新世界 1
こんにちは
雛仲 まひるです。
いよいよ本編第一章が幕を開けます。
ありがちVRMMOものですが、どうぞ><b
「ただいま~俺メシ要らないから」
「彰人。ゲームばかりしてないで食事はきちんと取りなさいよ」
お袋の小言を無視して、デイバックを開いて発売したばかりのゲームソフトを取り出す。
パッケージを見ながら、顔がだらしなく緩んでいることに気付く。妹が今の俺を見たら、さぞ気持ち悪がるだろう。
ハードを立ち上げ箱から出したばかりの真新しい周辺機を繋いでソフトをダウンロードしサービス開始を待つ。
サービス開始の正午までには時間があり、βテストで知り尽くしたゲームではあるが、暇つぶしに一通り説明書に目を通しておく。
2123年、12月23日。
待ちに待った新世代VRMMOが発売された。
高校1年生でまだ学生の身分である俺にとっては、ソフトとは別売りの周辺機の価格は高額で正直痛かったが、貯金を叩いてまで購入する価値を俺は知っている。
中学2年生の妹の奴は娘ラブの親父を垂らし込んで、首尾良くゲットしやがった。
ムカつくぜ。
まぁβテストに参加した俺は開発メーカーからの報酬? ってことでソフトも周辺機も優先的回して貰えたけど、ちゃっかり金は取りやがった。
貯金を叩いてまで購入する価値を俺が知っているのは、1年と半年前に公募があったβテストの応募を見て申し込もうと思っていた矢先に、同社のVRMMORPGをプレイ中だったゲーム内のメールボックスにβテストに参加して欲しいとの旨を携えたメッセージが届いた。
最初は半信半疑ではあったが、プレイ中のゲームはソロプレイでの攻略は困難とされていたSMOの3万人にものぼるユーザーの中で、俺はただ一人困難とされていたソロプレイでの攻略に挑んで成功した。
それを知ったゲーム開発社が新世代VRMMO新作ソフトのβテストに是非参加して欲しいと言ってきたのだ。
渡りに船、断る理由はない。
βテスト期間が始まってからの1年間は、寝ても冷めてもゲームのことばかりを考えていた。
その名は“break the world on sword”
魔法のない剣だけの世界で、ひたすら己のスキル(技能)を高めていくBWSの世界に俺は既に取り憑かれ魅入られていた。
肉体を量子変換し更にポリゴン化され、従来のVRMMOでのアバターとなるキャラクターメイクをして仮想世界の自分自身へと変換する機器は、リアルで感じるそのままの感覚を持ったまま仮想世界にフルダイブする新世代VRMMOだ。
これまでにない超感覚でリアルでしか得られない感覚を有したまま仮想世界を体験できる、というその仮想世界は、これまでのVRMMORPGを根底から覆すものだった。
しかしこんなハイテク周辺機って開発に幾ら掛かったんだ? 値段は高いけど良く考えてみれば物凄くリーズナブルだよな? なんて野暮なことを考えながら、さながらレーシングマシーンのシートみたいに身体をしっかりサポートする座椅子みたいな周辺機に全身を預け目を閉じた。
12月23日、正午。
いよいよサービスが開始される。
浮遊感にも似た感覚が俺の身体に纏わり着き急激に上昇、下降するエレベータに乗っているときの感覚に襲われ、仮想世界へと旅立った。
次に目をあけると眼前に広がるファンタジーチックな壮大な景色が広がり、全身はこれまでの仮想世界では体験することが叶わなかった空気の匂いや頬を撫でる風の感覚までが伝わってくる。
この感覚はリアリティーというよりリアルそのものでβテストの時の興奮が蘇ってくる。
やっほぃぃっっ! ーーーーキタキタキタキタ! この感覚この景色この世界に俺は帰ってきた。
ゲームスタート地点となるこのゲームで最大のフロア面積を持った最初の国アースガルズにある最初の街アートリーには既にログインしたプレイヤーたちで溢れ返っていた。
メインストリートから一本外れた路地に入るとNPCが軒並露店を広げ、店舗で購入するより比較的安価な武器や防具などの店や道具屋、ファーストフード店などは既にBWSにダイブしてきたプレイヤーたちに埋め尽くされ賑わっている。
その中にβテストのときに凄く世話になった露天商に馴染みの顔があった。
「いらっしゃい」
「よっ元気だったかおっちゃん」
「この街では滅多に手に入らない一品があるんだが見ていくかい」
「おっちゃん相変わらず元気そうでなによりだ」
「青銅の片手持ち直刃の剣だ。これならスライム如き一撃だ。安くしとくぜ」
「ところでおっちゃん酒場のシンシアさんは元気かい?」
「買わないんならとっと帰ってくれ、商売の邪魔だ」
「おっちゃん連れないこと言うなよ。じゃあな俺、待ち合わせしてるから行くわ」
何時来ても同じことしか喋らないNPCのおっちゃんに挨拶を終え、視界の右上に表示された現在時刻に目を遣るとデジタル表示の数字は13:07時と表示されている。
ヤバっ、13:00時に中央広場で待ち合わせしてたんだ。
時間を忘れてはしゃぎ過ぎた。
あいつ怒ってるな、きっと。
中央広場にある噴水のところで待ち合わせた人物の姿を探した。
小高い丘にある中央公園には石畳が引かれ、幾何学模様が所々に描かれていて石造りの建造物が立ち並ぶ街並みを眺め見ることが出来る場所にある。
広場の周囲は高い石柱や壁に囲まれ、中央にある巨大な噴水の中心にはオベリスクが天を指している。
丸い広場には綺麗な花壇もあって、オベリスクの影が示す場所には目盛りのような溝があり、日時計としても機能している。
既にガイドマップを見て中央広場に来たプレイヤーたちも多く見られ、周囲には早くもイチャつく男女のプレイヤーやナンパに励む男性プレイヤーたち、明らかにナンパ待ちをしている女性プレイヤーの姿もあった。
そして俺の待ち人もここに居るはずなんだが……一向に姿が見えない。
ああそうだった。
肉体を量子変換しポリゴンに変換されてダイブしているといっても、容姿は初期設定時のアバター(実際は自分自身なのだが便宜上アバターと呼んでいる)作成で数あるパーツから選んでカスタマイズしたポリゴンの身体だし、よく考えてみれば彼女とは前作のVRMMORPGで知り合って仲良くなっただけで、見覚えのある顔を探しても分る訳がない。
知っているのは彼女が毎回使っているという名前くらいなもんだ。
ここに居れば、その内雰囲気とかでお互い気づくだろう、そう思って噴水の淵に腰を下ろした。
「君、可愛いね、なにしてるの? 俺と何処かいこうよ」
「えぇーヤダぁー、いきなりナンパ?」
「いいじゃん。君さ一人なら俺とパーティー組もうよ。ねっね」
「どうっしよっかなー……」
ここに来るまでに購入したアートリー名物、バウバオの実ジュースを飲みながら待っていると、少し離れた場所から甘ったるい声が聞こえてくる。
ちなみにバウバオの実とは、現実世界の果実で例えるなら、ドラゴンフルーツに似た形をしている木の実のジュースで味はそうだな?
「ほら女の子一人じゃ大変じゃん。悪い男もいるしさ」
「えぇーでもあたし、待ち合わせしている人がいるんだよねぇー」
「ねぇその子も女の子? 君名前は?」
「あたし?
そうそうエナジードリンクみたいな味の炭酸系飲料に似て――。
アキっていいます」
る。ブッ――!?
噴いた。
チャラ男にナンパされていたのは俺の待ち人だった。
「いいじゃんいいじゃん。君も可愛いけど名前も可愛いね」
「えへへ」
えへへ、じゃねぇーよ。お前なにナンパされてんだよ。
「おいっ、そこの中学生女子」
放って置くと危ないので、見兼ねた俺はたまらず声を掛けた。
「あっ!? アギト君やっと来た」
「なんだよてめぇー、邪魔すんな」
身長180センチくらいありそうなスラッとした体躯に金髪のチャラ男が怒りを露に突っ掛かってきた。
うぜぇーっ。こいつパチンってしてぇーっ。
「お前弱そうだよな?」
人を目で判断するんじゃない。
俺の容姿といえば割とリアルに近い。
ついつい自己投影しちゃって、作成している内に近づけちゃうんだよね、俺。
ベビーフェイスな俺は若干、眼つきをクールにして大人びさせてはいるけど、小心者の俺が出来るのはここまでだった。
身長もリアルのまんまだし……そこは弄っておこうよ俺。
身長168センチの俺は、180センチの男を見上げた。
「チビっ子、死ねよ」
プチ~ンっ。
なんかこめかみの辺りで切れた音がした。
「なんだとってめぇ――」
突如、ゴゴゴォっと地鳴りとも思える轟音が仮装世界の空に響き渡り、険悪なムードに水を注すように青空が広がる仮想世界の仮想の空に、どことなく気持ちの悪い鐘の音が響き渡った。
なんだ? 時報かなんかだろうか、と視界の右上にあるデジタル時計に目を遣ると13:55分を表示していた。
おいおいいきなり時間狂ってるぞ? 電波時計にしとけよ。
鐘の余韻が収まり掛けたとき、青かった空を暗雲が立ち込め覆い尽くした。
気象設定なのかとも思ったが、βテストのときの始まりの日のアートリーは、……確か晴天だった。
ゲーム開始早々、これから始まる156ヶ国、1250の主要都市と6250にも及ぶ大小様々な街を解放する戦いを告げる緊張感が出るように変更したβテストに参加したプレイヤーに向けたサプライズか?
「諸君、ようこそイカれた世界へ、この世界が諸君らが望んだ世界になることを切に願っているよ」
何処となく戦慄を覚える不気味な声が仮想世界の空から響き渡る。
「アギト君、これなに?」
アキは不安を感じて俺に擦り寄り服の袖を摘んだ。
「私は神、名前はない。この仮想世界は最早、非現実ではなくなった。私は既にこの世界の全てのプログラムを掌握し終えている」
周囲にざわめきが広がった。
中には演出イベントだと思って歓喜の声を上げているプレイヤーもいる。
βテストにはなかったオープニングに俺だって戸惑ってなにがなんだか分らないでいる。
「諸君戦争を始めよう。神に抗い勝利を勝ち取るがいい。言っておくがこれは演出ではない現実だ。既に気づいている者もいるが、まだ信じられない者はメニューをポップアップしてみてくれたまえ、ログアウトメニューは削除させてもらってある、つまり諸君らは現実には帰れない。この世界で肉体の消滅は即ち死。デスペナルティーは諸君らの命だ。ワイルドだろ~?」
視界に広がる右側に手を差し出し、なにも無い空間を指でなぞる。
メニューウィンドが視界の中にポップアップされた。
βテストの時も、正規版の説明書にも記されていたメニューの下にあるはずのログアウトの文字を探してみるが……ない。
「また強制停止によっての離脱もあり得ない。本来の世界にある諸君らのハードに何らかの強制停止が生じた場合、量子変換機に記録されている諸君らの肉体データと諸君らが帰還すべき座標は永遠に失われることになる。ログインしている16841人のプレイヤーの内、強制ログアウトさせようとした複数人の関係者たちがいたが失敗に終わっている。諸君らの帰還はゲームクリア以外にあり得ない」
個々の視界の前にメニューウィンドが強制的に開かれ、このゲームで起こっている事件であろうニュースが映し出しされた。
それを見たプレイヤーたちの間に、罵倒や悲鳴、泣き出す者、まだ事態が掴めずに騒いでいる者、中には発狂し出した者も出だしている。
「さてこれから始まるデスゲームに際して、私から諸君らにプレゼントを用意した。諸君らの設定メニューから開いて諸君らが設定した初期状態を確認してくれたまえ」
メニューウィンドにある設定メニューを開いて、アバター作成時に各ステータス配分を終えてある初期状態を確認した。
HP最大値が9? えっ? きゅ、きゅう~? えぇえええっ、9って……。
「アキ。ステータスどうなってる」
「えと、ちょっと待って、まだこのゲームに慣れてなくて」
覚束無い手付きでアキはメニューウィンドを操作している。
見兼ねてアキに口頭で操作を伝え、顔のやや右上に表示されるHPゲージ以外、通常時には自分にしか見ることの出来ないメニューウィンドを第三者からも見えるオープン状態になるよう導いた。
アキのHP152と表示されていた、その他のステータスも、俺がβテスターをしていたときに得た情報を、データに纏め解析してみた数値と比べるとほぼ平均値を保っていたが、それでもこれから始まる冒険で自分自身となるアバター作成で、どんなタイプに育っていきたいかを考え悩みながら、ステータス配分をした数値はランダムに書き換えられているようだ。
「さて確認は終えたかね諸君。では手始めに自分自身の姿をこの世界で晒してくれたまえ。さあ諸君戦争の始まりだ」
神を名乗る謎の言葉が終わると同時に身体がライトエフェクトに包まれ、真っ白な景色に覆われた。
次に景色を見たときには、空を覆いつくしていた暗雲は晴れていた。
「アキ、お前その姿……」
「ほぇ? お、お兄ちゃんこそ、なんで?」
俺の前にいたのは見慣れた俺の妹だった。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!