……っ」
「まぁいいお客様の前だ。身内の恥話はあとで聞くことにしよう。ところでバトルを始めないのかい?」
「あんたは」
「私はいい。バトル終了後に私には仕事が出来るのだろ? 指導者としてまだ未熟ではあるが、それでも現状私が倒れてはギルドは動かせないからね」
掴みどころのねぇー奴だ。
証拠のない俺の話を聞いて怒るどころか受け入れ、爽やかなほどの笑顔を浮かべて飄々と言葉を紡ぎやがる。
それに見透かした態度が気に入らねぇー。
けど、時間もねぇーし……一丁速やかにバトって、こいつと交渉のテーブルに着くとするかな。
To Be Continued
御拝読アリガタウ
次回もお楽しみにっ!